表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面倒見がいいだけなのに、気づいたら最強の連中が俺を"主"と慕ってくる  作者: 夕凪 鏡介


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/11

第6話 世話を焼くやつほど、自分の世話は焼けない

その朝、俺は水たまりに映った自分の顔を見た。

 ひどい顔だった。目の下のくまが濃い。唇が乾いている。頬がこけている。

 だが、それを見てもたいして何も思わなかった。まあちょっと疲れてるくらいか。そう考えただけだった。

 人の顔色を見れば、足りないものが一発でわかる。ノクトを見れば「水分が足りてない」。リントを見れば「昨日の青物が効いて顔色が戻った」。勝手に頭へ浮かぶ。

 だが自分の顔を見ても、なにも浮かばない。昔からそうだった。

 だから俺は気づかなかった。手のかかる二人のことばかり気にしていて、自分がもう限界だということに。

 思えば、前の職場でもそうだった。利用者の顔色にはすぐ気づくのに、自分が倒れる寸前までは気づけなかった。看護師長によく言われた。あんたは他人の心配ばっかりで自分の心配が下手くそだ、と。まったくそのとおりだった。



 雨が降りだした。

 森を抜ける道の途中だった。屋根はない。木の下で雨宿りをしたが、風が冷たかった。ここ数日、まともに食べたのは野草とパンの切れ端だけだ。しかも、その半分をノクトとリントに回していた。育ち盛りだからな。それは後から思いついた言い訳だった。

 立ち上がろうとして、足に力が入らなかった。

 視界が白くにじんだ。

 あ、これはまずいやつだ。夜勤で何度も見た。低血糖と発熱、たぶん過労。処置は分かっている。分かっているのに、体が動かない。

 地面が近づいてきた。

 最後に見えたのは、こっちを振り返る二つの顔だった。



「マモル!?」

「おい、おっさん! どうした!」

 声が遠い。

 俺は濡れた地面に倒れていた。誰かが俺を抱き起こす。ひんやりした手だ。心地いい。

「熱い。この者、燃えるように熱いぞ」

「にんげんって、こんな簡単に壊れるのかよ!」

 まいったな、と思った。

 こいつら、看病なんてしたことがないんだ。される側にすら、なったことがない。だから、どうすればいいか分からない。声が完全に裏返っている。

「案ずるな、マモル」

 ノクトの声が、やけに落ち着いた。嫌な予感がした。

「万一お前が死んでも、わらわの魔力で不死者の王として蘇らせてやる。二度と病になどかからぬし、永遠にわらわの世話ができるぞ。むしろ好都合だ」

「……まだ生きてる」

 俺はかすれた声を絞り出した。

「勝手に、俺の種族を変える準備をするな」

「なら、こっちだ!」

 今度はリントだった。手のひらに赤い光が集まっていくのが、閉じかけたまぶたの隙間から見えた。

「熱があるなら、病気ごと燃やせばいい! オレの炎でまとめて焼き尽くしてやる!」

「薪じゃない……宿主ごと殺す気か……」

 俺は残った力の全部を使って、そいつの手をはたき落とした。

「じゃあどうすりゃいいんだよ! オレたち、こういうのやったことねえんだ!」

 リントが半分泣きそうな声で叫んだ。

 そうだろうな、と思った。こいつらは誰かを助けたことがない。助けられたことも、たぶんない。必死なのに、やることがいちいち殺しにかかってくる。

 異世界に来て、いちばん死を覚悟した瞬間だった。盗賊より怖かった。



 しばらくして、俺は少しだけ意識を取り戻した。

 もうろうとしている。だが、このままだと本当にこの二人に殺される。生き延びるには、俺が指示を出すしかなかった。

 皮肉なものだ。自分の世話を、自分の口で焼くしかないとは。

「……水。鉄くずのやつに水をくんでこい。飲ませるのは少しずつだ。一気に飲ませるな」

「わ、わかった」

「布を濡らして額に乗せろ。ぬるくなったら替えろ。火は少し離してたけ。あぶるな」

 リントが必死の顔で薪を組み直した。火加減を、何度も何度も確かめている。国を焼ける竜が、たき火ひとつに冷や汗をかいていた。

 ノクトが濡らした布を、そっと俺の額に乗せた。加減が分からないのか、最初は布を握りつぶさんばかりの力だった。それからこわごわと、羽根でも扱うように置き直した。

 二人とも、俺のうわ言を一言も聞き逃すまいとしていた。まるで世界の命運がかかった呪文でも唱えられているみたいに。

 ただの看病の手順なのに。夜勤なら、目をつぶってでもできることなのに。

 もうろうとした頭に、あの日の言葉がふとよぎった。

 城を追い出された日。無一文で、空に向かって言ったやつだ。

 ――誰か、俺の世話を焼いてくれない?

 俺は天井がわりの暗い木の枝を見上げた。

 叶えてくれるにしても、だ。よりによって世界を滅ぼせるポンコツ二人に、殺されかけながらとは。神様は注文の受け方が下手すぎる。こんな命がけの看病を頼んだ覚えはない。

 ……まあ、それでも。

 額の布は冷たくて。左右から俺を挟む二つの体温は、あたたかくて。

 思いのほか、悪くなかった。

 言い訳を考えようとしたが、熱で頭が回らなかった。だからもう、考えるのをやめた。



 喉が渇いた。水を、と言おうとして二人の顔を見た。

 ノクトの唇が乾いていた。リントの顔にも疲れがにじんでいる。ずっと俺のそばを離れずにいたらしい。自分の水も飲まずに。

「……水」

「うむ。今すぐに」

「違う」

 俺は首を横に振った。

「俺じゃない。お前らが飲め。唇、カサカサだぞ」

 二人が動きを止めた。

「……こんなときまで」

 ノクトが、絞り出すように言った。声が、少しかすれていた。

「こんなときまで、そなたは他人の心配をするのか」

 だってなあ。そう言おうとしたが、うまく言葉にならなかった。

 倒れているのはこっちなのに、なんで俺がこいつらの心配をしているんだろう。自分でもよく分からない。目の前に足りていないものがあると、口が勝手に動く。それだけだ。

 ノクトが、なにか言おうとしてやめた。それから無言で、自分のぶんの水を少しだけ飲んだ。

 その手が少し震えて見えたのは、たぶん俺の目がかすんでいたせいだ。



 熱が引いたのは、夜が明けるころだった。

 目を覚ますと、二人が俺を挟んで泥だらけのまま眠っていた。

 ノクトは、濡れた布を握ったまま。リントは、火を燃やしすぎないよう見張っていた姿勢のまま。二人ともひどい格好だった。神々しさのかけらもなかった。

 俺はしばらく、その寝顔を見ていた。

 ずっと、人の世話ばかり焼いてきた。誰かの不足を埋めて、誰かを寝かしつけて。自分のことは、いつも後回しだった。

 守られる側の気持ちなんて、思い出せないくらい忘れていた。

 俺は二人の体に、一枚しかない毛布をそっとかけ直した。

 それくらいしか、俺にできることはなかった。

 なあ、と俺は小さく声に出した。返事はない。二人ともよく眠っている。

「……世話焼いてくれて、ありがとうな。下手くそだったけど」

 誰も聞いていなかった。それでよかった。

 礼を言うのは、なんだか据わりが悪い。だから、聞かれていないくらいがちょうどいい。



 これは、どの神話にも童話にも記されなかった夜の記録である。

 かつて国を沈め死者を統べた魔王の手が、その夜は一人の男の額の熱を奪うためだけに置かれていた。

 かつて天を焼き万物にひれ伏された神竜の炎が、その夜は一杯の白湯をぬるく保つためだけに小さく灯っていた。

 彼らは、命を奪う術ならそのすべてを知っていた。だが、その強大すぎる力はもろい人の体にはただ毒でしかない。命を繋ぐ術を、二人はただの一つも知らなかった。

 だから二人は泥にまみれたまま、その寝顔のかたわらに寄り添い続けた。

 魔王はその夜、初めて知った。

 千年ものあいだ何ひとつ失うもののなかった自分に、失いたくないものができてしまったことを。

 あまりにもろく、簡単に死んでしまう温かい生き物を。

 ――この者を、死なせるわけにはいかぬ。

 それは命令ではなかった。祈りに、いちばん近い何かだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ