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面倒見がいいだけなのに、気づいたら最強の連中が俺を"主"と慕ってくる  作者: 夕凪 鏡介


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15/17

第15話 家ってのは、雨風がしのげる箱でいいんだよ

家の再建は、初日から難航した。

 まずノクトが地面に黒い魔法陣を描いた。

 そこから瘴気を吐く黒曜石の柱が生えてきた。表面にびっしりとトゲが並んでいる。見ているだけで頭が痛くなる代物だ。

「これぞ魔界の礎石。千年は崩れぬ」

「却下。ここ住宅街だぞ。近所から浮きまくるだろ。あとそのトゲ、洗濯物が引っかかって全部破れる」

「ぐぬ……」

 次にリントが地響きとともに戻ってきた。

 背中に山みたいな木を担いでいた。根っこがついたままだ。

「おっさん! でかい木、持ってきたぞ!」

「でかすぎるわ! 日照権の侵害で町内会からハブられる! つーか樹液で地面がベタベタだ! 返してこい!」

「えー」

 最後にセシルが犬小屋くらいの箱を持ってきた。

「空間拡張をかけた。外見はこれだが中は三十部屋ある。ついでに全自動防衛機構も組み込んだ。侵入者は自動で消し炭になる」

「トイレ行くのに迷子になるわ! あと新聞配達のじいさんを消すな! 慰謝料で俺のヒモ資金が飛ぶだろうが!」

 俺は三人を並べて、こんこんと説教した。

「いいか。家ってのはな、雨風がしのげて飯が食えて、普通に寝られる箱でいいんだよ。それ以上でも以下でもない。わかったか」

 三人が渋々うなずいた。



 そこからは地味な作業だった。

 柱を立てて、梁を渡して、板を張る。俺が現場監督で、三人が力仕事だ。

 リントが焼け残った太い梁を片手で持ち上げた。

 軽々と、だ。あんな重いものを、片手で。

 ――この力で。

 昨日の夜、何千人を。

 俺の手が止まった。

 ほんの一瞬だ。だが三人は気づいた。

 リントが梁を落としかけた。ノクトがこちらを見ないようにうつむいた。

「……柱の角度がずれてるぞ」

 俺は必死に、いつもの声を出した。

「もっと右。そう。そのまま押さえてろ」

 リントが「お、おう」と答えた。

 それきり、誰もその話をしなかった。

 この四人はもう、あの頃には戻れない。俺はそれを知っているし、たぶん三人も知っている。

 だから俺たちは知らないふりをして、燃えカスの木材で、この歪なツギハギのハリボテを建てるしかなかった。



 三人の様子が少し変わった。

 俺が重い瓦礫を運ぼうとしてよろけたとき、三人が同時に手を伸ばした。

 だが俺に触れる手前で、その手がぴたりと止まった。

 三人とも伸ばしかけた手を宙で止めたまま、動かない。

 俺が「おい、誰か支えろ」と言うまで、息を止めたみたいに待っていた。

 ……前は違った。

 前なら問答無用で魔法をぶっ放して奪い取っていった。俺の仕事を勝手に取って、俺が怒って、それでまた騒がしくなった。

 今は俺の指示を待っている。行儀よく。

 俺は現場監督だ。指示通りに動いてくれるなら、作業としては効率的で助かる。

 助かるはずだ。

 なのに、なんでこんなに落ち着かないんだろうな。

 ……やめろ。変な感傷を持つな。俺はただの介護要員だ。手のかからない相手のほうがいいに決まってる。

 そういうことにしておいた。



 三日かけて家ができた。

 つぎはぎだらけの不格好な木造の平屋だ。柱は微妙に傾いているし、床板の高さもそろっていない。

 だが雨風はしのげる。飯も食える。寝られる。

 それでいい。

「よし。完成祝いだ。茶でも淹れる」

 俺は例の鍋で湯を沸かした。

 四人で新しい床に座った。

 器がないので、湯は交代で回し飲みだ。リントが猫舌で騒ぎ、ノクトが「がっつくな、小童」と小突き、セシルが「熱伝導率を考えれば、あと二十数えてから飲むのが最適だ」と言った。

 いつもの音だった。

 少しだけ、あの頃に近い音がした。

 そのとき、外から声がした。

「……マモルさん。マモルさん」

 近所のばあさんの声だった。

「おっ、町内会の人だ。そういや再建の挨拶しなきゃな」

 俺はドアを開けた。



 町の人が家の周りを埋め尽くしていた。

 数百人はいる。松明を持ち、農具を手にして、ぐるりと取り囲んでいる。

 全員の目がうつろで、低いうめき声が漏れていた。

 俺の顔を見て、ばあさんが泣きそうな声で言った。

「ごめんなさいね、マモルさん。ごめんなさいね」

「え?」

 そのとき、どこからか声が響いた。姿は見えない。拡声の魔法か何かだ。

「魔王ども。動くな」

 冷たい声だった。

「その町の者たちには、すべて呪印を施した。貴様らが一歩でも動けば――あるいは我らに指一本でも向ければ、この者たちは内側から破裂する」

 ノクトの体がびくりと止まった。

 リントの足が地面に縫い止められたみたいに動かなくなった。

 セシルが唇を噛んだ。

 こいつらは、世界を焼ける。

 だが、俺が世話になったばあさんも、パン屋も、井戸端の女将さんたちも、まとめて焼くことになる。

 だから動けない。

 三人がゆっくりと俺を見た。

 その目に覚悟が浮かんでいた。

 こいつら、自分たちの首を差し出す気だ。俺と町を助けるために。

 ――ふざけるな。

「……お前らな」

 俺は三人の前に出た。

「人がせっかく、三日かけてマイホーム建て直したばっかりだってのに」

 俺はサンダルのまま外に出た。

 手には湯をかき混ぜていたおたまを持ったままだった。武器はない。持っていても使えない。

 だが、これは俺の仕事だ。

「こんな夜中に集団で押しかけて、カルトの集会か何か知りませんが、ご近所迷惑でしょうが!」

 どう見ても普通じゃない。だが俺の頭は、これを町内のもめ事として処理することしかできなかった。そうでも思わないと、足が動かなかった。

「町内会の皆さん! 明日は資源ゴミの日ですよ! ほら、帰った帰った! 寝ないと明日つらいですよ!」

 うつろな目の町人たちがざわりと揺れた。

「そこのおっさんも!」

 俺は声のした方向を指さした。

「ご近所トラブルに宗教持ち込むな! 話があるなら出てこい! 町内会長――じゃないけど、まあ、そこの家の住人として、俺が話を聞いてやる!」

 背後でノクトが息を呑む音がした。

 外に出る直前、俺は三人に言い残した。

「お前らは家にいろ。俺がちょっと外で話つけてくるから、留守番しとけ。……この家の面倒は俺が見る。お前らは、外のゴミ掃除でもやっとけ」

 俺が言いたかったのはそれだけだ。

 家の中を散らかすな、外に出た瓦礫を片づけとけ。ただの家事の分担だ。

 だが振り返らなかったから、俺は見ていない。

 俺の言葉を聞いた三人が、その場で深く頭を垂れたことを。



〔王都大広場にて読み上げられた、大司教の布告〕


 哀れなる同胞たちよ。

 昨夜の悲劇を忘れてはならぬ。第七騎士団三千の魂は、一夜にして灰となった。都市がひとつ、地図から消えた。


 これは天災ではない。

 三体の厄災を意のままに操る、一人の男の仕業である。


 その男に力はない。剣も持たぬ。魔力も持たぬ。

 だが、それこそが恐ろしいのだ。

 力なき者が、力あるものすべてを従える。これを悪魔と呼ばずして、なんと呼ぶ。


 聞くところによれば、その男は微笑みながら人にパンを与えるという。

 病人を看取り、老人を助け、子どもに菓子を配るという。


 欺かれるな。

 それこそが、あの者の狩りの手口である。

 優しさで人の心を絡めとり、気づいたときには、その者はもう男のものなのだ。


 今こそ、種族と国境を越えて立ち上がる時である。

 全人類よ、共に征け。

 あのけがれたボロ家を、聖なる炎で浄化せよ。


 神は、我らとともにある。


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