第15話 家ってのは、雨風がしのげる箱でいいんだよ
家の再建は、初日から難航した。
まずノクトが地面に黒い魔法陣を描いた。
そこから瘴気を吐く黒曜石の柱が生えてきた。表面にびっしりとトゲが並んでいる。見ているだけで頭が痛くなる代物だ。
「これぞ魔界の礎石。千年は崩れぬ」
「却下。ここ住宅街だぞ。近所から浮きまくるだろ。あとそのトゲ、洗濯物が引っかかって全部破れる」
「ぐぬ……」
次にリントが地響きとともに戻ってきた。
背中に山みたいな木を担いでいた。根っこがついたままだ。
「おっさん! でかい木、持ってきたぞ!」
「でかすぎるわ! 日照権の侵害で町内会からハブられる! つーか樹液で地面がベタベタだ! 返してこい!」
「えー」
最後にセシルが犬小屋くらいの箱を持ってきた。
「空間拡張をかけた。外見はこれだが中は三十部屋ある。ついでに全自動防衛機構も組み込んだ。侵入者は自動で消し炭になる」
「トイレ行くのに迷子になるわ! あと新聞配達のじいさんを消すな! 慰謝料で俺のヒモ資金が飛ぶだろうが!」
俺は三人を並べて、こんこんと説教した。
「いいか。家ってのはな、雨風がしのげて飯が食えて、普通に寝られる箱でいいんだよ。それ以上でも以下でもない。わかったか」
三人が渋々うなずいた。
そこからは地味な作業だった。
柱を立てて、梁を渡して、板を張る。俺が現場監督で、三人が力仕事だ。
リントが焼け残った太い梁を片手で持ち上げた。
軽々と、だ。あんな重いものを、片手で。
――この力で。
昨日の夜、何千人を。
俺の手が止まった。
ほんの一瞬だ。だが三人は気づいた。
リントが梁を落としかけた。ノクトがこちらを見ないようにうつむいた。
「……柱の角度がずれてるぞ」
俺は必死に、いつもの声を出した。
「もっと右。そう。そのまま押さえてろ」
リントが「お、おう」と答えた。
それきり、誰もその話をしなかった。
この四人はもう、あの頃には戻れない。俺はそれを知っているし、たぶん三人も知っている。
だから俺たちは知らないふりをして、燃えカスの木材で、この歪なツギハギのハリボテを建てるしかなかった。
三人の様子が少し変わった。
俺が重い瓦礫を運ぼうとしてよろけたとき、三人が同時に手を伸ばした。
だが俺に触れる手前で、その手がぴたりと止まった。
三人とも伸ばしかけた手を宙で止めたまま、動かない。
俺が「おい、誰か支えろ」と言うまで、息を止めたみたいに待っていた。
……前は違った。
前なら問答無用で魔法をぶっ放して奪い取っていった。俺の仕事を勝手に取って、俺が怒って、それでまた騒がしくなった。
今は俺の指示を待っている。行儀よく。
俺は現場監督だ。指示通りに動いてくれるなら、作業としては効率的で助かる。
助かるはずだ。
なのに、なんでこんなに落ち着かないんだろうな。
……やめろ。変な感傷を持つな。俺はただの介護要員だ。手のかからない相手のほうがいいに決まってる。
そういうことにしておいた。
三日かけて家ができた。
つぎはぎだらけの不格好な木造の平屋だ。柱は微妙に傾いているし、床板の高さもそろっていない。
だが雨風はしのげる。飯も食える。寝られる。
それでいい。
「よし。完成祝いだ。茶でも淹れる」
俺は例の鍋で湯を沸かした。
四人で新しい床に座った。
器がないので、湯は交代で回し飲みだ。リントが猫舌で騒ぎ、ノクトが「がっつくな、小童」と小突き、セシルが「熱伝導率を考えれば、あと二十数えてから飲むのが最適だ」と言った。
いつもの音だった。
少しだけ、あの頃に近い音がした。
そのとき、外から声がした。
「……マモルさん。マモルさん」
近所のばあさんの声だった。
「おっ、町内会の人だ。そういや再建の挨拶しなきゃな」
俺はドアを開けた。
町の人が家の周りを埋め尽くしていた。
数百人はいる。松明を持ち、農具を手にして、ぐるりと取り囲んでいる。
全員の目がうつろで、低いうめき声が漏れていた。
俺の顔を見て、ばあさんが泣きそうな声で言った。
「ごめんなさいね、マモルさん。ごめんなさいね」
「え?」
そのとき、どこからか声が響いた。姿は見えない。拡声の魔法か何かだ。
「魔王ども。動くな」
冷たい声だった。
「その町の者たちには、すべて呪印を施した。貴様らが一歩でも動けば――あるいは我らに指一本でも向ければ、この者たちは内側から破裂する」
ノクトの体がびくりと止まった。
リントの足が地面に縫い止められたみたいに動かなくなった。
セシルが唇を噛んだ。
こいつらは、世界を焼ける。
だが、俺が世話になったばあさんも、パン屋も、井戸端の女将さんたちも、まとめて焼くことになる。
だから動けない。
三人がゆっくりと俺を見た。
その目に覚悟が浮かんでいた。
こいつら、自分たちの首を差し出す気だ。俺と町を助けるために。
――ふざけるな。
「……お前らな」
俺は三人の前に出た。
「人がせっかく、三日かけてマイホーム建て直したばっかりだってのに」
俺はサンダルのまま外に出た。
手には湯をかき混ぜていたおたまを持ったままだった。武器はない。持っていても使えない。
だが、これは俺の仕事だ。
「こんな夜中に集団で押しかけて、カルトの集会か何か知りませんが、ご近所迷惑でしょうが!」
どう見ても普通じゃない。だが俺の頭は、これを町内のもめ事として処理することしかできなかった。そうでも思わないと、足が動かなかった。
「町内会の皆さん! 明日は資源ゴミの日ですよ! ほら、帰った帰った! 寝ないと明日つらいですよ!」
うつろな目の町人たちがざわりと揺れた。
「そこのおっさんも!」
俺は声のした方向を指さした。
「ご近所トラブルに宗教持ち込むな! 話があるなら出てこい! 町内会長――じゃないけど、まあ、そこの家の住人として、俺が話を聞いてやる!」
背後でノクトが息を呑む音がした。
外に出る直前、俺は三人に言い残した。
「お前らは家にいろ。俺がちょっと外で話つけてくるから、留守番しとけ。……この家の面倒は俺が見る。お前らは、外のゴミ掃除でもやっとけ」
俺が言いたかったのはそれだけだ。
家の中を散らかすな、外に出た瓦礫を片づけとけ。ただの家事の分担だ。
だが振り返らなかったから、俺は見ていない。
俺の言葉を聞いた三人が、その場で深く頭を垂れたことを。
〔王都大広場にて読み上げられた、大司教の布告〕
哀れなる同胞たちよ。
昨夜の悲劇を忘れてはならぬ。第七騎士団三千の魂は、一夜にして灰となった。都市がひとつ、地図から消えた。
これは天災ではない。
三体の厄災を意のままに操る、一人の男の仕業である。
その男に力はない。剣も持たぬ。魔力も持たぬ。
だが、それこそが恐ろしいのだ。
力なき者が、力あるものすべてを従える。これを悪魔と呼ばずして、なんと呼ぶ。
聞くところによれば、その男は微笑みながら人にパンを与えるという。
病人を看取り、老人を助け、子どもに菓子を配るという。
欺かれるな。
それこそが、あの者の狩りの手口である。
優しさで人の心を絡めとり、気づいたときには、その者はもう男のものなのだ。
今こそ、種族と国境を越えて立ち上がる時である。
全人類よ、共に征け。
あのけがれたボロ家を、聖なる炎で浄化せよ。
神は、我らとともにある。




