第12話 村八分にしては、ちょっと火力が強すぎないか
その週から、町の空気が変わった。
行きつけの肉屋が、俺と目を合わせなくなった。
パン屋は「今日は売り切れです」と言った。まだ昼前で、棚には並んでいたのに。
井戸端の女将さんたちは、俺が近づくと話をやめて散っていった。
なるほど、と俺は思った。
村八分だ。
よそ者が急に住みついて、それなりに稼ぎはじめたら面白くない人もいるだろう。ましてやうちには、朝から晩まで騒がしいガキが三人いる。近所迷惑の苦情が積もり積もったに違いない。
俺は昔からこうだ。どこへ行っても最初はうまくやれて、気づけば余っている。まあ、慣れている。
「あるじ。町の連中を消し炭に――」
「するな。田舎の付き合いなんてこんなもんだ。一月もすりゃほとぼりも冷める」
その日の夕方、家に客が来た。
白い外套の男だった。腰に長い剣を下げている。顔は青白く、額に汗が浮いていた。息が荒い。
「私は……教会より遣わされた……審問の――」
男は震える手で剣の柄に手をかけた。
俺は男の顔を一目見てすべてを察した。
「おい、おっさん。あんた顔色やばいぞ」
「は?」
「手が震えてる。息も上がってる。汗もひどい。低血糖か貧血だろ。ちょっと待ってろ」
俺は男の手から剣を取り上げて壁に立てかけ、肩を押さえて椅子に座らせた。
「な、なにを……!」
「いいから座れ。倒れられるほうが迷惑だ」
台所から白湯となけなしの飴玉を持ってきて、男の口に放り込む。ついでに手首を取って脈を測った。
速い。不整脈まではいかないが明らかに過労だ。
「あんた、ちゃんと寝てるか? 飯は? 塩気の多いもんばっか食ってないか? もう若くないだろ」
「わ、私は、まだ三十二……」
「じゃあなおさら気をつけろ。三十過ぎたら急に来るぞ」
男は飴玉をくわえたまま白湯の器を握らされ、しばらく硬直していた。
やがて何かに気づいたように、がたがたと震えだした。
「……剣を奪われ、身動きを封じられ、体の内側に直接、術を……脈から何を流し込まれた……あまつさえ、命の源たる塩まで断てと……」
「脈は測っただけだ。何言ってんだお前」
男は青ざめた顔で立ち上がり、深々と一礼した。
「たいへん失礼をいたしました。……これを」
男が差し出したのは、四枚の札だった。
「町内の安寧を祈る魔除けの札です。家の四隅にお貼りください」
「お、ありがたい。防犯グッズか」
ちょうどよかった。うちのニート共は家の中で平気で魔法をぶっ放す。魔除けの札くらい貼っておけば少しは自重するだろう。
俺は男を見送ってから、さっそく四隅にぺたぺたと貼っていった。
後ろでノクトが何か言いかけて口を閉じた。
セシルが札を見て、眼鏡の奥の目をわずかに細めた。
「……マモル君。それは」
「町内会の防犯グッズだ。お前ら、これからは家の中で魔法禁止な」
「……そうだね。うん。禁止だ」
セシルはそれきり黙った。素直でいい。
その夜、三人の様子が少しおかしかった。
俺が仕事から戻ると、ノクトの服の袖に赤い染みがついていた。リントの髪の先が焦げていた。セシルの眼鏡にひびが入っていた。
「お前ら、また留守中に台所を荒らしたな」
「……む」
「その染み、ケチャップだろ。またこぼしたな? 揉み洗いしないと落ちないんだぞ。焦げた匂いもするな。鍋を焦がしたか? 洗い物と換気は自分でやれよ」
三人は顔を見合わせた。
ノクトが、赤い染みのついた袖をぎゅっと握りしめた。
そして俺の目をまっすぐ見て、静かに言った。
「……うむ。料理は、難しいな」
「そうだよ。だから普段から手伝えって言ってるだろ」
俺は説教しながら鍋を確認した。焦げてはいなかった。まあ、洗ったんだろう。
それより気になったのは飯の量だった。町で買い物ができないせいで、目に見えて食卓が寂しい。
「悪いな。しばらく質素になる」
「かまわぬ」
「……あるじ。これでは、来月の練習ができぬではないか」
ノクトが唇をとがらせた。
来月? ああ、何か企んでるらしいな。台所の裏紙に落書きしてるのを見た。読んでない。プライバシーは尊重する主義だ。
「心配すんな。村八分なんて一月もすりゃ終わる。来月には腹一杯食わせてやるよ」
いつもなら真っ先に「本当か」と食いついてくるはずの三人が、そろって黙った。
リントが小さく「……うん」と言った。
なんだ。どうやら貧乏生活のストレスで、ようやく反抗期が来たらしい。まあ、ガキの成長の証だ。
その夜も俺たちは狭い食卓を囲んだ。
薄いスープと固いパンだけの夕飯だった。
それでも三人は文句ひとつ言わずに食った。リントが「うまい」と言った。あいつが野菜くずのスープをうまいと言うのは初めてだ。
食器を片づけ、ランタンの火を落とす。
「今日は冷えるな。早く寝ろよ」
俺は戸締まりをして寝床に入った。
そのとき、外の遠くで足音がした。
ひとつやふたつじゃない。地鳴りみたいな無数の足音だった。
誰かがドアを乱暴に叩いた。
俺は舌打ちして起き上がった。
まったく。こんな夜更けになんだ。町内会の集金か。それとも、ついに苦情を言いに来たか。
こういうのはこじれる前に頭を下げるのが一番早い。俺は毛布を肩にかけて玄関へ向かった。
「はいはい、今開けます。すいませんね、うちのガキがうるさくて――」
ドアを開けた。
松明の炎が、夜を昼みたいに明るくしていた。
白銀の鎧が家をぐるりと取り囲んでいた。抜き身の剣が、数え切れないほど月光に光っている。その後ろに旗が並んでいた。国の紋章と、教会の紋章。
先頭の男が、感情のない声で告げた。
「魔王、ならびに――魔王を操る黒幕よ。神の名において、貴様らを異端と認め、これより処刑する」
……処刑?
待て待て待て。魔王って、うちのニートのことか?
じゃあ、黒幕って。
……俺?
思考が追いつかない。だが、突きつけられた無数の切っ先だけは本物だった。俺のささやかな平穏は、たぶん今この瞬間に終わったのだ。
「ふざけるな」
俺は思わず声を上げた。
「俺の『三食昼寝付きで養ってもらうヒモ生活』は、どうなるんだ! まだ一日も達成してないんだぞ!」
〔教会の目安箱に投じられた、震える字の書きつけ〕
どうか、あの男を殺してください。
あの青年は、いつも親切でした。孤児にパンを分け、年寄りの荷物を持ち、荷車が泥にはまれば真っ先に肩を入れる人でした。怒った顔を一度も見たことがありません。
うちの母が腰を痛めたとき、薬の飲み方を教えてくれたのもあの人です。銭は一枚も取りませんでした。
けれど。
あの青年の後ろに立っている者たちが恐ろしいのです。
あの子どもたちは、青年の影からわたしたちの喉笛を、いつも値踏みするように見ています。青年が笑って「殺せ」と言えば、この町は明日には無くなるのでしょう。
先日、うちの人があの青年に肉を分けてもらいました。捨てるところだったから、と。
その肉が、一個師団でも狩れぬ魔獣のものだと知ったのは後のことです。
あの人は、優しい悪魔です。
わたしたちは、あの人の優しさがいつ終わるのかと思うと、夜も眠れません。
どうか、わたしたちのささやかな町をお救いください。
あの男を、どうか。




