第11話 町内会の宴会に、世界最強を連れていくな
念願のマイホーム(ボロ家)を手に入れた俺の次の目標は決まっていた。
町内会に完全に溶け込むことだ。
だがうちの扶養家族どもは、そろいもそろって近所迷惑の権化である。
「あるじ。隣の家の犬がうるさいな。消し炭にしてこようか」
「やめろ」
この調子だ。俺の平穏なヒモ生活を守るためにも、今日の寄り合いでは俺が率先して愛想を振りまかねばならない。
町内会の宴会は広場でやっていた。
たき火を囲んで酒と料理が並んでいる。年寄りも子どもも出てくる素朴な集まりだ。
出し物の順番が回ってきたとき、うちの三人が張り切りだした。
「ならば、わらわの闇の魔術で夜空を焦がしてくれよう」
「オレのブレスでたき火をでかくしてやる!」
「では私は空間をねじ曲げて、瞬間移動の余興でも」
「全員やめろ」
俺は三人まとめて頭を押さえた。
「町内会で目立つな! 自警団呼ばれるだろうが! 出し物ってのはな、こういうのでいいんだよ」
俺は懐からハンカチを出した。
前の職場でレクリエーションの担当をさせられた時期がある。年寄りと子どもに受ける手品なら、いくつか体が覚えていた。
ハンカチをかぶせ、ひねって開く。中から折り紙の鳩が飛び出す。
しょぼい手品だ。タネも仕掛けもすぐバレる。
だが広場の子どもたちが「おおー」と声を上げた。年寄りが手を叩いた。
そして俺のすぐ前で、世界最強の三人が誰よりも目を輝かせていた。
「あるじ! 今のはなんじゃ! もう一度やれ!」
「すげえ! おっさん、すげえ!」
「待ってくれマモル君、今の術式は……いや、術式ではない? 手の速度だけで空間の認識を欺いたのか? ありえない、もう一度、もう一度見せてくれ」
「うるさい。落ち着け。順番だ。あと手品に原理とか言うな。野暮だろ」
俺は三人にも一度ずつやってやった。
国を焼ける連中が、折り紙の鳩ひとつで大騒ぎしている。安上がりでいい。
宴会が進んだころ、俺は広場の隅に妙な三人組を見つけた。
旅装の男たちだ。輪に加わらず壁際で黙って俺たちのほうを見ている。妙に姿勢がいい。目つきが鋭い。
なるほど、と俺は思った。
「あー、あれだな。越してきたばかりで町内会に馴染めなくて、壁の花になってるパターンだ」
俺は前の職場でもこういう人を放っておけなかった。新人が食堂の隅で一人で飯を食っているのを見ると、つい隣に座ってしまう。ほっとけない。
「よし。世話を焼いてやるか」
俺は例の魔獣の塩漬け肉をタッパー代わりの木箱に詰め、その三人組に近づいた。
「どうも。最近この町に越してきたマモルです」
三人組の体がびくりと跳ねた。
「ほら、うちのニート共も挨拶しろ。……で、これ。お近づきのしるしです。うちで狩った肉なんで、遠慮なく食ってください。あ、木箱はあとで返してくださいね」
俺は木箱をどん、と差し出した。
男たちの顔がみるみる青くなった。
一人が震える声でつぶやいた。
「……この魔獣は、討伐に一個師団を要する個体だ。それを血抜きも保存の術も使わず、無造作に塩漬けに……」
「ええ、まあ。硬いんで、よく煮込んでくださいね」
「ま、まさか、我々に対する……警告」
「え? いや、ただのお裾分けですけど」
「なるほど、承知いたしました。ありがたく」
男たちはなぜかがたがた震えながら木箱を受け取り、深々と頭を下げて去っていった。
礼儀正しい連中だな。俺は満足した。
よし。ご近所付き合い、完璧だ。
「あるじ。あの者たちは」
戻ってきた俺にノクトが低い声で言った。目が笑っていない。
「ん? ああ、越してきたばかりの人らしい。壁際で寂しそうにしてたから肉を分けてやった」
「……そうか」
「なんだよ」
「いや。あるじがそう言うなら、それでよい」
ノクトはそれ以上何も言わなかった。
セシルが眼鏡の奥で目を細め、何か言いかけてやめた。
リントだけが「肉もったいねえ!」と本気で怒っていた。まあ、そういう反応が一番わかりやすくて助かる。
帰り道は夜だった。
たき火の明かりが遠ざかり、四人で並んで歩いた。
「あるじ。あの、鳩が出るやつ。明日もやれ」
「毎日やるもんじゃねえよ」
「おっさん、次は火を出す手品にしろ! オレが手伝ってやる!」
「火事になるわ」
「マモル君。あの手品の原理について、夜通し議論したいのだが」
「寝ろ」
三人がそれぞれに好き勝手なことを言う。
俺はいちいち返事をしながら歩いた。
悪くない夜だった。
……いや。まあ、それなりに、悪くない、というだけだ。
家に着いて、俺は目を疑った。
台所が片づいていた。
朝、俺が出しっぱなしにしていった鍋が洗われている。明日の分の水がめが満たされている。薪が不格好だが積んである。皿が大きさもばらばらに、それでも一応は棚に並べられていた。
「……おい。勝手に俺の仕事を取るな」
俺は文句を言った。
三人はそっぽを向いたり、口笛を吹くふりをしたり、眼鏡を拭いたりしていた。
俺はしばらく、その不格好に並んだ皿を見ていた。
こいつらは少しずつ、自分のことを自分でできるようになってきている。
いいことだ。俺の目標は最初から、こいつらに世話を焼かれる側に回ることだった。ヒモ計画は順調だ。
順調なはずなのに。
――もし俺が、誰の世話も焼けないただの無職になっても。
こいつらは、俺をここに置いてくれるんだろうか。
……やめろ。
変な期待をするな。腹が痛くなる。
俺はただ、こいつらがパトロンとして育っていく過程を見守っているだけだ。そういうことにしておかないと、俺は明日からこいつらに、文字通り寄りかかって生きてしまう。顔をまともに見られなくなる。
俺は皿を一枚だけ並べ直して寝ることにした。
〔台所の裏紙に残された、書き置き〕
・ノクト:庭の草むしり完了。雑草はすべて消し炭にした。
→リント:だから燃やすなって! 土まで焦げてるだろ! おっさんに怒られるのはオレなんだぞ!
→セシル:二人とも声が大きい。彼が起きてしまう。
・セシル:水がめ補充済み。ただし転移で運んだら半分こぼした。効率が悪い。井戸まで歩くほうが速いという結論に至った。悔しい。
・リント:薪を割った。手でへし折った。斧の使い方はまだわからん。
・ノクト:皿を並べた。大きさの順というものがあるらしい。あの男はこういうことを毎日、誰にも言わずにやっていたのだな。
・セシル:ところで来月の、彼の生まれた日という行事について。人間の風習では贈り物と、火のついた菓子を用意するらしい。我々は何を用意すればいい?
→リント:肉!
→ノクト:小童、少しは考えよ。……だが、肉は要るな。あの男はやせすぎておる。
→セシル:では私は、彼が一日ゆっくり眠れる魔導具を作ろう。今度は火を噴かないやつを。
・ノクト:決めた。あの日はわらわたちが飯を作る。あの男には指一本動かさせぬ。
→リント:うまくできるかな。
→ノクト:練習する。一月ある。
→セシル:賛成だ。……こんなに先の予定を立てたのは初めてかもしれない。
→ノクト:わらわもだ。




