072 邂逅!ツバメの天敵現る
「ら、雷狐ちゃんが……私のことを……ぐふぅっ」
つい口を滑らせてしまった俺の一言に、マリアさんは致命傷を受けたように床へ力なく崩れ落ちた。
慌てて駆け寄ったティオたちが抱き起こすが、目の焦点は完全に虚ろだ。日本だったら即座に救急車を呼ばれるレベルの重症である。
まさか言葉一つで、ここまでダイレクトにダメージを負うとは予想もしていなかった。
「マリア姉、しっかりしなって!」
「そうです! 雷狐に嫌われているぐらいで、なんですか!」
「…………………」【いや、ソフィーリア様。子ぎつねちゃんを頭に乗せてその発言は、ただの挑発行為ですって(;゜Д゜)】
三人が必死にマリアさんを励ますが、もはや声が届いているのかすら怪しい。
完全に手詰まりとなった三人が、『どうしたらいいの』と水晶を見つめてくる。
いや、俺を頼りにされても困るんだが……。確かに、とどめを刺したのは俺の一言だけどさ。
突き刺さる視線に耐えきれなくなった俺は、何とかマリアさんを慰めようと、フル回転で励ましの言葉をひねり出した。
「……え、えーと。……マリアさん、さっきの発言は正確には意味が違うから! 雷狐はマリアさんのことを嫌ってなんかいないよ!」
咄嗟に出た俺の言葉に、今まで一切の反応がなかった彼女の体がピクリと動いた。
三人は『何言ってんの?』という顔をしているが、少し黙って聞いていてくれ。こっちも必死なんだ。
「ほら、雷狐が『神狐』に進化したときは、普通に懐いていただろ? っていうことは、マリアさんは根本的に嫌われているわけじゃない。これは、あれだ……。成長して落ち着くってことは、今のちっちゃい雷狐は思春期で、いわゆる『反抗期』なだけだ。どうやって接していいか分からなくて、ツンツンしているだけなんだよ!」
さらに彼女の体が、ピクピクッと反応する。
良かった。意識が現実へと戻りかけているようだ。
当の雷狐まで『何言ってんのコイツ?』という顔でこちらを見ているが、都合が悪いので見ないことにする。
俺はマリアさんを完全に立ち直らせるため、ダメ押しの一言を叫んだ。
「だから雷狐は、マリアさんのことが本当は好きだけど――素直になれないだけなんだ!!」
あたりに、シーンと静寂が訪れる。
正直、自分で言っておきながら『こんな苦しい言い訳で、マリアさんが納得するか?』と思わないでもない。
「……それは、本当ですかぁ?」
ふいに、今まで沈黙していたマリアさんから声が漏れた。
焦点の合っていなかった虚ろな瞳が、ゆっくりと俺へと向く。
「……本当は雷狐ちゃんは……私のことが好き、ですかぁ?」
まるでゾンビが這いずるように、緩慢な動作で水晶へと迫りくるその姿に、俺は軽い恐怖を覚えた。
おかしい。『威圧の魔眼』を封じた直後なのに、なんでこんなに怖いんだ。
俺は思わず引き気味に答える。
「あ、ああ。もちろんだ! 神狐の時の懐きようを覚えてるだろ? マリアさんが信じてあげなくて、どうするんだ!」
やけくそ気味に叫んだ俺の言葉を噛みしめるように、マリアさんは小声で『雷狐ちゃんは私が好き、私が好き……』と、ぶつぶつ呟き始めた。
そして、ガバッと勢いよく顔を上げると、ソフィーさんの頭上に陣取る雷狐目掛けて猛烈な勢いでダイブした。
「……ごめんなさい、雷狐ちゃん! 信じてあげられなくてぇ! 私も大好きですよぉ――痛ったぁああっ!?」
「フシャアアアア!」
そして例のごとく、伸ばした手を思いきり引っ掻かれた。
しかし、先ほどまでとは様子が違う。マリアさんは引っ掻かれた手をさすりながら、頬を染めて『ニヘラ』とだらしない笑みを浮かべていた。
「うふふふ、雷狐ちゃんたら……。そんなに照れ隠ししちゃってぇ。ツンデレなんですからぁ」
マジかよ、完全に立ち直ってる。
しかもその笑顔、ちょっと怖いぞ。
あと、ツンデレって言っているけど、『デレ』の要素が一切ない。100%純粋な『ツン』のみだ。
その光景に、今まで本気で心配していた他の三人がドン引きしている。
すごいな。ツバメさんはともかく、ティオとソフィーさんの問題児コンビすら引かせるって相当だぞ。
雷狐が威嚇するように歯を剥いて唸っているが、それでもマリアさんは微笑みを崩さない。
さすが自分で『まともな神経をしていない』と言っていただけのことはある。メンタルの強靭さが普通じゃない。
間違いなく、あの問題児二人の姉貴分だ。
あの問題児二人の相手は、これくらいメンタルが強くないとやっていられないのかもしれないが。
まあ、無事に復活してくれたんならいいや。
ポンコツ具合がさらに加速している気もするが、今は見ないことにしておこう。
「……あー、それじゃちょっといいか? 話をいったん戻したいんだけど」
俺が声をかけると、全員の視線がこちらに戻った。
色々あって横道に逸れっぱなしだったが、その色々のおかげで開拓レベルも無事に『6』へと上がってくれた。
これで、帰還のための最低限の設備がそろったことになる。
「まずは、皆のおかげで目標である『レベル5』を達成できた。工作室も増築できたし、これでティオの研究の足がかりが完成した。あとは生活基盤を充実させつつ、必要な材料を集めていくのが主な行動方針になる」
「さしあたって、まずは何をすればいいのかな?」
「急ぎたいのは二つかな。一つは食料の確保だ。一応パンは作れるけど、その他の食材がほとんどない。魚は釣れるとして、まずは野菜の栽培……畑を手入れするところからだな。ちなみに誰か、農業に詳しい人っていたりするか……?」
魔道具師に、王女に、メイドに、騎士。
四人をぐるりと見回すが、どう考えても土いじりとは無縁の面々だ。ダメもとで聞いてみると、ワンチャンありそうなマリアさんではなく、予想外のところから手が上がった。
「…………………」【それなら私がやるよ。私、家庭菜園が趣味だから(〃▽〃)】
「え、マジで? ダメもとで聞いたんだけど、ツバメさんが?」
意外にも手を挙げたのは、騎士のツバメさんだった。
相変わらずの無表情ながら、視線からはどこかワクワクとした雰囲気がひしひしと伝わってくる。
彼女とは趣味の話などしたことがなかったが、青空の下、農具を振るっている姿はどうにも想像し辛い。どちらかと言うと、月夜の下で柳の前に佇んでいそうなイメージだ。絶対に口には出さないけれど。
「ま、まあいいや。それじゃ畑の世話はツバメさん主導でお願いできるかな? あとで詳しいやり方を教えるから」
「…………………」【大船に乗ったつもりで任せておいて ( ´∀`)】
「よろしく。じゃあ、二つ目の急ぎでやっておきたいことなんだけど。『寝室の増改築』だ。ベッドはあるけど、さすがにシングルベッド一つに四人は無理だ。このままじゃ、硬い床で寝る羽目になっちまう」
どう詰めても二人が限界だ。すぐにでも材料を集めないと、今夜の寝床が足りなくなる。
さすがに直で床に寝るのはキツいだろう、と俺は気を利かせたつもりだった。
「え? 普段から研究室で寝落ちしてることもあるから、別に椅子でも寝られるけど?」
「私は木の上でも寝れますが?」
「私も座ったままでも十分ですねぇ」
「…………………」【野営で慣れてるよ(´・ω・`)】
「……お前ら、揃いも揃って本当に年頃の女性か?」
一人ぐらいならまだしも、四人全員が『床でも問題ない』と言い放つ事実に、頭を抱えたくなる。女子力が揃って家出をしている。
特に、通常ならば深窓の令嬢であるはずの王女様が最も野性的だというのは、一体どういうことなのか。
ただ、そろって床で寝られると俺の心がいたたまれないので、使う使わないは別として、寝室とベッドの増改築だけは強行することにする。
材料の【木材】が、さっき工作室を増築したことで少し足りなくなってしまったので伐採に行くとして、布団の材料になる【綿花】も足りない。
今から畑で育てるのではとても間に合わないので、自然に自生しているものを採取しに行かなければ。
ついでに採取してきた【綿花】を畑で育てれば、今後の素材にもなるので一石二鳥だ。
「……とりあえず、あって困るものでもないから増築だけはしてしまおう。なので今日はこの後、分担して作業をしよう。まず【木材】伐採と【綿花】採取。畑の手入れと夕飯の支度だな。【木材】伐採は俺が担当するから、他のことを分担してくれるか?」
「じゃあ私は【綿花】の採取かな。採取場所さえ教えてくれれば行ってくるよ」
「では私は魚釣りの続きですね。夕餉のメインを釣ってきます」
「私は夕飯の準備とぉ、工作室の掃除をいたしますぅ」
「…………………」【なら私は畑の手入れだね( ´∀`)】
皆がスムーズに立候補してくれたおかげで、すんなりと役割分担が決まった。
それぞれに軽い説明を済ませ、俺は【木材】を求めて山へと向かった。
* * * * *
それから約一時間後。
予備も含めて多めに【木材】を手に入れた俺は、いくらでも入るゲーム特有の不思議なバッグにアイテムを詰め込み、下山して小屋へと戻ってきた。
時刻は午後四時を回り、少し日が傾いてきた頃合い。
小屋が見えてくると、その手前の畑でせっせと農作業に励むツバメさんの姿が目に入った。
近付いてみると、雑草などはすでにほとんど抜き終えられているようで、見違えるように整った畑が広がっている。人間離れした、凄まじい作業スピードだった。
「…………………」【やあ、章介君お帰り。こっちも切りのいいところまで終わったよ。あとは野菜を植えるだけだね( ´∀`)】
「……すごいな。まさかこんなに早く終わるとは思ってもみなかったよ。さすがの手際だね」
「…………………」【まあ、慣れてるし、体力に自信はあるからね。……そういえば一つ聞きたいことがあったんだけど、あそこにある祠みたいなのって何? (´・ω・`)】
「え?」
ツバメさんが指し示す方角を見てみると、ちょうど小屋と畑の中間地点に生えている大きな木の根元に、小さな祠がポツンと立っていた。
それを見た俺は『ああ』と、すっかり抜け落ちていたその存在を思い出した。
バタバタしていたせいで忘れていたが、あれも重要なオブジェクトだった。
「ああ、あれもあったっけ。本当だったら、まだ現れてないはずのものなんだけどさ。あれは『女神の祠』だよ。海底神殿でのイベントをクリアするとあの祠が現れて、参拝すると一日一回、ランダムでアイテムをくれるんだ。たまにレアアイテムも落としてくれるから、クラフトには欠かせないんだよね」
「…………………」【なるほど、あの女神様の祠なんだ。ご利益ありそうだね( ´∀`)】
「……ツバメさんって、あの女神様に対して結構好感度高いよね。それなら、帰るついでに参拝していこうか」
俺はツバメさんを伴い、祠の前へと移動する。そして水晶越しに、パンパンと柏手を打った。
同じように、ツバメさんも恭しく柏手を打ってお祈りをする。
すると祠が神々しく光り輝き、その光が徐々に人の形をかたちどっていく。やがて光が収まると、そこには見覚えのある女神の姿があった。
ただし、その姿は海底神殿で見た『青髪の女神』ではなく『金髪の女神』――ツバメさんの天敵である【英雄天国】のポンコツ女神だった。
「…………………」【……………………は? ( ゜Д゜)】
そのあまりにも唐突な登場に、ツバメさんは感情が全てそぎ落とされたような、間の抜けた声を上げた。
例えるなら、大好きなソフィーさんだと思って飛びついたらマリアさんだったときの雷狐の気持ち、とでも言おうか。
ツバメさんはあまりの衝撃で、意識がフリーズしたように一切の反応を示さなくなった。
「また会いましたね、異世界の勇者たちよ。お久しぶり……と言うには、まだ大して日にちは経っていませんか。ふふふ、そんなに絶句して。そこまで再会を喜ばれると、私も嬉しくなりますよ」
何かの間違いかと思ったが、この絶妙にズレた発言は、間違いなく【英雄天国】の女神だ。
この謎の自信に満ち溢れたポンコツ臭、間違えようがない。
俺も想定外の出来事に頭がうまく回らないが、フリーズしているツバメさんに代わって、何が起きているのかの確認だけはしなければならない。俺は恐る恐る尋ねることにした。
「……え、えっと……もしかして――もしかしなくても【英雄天国】の女神様、ですか? 何かの間違いじゃなく?」
「ふふふ、こんなに美しい女神は私しかいませんよ。あまりの神々しさに、緊張して混乱する気持ちもわかりますが」
何言ってんだ、この女神様は?
一体どこからその無駄な自信がわいてくるんだ?
海底神殿の女神様はどうした?
ぶっちゃけ、あっちの女神様の方が美人じゃないか?
そんな疑問が脳内をグルグルと回るが、思わず喉から漏れ出そうになったツッコミをグッと飲み込み、質問を続ける。
「ううん……っ! いえ、すみません。……ちょっとお聞きしたいのですが、何故あなたがこのゲームに? 俺たち、貴方を連れてきた覚えがないのですが……。海底神殿の女神様はどうしたんです?」
「何を言っているのですか? 貴方が連れてきたのですよ? まあ、今の私は分霊ですので、本体は元のゲームに残っていますが。ほら、貴方が『神秘封じの水晶』を拾ったときに、私の髪の毛も一緒に持ち込んだではありませんか。女性の髪には、強い神秘が宿りますからね」
「……え゛?」
全く身に覚えのない事実に、潰れたカエルのような変な声が漏れた。
髪の毛を持ってきた? 誰が? 俺が? まさか『神秘封じの水晶』に、この女神の髪の毛が付着してたっていうのか?
「私としても、そこまで一緒に付いてきてほしいと願われたら、女神として信徒の願いを聞き入れないわけにはいきませんからね。髪の毛をこの世界の女神のもとに預けてくれたおかげで、こうしてすぐに顕現できました。ついでに、貴方方を見守る役目も、こちらの女神から快く譲っていただきましたよ」
(……ま、マジか。あの時、海底神殿で髪の毛を落としてたのか? ……ヤバい。俺もソフィーさんのことを言えねえ)
冷や汗をダラダラと流しながら、この状況をどう切り抜けるかと思考を巡らせる。
俺個人としては、話は聞かないしポンコツ気味ではあるものの、この女神に悪感情を抱いているわけではない。
だが唯一、この女神を親の仇レベルで苦手としている人物が、すぐ隣にいるんだよな……。
俺は息をするのすら忘れたように立ち尽くすツバメさんへと、恐る恐る視線を向ける。
同じく彼女に視線を向けた女神様が、底抜けに無神経な声で心配そうに言った。
「……先程からどうしました? 全く反応がありませんが。もしかして、私に会えた感動で失神してしまいましたか? どうしましょうか、心臓マッサージとかした方がいいですかね? ツバメのフラットな胸なら、余計な抵抗なくスムーズにマッサージができそうですし」
「…………………」【なんつった、ゴラァアアアアア!!!? (ʘ言ʘ╬)】
完全に固まっていたツバメさんが、息を吹き返したかのようにブチ切れた。
ああ、早速こうなったか。
俺は遠い目をしながら、爆発寸前の彼女を必死に宥める。
「お、落ち着いてくれ、ツバメさん! 今回は完全に俺の不注意だ、ホントにごめん!」
「…………………」【別に章介君は悪くないよ! マリアちゃんを助けるのに必要なことだったんだし! この女神崩れが悪いだけだよ! ヽ(`Д´#)ノ】
プンスコプンスコと沸騰するツバメさんに、案の定、女神が無自覚な追撃を放った。
「どうしたのですツバメ、そんなに怒って? 一度落ち着くように深呼吸しましょうか。ほら、吸って~吐いて~。……ちゃんと深呼吸してますか? 全然胸が膨らまないではないですか。いくら胸がないといっても、もう少し息を吸って膨らませましょうね?」
「…………………」【消え失せろ、この邪神がぁあああああ!!!!! (ʘ言ʘ╬)】
「えええ!? ツバメさん!?」
『シャキンッ!』と鋭い音を立てて腰の剣を抜刀したツバメさんが、祠を両断しようと全力で剣を振り下ろした。
女神本人ではなく、祠を破壊しようとしているところを見るに、まだ僅かに理性は残っているようだ。
俺が止める間もない、高速の剣撃。女神の祠は真っ二つに――ならなかった。
岩すらも叩き割りそうな必殺の一撃は、まさかの木造の祠に傷一本付けることなく、ピタリと止められていた。
「…………………」【はあああああ!? 固った!? 何これ、私の剣でビクともしない!? (;゜Д゜)】
いきなり剣を叩きつけたツバメさんの凶行に俺は驚きの声を上げたが、それ以上に、傷一つ付けられないという現実に彼女自身が驚愕の声を上げる。
そして、強襲されたにもかかわらず全く焦る様子のない女神様は、不思議そうに首をコテンと傾げた。
「どうしました、いきなり? 剣なんか抜いて? 以前にも言いましたけど、私は『闇』属性以外無効なので、物理攻撃は効きませんよ?」
そういえば、以前そんなふざけたチート仕様を語っていた気がする。
それを聞いたツバメさんの顔色が一瞬にして青ざめた。
「…………………」【ま、まさか……と、言うことは……!? (;゜Д゜)】
「……このゲームじゃ、闇属性衣装なんて手に入らないし、持ってもいない。……その事実イコール、この女神様に攻撃は一切通らない、ってことだね……」
重苦しい沈黙が降りる。
ツバメさんはその絶望的な事実を、ゆっくりと飲み込むように静かに目をつぶった。
そして――。
「ぐわぁああああああああ!!!!!?」
どうにもぶつけようのない怒りとともに、発狂したかのように島中に響き渡る肉声で叫んだ。
こうして、マリアさんに引き続き二人目。
ツバメさんにも、トラウマが牙をむくのであった。
読んでいただきありがとうございます。
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次回投稿は来週、9月19日(土)夕方以降になります。




