071 魔眼から解放されるとき
海底神殿の女神様に見送られ、気付くと俺たちは砂浜に立っていた。
ちょうどレア洞窟が消えていくタイミングであり、女神様の協力がなければ脱出できたか危ないところだった。
時刻はだいたい三時過ぎ。
まだ早い時間ではあるが、早く小屋へと戻りマリアさんを安心させてやらねばなるまい。
でないと、暴走した彼女が何をしでかすか想像がつかない。
「とにかく。取り急ぎ、開拓レベルを5まで上げるのが先決だよな」
「そうだね。マリア姉の魔眼の対策をするにしても、工作室が完成しないと何も進まないしね」
「ちなみに、現在のポイントは如何ほどです? さっきのドタバタで少しは増えたのではないですか?」
「そうだな。今の時点で……え!? 開拓レベルが『5』に上がってる!?」
「…………………」【え!? いつの間に!? (;゜Д゜)】
俺はシステム画面から、ログを辿るように読んでいく。
そこには、緊急クエストのクリアが3つと、身に覚えのない採掘と採取の履歴がずらりと並んでいた。
時刻的についさっきの出来事なのだが、憔悴しているマリアさんの線は薄いだろう。
となると、必然的に対象はこいつらになるのだが……。
「……なあ、三人とも――いや、違うな。ティオとソフィーさん、洞窟内から何か持ち帰ってないか?」
少し考えて、俺は対象からツバメさんを除外する。
やらかすとしたら、間違いなく他の二人だ。
俺の疑心暗鬼の視線に悪びれることなく、案の定二人はバッグの中やポケットの中からポロポロと、いろいろなものを取り出した。
「え? もちろんあるよ? ほら、さっき採掘した鉱石が色々」
「私は特に。強いて言うなら、蟹から逃げながら夕飯の材料にと採ってきたキノコ関連ぐらいですね」
「やっぱり、採ってるじゃん」
どこに詰め込んでいたのか、しれっと取り出したキノコがこんもり山のように出てきた。
ティオもバッグの中から、鉱石、レア鉱石問わずゴロゴロと小山のように取り出す。
こいつら、あの非常時に何やってたんだ。ツバメさんが絶句してるだろ。
どうやら、ボーナスステージで高ポイントのレア素材を大量に採取・採掘したことにより、想像以上のポイントを入手し、一気にレベルが上がっていたようだった。
言いたいことがないわけでもないが、結果オーライだ。見なかったことにしよう。
ともかく、これで工作室増築の条件は突破した。
あとは必要材料さえ揃えれば、すぐにでも製作に移れる。
「……まあ、いいや。――っと、雷狐は魔眼の対処をしない限り小屋へ近付けないか」
「なら、私は雷狐を連れたまま、ここで夕餉の魚を釣っていますね。問題が解決したら、声をかけていただけますか?」
「そうしてもらえるか? 俺は一旦、マリアさんに雷狐の無事の報告と、工作室を増築するために小屋へ戻るから。ティオとツバメさんは――」
「あ、私も一緒に戻るよ。どういう風に増築されるのか見てみたいし」
「…………………」【じゃあ、私はソフィーリア様とここに残るよ。平気だとは思うけど、また何かに襲われたら困るしね( ´∀`)】
「わかった。じゃあまた後で」
* * * * *
小屋へと戻ると、一人留守番をしていたマリアさんが、リビングをぐるぐると歩き回っていた。
そしてドアが開いた瞬間、こちらを視認したと同時に瞬間移動のごとき速さで詰め寄り、水晶へ縋りついてきた。
いきなりモニターいっぱいに映りこむ、マリアさんのドアップに思わず小さな悲鳴を上げてしまった。
「しょ、章介様ぁ! 雷狐……雷狐ちゃんは無事ですか!? 怪我は!? お腹は空かせていませんか!? 鳴いてはいませんでしたかぁ!!?」
「うわぁあああ!!? ま、マリアさん! お、落ち着いて!!」
水晶をガックガク、シェイカーにかけたカクテルのごとく揺らすマリアさんを、どうにかこうにか落ち着かせ、最低限の会話が成立するまでに持ち込んだ。
ティオと協力し、今までの出来事と雷狐の無事を教えると、マリアさんは脱力したように椅子へとへたり込んだ。
「……そうですかぁ、良かった。雷狐ちゃんが無事でぇ」
そう言うと、マリアさんは俯いたまま微動だにしなくなった。
「……マリアさん?」
その様子に俺は恐る恐る声をかけると、彼女はピクリと肩を跳ねるとゆっくりと顔をあげた。
ただ、その表情はとても辛そうな、そしてとても悲しそうに歪んでいた。
「……私は大事なことを忘れていました。いえ、思い出さないようにしていた、というのが正解でしょうか。……この魔眼は呪われたもの。章介様が魔眼を撥ね退けてくれて、そして【英雄天国】で魔眼の効果がデバフに置き換わったことで、私は根本的なことから目をそらしていました。
――結局私は擬態しているだけで、他の生き物からは避けられる化け物だということに」
「マリア姉……! そんな言い方!」
「……ごめんなさい。……でも雷狐ちゃんが魔眼の影響で逃げ出して、そして逃げ出した自然の中でノビノビ過ごしていたと聞いて……。やっぱり私は、動物とは触れ合うことができないということを痛感しました。……雷狐ちゃんが自然に帰りたいというなら、私はもう止めません。……【英雄天国】での出来事は、動物に触れあいたいと願った私の――私の見た一時の夢だったんです」
そう言って笑うマリアさんの笑顔は、無理やり自身を納得させようとひどく歪んだものだった。
その顔を見て、俺の気持ちはより一層強くなった。
「――章介さんっ!!」
「わかってる」
ティオが怒気を滲ませて俺の名を呼ぶ。
姉代わりの人が、密かに望んでいた小さな夢を諦めようとしている姿に、やり場のない怒りを感じているようだった。
俺も同じだ。マリアさんのそんな顔は見ていたくない。
今までならば彼女の魔眼を抑え込む方法はなく、慰めるぐらいしかできなかっただろうが、今は違う。
その手段を俺は持っている。
俺はシステム画面から、建造一覧を呼び出した。
そして、『レベル5』で追加された建造物から【工作室】を選択する。
材料は【木材×50】、【鉄鉱石×20】、【珪砂×20】だ。
木材は以前、俺が島の開拓を進めているときに伐採したもの。鉄鉱石はついさっき、ティオがこっそり採掘していたものから拝借。珪砂はここへ戻ってくる前に、砂浜でかき集めたものだ。
材料は全てそろっている。
――ならば建造開始、ぽちっとな!
マウスをクリックした瞬間、『トンテンカン! トンテンカン!』と大きな建造音とともに、トンカチのエフェクトが浮かび上がる。
「……え? なんですかこの音?」
マリアさんが、小屋に響き渡る騒音に声を上げる。
そして時間にして僅か数秒。
通常ではありえない速度で増築が完了する。
リビングの東側、寝室の反対側の壁に突如としてドアが現れた。
「……マリアさん。ちょっとそこで待っていて」
驚きに固まるマリアさんを残し、俺とティオはそのドアを勢いよく開けると、その中へと入っていった。
まだ新築の木の香りが漂う一室は八畳ほどの広さで、中央に作業台、壁には大きな棚が敷き詰められているがまだ空っぽだ。
俺は作業台の上に【鉄鉱石×1】と【英雄天国】から持ち込んだ魔眼封じの切り札、【神秘封じの水晶】を取り出す。
そして一覧から、目的のアイテムを選ぶと『製造』ボタンを押した。
再びトンカチのエフェクトとともに製造の音が鳴り響き、音が止むと同時に目的のアイテムが作業台の上に現れる。
俺はそのアイテムを浮き上がらせるように水晶の上に乗せると、ティオと目配せし頷きあい、再びリビングへと戻った。
「マリアさん」
彼女は俺たちの奇行に呆然としていたが、俺の呼びかけに再び歪んだ笑顔を見せた。
「……あ、工作室が完成したのですねぇ。おめでとうございます。これで元の世界へ帰還するための工程が一つ進んで――」
「マリアさん、これを」
俺はマリアさんの言葉を遮るように、水晶の上に乗せたアイテムを彼女へ渡した。
それを反射的に両手で受け取った彼女は、そのアイテムをまじまじと見つめる。
「……眼鏡、ですかぁ? 何故これを私に? これでも私、両目とも3.0あるのですがぁ……」
「いや、度は入ってない。これは別の目的があるから。とりあえず騙されたと思って、一度かけてみてくれないか?」
「これを……ですかぁ?」
戸惑っていたマリアさんだったが、俺とティオの様子に何かを感じたのか、素直に眼鏡をかけてくれた。
「え……っとぉ。かけましたけどぉ、一体これが何かぁ?」
「悪いけど、ちょっとそのまま待ってもらえるかな」
「はぁ?」
俺の要領を得ない発言に、疑問符を浮かべながらも素直に従うマリアさん。
目配せをすると、ティオは軽く頷き小屋の外へと出て行った。
そしてそのまま数分が過ぎる。
遠くのほうから鳥の鳴き声が聞こえてくる。
そしてその鳴き声は段々と近づき、小屋のそばにある木の上で止まった。
「……え?」
その違和感に、マリアさんが小さく声をこぼした。
俺は彼女を促し、窓を開けてそばの木の様子を見せた。
そこには、トンビが木に留まり羽休めをしている姿があった。
窓からおよそ10メートル。魔眼の射程圏内だ。
初めて近距離で目にする野生の鳥の姿に、マリアさんが信じられないものを見たように固まった。
その目は、驚きで完全に開いていたが、それでもトンビが逃げ出す様子はない。
「……章介、さん……これは……一体……?」
声を震わせながら、マリアさんは自身が見ている光景を訊ねてくる。
『もしかして』という現実と、『ありえない』という感情がせめぎあい、思考がぐちゃぐちゃに混乱しているようだった。
だから俺は一言だけ答えた。
「――約束、したからな」
その一言だけで十分だった。
彼女は目を大きく見開き、声を震わせる。
「……ま、さか……」
「『神秘封じの水晶』を使った眼鏡だよ。【英雄天国】からこのゲームに戻ってくるとき、一欠片だけ失敬してきたんだ。こいつは女神の力まで封印した代物だ。いくら特級クラスだろうと、個人の魔眼程度なら十分抑え込むことができるだろ。威力の減衰でも他のデバフへの変換でもない。――正真正銘、魔眼の封印だ」
それが止めだった。
マリアさんは顔をくしゃくしゃに歪ませると、ぺたりと膝をつき大声をあげて泣き出した。
24年間。彼女が求めてやまず、それでも決して叶わなかった夢に初めて手が届いた瞬間だった。
俺は何も声をかけず、ただ彼女が泣き止むのを待った。
それから数分、ようやく落ち着いたのか小さく鼻をすする音だけが部屋に響く。
そして泣き止み、目を真っ赤にしたマリアさんが、恥ずかしそうに小さく笑った。
「……ごめんなさい、大泣きしてしまって。……自分でもこんなに泣くとは思わなかったわ。恥ずかしいとこを見せちゃったわね……」
「気にしてないよ。仕方がないだろ、ずっと夢見てたことだったんだから」
「……ありがとう。……でも、まさか本当にこんな日が来るなんて……」
まだ、現実を完全に受け入れられていないように、夢心地の表情で笑うマリアさん。
「あのとき、『結果で示す』って言ったしな。だから約束通り、――マリアさんも一歩踏み出してくれるか?」
「……ええ。約束、だものね」
そう言って満面の笑みを浮かべたその顔は、初めて一歩を踏み出した少女のような美しさがあった。
俺はやっと、全ての重りを外したマリアさんの正真正銘の、心の底からの笑顔を見た気がした。
彼女はハンカチで涙を拭うと、膝の埃を払うように立ち上がった。
そして俺に向かい、深々とお辞儀をした。
「……ありがとうございました、章介様ぁ。このご恩は決して忘れません。貴方が約束を果たしてくれたように、私も約束を果たそうと思いますぅ」
「ああ、それじゃ約束通り。一歩を踏み出して――」
「いいえぇ、そうではありません。何でも仰ってください。約束通り、何でも言うことを聞きますのでぇ」
「……はい?」
俺はマリアさんの言葉に呆けた声をこぼしてしまった。
今、何て言った? 聞き間違いか?
――いや、記憶を呼び起こせば、確かにそんなことを言っていた気がする。
固まる俺だったが、頭を上げたマリアさんの目は一切の冗談など感じぬ、正真正銘の本気の目だった。
……これは冗談抜きで、何を言っても本当にやるつもりだ。
それだけ彼女の魔眼に対するトラウマが深かったのだろうが、別にそんなつもりで眼鏡を作ったつもりはない。
正直言えば、彼女の暴力的なスタイルに、ちょっとよこしまな気持ちが出てきたのは否定できないが、彼女の友人としてそれは絶対にできない。
……かといって、何も求めないのでは彼女の気が治まりそうもない。
「……うーん。……あ、そうだ。なら今度から二人きりの時だけでもいいから、さっきみたいに素の口調で話してくれるか? 今の口調は魔眼の効果を軽減させるためのものだって話だろ? なら、その眼鏡をかけていれば、口調はもう関係ないはずだからな。やっぱ、友人なら親しい口調で会話したいから」
そういって笑うと、マリアさんは目を見開いてキョトンとした表情をした。
「……え? いや、それでいいの? もっと他にあるでしょ? お金とか、身の回りの世話とか……ねえ?」
何故か、必死に身振り手振りで説明するマリアさんの姿に、思わず『ぷっ』と笑いがこぼれてしまう。
本人は気付いているか分からないが、さっきから完全に素の口調が漏れていた。
「いや、それでいいよ。そうやって、魔眼のことを一切気にせず笑ってくれれば、俺も友人のために頑張ったかいがあるからさ」
そしてマリアさんは再び固まると、小さく苦笑いをした。
「……そう、じゃあ一旦それでいいわ。もし、何かしてほしいことが思いついたら遠慮なく言ってくれればいいから」
「わかったよ。それじゃ、これからもよろしくな」
「……ええ、これからもよろしくね。――あと、改めてありがとう」
お互い顔を見合わせ笑い合っていると、誰かが小屋の外から近付いてくるのが分かった。
ティオがソフィーさんたちを呼んできてくれたんだろう。
ドアが開くと、そこには想像通りティオたち三人と、雷狐の姿があった。
もう魔眼の影響は一切なく、雷狐は逃げ出すことなく大人しくソフィーさんの頭の上に乗っていた。
……まだ乗っていたのか。よっぽどそこが気に入ったんだな。
野生同士、通じるものがあるのかもしれない。
ソフィーさんは、マリアさんの前まで移動すると頭上の雷狐を両手でつかみ、マリアさんへそっと手を伸ばした。
マリアさんは一瞬躊躇したが、震える手を雷狐へと伸ばす。
もうこれまでとは違い、彼女たちを隔てる要因は一つもなかった。
ついにマリアさんは長年の夢を叶え、何の障害もなく動物を愛でることが出来るようになったのだ。
俺たちは固唾をのんで、その瞬間を見守った。
そしてマリアさんの手が雷狐へと触れた。
「……雷狐ちゃん。ごめんなさい、魔眼で怯えさせてしまって。でもこれからは、ずっと一緒ですからね――痛ったぁあああ!!?」
「シャァアアアア!!」
感動の瞬間と思いきや、伸ばした手を思いっきり引っかかれるマリアさん。
「「「えええええええ!!!?」」」【(;゜Д゜)】
予想外の状況に声をハモらせて叫ぶ俺たち。
雷狐は床へと飛び降りると、再びよじ登るようにソフィーさんの頭上へと戻っていった。『フンッ』と捨て台詞のように鼻を鳴らしながら。
「え、ええ? ら、雷狐ちゃん? え、あれ? 魔眼の影響はなくなったんじゃ……あれぇ?」
引っかかれた手を抑え、混乱したように雷狐を見つめるマリアさん。
俺たちも想定外の事態に軽く混乱している。
「え!? マリア姉の魔眼って完全に封印できたはずじゃ……!?」
「いえ、雷狐は魔眼の威力圏内に留まっていますから、封印されているのは間違いないのでは……!?」
「…………………」【で、でも、マリアちゃんの手を引っ搔いたけどこれは一体……(゜д゜;)】
「いや、待て待て待て! ってことは、だ……!」
俺たちは、完全に血の気の引いたマリアさんへと視線を向けた。
彼女は『信じたくない』、とばかりの表情をしているが、おそらく彼女にとって残酷な事実が待っている。
俺はごくりと唾を飲み込むと、その事実を彼女へと告げた。
「……ってことは、魔眼云々関係なく、ただ単純にマリアさんは雷狐に嫌われてるだけなんじゃ……?」
「ぐふぅうううううううう!!!!!!!!!???」
その事実を聞いた瞬間、マリアさんは胸を抑えながら床へと崩れ落ちた。
「マリアさ――――――んっ!!!?」
「マリア姉――――――っ!!!?」
「マリア――――――っ!!!?」
「…………………」【マリアちゃ――――――んっ!!!? (;゜Д゜)】
彼女に駆け寄り抱き起すが、浅く早い呼吸を繰り返している。
完全に致命傷だった。
この日、マリアメア=シルヴァランスは、生まれてから今日まで苛まされていた人生最大のトラウマを克服した。
――そしてその直後、人生二番目のトラウマを刻まれることとなった。
読んでいただきありがとうございます。
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次回投稿は来週、9月12日(土)夕方以降になります。




