065 【英雄天国】その17 ティオside ~100分の1の決着~
神殿を震わせる邪神の咆哮。それが合図となった。
ソフィー、ツバメさん、マリア姉、そして神狐が弾かれたように駆けだす。
迎撃に出る三体のガーゴイルと共に、邪神の巨体が彼女たちへと襲い掛かった。
今ここに、【英雄天国】ラスボス・邪神戦、最終ラウンドのゴングが鳴り響く。
攪乱、援護、攻撃。一進一退の攻防を繰り返す邪神の隙を見逃すまいと、後方に構えた私は魔法を展開する。
突き出した両手に、光り輝く魔力が徐々に集約していく。
「……集中させた魔力が、光に変換されていくのがはっきり分かる。これが、魔法を使うっていう感覚なんだ……」
高揚、あるいは憧憬に近い感情が胸に渦巻く。
魔法変換の才能が皆無の私は、これまでの人生で一度たりとも魔法を発動できたことがない。
それが初めて、しかも特級魔法を使用しようとしているのだ。さらに相手はラスボスの邪神。
私の最初で最後の魔法を放つには、これ以上ないほどに舞台が整えられていた。
両手に魔力を集め、皆が作り出すであろう一瞬の隙を、睨みつけるように待ち構える。
そして、その時はすぐにやってきた。
マリア姉がガーゴイルの攻撃を躱しつつカウンターを叩き込み、注意を一手に引き受ける。ソフィーが最前線で邪神のヘイトを稼ぎ、一撃必殺のノイズ攻撃を紙一重で躱していく。
そこへ神狐が中距離から雷撃を放ち、ダメージを受けた邪神が【自動回復(大)】を発動させた。
その一瞬の硬直を狙い、ツバメさんの光属性の拳が打ち抜く。
やはり、ツバメさんという光属性の攻撃手段が一手増えたことは、非常に大きかった。
会心の一撃を受けた邪神の巨体が、たたらを踏むようによろけた。
その瞬間、この場にいる全員の心が一つになる。
――今!
「ティオッ!!」
「任せてっ! 【特級光撃】――!」
章介さんの叫び声と同時に、私の両手に展開された魔力が一瞬で膨れ上がり、光輪を描くように広がって――。
「っ! いけないっ!? ティオ様っ!!」
――弾けるように、大爆発を起こした。
「きゃああああああああああ!!!?」
「うわああああああああああ!!!?」
至近距離での不意打ち気味の爆発により、私の体は後方へと吹き飛ばされる。
真横にいた水晶も余波をもろに受けたようで、爆風によって水晶が激しく揺さぶられていた。
そのまま地面に叩きつけられるかと思ったが、背中を打ったのは石畳ではなく、もっと柔らかいものだった。
暴発の予兆を感じ取ったマリア姉が、最後のガーゴイルを砕くと同時に駆け寄り、間一髪で受け止めてくれたのだ。ガーゴイルを邪神から引き離すため、少し後方で戦っていたことが功を奏したらしい。
「ティオ! 大丈夫か!? 何が起こった!?」
慌てたように近づいてきた水晶から、章介さんの声が聞こえる。
すぐに『大丈夫』と返そうとしたが、両腕を中心に全身から鈍い痛みが襲ってきた。今の爆発は、想像以上のダメージを私に与えたようだ。
章介さんの慌てようから察するに、HPもかなり減っているのだろう。
「……痛ぅう。な、何とか……。でも今のは……? 魔法が暴発した?」
「暴発!? まさか『重ね着』で無理やりシステムを誤魔化したから、バグが発生したのか!?」
章介さんは咄嗟にバグの可能性を疑った。
今の私は、本来のゲームでは不可能な『装備一式の上にさらに装備一式を重ねる』という特殊な状態だ。そのせいで、発動するはずの特級魔法にエラーが発生したと考えたのだ。
しかし、その推測はすぐに打ち消されることとなる。
「……いいえぇ、そうではありません。これは純粋に、魔力の制御不足ですぅ」
私を後ろから抱きかかえるマリア姉が、眉をしかめて首を振った。
「魔力の制御不足?」
「ええ。使用者の実力を越える魔法を使用する場合、魔力の制御が上手くいかず暴発する危険があるのですぅ。……とは言ってもぉ、本来ならば実力以上の魔法は習得すらできないため、起こりえない現象なのですがぁ」
(そうか。私は元々魔法を一切使えなかったのに、いきなり特級魔法だ。実力云々どころじゃないレベル差があるんだ)
説明を聞いて納得したが、同時に焦燥感も湧き上がってきた。ということは、切り札が使えないという話になる。
手数は増え、【自動回復(大)】を上回るダメージを与えてはいるものの、その差は決して大きくない。このまま攻撃を続けていては、邪神のHPを削り切る前にこちらの体力が底をつくだろう。
ここへきてまた振り出しか。
頭を抱えそうになったその時、マリア姉の口から希望がこぼれた。
「……一つ、方法はありますぅ」
私と章介さんの視線がマリア姉へと集中する。彼女はそのまま静かに語り始めた。
「体内を循環する魔力というのは、波を打つように常に上下に揺れ動いているのですぅ。魔法を使用するときは、その波長を一定の領域に調整するのですがぁ、等級が上がるほどにその調整はシビアになりますぅ。特級ともなれば、誤差はコンマ1ミリも許されません。……はっきり言って、魔力変換の才能がないティオ様では、その調整は不可能です」
絶望的な事実だった。こと魔力操作においてマリア姉は天才中の天才だ。そんな彼女が、はっきりと不可能だと言い切ったのだ。
しかし、私たちは言葉の続きを待った。『方法がある』と言った彼女を信じて。
「ですので、調整するのではなくぅ……不規則に上下する魔力の波長が、特級魔法の使用域と『完全に重なった瞬間』に放ちます。――つまり『魔力操作』ではなく、『魔力感知』で魔法を発動させるのです」
その説明に私は思わず目を見開いた。
「え? そんなこと可能なの!? 体内魔力の波長なんて、感じ取るだけでも出来るかどうかだよ!?」
「魔法使用のタイミングは私が合図します。その程度の技術ならば余裕です。何せ――女性は、不思議がいっぱいですからねぇ」
不敵に微笑むマリア姉の姿は、この絶体絶命の状況において、何よりも頼もしく見えた。
「――それではいきますぅ」
「うん、お願い」
マリア姉は私の背後にまわると、右手でそっと背中に触れた。
私は両手を前に突き出し、背中の手に意識を集中する。
時折、マリア姉が私の背中を軽く叩くように押す。これが『波長が魔法の使用域と重なった瞬間』なのだろう。
しかし、そのリズムは一定ではなく、不規則に刻まれていた。タイミングを計ろうとするが、成功するビジョンがまったく浮かんでこない。
どうやら私は魔法変換だけでなく、魔力感知の才能もなかったらしい。
(……無理もないか。何せ20年以上付き合いのなかった才能だ。感じ取るなんてできる気がしない。――だったら!)
私は自身の魔力波長を感じ取ることをあきらめ、サポートをしてくれるマリア姉の呼吸を感じ取る方向へ意識をシフトした。
20年以上付き合いのなかった才能と違い、マリア姉とは10年以上の付き合いがある。なら、こっちの方が可能性は高い。
とは言っても、成功率はせいぜい100回やって1回成功する程度だろう。何せ、他人の合図でスロットの目押しを成功させるようなものだ。
深呼吸をするが、冷や汗が頬を伝う。
さっきの暴発をもう一度起こせば、最悪私は気絶する。背後にいるマリア姉を巻き添えにして。
それはすなわち、パーティの壊滅を意味していた。
そう考えると、心臓の強さに定評のある私でも緊張しているのが分かった。
心情を察したのか、マリア姉が優しく声をかけてくる。
「……大丈夫です、絶対に成功しますぅ。貴方とソフィーリア様の、土壇場での悪あがきと悪運の強さは、私もよく存じてますからぁ」
「いや、言い方」
思わずツッコんでしまった。明らかな悪意を感じる。
しかし今ので気が緩んだのか、強張っていた緊張がスッと消えてなくなった。マリア姉も付き合いが長い分、私の扱いをよく分かっている。
(そうだ。最初から失敗することなんて考えていたら、何も出来やしない。私のモットーは『前のめり』。100回に1回しか成功しないなら、その1回を初っ端でブチ込むだけだ!)
私は目を閉じると、背中に感じるマリア姉の手の温かさに意識を集中させた。
――今押した。5拍おいてまた押される。今度は7拍、続いて4拍、12拍、9拍――。
マリア姉の呼吸、手から伝わる筋肉の振動、その他の情報。その全てを感じ取り、そして――。
(ここだ!!!)
カッと目を見開き、魔法を発動させる。
マリア姉が背中を押した瞬間と、刹那の誤差さえ存在しない完璧なタイミングだった。
「【特級光撃】!!!」
両手に集めた魔力が激しく輝き、私の身長ほどの光輪を描き出す。そして、その中央へと膨大な光が収束していく。
「皆ぁああ! 横に跳べぇええ!!」
章介さんが戦場を震わすような大声で叫んだ。
その声に反応し、ソフィーとツバメさん、神狐が、邪神と私の直線上から飛び退く。
それとほぼ同時だった。
光輪の中央から、飛び退いた隙間を縫うように巨大な一条のレーザーが打ち出され、邪神を一直線に打ち貫く。
後方の柱を薙ぎ倒し、神殿の壁に激突した振動は、部屋全体を大きく揺るがした。
上級魔法とは文字通り桁が違う破壊力。
これぞ、魔法に愛された天才中の天才のみが扱うことを許された特級の威力だ。これならば、いくらラスボスといえども無事では済まない。
――ただし、直撃していればの話だが。
「そんな……っ!?」
それは誰がこぼした声だったか。
特級魔法の閃光が消えたあと、皆の目に映ったのは、四本の腕のうち片側二本が消失した邪神の姿だった。
胴体に直撃させるはずの一撃だったが、ギリギリのところで躱されてしまったのだ。
私の放った特級魔法は、間違いなく邪神すら葬り去る威力を秘めていた。
しかし、ここで魔力操作で発動できなかったツケが回ってくる。自らのタイミングでの隙を突いた一撃ではなかったため、回避する余地を与えてしまったのだ。
しかも【自動回復(大)】が発動し、消失した腕が徐々に再生し始めている。
だが、一撃で仕留めきれなかったとはいえ、チャンスであることには違いない。それなりのダメージは入っているはずだ。
ソフィー、ツバメさん、神狐が追撃すべく再び邪神へと迫る。
――が、攻撃が届く前に、邪神の三つの目がギョロリと動いた。
私の第六感がゾクリと警鐘を鳴らす。
邪神の全身に、禍々しい黒い雷が走ったのが見えた。
次の瞬間、再び部屋を震わす咆哮と共に、漆黒の稲妻が空間中を暴れまわった。
「「「きゃああああああああああ!!!?」」」
視界一面、神殿全体に雷撃が迸り、世界が黒く染めあげられる。
おそらく、一定のダメージを受けた後に発動する、邪神の必殺技の一つだろう。今までの攻撃とは一線を画す規模だ。
数秒後――体感では数分にも感じられた破壊の嵐が止むと、私は自身の状態に違和感を覚えた。
あれだけの攻撃にさらされながら、ダメージらしいダメージを負っておらず、誰かに抱きかかえられていることに気がついた。
「……マリア姉!?」
最悪の状況を思い浮かべ、名前を叫ぶ。
しかし私の考えとは裏腹に、私を庇うように抱きしめるマリア姉はほとんど無傷だった。彼女自身も、自分の状態に不思議そうな表情を浮かべている。
理由はすぐに分かった。
私を庇ったマリア姉の前方。彼女の背中のすぐ後ろに、神狐が立ち塞がっていたのだ。
神狐は振り返り、マリア姉の無事を確認するように目を細めると、そのまま崩れるように倒れ込んだ。
グレートボアの時とは違い、今度は正真正銘、主であるマリア姉をその身を挺して守り抜いたのだ。
「神狐ちゃんっ!!!?」
マリア姉が悲鳴のような声を上げる。
倒れた神狐はその体を光に包まれると、元の雷狐の姿へと戻ってしまった。
最悪の事態が脳裏をよぎり、マリア姉が駆け寄ろうとする。
「大丈夫だ! 一定のダメージを受けて気絶しただけで、命に別状はない! それより前を!」
章介さんの鋭い声が響いた。私の後ろにいたことで、水晶も黒雷の直撃を避けることができたようだ。
その声に弾かれるように、視線を前方へと向ける。
「――っ!」
視界に映ったのは、最悪に近い惨状だった。
最前線にいたツバメさんは、咄嗟にガードしたようだが黒雷の直撃を受け、全身から焦げたような煙を立ち昇らせて膝をついている。
彼女の衣装属性は『光』。邪神の『闇』相手では攻撃力が倍になる反面、受けるダメージも倍になる相互相性だ。痛恨の一撃を食らってしまった。
そして、それ以上に問題なのがソフィーだった。
至近距離からの黒雷を回避しようとしたのだろうが、システム上限を超えた敏捷値をもってしても完全には躱しきれず、左足を黒く煤けさせて倒れこんでいる。
――マズい。
それ以外の言葉が湧いてこない。
神狐は戦闘不能、ツバメさんも大ダメージを受け膝をついている。
何よりソフィーだ。今回の邪神戦において、MVPは間違いなく彼女だった。彼女の回避盾としての働きがなければ、とうに敗北していた。
しかし今の攻撃で足をやられ、その圧倒的な敏捷性が封じられてしまった。
たった一手で、盤面を完全にひっくり返されてしまったのだ。
すぐさま次の一手を考えようとするが、それより早く、誰よりも聞きなれた声が耳に届いた。
「ティオッ! もう一発撃ちなさいっ!!!」
親友の叫び声に、私は反射的に魔法の発動態勢に入る。
そうだ、これ以上の長期戦は不可能だ。策を練っている暇もない。邪神を仕留められる可能性があるのは特級魔法だけ。
大技の直後で、邪神の動きが止まっているこの僅かな時間こそが最後のチャンス。
――100回に1回の成功? 知るか! だったら次の100分の1を、前借りで持ってきてやる!!
「マリア姉ぇ! もう一発っ!!」
「っ!!」
私の声に、マリア姉がすぐさま背後にまわりタイミングを合わせ始める。
再び呼吸を合わせる。焦らず、確実に一撃を叩きこむために。
しかし、逆転を狙う私たちをあざ笑うかのように、邪神の行動が一手早かった。
何度目かの【自動回復(大)】によって、消し飛ばされた二本の腕の再生を完全に終えた邪神が、その腕にノイズを纏い大きく振り下ろしてきたのだ。
「ソフィー!!?」
「ソフィーリア様!!?」
腕が振り下ろされるその位置には、ソフィーがいた。
躱そうとするが足のダメージが響き、よろけてその場に膝をついてしまう。
直撃する。
思わず集中が解け、悲鳴を上げた。
最悪の結末が頭をよぎったその時、見慣れた顔文字が皆の頭に響いた。
「…………………」【――護衛騎士を、舐めるなぁあああああ!!!!!! ι(`ロ´)ノ】
裂帛の気合と共に、ノイズを纏った拳とソフィーの間に白い影が割り込んだ。
そして、その必殺の一撃を真正面から受け止める。
「ツバメ!!?」
目の前で自分を庇い、一撃必殺の攻撃を食らったツバメさんの姿に、ソフィーの悲鳴が響いた。
あの攻撃だけはヤバイ。食らえば防御不能の必殺の一撃。いくら人間離れしたタフネスを誇るツバメさんでも耐えることは不可能だ。
『死』の一文字が脳裏を過る。
しかし、歴戦の騎士であるツバメさんは、私たちの想像を凌駕していた。
邪神の一撃に対し、魔法のステッキを差し込むことで直撃の軌道を逸らしていたのだ。
彼女は『ソロキュア!』の衣装に着替えた時、その前に装備していたステッキを腰に差して残していたらしい。
私の『重ね着』のように、装備のシステム枠を超えて保持していたのだ。
この一撃に備えるために。
必殺の一撃を受け止めたステッキは、その役目を終えたようにノイズと共に消滅する。
更に、ノイズを抜きにしても石畳を粉砕する威力の一撃だ。ツバメさんは床に叩きつけられ、砕けた石畳の破片をまき散らしながら後方へと転がっていった。
戦力は満身創痍。
しかし、ツバメさんが身を挺して稼いだこの僅かな時間が、勝負の明暗を分けた。
マリア姉の呼吸と、私の呼吸が、再び刹那の一瞬で完全に一致する。
「「ここっ!!」」
「【特級光撃】!!!」
両手に集めた魔力が激しく輝き光輪を描くと、再びその中央に膨大な光が収束する。
しかし、光輪の中央からレーザーが打ち出される瞬間――邪神の表情が、ニヤリと歪んだ気がした。
(躱される!?)
一度目の焼き直しのように、邪神が特級光撃の軌道上から体をズラそうとする。
だが、その瞬間、動いたのはソフィーだった。
私たちをあざ笑うかのように顔を歪めた邪神に対し、ソフィーもまた、不敵な笑みの形に口角を釣り上げた。
「させませんよ。【はぷにんぐ♡】!!!」
スキル名と共にソフィーの周りに風が渦巻き、スカートがふわりと巻き上がる。
同時に、邪神にピンク色のエフェクトがかかった。
「私も土壇場での強さと悪運には自信があるんですよ。状態異常が99%無効ならば、残りの1%を引き当てるだけです」
不敵に笑うソフィーの宣言通り、邪神の巨体にハートマークの模様が浮き上がり、ピタリとその動きが停止する。
この絶体絶命の土壇場で、彼女もまた私と同じように100分の1を引き当て、【魅了】を成功させてみせた。
そして、完全に動きを止められた邪神のど真ん中を、特級光撃の極太のレーザーが、容赦なく打ち抜いた。
読んでいただきありがとうございます。
よろしければ、ブックマーク・評価をしていただけるとモチベーションの維持になります。
次回投稿は来週、8月1日(土)夕方以降になります。




