063 【英雄天国】その15 ~反撃のピース~
邪神の放つ咆哮がビリビリと大気と肌を震わせ、ラストバトルの火蓋が切られたことを嫌でも知らせる。
邪神を迎え撃つべく臨戦態勢を取る四人だが、その相性・戦力差は絶望的と言っても過言ではない。
しかも『データ破壊型のバグ』という、ゲームのデータと化している彼女たちにとって致命的なエラーまで発生し、リセットが存在しないデスゲームの様相を呈してきた。
だが、そんな絶体絶命の窮地においても、彼女たちの瞳には誰一人として諦めの色は浮かんでいなかった。
「とにかく、一旦時間を稼ぐよ! 逃げるにしても戦うにしても、策を練らなくちゃなんにもならない!」
邪神を睨みつけながらティオが叫ぶ。
その声に、邪神から目を逸らすことなく三人が頷いた。
「分かりました。なら――」
ソフィーさんが何か言おうと口を開くが、その声を最後まで発することはできなかった。
決して油断をしていたわけではない。まだ邪神とは二十メートル以上離れていた。
しかし、邪神は口を大きく開くと、黒い闇を纏った魔力をその距離から高速で撃ち出したのだ。
その攻撃はほんの一瞬で目の前まで迫り、四人は咄嗟に左右へと跳んで躱す。
直後、彼女たちをかすめるように背後の柱へ直撃した魔力弾は、轟音と共に破片を撒き散らしながら柱をひび割れさせる。
そして、衝撃に耐えきれず根元から折れた柱が、俺たちを左右に分断するように倒れ込んだ。
――ドオオオオオオオン!
衝撃が部屋全体を揺らし、粉塵が舞う。
「――皆、無事か!?」
舞い上がる埃で視界が塞がれる中、安否を確認すべく叫ぶ。
「大丈夫!」
「私と雷狐ちゃんの宝玉も無事ですぅ!」
「私も問題ありません!」
「…………………」【同じく! (; ・`д・´)】
返事と共に治まりつつあった埃と破片の向こう、水晶側にはティオとマリアさんの姿が、倒れた柱の向こう側にはソフィーさんとツバメさんの姿が見えた。
全員の無事に胸を撫で下ろすが、その安心も長くは続かない。
邪神が咆哮を上げながら襲い掛かってきた。ターゲットは柱の向こう――ソフィーさんたちだ。
「ソフィーッ!!」
ティオの叫びが木霊する。
その声に一瞬だけティオへ視線を向けると、ソフィーさんは深く息を吐き出した。
そして、体を前傾姿勢にして叫び返す。
「ティオ! 邪神は私とツバメで引き付けます! マリアは雷狐の進化を最優先! 貴方と章介さんはこの場を切り抜ける策を考えてください!」
「…………………」【ソフィーリア様!? (;゜Д゜)】
その発言にツバメさんが驚愕の声を上げる。
無理もないだろう。何せ自分の守るべき相手が、最も危険な役目を引き受けようとしているのだから。
「現状、あの一撃必殺の攻撃がある限り、最も囮としての適性が高いのは、素早さと回避に優れた私です。命を捨てるつもりはありません。皆で無事切り抜けるためです。――行きますっ! ツバメ! 背中は任せました!!」
その声と共に、ソフィーさんは疾風の如き勢いで邪神へと駆けだした。
「…………………」【っ! 御意!! (; ・`д・´)】
そして一拍遅れ、その背中を追ってツバメさんも駆け出す。
俺は、その背中を見送ることしかできなかった。
仮に彼女たちを追ったとしても、水晶を操作することしかできない俺には、何もできることはないからだ。
この状況で俺に出来ることがあるとすれば、それは彼女の言う通り、戦況を覆す策を考えることしかない。
隣で唇を噛み締めるティオも、考えることは同じだろう。
だからこそ、彼女もソフィーさんたちを追うことはせず、今必死に頭を回しているはずだ。
しかし、状況は最悪だ。反撃の一手が思いつかない。
ただでさえ強力な裏ボスのステータスに加え、『光属性以外無効』の能力が重く圧し掛かってくる。
必死に頭を回す。
視線の先では、邪神のノイズ攻撃をソフィーさんが囮となって躱し続け、ツバメさんがその他の通常攻撃を受け流しながら、時折『ラブリィ・マジック・ボンバー』で牽制し、ギリギリのところで猛攻を凌いでいた。
特にソフィーさんの身のこなしは神懸かっている。
今まで彼女の『破廉恥補正』のインパクトに目を奪われがちだったが、彼女と衣装の相性は『基礎能力補正、大+特大』という破格の親和性を誇る。
元々敏捷性『S』という能力を補正で数段上乗せされている現状、彼女の敏捷性はおそらくシステムの限界値を超えているはずだ。だからこそ、ギリギリでも持ちこたえられているのだ。
でなければ、ラスボスのさらに上、裏ボスの攻撃をすべて回避するなどできるはずもない。
しかし、そう長くは持たないだろう。
必死に打開策を考えながら、その様子を歯を食いしばって見つめる。
自身の攻撃を何度も回避され、今のままでは手こずるとでも考えたのか。
邪神は攻撃の手を止めると、大きく息を吸い込み、部屋中をビリビリと震わせる叫び声を上げた。
すると、その声に呼応して空間が歪み、二メートル近い巨大な『邪神の像』が三体ほど現れ、地面を揺らした。
「何あれ!? 巨大な邪神の像!?」
突如現れた巨大な石像に皆の視線が集まる。
その視線の中、石像は石臼を引くような鈍い音を立てて手足を動かすと、その重量からは想像もつかない速さで襲い掛かってきた。
「眷属の召喚!? 石の魔像か!?」
一気に三体もの増援により、戦局が悪い方へと傾き出す。
邪神の相手をするソフィーさんからガーゴイルを引き離すべく、ツバメさんが立ち向かう。だが一対三、しかも本来の剣士スタイルとは異なる魔法少女という装備では、完全に抑えきることができず、二体が彼女をすり抜けてしまった。
そして、その二体が狙う先は――こっちだ。
こっちの戦力は、マリアさんが未だ極大のデバフを抱えている以上、戦えるのはティオしかいない。
そのことを理解している彼女は、俺とマリアさんを庇うように一歩踏み出した。
「章介さん、変身する! 出し惜しみしている場合じゃない!」
変身時間の短さゆえに使用を温存していたが、ティオの通常ステータスでガーゴイル二体の相手は不可能だ。この状況では使う以外に方法はない。
「気を付けろ! 確実に一撃ずつで仕留める必要があるぞ!」
「分かってる! ――変っ身っ! 狼ォォォ牙ッ!!」
叫び声と共に、右腕のガジェット部分に狼の紋章が浮かんで輝き、全身が虹色の光に包まれた。
狼をモチーフとしたヒーロー『改人サイダー狼牙』に変身したティオが再び姿を現す。
「――よしっ! いくよ!!」
ステータスを倍に跳ね上げたティオが、ガーゴイルを迎え撃つべく構えを取る。
そして、今まさに戦闘へ入ろうとした瞬間。
再び、邪神が大きな咆哮を上げた。
『グゥオオオオオオオオオォォォォォ』
大気を揺らす衝撃と共に、邪神を中心に黒い衝撃波が駆け抜ける。
その衝撃に耐えるように、咄嗟に全員が腕で防御態勢をとるが、これといった変化は全くなかった。
――ただ一人を除いて。
「……なんだ今のは? ってティオ!? お前!?」
「……え? 何が……って。っ!? 変身が!?」
ただ一人、ティオの変身が解け、元の姿へと戻っていた。
「まさか能力上昇の強制解除!? 『変身』もその対象に入っているのか!?」
最悪のタイミングで、最悪の攻撃を食らってしまった。
もうこれで、この戦闘中ティオは変身ができない。
切り札を初手で封じられたティオも、動揺で動きが一瞬止まる。
――そしてそれは、致命的な隙となってしまった。
「ティオォォッ!?」
「っ!? しまっ――」
その僅かな隙に、ガーゴイルはその巨大な石の腕を大きく振り上げ、今まさに叩きつけようとしていた。
反射的に俺は声を上げるが、このタイミングではティオは躱すことができない。
ティオの耐久値ステータスはごく平均的だ。ラスボスの眷属として現れる高レベルモンスターの一撃をまともに食らえば、ただでは済まない。
ティオがやられる。
その光景が、俺にはまるでスローモーションのように映った。
だからこそ、次の光景もはっきりと見ることができたのだ。
「ティオ様ぁああ!!!」
振り下ろされた一撃が当たる瞬間、入れ替わるようにマリアさんがティオを突き飛ばした。
ティオが目を見開くのが見える。
彼女の体はガーゴイルの攻撃軌道上から逸れた。
そして、身代わりとなったマリアさんは――轟音と共に振り下ろされた腕の下へと姿を消した。
「マリア姉ぇえええ!!?」
「マリアさぁぁぁんっ!!?」
ティオと俺の絶叫が木霊する。
マリアさんは極大デバフによる能力低下で、ティオ以上に耐久値が低くなっている。
そこにあの一撃。どう考えても無事で済むわけがない。
俺たちの悲痛な叫びに、邪神と戦っていたソフィーさんとツバメさんの動きも一瞬止まる。
その隙を逃すはずもなく、邪神の攻撃がソフィーさんへと襲い掛かった。
間一髪、気を取り直したソフィーさんが横っ飛びで回避するが、砕かれた床がノイズとともに消滅する。
すぐに態勢を整えた二人が再び邪神へと向かっていくが、こちらの様子に意識を取られて精彩を欠いている。
徐々に戦線が崩壊しかけていた。
俺とティオも、目の前の惨状に思考が止まっていた。
だが、すぐにマリアさんを助けなければと近寄ろうとして――違和感に気づいた。
マリアさんを叩き潰したはずのガーゴイルの腕が、床に到達することなく途中で止まっていたからだ。
さらに、その腕には亀裂らしきものが見える。
「マリア姉……?」
ティオの呟きが漏れる。
視線の先には、叩き潰されたと思っていたマリアさんの姿があった。
床に尻もちをついた彼女の頭上数センチのところで、彼女を覆うように走る金色の稲妻が、ガーゴイルの腕を受け止めていたのだ。
「……これは一体?」
マリアさんが呆けたように視線を自分の胸元へ落とす。
そこには、彼女が大事に抱えていた『進化の宝玉』にヒビが入り、その隙間から金色の稲妻が漏れ出ているのが確認できた。
ヒビが徐々に大きくなるにつれて、その輝きもまた増していく。
「これはっ!?」
「目が!?」
「くっ!?」
直後、目が眩むような輝きを発すると、密度を増した雷撃がガーゴイルを弾き飛ばし、宝玉はガラスを割ったような甲高い音を響かせて砕け散った。
光が治まり、眩んでいた視力が戻ってくる。
すると、座り込むマリアさんを守るように、体高一メートル六十センチ近い巨体が唸り声を上げていた。
純白の体毛に金色の瞳。その体に金色の雷光を纏い、九本の尾を靡かせる姿。
獣の枠を超えた、神に召し抱えられし使い。
――ここに、神使・神狐が誕生した。
神狐は、襲い来るもう一体のガーゴイルをその金色の目で見据えて大きく吼えると、純白の体毛を逆立たせて雷撃を放つ。
『ウォオオオオオオオオオンッ!!』
大気を震わす咆哮と共にガーゴイルを襲った雷撃は、その石造りの体を覆い尽くし、粉々に砕き散らした。
雷狐の時とは比べ物にならない破壊力だ。
ガーゴイルの体が完全に消滅したのを確認すると、神狐は振り返り、マリアさんへと歩み寄る。
「……雷狐ちゃん……?」
マリアさんは一連の様子を目を見開いて見つめていたが、神狐が歩み寄ったことに気づくと、そっと手を伸ばした。
その様子に、ティオが慌てて叫ぶ。
「待って、マリア姉! その巨体に引っ掻かれたら洒落にならないよ!?」
今までの雷狐とのやり取りからマリアさんの身を案じ、止めようとしたのは当然の考えだ。
しかし神狐は、その手に顔を近づけても爪を立てることはなく、頭を下げて目を細め、撫でてもらうように自ら頭を擦りつけた。
「……え?」
その行動に、無意識に手を伸ばしていたマリアさんが呆然と固まり、気の抜けた声を漏らした。現実に頭が追いついていないようだった。
「……良かった! 間一髪、ギリギリ進化が間に合った!」
「……章介さん、これは一体……?」
俺の心からの安堵の声に、ティオが目を見開いて問いかけてくる。
「簡単だよ。雷狐は『進化の宝玉』の力で上位の存在、『神狐』に進化したんだ。今のアイツの種族は『動物』ではなく『神獣、神の使い』。つまり、マリアさんの『動物に嫌われる』デバフの対象外になった。今のアイツは完全にマリアさんの指揮下に入ったんだ。そしてアイツの『神鳴』は『雷/光』の複合属性――邪神に攻撃が通る!」
それに、今まで敵意を持って攻撃を繰り返していたにも関わらず、マリアさんはずっと愛情をもって接していた。きっとそのことを覚えているのだろう。
おそらく、今の二人の間にある信頼値はMAXになっているはずだ。
しかし、そんな彼女たちの感動の場面を遮るように、先程神狐が吹き飛ばしたガーゴイルが再び襲い掛かってきた。
完全進化前の攻撃だったため、倒しきれていなかったのだ。
神狐の背後から迫るガーゴイルに対し、神狐が反応して迎撃しようと振り返るが、俺は咄嗟に叫んでいた。
「――マリアさん! ガーゴイルを思いっきり殴り飛ばせ!」
俺の声に反応したのか、それとも神狐の危機に反応したのか。
マリアさんは弾かれたように起き上がると、神狐が振り返るよりも早く、その胴体を殴り抜いた。
――そしてその拳は、ガーゴイルの石造りの体を粉々に吹き飛ばした。
「マリア姉!?」
「っ!? これはぁ……!?」
ティオとマリアさんが驚きの声を上げる。
しかし、それは当然のことだ。
今まで『動物に嫌われる』の極大マイナス補正に目を奪われていたが、元々アニモン衣装とマリアさんの相性は『基礎能力補正、中+特大』と極めて高い。
雷狐が神狐に進化し、極大デバフが消えた今、彼女の身体能力は通常よりも数段上がっているのだ。
ダメージを受けてひび割れていたとはいえ、ラスボス戦の眷属を一撃で砕くほどには。
「マリアさん、デバフは解除された! 進化した神狐も、今なら指示を聞いてくれる!」
俺の声に、マリアさんはこちらをチラリと見つめ、力強く頷いた。
そして、邪神を食い止めるソフィーさんとツバメさんに視線を向け、最後に邪神を真っ直ぐに見据えると、大きく息を吸い込んで叫んだ。
「行きます! 雷狐……いえ、――神狐ちゃん!」
『ウォオオオオオオオオオンッ!!』
マリアさんの声に応えるように、神狐も大きく咆哮を上げた。
今ここに、最強のアニモンと、最強のメイドが復活した。
――そして、邪神討伐への反撃のピース、その最初の一つが埋まった。
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次回投稿は来週、7月18日(土)夕方以降になります。




