062 【英雄天国】その14 ~退路無き最終決戦~
ノイズに追われ、テクスチャの崩壊した空間から、俺たちは勢いよく飛び出した。
目の前に広がっていたのは、得体の知れない生物の頭骨と、不安を煽るような禍々しい文様が刻まれた壁。それらを、薄暗い蝋燭の炎が不気味に浮かび上がらせている。
かつて訪れた女神の神殿が持つ静謐さとは正反対の、どす黒い瘴気が漂う『邪神の神殿』だった。
しかも、ここは神殿の最奥。
目の前で大きく口を開けている門を潜れば、いよいよラストバトルが始まる。俺たちは周囲を警戒し、すぐさま傍らの柱の陰へと身を隠した。
「……これはまた、それっぽい造りの神殿だね」
「まさに邪神の神殿といったところですか」
「肌がピリピリとしますねぇ」
「…………………」【何か纏わりつくような雰囲気を感じるよ(; ・`д・´)】
歴戦の勘というやつか。四人は神殿内の邪気を感じ取ったようで、油断なく柱の陰から周囲へと視線を向ける。
幸い、近くに敵の姿はない。だが、いつ最後の戦いが始まってもおかしくない状況だ。
しかし彼女たちの衣装は、未だ多数がデバフを受けた状態のまま。はっきり言って、このまま戦いを挑むのは無謀だった。
俺は四人と向き合い、最後の作戦会議を始めた。
「さて、章介さんどうする? はっきり言って、今の戦力でラスボスに挑むのは自殺行為だと思うけど」
「ティオの言う通りだ。ザコ相手ですら苦労するデバフまみれの戦力だ。本当なら撤退一択なんだが……」
「ならば、以前行った全滅ワープはどうですか? 一度引き返して、戦力の増強を図っては」
最適解の案だ。本来ならば。
しかし、ソフィーさんの提案に俺は首を振った。
「……いや、それはやめた方がいい。あれは最後に立ち寄った病院へワープするシステムだけど……さっきの空間で、ノイズの中に病院が見えただろ?」
「……もしかして」
「ああ。第九の町に戻れるならいいけど、下手をするとさっきのバグ空間へ戻される危険性がある。しかもノイズに覆われた病院だ。最悪の場合、ワープと同時にデータ破損で即死する可能性すらある」
俺の説明に、四人が険しい表情で眉をひそめる。
「……かと言ってぇ、一番近くの町まで戻るというのもぉ」
「まず無理だと思う。この神殿内は、ゲーム最高レベルの敵がうようよ湧いている。そこを突破するのは現実的じゃない」
「…………………」【となるとやっぱり(;´Д`)】
「……自殺行為とは言ったが、このまま邪神に挑むのが、最も確率が高いだろうな」
俺は重々しく頷いた。
どの選択肢も、成功確率が絶望的に低いものしか存在しない。それでも、一番マシと思われる可能性を選ぶしかない。
俺の無茶な提案に、四人は力強く頷いてくれた。
やるしかない。
目の前の、神殿の最奥に繋がる門を潜れば、そこに待ち受ける邪神との戦闘が始まる。
まずは倒すべき敵の姿だけでも確認しようと、門の陰に体を隠し、顔だけで中の様子を窺った。
四人が縦一列に並んでひょっこりと顔を覗かせる様は、まるでブレーメンの音楽隊だ。
部屋の中を見渡すと、そこはかなり広い空間になっていた。
奥に見える祭壇の上には巨大な水晶があり、その中に美しい女性が眠るように閉じ込められている。
女性の容姿は、このゲームに転移した直後の神殿で見た『女神像』と非常に似通っていた。間違いなく、あれが邪神に捕らえられた女神だろう。
「……あの方が、たった100Gで邪神の討伐を依頼してきた女神様ですか?」
一番下から顔を覗かせたソフィーさんが、確認するように声を上げた。
……だがソフィーさん。その言い方には少し悪意を感じるぞ。
「言い方が悪いよ、ソフィー。ケチ臭いのは、どのゲームの王様も女神様も仕様なんだから」
二番目のティオが答える。
フォローになってないぞ。お前の方が言い方が酷い。
「そうですよぉ。一応、ストーリーの説明もなさっていたではありませんかぁ」
三番目のマリアさんが補足する。
マリアさんも、フォローする気ないよね?
「…………………」【私、100Gどころか説明すら受けてないんだけど? (´・ω・`)】
一番上のツバメさん。
……それはさすがにフォロー出来ないわ。
四人からの好感度が軒並み底辺を這う女神様。少し可哀想になってきた。
……まあ、自業自得な気もするが。
そんなことを遠い目をしながら考えていると、俺を呼ぶ声に意識を現実へと引き戻された。
「ねえ、章介さん。ちなみになんだけどさ。あの水晶を破壊したら、女神様を助け出せないかな?」
ティオが、邪神との戦闘を回避してクリアする方法を提案してくる。
その手が使えるか少し考えてみたが、俺はそっと首を振った。
「いや、多分無理だな。説明書によると、あの水晶は『神秘封じの水晶』と呼ばれる代物で、魔法や女神の力に対して特効作用があるらしい。女神の力を分け与えられた『衣装』の能力も、無効化されると思うぞ」
「じゃあやっぱり、邪神を倒す他ないわけだね。……って言うかさ。そもそも邪神ってどこに居るの? 姿が見えないんだけど」
そういえば、と部屋の中を見回すが、ラスボスであるはずの邪神の姿が見当たらない。
本来であれば、祭壇の前に陣取る異形の巨躯があるはずなのに。
しばらくの間、違和感を一つも見落とさないよう全員で部屋の中を注視したが、それらしきものが現れる気配は一向になかった。
どうするかと悩んだが、このままでは埒が明かない。直接部屋の中――『邪神の間』に入って確認することにした。
ツバメさんを先頭に、警戒しながらゆっくりと進んでいく。
しかし、祭壇前まで辿り着いても何も起こらない。ひどく肩透かしを食らった気分だ。
「…………………」【……辺りに意識を集中しても、気配らしい気配がなにもないね(`・ω・´)】
「……これはどういうことでしょう?」
警戒を解かずに周囲を見回すが、またしても異常事態だ。
ラストダンジョンに、ラスボスがいない。
俺はこの不可解な状況に、再び背中に嫌な汗をかいた。
まさか、ここに来てまた何かのバグが起こっているのか?
すぐにでも神殿内を回って確認したいが、ここはゲーム最高レベルのモンスターが闊歩するラスダンだ。今のデバフ状態のままで探索するのはキツイ。少しでも戦力の増強を図ってからでないと、全滅は目に見えている。
少なくとも、本格的な調査は『雷狐の進化』が完了してからだ。それが終わり次第、現在の戦力を基にした作戦を立て、無理のない範囲で探索を始める必要がある。
「間違いなく、何かが起こっているのだけは確かだ。取り敢えず、このまま雷狐の進化が完了するのを待ってから、この神殿の探索をしよう。もう数分もすれば進化も終わるはず――」
そう言って、四人の方向へと水晶の視点を向けた瞬間。
俺の背筋に、ブワッと鳥肌が立った。
彼女たちの背後。祭壇の正面に、あの時霞のように消えたはずの『邪神の像』が、激しいノイズを走らせながら浮かんでいたのだ。
「後ろだ! 後ろに邪神の像が浮かんでるっ!!」
俺の絶叫に、四人が弾かれたように飛び退き、振り返りざまに臨戦態勢を取る。
だが、ほぼそれと同時に、邪神の像から漏れ出した黒い靄が巨大な異形の人型を形作り、丸太のような腕を四人目掛けて振り下ろしてきた。
先頭にいたツバメさんが皆を庇うべく、手にした魔法のステッキを上段に構えて受け止める。
だが、その衝撃は凄まじく、彼女の足元の床がひび割れた。
「…………………」【っ!! (`・Д・´;)】
想像を絶する威力に、ツバメさんはステッキを斜めにズラして攻撃を受け流すと、後ろへ跳んで距離を取った。
「ツバメさん、大丈夫か!?」
同じく距離を取った皆が、ツバメさんの傍へと駆け寄る。
「…………………」【……なんとか。ただ、想像以上に一撃が重いよ(`・ω・´;)】
ツバメさんは油断なく再びステッキを剣のように正眼に構え、次の攻撃に備える。皆もそれぞれ戦闘態勢をとり、黒い靄の巨人を睨みつけた。
靄の中にぼんやりと浮かぶ、怪物の眼と思わしき二つの光がこちらを捉える。
巨人は再び攻撃を仕掛けようと、その腕を大きく持ち上げた。
「私が止めます! 『はぷにんぐ♡』!」
怪物の動きを封じるべく、掛け声とともにソフィーさんが衣装の能力を発動させる。
巻き起こった風がスカートを靡かせ、ピンク色のエフェクトが怪物を包み込んだ。
――しかし、靄に触れた瞬間、ガラスが割れるようにエフェクトが砕け散ってしまった。
「っ!? 失敗!?」
怪物は、何事もなかったかのようにその腕を振り下ろす。
最前列でタンク役を務めるツバメさんが、能力発動直後の硬直状態にあるソフィーさんを庇うべく、再びステッキを構えた。
だがその瞬間、俺は背中に氷柱を突き立てられたような悪寒を感じた。
振り下ろされる巨人の腕に、不気味なノイズが走ったのが見えたからだ。
「駄目だ! 躱せっ!!」
「「「「っ!!?」」」」
俺の叫び声に咄嗟に反応した四人が、左右へと跳んで地面を転がる。ソフィーさんは、ティオが横っ飛びで突き飛ばして難を逃れた。
――ドゴォオオオオッ!!
ギリギリで躱したツバメさんの数本の髪の毛が舞い、轟音と共に叩き砕かれた神殿の床が飛び散る。
パラパラと瓦礫が降り注ぐ中、四人は転がる勢いを利用してすぐに起き上がり、怪物へと向き直った。
だが、その視線の先で、決定的な異変が起きていた。
「っ!? ――何、あれ?」
「砕かれた床が……!?」
「……ノイズを発しながらぁ」
「…………………」【消えた……? Σ(・□・;)】
ノイズの走った腕で砕かれた床の破片が、激しいノイズとともに完全に消滅したのだ。
――宙を舞っていた、ツバメさんの髪の毛も同様に。
その異常な光景に警戒心を最大限に高めたツバメさんが、ステッキを怪物へと向け、ソフィーさん同様に衣装の能力を発動させる。
「…………………」【食らえ! ラブリィ・マジックッ・ボンバァアア!!! ヽ(`Д´)ノ】
未だ腕を振り下ろした態勢のままの怪物の頭部目掛けて、ハートを象る闇属性の魔弾が高速で襲い掛かる。
しかし、直撃したはずの魔弾は一切の効果を発揮せず、怪物は全くの無傷だった。
「…………………」【まさかの無傷!? Σ(・□・;)】
――これはヤバすぎる。
今の戦力、しかもあの怪物の情報が一切ない現状では、勝てるビジョンが欠片も浮かばなかった。
「皆! 逃げるぞ! 一旦撤退して態勢を立て直す!!」
俺の指示に四人は即座に反応し、ツバメさんを殿にして邪神の間の出口へと駆け出した。
先導するように水晶を飛ばす俺は、今起きた現象について必死に頭を回転させていた。
すぐ後ろを駆けるティオから声が飛ぶ。
「章介さん、あの靄の怪物が邪神なの!?」
「いや、違う! 俺はあんなモンスター見たことがない! しかも明らかな不具合、おそらくデータ破壊型のバグだ! あれをまともに食らったら、お前たちもデータごと消去される可能性がある! それも含めて対策してから再攻略する――――っ!!?」
モニターに映る水晶の映像が、激しく回転した。
後ろに弾き飛ばされたせいだ。
――そう、今まさに邪神の間から出ようと、出口の門を潜ろうとした瞬間の出来事だった。
「章介さん!?」
「大丈夫ですか!?」
足を止め、水晶を見つめながら心配する皆の声が聞こえる。
(何が起こった? 視界が乱れた瞬間、ちょうど出口を潜ろうとして――)
その時、俺の脳裏に最悪の推測が過る。
「ティオッ! 出口は……出口は通り抜けられるか!!?」
俺の叫び声に、頭の回転が速くゲームに詳しいティオがハッとしたように出口へ駆け寄り、手を伸ばした。
その推測が間違っていてほしいという願いとは裏腹に、伸ばした手は無情にも『見えない壁』に遮られ、出口の先へと進むことは出来なかった。
「――章介さんっ、まさかこれっ!?」
険しい表情を浮かべたティオが、全てを物語っていた。
そうだ、これもゲームのお決まりのシステム。
――【英雄天国】のラスボス戦に、逃走コマンドは存在しない。
その事実に、四人の顔色が変わる。
俺も鏡を見れば、血の気を失った蒼白な顔をしていただろう。
祭壇を振り返ると、俺たちが逃走を開始する前と同じ態勢だった黒い靄が、その姿を変えていくのが見えた。
黒い靄の中心に『邪神の像』が飲み込まれるのを合図に、輪郭が徐々にはっきりと浮かび上がる。
やがて現れたのは、3メートル近い巨体に二本の巨大な角、額に開いた第三の目、そして四本の腕と悪魔の翼を持つ異形。
しかも明らかな異常として、その全身の至る所に激しいノイズが走っていた。
「……章介さん。あれが邪神、でいいんだよね?」
ティオが、姿を現した巨躯を睨みつけたまま俺に問いかける。
しかし、俺はその問いにすぐ答えることは出来なかった。
――なぜなら。
「……あれは邪神、なのか? 俺の記憶の中の姿と、大分違う……?」
「え?」
困惑の声が漏れる。だがそれは俺も同様だった。なにせ、俺の知っている邪神とはデザインがかなり違っていたからだ。
そもそも本来、没データであるはずの『邪神の像』が出てきたこと自体がおかしい。
俺はあの怪物の正体を暴くべく、必死に記憶を掘り起こす。
――都市伝説みたいな噂。ゲームをクリアすると二周目が始まるとか、隠しボスがいるとか。
――あるゲームデータを解析している個人サイトで……。
(っ!! そうか!!!)
脳に電流が走ったかのような感覚に襲われる。
俺は急いで、一時間ほど前に辿り着いたサイトをスマホで開き直した。焦りで震える指を抑え込み、目的の項目を探し出す。
――そして、見つけた。
「あった! あの怪物の正体! あれは『邪神の像』と同じく内部データだけに存在している、開発途中で没になった隠しボス『太古の邪神』だ!」
「隠しボス?」
「ああ! 効果の分からなかった『邪神の像』が、隠しボス出現のキーだったみたいだ!」
ここでまた、過去の行動結果が巡り巡って牙を剥いてきた。
だが、敵の正体が判明した今なら、対策も多少は練ることが出来るはずだ。相手の使用してくる攻撃手段や弱点が分かれば――。
彼女たちを無事勝利に導くために、サイトの解析結果を読み込む。
やがて没データ『太古の邪神』の説明項目を見つけ、彼女たちに伝えるべく声を張り上げた。
「さっき言った通り、あいつの名は『太古の邪神』! 『邪神の像』に封印されていた力を取り込み、全盛期の力を取り戻した裏ボス扱いだったらしい! それで能力値は、通常のラスボス『邪神』の約1.5倍。自動回復(大)に確率で二回攻撃、即死無効、他の状態異常99%無効……って、なんだこりゃ!? ふざけてんのか、このステータス!?」
「……と言うことはつまり、私の『はぷにんぐ♡』は、ほぼ確実に失敗するということではないですか!?」
「先程の失敗も、9割の成功率を外したわけではなかったのですねぇ?」
「そういうことだな。……くそっ、これでソフィーさんの能力も作戦に組み込めなくなったってことか。……とにかく続きを読むぞ。ええと――――は?」
「章介さん?」
「どうしました?」
「何が書かれていたのですぅ?」
「…………………」【何があったの? (;・ω・)】
四人の心配そうな声と視線が俺に集まる。
だが、そこに書かれていた『太古の邪神』の凶悪な設定能力を見て、俺は完全に言葉を失ってしまった。
ここに書かれていることが事実ならば、マズイなんてもんじゃない。
現在の戦力では、どう足掻いても討伐が不可能だからだ。
俺は何とか干からびた喉から声を振り絞り、書かれていた内容を告げた。
「……この隠しボスの属性は『闇』。そして、特殊能力として……『光』属性以外のダメージが、『完全無効』――」
『……は?』
その間の抜けた声を発したのは誰だったか。
しかし、そんな声が漏れるのも当然だ。何せ――。
「……ちょっと待って、章介さん。光属性以外無効? 私たち、光属性の衣装なんて誰一人として一着も持ってないよ!?」
ティオの焦り声を合図とするように、体の構築が完了した邪神が、床を砕いた腕をゆっくりと持ち上げ、こちらへと体を向けた。
ノイズは未だ体の至る所を這い回っているが、その三つの目は、完全にこちらを捉えている。
射抜くような視線を受け、彼女たちは咄嗟に武器を構える。だが、その勝率は絶望的だ。
――光属性以外無効。
――さらにデータ破壊型の即死バグまで発生。
――おまけに逃走不可能の密室。
背中に、今まで感じたことがないほどの冷や汗が滝のように流れた。
しかし、敵はこちらの準備が整う時間など待ってはくれない。
「…………………」【来るっ!! (;`・ω・´)】
邪神は大きく息を吸い込むと、天を仰ぎ、咆哮を轟かせた。
――グゥウウオオオオオオオオオオアアアアアアア!!!
その声がビリビリと大気を震わせ、内臓を直接揺さぶってくる。
――そして、ついに【英雄天国】最終決戦の火ぶたが切られた。
読んでいただきありがとうございます。
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次回投稿は来週、7月4日(土)夕方以降になります。




