061 【英雄天国】その13 ~意図せぬ最終決戦へ~
俺は未だかつてないほどの焦りを感じていた。
落雷からの停電。それに伴う【英雄天国】特大の異常事態。
テクスチャが剥がれ落ちた漆黒の空間に、四人が取り残されてしまった。
バグとしか思えないこの状況から彼女たちを救い出すべく、俺は片っ端から原因を調べ上げていく。
しかし、『マップデータを含めすべてが消える』という現象は、いくら検索しても全くヒットしなかった。
当然だ。
本来なら、こんな状況に陥った時点で俺は間違いなくリセットを押し、セーブポイントからやり直しているだろう。
だが、今ゲーム内にいるのは、データである『主人公』ではない。
異世界から迷い込んだ、俺の知り合いの四人だ。
現実と同じく、リセットなど存在しない。
リセット=彼女たちの消失に他ならないからだ。
解決策が見つからず、俺は頭を抱えた。
このままでは、彼女たちは死ぬまであの虚無の空間に取り残されたままだ。
あの落雷での停電さえなければ――。
そうやって絶望しかけた瞬間、ふと、一つの違和感が脳裏を過った。
(なぜティオたちは、あのバグった空間で『動いて』いられるんだ?)
もしあの状態が、強制シャットダウンによる深刻なバグ現象だというなら。
空間のテクスチャと同様に、データ化されている彼女たちのテクスチャも壊れて、動けなくなっているはずだ。
――なら、今のあの状態は『バグ』ではない?
もちろん、俺の都合のいい解釈かもしれない。そう思いたいだけという可能性もある。
それでも、一度思いついてしまった以上、その僅かな可能性に賭けるしかなかった。
俺は検索の視点を変えた。
この現象を単なるバグではなく、『ゲーム内に実在しうる現象』として調べてみたのだ。
すると、ある一本の動画がヒットした。
「……もしかして、これか……?」
期待で心臓の鼓動が早まるのを感じる。
可能性があるとはいえ、その確率は間違いなく低い。だが、この方法が外れれば、それは彼女たちとの永遠の別れを意味する。
俺は震える手で、その動画の再生ボタンをクリックした。
――そして、そこに映っていた映像を見て。
俺は思わず、椅子からガタッと腰を浮かせた。
「――あった! こいつだ!」
急いで彼女たちに伝えようとマイクに身を乗り出した瞬間、スピーカーからティオの切羽詰まった声が響いた。
「章介さん! 辺りのノイズが広がり出した! あんまり時間がない!」
その声に、慌てて【英雄天国】のゲーム画面へ視線を戻す。
水晶越しに映る視界には、先ほど見た時よりもノイズが倍以上に侵食している光景が広がっていた。
四人は背中合わせになり、それぞれ四方に警戒の視線を向けている。
「待たせた! この空間から脱出する方法が分かった! すぐに移動するぞ!」
俺の声に、四人の安堵した視線が水晶へと向けられた。
「信じてたよ、章介さん。……で、どうすればいい?」
「ああ、マップ画面をこのまま、真下に向かって突っ走るんだ」
「え、真下? 真下ってマップの南方向ってこと? それってどっち?」
俺の指示に辺りを見回す四人だったが、完全に黒一色の風景では目印になるものは一切ない。方向感覚が完全に失われていた。
「こう目印が何もない状況ではぁ、方角が分かりません」
マリアさんが眉を寄せながら辺りを見渡す。残りのメンバーも同じように困惑の表情を浮かべていた。
水晶を通して見ている俺の視界も同様だ。方向がまったく分からない。
どうすればいい、と再び焦りが込み上げてきたその時――ソフィーさんがハッと何かに気づいたように、水晶へと顔を向けた。
「章介さん、視点の変更です! 水晶視点ではなく、上からの俯瞰視点に切り替えれば、ゲームのシステム上、方角が固定されているのでは!?」
「っ! そうか、その手があった!」
ソフィーさんの言葉に、俺は慌ててマウスを操作した。
これまでの水晶からのVR的な視点が切り替わり、彼女たちを上から見下ろす俯瞰視点へと移行する。
最近の3Dゲームと違い、旧タイプの2Dゲームをベースにしているなら、画面の向きに対して方角は固定されているはずだ。
南方向は画面の下――こっちだ!
「俺が水晶で先導する! 付いてきてくれ!」
四人が力強く頷いたのを確認し、俺は水晶を空中へと滑らせた。
その後を追って、四人が駆け出す。
完全な暗闇の中。バグのようなノイズにまみれて、草原や森、道具屋や服屋、病院などのデータがチラチラと浮かんでは消えていく。
あらゆるデータが不自然に混ざり合った、狂気の空間だ。
その合間を縫うように駆け抜けながら、ティオが疑問を投げかけてきた。
「ねえ、章介さん。この空間って結局何なの? どう考えても普通じゃないけど、脱出方法があるってことは単純なバグってわけじゃないんでしょ?」
その言葉に、俺は舌を巻いた。
これほどの異常事態にあっても、ティオの頭の回転はまったく鈍っていない。
「ああ。この状況は正確には『バグ』じゃない。『メモリ破壊』を利用した『グリッチ』と呼ばれる現象だ」
聞き慣れない単語に、全員が首をかしげる。
無理もない。グリッチなんて言葉は、よほどゲームに詳しいヤツでもなければ耳にしないだろう。
「……その『グリッチ』、ですか? それはいわゆるバグとどう違うのです?」
「まあ簡単に言うと、バグを利用した『裏技』みたいなものかな。意図的に再現できるバグというか……。ソフィーさん」
「はい?」
「もしかしなくても、空間がバグる直前……スロットで『777』出してなかった?」
俺のストレートな質問に、目を丸くする王女様。
直後、他の三人の視線が一斉に彼女へと向かい――次第に、冷ややかなジト目へと変わっていった。
――もしかして、また何かやらかした?
無言のプレッシャーを受け、ソフィーさんは頬に一筋の汗を流す。
「え、ええ。確かに『777』を出して、思わずガッツポーズを決めた瞬間に辺りが黒く染まりましたが……それが何か……?」
その答えに、俺は『やっぱりな』と深く頷いた。
「俺がネットで見つけたのは、いわゆる『RTA』の動画だったんだ。グリッチなどの裏技を駆使して、どれだけ短時間でゲームをクリアできるか競うヤツなんだけどな」
「はあ……」
「そこで使われていたのが『カジノワープ』ってバグ技だ。スロットで『777』を出した瞬間にゲームの電源を切り、すぐに再開するとこの暗黒空間に入る。そして、ここを南へ抜けると――本来のマップを無視して一気にワープできるんだ」
「……ってことは、結局ソフィーのフラグ体質のせいってこと? またやらかしたわけ?」
「失敬な! またってなんですか、またって!?」
走りながら、ギャーギャーと口論を始める二人。
確かに、ソフィーさんの特異なフラグ体質が停電というアクシデントと噛み合ってしまったのは事実だ。
だが同時に、彼女のデタラメなほどの『悪運の強さ』も証明されていた。
何せ、動画でそのバグ技の仕様を知った時、俺は背中に冷や汗をかいたほどなのだから。
「ティオ、そう言うなって。確かにソフィーさんのタイミングは最悪だったけど、同時に最高でもあったんだ」
「は? 最悪で最高って、どういうこと?」
再び、全員の視線がこちらへ向く。
「……実はな。このワープ方法、電源を切るタイミングが恐ろしくシビアらしいんだ。猶予はわずか『1/60フレーム(秒)』」
「ろ、ろくじゅうぶんの……?」
「ああ。そのタイミングを少しでも外すと、この空間にすら入れず、セーブデータがスッ飛んで完全に壊れるらしい。――つまり、ソフィーさんの『777』と落雷による停電が、奇跡的な確率で噛み合って今の状態になったんだ。あと『1/60秒』でもズレていたら、今頃全員データもろとも消滅していたところだ」
俺がそう説明すると、四人は一様に口を閉ざしてしまった。
そして、三度視線がソフィーさんへと集まる。全員の顔に、冷や汗が浮かんでいた。
やがて、ティオが深い溜め息とともに口を開く。
「……あなた、本当にそのフラグ体質と悪運、どうにかならないの?」
「……ソフィーリア様と一緒にいますとぉ、知らない間に寿命の上で反復横跳びさせられていますねぇ」
「…………………」【……その上、毎回ギリギリでダイスロール成功させるのは才能だよね(;´Д`)】
「ちょっと待ってください! 今回私は別に悪くありませんよね!? 雷のせいですから、完全なとばっちりじゃありませんか!?」
そんな喧々諤々とした言い合いをしながら走っていると、やがて暗闇の先に、出口らしき空間の歪みが見えてきた。
周りのノイズもすでに空間の半分近くを覆い尽くそうとしていたが、なんとか間に合ったようだ。
その出口に気づいたティオが、前を向いたまま俺に問いかけてきた。
「そういえば、ワープするって言ってたけど、ここを抜けたらどこに出るわけ?」
その無邪気な質問に、俺は思わず眉をひそめた。
実を言うと、このバグ空間からは一刻も早く脱出しなければならないのだが――本当なら、このワープ先へは絶対に行きたくなかったのだ。
黙り込んだ俺の様子に、ティオも嫌な予感を感じ取ったのか、同じように眉をひそめる。
「……ねえ、もしかして」
俺は重々しく口を開いた。
「皆、覚悟だけはしてくれ。この空間からのワープの出口は――『邪神の神殿の最奥』。ラスボスの直前だ」
未だ装備は不十分で、デバフすら引きずったまま。
それなのに、俺たちはゲームの最終盤――ラスボス直前へと放り出されることになってしまった。
――最終決戦の時は、もうすぐそこまで迫っている。
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次回投稿は来週、7月4日(土)夕方以降になります。




