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デスクトップ・ファンタジー ~画面の中の彼女たちと挑むゲーム攻略記~  作者: 約谷信太
第六章 【ロールプレイングゲーム】

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060 【英雄天国】その12 ~黒に染まる空間~

 電車を降りるなり、俺は一直線に家へと急いだ。

 空は予報通りどす黒い雲に覆われ、遠くから不気味な雷鳴が轟いている。胸の奥をざわつかせる嫌な予感は、未だに消えていなかった。


 家路を小走りで駆け抜け、もどかしい手つきで玄関の鍵を開ける。着替えも後回しにしてPCモニターの電源を入れると、そこに映し出されたのは――。


「よし、コール! ――ブラックジャック!」


 第九の町にあるカジノへ無事に辿り着いたティオが、ブラックジャックのテーブルで大勝ちしている姿だった。

 彼女の目の前にはうずたかくコインの山が築かれており、ざっと見積もってもすでに20万G近く稼ぎ出しているようだ。その光景を見た瞬間、俺は全身から安堵の力が抜けるのを感じた。嫌な予感はどうやら気のせいだったらしい。


「……はぁ、気が抜けた」


 どっと押し寄せる疲労感と共に、椅子の背もたれに体を深く預ける。駅から走ってきたこともあり、心身ともに限界だった。

 すると、思わず漏れた俺の独り言に反応したのか、頭上から声が降ってくる。


「あらぁ、章介様ですかぁ? 今日は随分とお帰りが早いのですねぇ。まだ昼過ぎぐらいだと思うのですがぁ」


 声の主を確認しようと、水晶の視点を上へと向ける。しかし、そこにマリアさんの顔は一切映らず――画面いっぱいに、彼女の豊満な胸のドアップで映し出された。

 どうやら俺が操作を切っている間、彼女が水晶を胸に抱えて持ち歩いていたらしい。


 予想外すぎる眼福――いや、破壊力抜群の視界に思わず変な声が出そうになったが、ギリギリで理性を総動員して堪える。俺は慌てて彼女の手から離れるよう、水晶をふわりと宙へ浮かばせた。

 マジで心臓に悪い。


 そのまま少し距離を取り、改めて辺りを見回す。その風景は間違いなく第九の町のカジノであり、様々な客層が思い思いの賭け事を楽しんでいる様子が窺えた。

 マリアさんの隣ではツバメさんが雷狐を抱きかかえ、執拗にマリアさんへ向かって(狐だが)猫パンチを繰り出すのを必死に抑え込んでいる。


「…………………」【お帰り。マリアちゃんじゃないけど、随分帰ってくるのが早くない? 何かあった? (・ω・)】


「……いや、なんか妙に胸騒ぎがして、会社を早退させてもらってきたんだ。……一応聞くけど、俺がいない間に何かやらかしてたりしないよね?」


 恐る恐る現状を確認する。

 昨日、一昨日と帰宅するたびに胃にクる報告を受けていただけに、すでに聞くのすら少し怖い。しかし、そんな俺の心配をよそに、マリアさんは苦笑いを浮かべながら答えてくれた。


「いえ、章介様が心配なさるのも当然ですがぁ、今のところ問題は何一つとして起きていませんよぉ。むしろティオ様がカードゲームで大勝ちをしているところです。『カウンティング』という技でしたかぁ? 場に出たカードの枚数を記憶し、残りのカード構成や確率を推測するらしいですねぇ。確かに、記憶力に優れるティオ様向けの技術ですぅ」


「…………………」【おかげでかなりの確率で勝ってるからね。この調子なら、夕方ぐらいには借金分は稼ぎ出すんじゃないかな? ソフィーリア様は見てるだけに飽きて、『私も稼いできます』ってあっちに行ったけど(´∀`)】


 ツバメさんの視線の先を追うと、スロット台に座るソフィーさんの姿を発見できた。今のところ問題は起こしていないようだし、それなら別に構わない。


 俺は再び、勝負を続けるティオに視線を移した。

 どうやら彼女は、俺の意図を完全に汲み取ってくれていたようだ。俺が思いついていた借金の返済方法も、まさにティオの特異な記憶力を活かしたブラックジャックでの荒稼ぎだったからだ。

 感心している間にも、彼女はまた勝負に勝ったようだった。流石の一言に尽きる。


 やがて俺の視線に気付いたのか、ティオがこちらを振り返った。


「あれ、章介さん? もうそんな時間? まだそこまで時間が過ぎた感覚はなかったんだけど」


「いや、お前たちが心配で会社を早退してきただけだ。時間はまだ一時ぐらいだ」


「うわ、信用がないなぁ。任せておいてって言ったでしょ?」


「その任せた結果が、二日連続でのやらかしだろうが」


 ティオが眉をひそめて苦言をこぼすが、一度自分たちのこれまでの行いを胸に手を当てて思い出してほしい。

 だが、今回は見事に俺の予想を裏切ってくれた。非常に珍しく、良い方向に、だ。


 稼いだコインは約21000枚。

 一枚10Gでの換金レートだから、実質21万G近く稼ぎ出した計算になる。


「で、どうする章介さん? 一旦二人分だけでも借金を返済する?」


 ティオが確認を取ってくる。今の時点でも十分に二人分の借金は完済できる。

 だが俺は、借金を返す前に、ここの景品でどうしても手に入れておきたいアイテムがあった。それを手に入れれば、現在の戦力低下という課題がかなり解消されるはずなのだ。


「悪いけどティオ。コイン1万枚を使って、交換してほしい景品があるんだ」


「え、借金返済じゃなくて交換? いや、章介さんがそれでいいなら別に構わないけど、なんてアイテム?」


 首をかしげる彼女たちを連れて景品交換所へと向かうと、俺は迷いなく一つのアイテムを指名した。


「それはこれだ。アニモンコラボで追加されたアイテム――『進化の宝玉』、こいつだ」


 コイン1万枚と引き換えに手に入れたのは、吸い込まれそうな深い輝きを放つ深紅の宝玉だった。

 マリアさんにそれを受け取ってもらい、未だに彼女へ威嚇を続ける雷狐(ライコ)の鼻先へと差し出してもらう。

 ――そして。差し出された宝玉に対し、雷狐(ライコ)が威嚇の猫パンチを繰り出して触れた瞬間。雷狐(ライコ)の体が光となって宝玉に吸い込まれ、直後、宝玉がドクン、ドクンと生き物のように脈動を始めたのだ。


雷狐(ライコ)ちゃんっ!?」


 いきなり姿を消した雷狐(ライコ)にマリアさんが焦りの声を上げる。だが、俺が『大丈夫だ』と声をかけると、なんとか落ち着きを取り戻してくれた。


「安心してくれ。雷狐(ライコ)は別に消滅したわけじゃない。今、マリアさんが持っている宝玉の中で進化――成長している最中なんだよ」


「……成長、ですかぁ?」


「ああ、そうだよ。俺の考え通りなら、そうすることでコイツはマリアさんの言うことを聞くようになるはずだ」


 その答えに、マリアさんが大きく目を見開く。


「……それは、本当ですか?」


 声が少し震えていた。

 今までたとえ引っ掻かれようが体当たりされようが、彼女はそれだけで満足そうにしていたが、やはり懐いてくれるというのは別格の喜びらしい。


 俺が水晶越しに頷くと、彼女は嬉しそうに深紅の宝玉をそっと胸元に抱きしめた。

 その様子はさながら、卵を温める親鳥のようだった。本気で四六時中抱きしめていそうな雰囲気すらあるが、実際の進化時間は精々10分程度だろう。


「で、残りのコイン1万枚はどうするの? マリア姉の衣装分の借金、返しちゃう?」


 マリアさんの様子を見守っていたティオが、次の指示を仰いできた。


 借金を返すのには賛成だ。

 ――だが、優先すべき相手はマリアさんじゃない。


「いや、ティオ。お前の借金を先に返しちまおう」


「は? 私? 超弱体化してるマリア姉の方が先じゃないの?」


 ティオが驚きで軽く目を見開く。

 確かにパーティーの弱体化という現状を考えれば、ティオよりもマリアさんの制限解除を優先すべきだと考えるのが普通だ。ただ、それも雷狐(ライコ)の進化と同時に解決できる算段がついている。


「ああ、そっちも問題ない。お前の借金を返した方が、ここからの攻略がスムーズに進むはずだ」


「ふーん。まあ、章介さんがそう言うなら従うよ。ゲームの攻略に関しては、私よりもずっと詳しいからね」


 そう言うと、ティオはコインを換金し、ずっしりと重い10万Gを受け取る。

 そして彼女がそのゴールドの山に手を触れた瞬間――『ピロリロリーン♪』という軽快なシステム音と共に、ゴールドは光の粒子となって虚空へと溶けるように消え去った。


 試しにティオが変身ガジェットの留め具に手をかけると、今まで完全に固定されていたのが嘘のように、あっさりと腕から外れた。


「おお! 外れた! こんな感じで借金が減るんだ!」


「そうだな。わざわざ服屋に出向く必要があるかと思ったけど、どこでもこうやって借金が返せるなら楽だな。まあ考えてみれば、本来ならすでに支払い済みのはずの金額だからな。システムが勝手に徴収してくれてるんだろ」


「なるほどね。……よし! じゃあ、もうひと頑張りしようかな。このペースなら今日中に借金も全額返せそうだしね」


「その前に一旦休憩しとけ。もう昼食の時間も過ぎてるぞ」


「あー、それもそうだね」


 俺の言葉に素直に頷いたティオは、傍にいるマリアさんとツバメさん、そしてスロットに熱中しているソフィーさんに声をかけようと振り返った。


 ――その瞬間。


 俺の視界を、激しい光の明滅が襲った。

 数秒遅れて、鼓膜を震わせるほどのすさまじい轟音が鳴り響き、思わず座席から跳ね上がりそうになる。

 だが、本当の問題はその直後だった。『ブツン』という嫌な音と共に、部屋が完全な暗闇に閉ざされたのだ。


「……は?」


 事態に頭が追いつかず、間抜けな声が口から漏れた。

 窓の外では、いつの間にか降り出した激しい雨が窓ガラスを打ち据え、再び明滅を繰り返す稲光と、ゴロゴロという重低音が空を揺らしている。


「……まさか落雷か!? しかもどこか近所に落ちやがった! 停電かよ!?」


 無駄だと分かっていながらも、PCの電源ボタンを何度も押し、マウスを激しくクリックするが、当然モニターが反応することはなかった。

 強制的に遮断されてしまった彼女たちとの通信。一気に焦りが募る。

 現実世界への影響が未知数だったため、彼女たちがPCに取り込まれてからは、常に電源は入れっぱなしにしてあったのだ。

 しかも今回は、停電による強制シャットダウン。最悪の場合、データが破損する可能性がある。


 5秒、10秒と時間が過ぎていく。

 実際にはほんのわずかな時間だったはずだが、俺の体感ではすでに数十分も経過したような錯覚に陥っていた。

 嫌な汗が背中を伝う。


 マウスを握る手にギリッと力を込めた、その時。

 部屋の明かりが一気に灯った。どうやら停電が復旧したらしい。俺は弾かれたようにPCの電源を入れた。

 目の前のモニターに起動画面が映し出される。普段なら全く気にならないわずかなロード時間が、今はとてつもなくじれったい。


 そして通常画面が立ち上がると、最初に目に飛び込んできたのは、起動しっぱなしになっていた【英雄天国(パラダイス)】のウィンドウだった。

 普通ならゲームは停止しているはずだが、転移の影響で挙動がバグっているのだろう。


 しかし、今の俺にそんなシステムの矛盾を気にしている余裕などない。彼女たちの安否を確認すべく、マイクに向かって叫ぼうと口を開きかけた。

 その時だった。



『――もういい加減に返事をしろぉおおお!! 章介さんの特殊性癖野郎ぉぉおおお!!!』


「なんつった貴様ぁあああああああああ!!!!!!」


『うわぁあああ!!! 急に聞こえてるぅ!!!!!?』



 耳に馴染んだやかましい叫び声が、スピーカーから爆音で響き渡った。心配していたのも忘れて、思わず脊髄反射でツッコミを入れてしまう。

 毎度毎度、こいつは通信が途切れるたびになんて暴言を吐きやがるのか。

 ……だが、今は一旦置いておく。後で清算すべき『ツケ』がだいぶ溜まってきている気もするが。


「お前たち、無事か!? 今どんな状況だ!?」


 水晶を通して見る向こうの景色は、完全なる暗闇だった。時折、稲光のように空間に不気味なノイズが走っている。

 視点をぐるっと見回すと、どうやら水晶()はティオに抱えられているようだった。不思議なことに、この絶対的な暗闇の中にあって、彼女たちの姿だけはくっきりと見えている。まるで、世界そのもののテクスチャが剥がれ落ち、空間だけが完全に黒に塗りつぶされてしまったような異様な状態だ。


「……さっき章介さんと会話してる最中、急に辺り一帯が真っ黒になって、私たち以外の存在が完全に消えちゃったんだ。それで急いで皆で固まって章介さんに呼びかけてたんだけど、しばらく無反応だったから……少し焦ったよ」


 ティオの腕から離れて辺りを見回せば、すぐそばに他の三人の姿も確認できた。全員無事のようだ。

 その姿を目視できただけでも、心底ホッと安堵の息が漏れる。


 しかし現状、大問題が発生していた。

 この場所がどこなのか、そもそもどういう状態なのかが全く分からない。


 しかも所々で、空間の亀裂のようにノイズが走っている。どう考えてもまともな現象じゃない。

 早く安全な場所へ移動させたいところだが、下手に動くのは危険すぎる。データ化している彼女たちが、あのノイズに触れたらどうなるか予想もつかないからだ。

 思考をフル回転させる。


「……皆、悪いが俺にもこの異常事態に心当たりがない。どう考えてもまともな空間じゃないことだけは確かだが……。俺はこっちで、この空間についての情報を調べてみる。通信は繋ぎっぱなしにしておくから、少しでも異常を感じたらすぐに教えてくれ」


 俺の提案に、四人が真剣な表情で頷く。


「わかった。章介さんに任せる」


「お願いします」


「何かありましたらぁ、すぐに報告いたしますぅ」


「…………………」【任せて(`・ω・´)】


 俺は四人の言葉に深く頷き返すと、すぐさまこのバグについての手がかりはないかと検索を叩き始めた。


 この停電、そして得体の知れない空間。

 ――今日一日、俺を悩ませていた胸騒ぎの正体は、これだったのか?


 【英雄天国(パラダイス)】の攻略は、いよいよクライマックスを迎えようとしていた。

読んでいただきありがとうございます。


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次回投稿は来週、6月27日(土)夕方以降になります。

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