059 【英雄天国】その11 ~迫り来る暗雲~
その後、ソフィーさんが大量に釣り上げた魚をメインにマリアさんが夕食を振る舞い、それを皆で平らげると、交代で見張りを立てつつ早めの就寝となった。
俺が一瞬だけ感じた違和感は拭えなかったが、その後は特におかしなことも起きず、静かに夜は更けていった。
彼女たちは明日の朝食後、第九の町へ向けて出港する予定らしい。
今回は運悪く座礁してしまったが、マリアさんさえ万全ならば問題は無いだろう。――多分。
俺は、見張り番で起きているツバメさんに一声かけ、あの時見た石像の正体を調べるべくゲームから離脱した。
だが、攻略wikiを隅々まで調べても、やはり俺の記憶通り石像に関する情報は一切記載されていなかった。
そうなると、一体あれは何だったのか?
もしかして【恐怖の彷徨う館】の時のように、別のゲームがバグで混ざり込んだのか? とも考えた。だが、転移の影響で異常をきたした他のゲームにも、あんなアイテムは存在しない。ますます謎だ。
それとも、何か根本的に調べ方を勘違いしているのだろうか?
あの石像は、ソフィーさんが釣り上げた直後に消え去った。おそらく何らかのバグが起こったからだと思われるが、だとすれば一体何のバグで、どんな効果があったのか?
考えてみるが、これといった閃きは降りてこない。
ふと窓の外を見ると、すでに空が白み始めていた。時計の針は朝の6時を回っている。
……調べ事と考え事で、完全に徹夜してしまったようだ。
「……完全にやっちまったな」
睡眠不足と、もうすぐ会社へ出勤しなければならないという現実。二つの意味で頭が痛くなってきた。
ゲームのウインドウを開いて皆の様子を確認すると、すでに全員起床し、朝食の準備に取り掛かっていた。
水晶を操作すると、一人離れてテントの傍にいたティオが挨拶をしてきた。
少し肌寒いのか、衣装の上に元々ティオが着用していたローブを羽織っている。
「あ、おはよう章介さん。……って、目の隈がすごいよ? まさかまた徹夜したんじゃないよね?」
ジト目で心配そうに見つめてくるティオ。一瞬どう誤魔化そうかと考えたが、どうせすぐ以前のようにバレるだろうと思い直し、素直に白状することにした。
「いや、ちょっと昨日の石像について調べていてな。ただ、どんだけ調べても全く情報が出てこなかった」
その言葉にティオは呆れたように溜息をつく。
「……章介さんが私のブレーキになってくれるのは嬉しいけど、やっぱ章介さんにもブレーキが必要だって」
「以前も言ったけど気にするな。実際に体を張っているお前たちと違って、俺に出来ることは少ないからな」
ティオがさらに深い溜息をついた。
心底呆れ果てたような顔をされ、ちょっと罪悪感が湧いてくる。
「……はあ。もう、仕方がない。そっちの世界と次元が繋がるときがきたら、私がブレーキになるしかないか」
「冗談きついぞ。そもそも、お前にブレーキの概念なんて搭載されてないだろ」
「失礼な。ちゃんと搭載されてるよ」
お互いの顔を見て笑い合う。
やっぱり、こいつとの会話はテンポが合う。
おかげで少し頭がすっきりしてきた。
そこで今日の攻略予定を思い出し、頭脳担当のティオに俺の考えを伝える。
おそらく彼女も、同じ結論には辿り着いているはずだ。
「ティオ、今日の最優先事項は第九の町に着き次第の『借金の返済』になる。――そこで要になるのがお前だ」
「うん、わかってる。第九の町にはアレがあるしね。だから――」
「章介さん、おはようございます」
「おはようございますぅ」
「…………………」【おはよう、章介君(´∀`)】
そこまで話したところで、説明を遮るように残りの三人がこちらへやってきた。
こちらからも挨拶を返す。どうやら朝食の準備が終わったらしく、それぞれ食事を運んできた。
俺が持たせた【固いパン】と、昨日釣り上げた魚の一夜干しが今日の朝食らしい。
「で、どのような話をしていたのですか? ま、まさか朝早くから卑猥な密談をなさっていたとか!?」
「してないから! 今日の攻略予定と借金の返済について話していたんだよ!」
朝っぱらからアクセル全開の妄想をぶつけられ、いつも以上に疲れが増す。肩を落としてため息をついていると、ティオがソフィーさんの頭に鋭いチョップを叩き込んだのが視界に映った。王女の悲痛な叫びが響き渡る。
「借金の返済方法とはどのような? ……自業自得ではありますがぁ、モンスター退治の金策では戦力が心もとないですしぃ」
「大丈夫。ティオ次第だけど、上手くいけば今日中に借金は返済できるかもしれない」
俺の言葉に、ティオ以外の全員が驚きに目を見開く。
「…………………」【え!? 確か借金って30万Gでしょ? どうやってそんなお金を稼ぐわけ? (;・Д・)】
「それは簡単だ」
皆の視線を受けながら、俺はニヤリと笑って答えた。
「昔から、短時間で大金を稼ぐ方法なんて限られてる。バグか、悪事か、博打だ。――第九の町、カジノで稼ぐんだ」
* * * * *
寝不足の頭で出社し、仕事をこなすこと4時間。チャイムが鳴り響き、昼休憩の時間になった。
俺はいつも以上にこわばった体を伸ばしながら、パキパキと自らの体から鳴る音を聞いていた。
窓の外へと目をやると、遠くの方に黒い雲が流れている。
(そういや今日は、午後から天気が崩れるかもって天気予報で言ってたっけ)
そんな記憶が一瞬浮かぶが、すぐに思考は昨日の石像に戻ってしまう。
仕事の最中もそのことが完全に頭から離れず、時々ミスをしそうになってしまった。
反省しなきゃな、と苦笑していると、背後から声がかかった。
「おーい武田、お前昼飯どうする?」
振り返ると、そこにいたのは同僚の上杉だった。
「……あー、どうするかな」
いつもならば、この時点で何を食べるか決まっていてすぐに移動するのだが、今日は別の考え事をしていたため全く決まっていなかった。
考え込む俺を見て、上杉がニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。
「おいおい、今日は一日上の空だったじゃないかよ。何だ? もしかして、家で待ってるゲームの女の子が心配で仕事が手につかなかったとか言わないよな?」
「……まあ、そうなるのかな?」
「……え?」
あまり深く考えずにそのまま返事をしたのだが、何故か上杉が一歩体を引いていた。
特に嘘は言っていない。本当のことを言っただけなのだが。
疑問符を浮かべながらも上杉の顔を見ていると、俺の頭に電球がピコンと光った。
(そういやコイツも、人並み以上にはゲームをやるんだったな)
一人での考察に行き詰っていた俺は、何かヒントになるかもしれないと思い、上杉に質問をしてみることにした。
「なあ、ちょっと聞きたいんだけどさ。ゲームをしていて、急に『本来存在しないアイテム』が出現するとしたら、どんな要因があると思う?」
俺の質問に、今まで『少し仕事を詰め込みすぎてんのか?』とか『有休を取った方がいいんじゃないのか?』などとブツブツ呟いていた上杉がこちらを向いた。
「え、何? 有休の取り方?」
「ちげーよ、一切関係ないよ。ゲームだよ、ゲームのアイテム」
キョトンとした上杉に、もう一度一から説明する。
昨日からゲームに本来存在しないアイテムが出現していて、仕事中も気になっているのだと。
すると彼は『なんだ、そういうことだったのか』と、目に見えてホッとした表情を浮かべた。何故だろう?
上杉は腕を組んで少し考えていたが、やがて軽く首を振った。
「……いや分からんな。だって攻略wikiにも載ってなかったんだろ? 子供の頃ならまだしも、今のこの時代に情報が何も出てこないなんてあるのか?」
「……だよなぁ」
俺は背もたれにぐったりともたれかかる。
お互いしばらくそのまま黙っていたが、やがて上杉が口を開いた。
「でも、子供の頃は色々あったよな。都市伝説みたいな噂。ゲームをクリアすると二週目が始まるとか、隠しボスがいるとか、隠しアイテムがあるとか。結局ほとんどガセだったけど、ごく稀にホントの裏技だったりな。ほら、某有名ゲームでも、本来イベントでしか手に入らないのにバグで手に入ったりさ」
「ああ、そう言えばそんなこともあったな。なんつうか、データだけは存在してるのに開発の段階で没になって、実装されていなかった……り……?」
そこまで口にしたとき、頭の中で一つの仮説が閃いた。
仮にそうならば、wikiに載っていないことも、普通に調べても情報がないことも腑に落ちる。
そうならば、調べるページはそこじゃない。もっと違う――。
椅子を蹴立てる勢いで立ち上がると、すぐそばにいた上杉がビクッともう一歩下がった。
「ど、どうしたいきなり? 何かあったか?」
「ああ、スマンが急用ができた! 悪いが午後から半休を取らせてもらってくる! 家のゲームの女の子が心配だ!」
「……お、おおぅ?」
俺は定時まで待ちきれないと、急いで半休申請の用紙を上司へと届けに部署を飛び出した。
その後ろで上杉が呆然と声を漏らしていたが、俺の耳には届いていなかった。
――よくよく考えてみると、『ゲームの女の子が昨日から心配で仕事が手につかず、さらに心配のあまり半休届を出して自宅へ急ぐ25歳』が爆誕してしまった。
順調に会社での社会的な評判が怪しくなってきている。
急いで電車に飛び乗り、最寄りの駅に着くまでの間にスマホで情報を探す。
調べるのは攻略wikiではなく、ゲームデータの解析。
普通のプレイでは分からない、プログラムそのものからの解析データだ。
上杉の言葉で記憶が蘇ったが、子供の頃たしかに【英雄天国】にも隠しボスや隠しアイテムの噂が出回っていた。
結局誰も見つけることができず、攻略本や裏技特集にも載っていなかったため、ただのデマだと結論づけられていた。だが、もしかしたら『データ自体』は存在していたのかもしれない。
そんな考えに行き着き、攻略ページとは毛色の違うサイトを探し回る。――すると、ビンゴ。
あるゲームデータを解析している個人サイトで、目的のものを見つけた。
想像通り、開発の関係上没になったのか、実装はされていないが内部のデータにのみ存在するアイテム【邪神の像】。――間違いない、これだ。
だが、説明文に『邪神の力の一部が封印されている』と書かれてはいるものの、実装されていないため、どこでどんな効果があるのかは一切分からない。
それよりも、俺はさっきから背中を刺すようにイヤな予感が止まらない。
また彼女たちが何かやらかしているのかもしれないが、何となくそれ以上の、決定的な『ナニか』を感じる。
今すぐ帰らなければ、もう二度と彼女たちとは会えなくなるような――そんな最悪の悪寒だ。
でなければ、仕事を放り出してまで帰ったりはしない。
何の確証もないが、さっきから第六感が騒がしく警鐘を鳴らしている。
俺は電車の窓から外へ視線を向ける。
視界には、俺の不安を現すように黒い雲が広がっていた。
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次回投稿は来週、6月20日(土)夕方以降になります。




