050 【英雄天国】その3 ~異世界倫理と性癖破壊者~
「なあ、そっちはどうだった?」
「駄目だね。全く目撃情報はなかったよ」
「こちらもです。ツバメの特徴なら、少しでも掠れば印象に残るはずなのですが」
「同じくですぅ。一体どこに居られるのかぁ」
やっとのことで衣装を揃えた俺たちは、すぐさま第二の町へと移動し、最優先事項である『ツバメさんの捜索』を開始した。
しかし、手分けして住人に聞き込みを行ったものの、一向に手がかりは掴めない。
……嫌な予感がする。今までのゲーム経験からくる、拭いきれない胸騒ぎだ。
そんな俺の心中を見透かすように、ティオが難しい表情で口を開く。
「……ねえ、章介さん。この状況、どう思う?」
「……多分、お前の考えている通りだと思うぞ。また何かしらのバグが起こってる」
「? どういうことでしょうかぁ?」
眉を顰める俺とティオに、マリアさんが疑問を投げ返す。
彼女はゲームそのものに疎い上、合流したのも前作からだ。最低限の説明はしたが、ゲームシステムを完璧に把握できているわけではない。
俺たちは改めて、今直面している不自然な点を説明した。
「このゲームは四人の主人公が敵を倒していくタイプだけど、今、水晶を除くと三人で攻略が進んでいる状態でしょ? で、ソフィーさんと合流した『呪いの館』の開始条件なんだけど――」
それを聞いてピンときたのか、ソフィーさんが言葉を引き継ぐ。
「あ! そういえばあの時は、私とティオの二人が揃うまで、館の扉は開きませんでしたね」
「そう。だから本来なら、ツバメさんは最初の町に居なきゃおかしいんだ」
俺は深く頷いた。
「なのに、三人が神殿へ行ったのと同時に女神のイベントが起きて、ゲームが開始された。初期配布の100Gだって、しっかり俺たちが受け取っている。つまり――」
「……ツバメ様はぁ、開始地点の神殿に立ち寄ることなくぅ、一人で攻略を進めることが出来ている、ということですかぁ?」
「ああ。そういうことだと思う」
説明が終わると、全員が苦い顔を浮かべた。
今までは、はぐれた彼女たちも開始地点付近にいたのだ。
しかし今回は何のバグが起こっているのか、ツバメさんはどの町から攻略を開始したのか分からない。そのうえ動き回られると、合流の難易度は跳ね上がる。
「ともかく、やることはシンプルだ。イベントを攻略して先の町へ進みつつ、情報を集めよう」
「……それしかないか。章介さんが調べてくれた『更新日時』から察するに、ツバメさんは少なくとも無事で、何かしら行動はしてる、ってことだもんね?」
「そうですねぇ。今は彼女を信じてぇ、私たちは今できることをこなしていくしかありませんねぇ」
「ツバメは私の護衛に選ばれるほどの実力者です。余程おかしなことをしていなければ大丈夫ですよ。むしろこの世界を、楽しんでいるかもしれませんし」
不安を和らげるようにソフィーさんがおどけて見せると、俺たちの顔にようやく笑みがこぼれた。
普段はやらかしてばかりだが、いざという時の立ち振る舞いは流石王女というべきか。
「じゃあ、イベントを進めよう。この町のクエストは『北の森に迷い込んだ子供の救出』だ」
「……それってぇ、両親や町の大人たちは探しに行かないのですかぁ?」
マリアさんの至極全うな疑問。だが、それはこの世界における『常識』だ。
ゲームに詳しいティオが、諭すように笑いかける。
「あのね、マリア姉。ゲームの世界の多数の住人は『困った』『誰か助けて』って言うのが仕事なの。それに100Gで『世界を救って』なんて宣う女神様よりはマシでしょ?」
「……ゲームの世界というのはぁ、倫理観が壊れているのですねぇ」
マリアさんが何とも言えない表情で真理を突いた。
そりゃ主人公が見ず知らずの他人が家に上がり込み、タンスを物色する世界だ。倫理など、最初から期待する方が間違っている。
「どのみち、イベントをクリアしない限り次の町へは移動できないんだ。新衣装の能力確認がてら、さっさと子供を助けに行こう」
三人の『はーい』という返事と共に、俺たちは北の森へと向かった。
しかし、この時の俺たちは失念していた。
ソフィーさんが、一級の『フラグ建築士』であることを。
――ツバメさんと合流したのは二日後。
彼女はソフィーさんの言葉通り、存分に楽しみながら、しっかりとおかしなことを仕出かしていたのであった。
* * * * *
町から歩いて十分。目の前には鬱蒼とした森が広がっていた。
木々の隙間から僅かに差し込む光の奥から、野生動物の鳴き声が聞こえる。
このゲーム最初のダンジョンということもあり、森自体はそこまで広くなく造りは至ってシンプルだ。
「よし、行こうか。マリアさんが先頭、ソフィーさんが中衛、ティオは後衛だ」
俺の指示に従い、三人は森へと踏み入った。
「なんだか、王城近くの森を思い出すようなところだね」
「そうですね。何となく既視感があります」
「お二人が秘密基地にしていた場所ですねぇ。子供時代のお二人ならぁ、モンスターに襲われても自力で何とかしそうですけどねぇ」
周囲を警戒しつつも、三人は懐かしそうに言葉を交わす。
彼女達の暮らす王都の傍にも、ここと同じような光景があるようだった
やがて、談笑をしながらも警戒を怠ることなく進む俺たちの耳に、子供の叫び声が届いた。
一瞬顔を見合わせた後、一気に駆け出す。そして辿り着いた広場で見えたのは――。
「うわあぁ! こっちに来るな! あっちに行け!」
大きな木を背にした少年を、五匹の狼が囲み、上空では三羽の鷹が旋回している。
十歳ほどの男の子が、必死に木の棒を振り回して抵抗していた。
「いましたぁ! すぐに助けに入りますぅ! お二人はサポートをぉ!」
「「了解!」」
マリアさんが弾丸のように飛び出した。その後を二人が追従するように続く。
その声に反応し、モンスターたちが一斉にこちらを向く。剥き出しの牙、殺意の籠もった唸り声。
どうやらマリアさんのデバフ『動物に嫌われる』が牙を剥いたらしい。パッシブで発生する挑発効果に引き寄せられ、すべてのモンスターが彼女へと殺到する。
その様子を視界にとらえた彼女は、大木槌を握る手に力を込めると、一気に横へと振り抜いた。
――ゴウッ!
大気を消し飛ばす鋭い音。
大木槌の軌道上にいた狼三匹が、断末魔を上げる暇もなく吹き飛んだ。
まさに一瞬。
しかし、残った二匹は怯むことなく、攻撃直後の隙を突いて彼女の肩と腕に牙を立てる。
マリアさんはギリギリで体を捻るが、完全に躱しきれず、肩と腕に浅い傷を負う。
さらに頭上からは追撃を仕掛ける如く、鷹たちが鋭い爪を立てて急降下してきた。
「させませんっ! 食らいなさいっ! ドライブゥ、シュゥゥゥッ!!!」
ソフィーさんのしなやかな脚が、空気を切り裂く一蹴を放ち、ボールは上空へと流星の如く突き進む。
鷹は咄嗟に回避した……かに見えたが、強烈なドライブ回転がかかったボールは急激に弧を描き、回避先へと吸い込まれた。
側面から叩き伏せられた一羽が、もう一羽を巻き込みながら墜落していく。
それを見た最後の一羽は急降下を止め、再び上空を旋回し始めた。
「マリア姉、回復するよ!」
ティオが手をかざすと、注射器のシルエットが浮かび上がり、マリアさんへと吸い込まれた。
すると負ったばかりの傷が、時間を巻き戻すように綺麗に消えていく。
「ありがとうございますぅっ!」
微笑んだマリアさんが、再び襲いかかる狼たちを切り返すような一撃で粉砕。
残るは、上空で旋回する最後の一羽。
ボールが遠くへ飛んでいる隙を狙い、鷹が必殺の勢いで急降下する。
しかし、目論見は外れ、不敵に口角を上げたソフィーさんがシュート態勢で待ち構えていた。
「甘いですよ。モンスターなのに、ゲームのシステムをご存じないのですか? 遠くに飛ばしたボールは、いつの間にか足元に戻ってくるものなんですよ。不思議なことに! もう、いっぱぁぁぁつっ!!!」
ズドン、と重低音が響く。
急降下中、ボールを正面からまともに食らった鷹が吹き飛び、モンスターは全滅した。
――『145G』を手に入れた。
辺りに他のモンスターの気配がないことを確認し、俺たちはマリアさんの下へと集まった。
「お疲れ様。みんな、上手く連携できてたな」
「そうだね。役割分担のおかげでスムーズだったかな」
「やはりぃ、遠距離攻撃が増えたのは大きいですねぇ」
「章介さんが仰った通り、衣装のあるなしで、大分難易度が変わってきますね」
勝利の余韻に浸りつつも、まずは子供の安全が優先だ。
広場の隅で腰を抜かしていた少年に、マリアさんが視線を合わせて膝をつく。
「大丈夫でしたかぁ? 怪我はありませんかぁ?」
「あ、うん。大丈夫……。あの、お姉さんたちは……?」
「君が帰ってこないと聞いてぇ、探しに来たんですよぉ。お母さんも心配していましたぁ。あまり心配をかけてはいけませんよぅ?」
「……ごめんなさい」
シュンと俯く男の子の頭を、マリアさんが優しく撫でる。
その温もりに驚き、顔を上げた少年とマリアさんの目が合った。
彼女は慈愛に満ちた笑みを浮かべ、
「じゃあ、帰りましょうねぇ」
と、立ち上がった。
その背中を、少年は顔を真っ赤にしながら、ただボーッと見つめていた。
俺はその様子を眺め、そっと首を振る。
隣を見れば、ティオとソフィーさんも静かに首を振っていた。
絶体絶命の危機に現れた救世主。
おっとり爆乳、聖母のような優しさのお姉さん系……そして、服装はニッカポッカ。
――ああ。これ、この子の性癖、壊れたな。
俺たちの思考は、完璧にシンクロしていた。
読んでいただきありがとうございます。
よろしければ、ブックマーク・評価をしていただけるとモチベーションの維持になります。
次回投稿は来週、4月25日(土)20時50分になります。




