051 【英雄天国】その4 ~帰宅したら大惨事~
俺たちは男の子を町まで送り届けると、頭を何度も下げる母親と、マリアさんに向かい手を振り続ける男の子に見送られながら、クエスト報酬の200Gを手にして町を後にした。
道中のモンスターを三人の連携で蹴散らし、小銭を稼ぎながら第三の町へと向かう。
盾役兼近距離担当のマリア、遠距離攻撃担当のソフィーリア、回復担当のティオ。
バランスの取れた衣装編成のおかげで、危なげなく戦闘をこなしていく。
第三の町に到着後、皆で手分けしてツバメさんの情報を聞き込みするが、目撃情報は一切なし。この町のクエストを一つクリアしたところで完全に日が落ちてしまい、今日の冒険は一旦ここまでと休息をとることにした。
「……さすがに疲れた。今日はこのまま動きたくない」
宿屋のベッドに倒れこみながらティオが呟く。
今日は朝から冒険をはじめ、すでに10時間以上が経過している。彼女の体力ではキツイものがあるだろう。他の二人も、それぞれ自分のベッドへと腰を下ろした。
「それにしても、ツバメは一体どこにいるのでしょう? 今のところ全く目撃情報がありませんよ」
「本当ですねぇ。無事らしいと分かってはいてもぉ、情報の一つも入ってこないと少し心配になりますぅ」
困った顔で話しあっている彼女たちをよそに、俺も一つ困った事態に直面していた。
今日は三連休最終日。つまり、明日から仕事だ。出勤しなければならない。
「……どうすっかな。明日は有休を取るか……?」
皆のことが心配なため、せめてツバメさんが合流するまではゲームの攻略を優先するかと考えていると、彼女達から待ったがかかった。
ティオがベッドから上体を起こし、備え付けの机の上に陣取る水晶の顔を見た。
「いや、章介さんは会社へ行ってよ。それだって大事なことでしょ?」
「そうですよ。こちらのことは心配なさらずとも大丈夫です。私たちは私たちで、出来ることをやっておきますので」
「幸いにも次の町ぐらいまではぁ、特に難しいクエストもないようですしぃ」
「……いや、でも」
三人に『私たちは大丈夫』と背中を押されるが、今迄のゲームのバグのことを思い返すと、『じゃあ、分かった』と素直に頷ける状態ではなかった。
そんな俺の葛藤を見抜いたのか、ティオが『よっこいしょ』と起き上がり、笑いかけてくる。
「章介さんが心配してくれるのは嬉しいけど、心苦しさも感じるからね。大丈夫だよ、ゲームの攻略情報は頭に入ってるし。章介さんがいないときは、情報収集と金策を中心にするから」
「ティオの言う通りです。万が一の場合は、逃げるのを最優先にしますので」
「ええ、ですので章介様はぁ、ご自身のことをまずお考え下さい」
さらに二人も俺に笑いかけてくる。
正直、不安は完全には消えない。しかし、皆がここまで言ってくれているのだ。これ以上何か言っては、彼女達を信用していないことになる。
俺は不安を飲み込み、画面の向こうの皆にしっかりと向き合った。
「……分かった。明日は会社へ行ってくる。その代わり、絶対に無茶はしないでくれ。衣装を買い替えるときもよく考えてな。俺も定時になったら急いで帰って来るから」
「うん、任せといて」
そう言ってティオはグッと親指を立てると、再びベッドへと沈んでいった。
――そして翌朝。俺は皆に挨拶だけ済ませると、会社へと向かった。
* * * * *
時間は飛んで、17:00。
定時のチャイムと同時に席を立つ俺の背中に、声がかかった。
「おーい武田。今日飯でも食いに行かないか?」
振り向くと、同僚の上杉が笑顔で手を上げていた。
先週までだったらOKの返事をしていただろうが、今は彼女達が最優先だ。悪いが断らせてもらう。
「あー、スマン。ちょっと用があって、しばらくは無理かもしれん。悪いな」
少し慌てた俺の様子に、上杉が怪訝そうに眉をよせた。
「珍しいな、何の用だ? もしや女だったりな」
「いや、違――くも……ない、のか?」
即座に否定しようとしたが、よくよく考えたら間違いという訳でもない。
変な間が空いた俺の返答に、上杉がカッと目を見開いた。
「おまっ……まさか本当に女が出来たのか!? いつの間に!?」
「別に、お前が思ってるようなことじゃないよ。ゲームの中の女の子の話だ」
ある意味本当のことを言いながら誤魔化すという、訳の分からない説明を残して俺は逃げ出した。
背後で上杉が何かをわめいているが、自宅へ帰るのが優先だ。
咄嗟に言ってしまったが、あとになって自分の発言を思い返すと『ゲームの女の子に会うため急いで家に帰る25歳』という図式が完成していたことに気がついた。明日からの社内での評判が恐ろしい。
* * * * *
急いで家に帰り、着替えもそこそこにモニターの電源を入れる。
そこには、宿屋の一室で向かい合う三人の姿があった。
皆の無事を確認し、ホッと息を吐こうとして――三人の衣装を見て息が止まった。
ちょっと待て、その衣装は何だ?
背中に嫌な汗をかきながら、恐る恐る声をかける。
「……おい、お前たち。……その衣装は、どうした?」
俺の声に三人が机の上へと視線を向け、水晶に映る俺の姿を見て気まずそうな顔をした。
「……あー、章介さん。お帰り」
「……お疲れ様です」
「……お帰り、なさい、ませぇ……」
「グルルルルル……」
「ああ、ただいま。……それより、俺の質問に答えてもらっていいか?」
「「「……」」」
盛大に目を逸らされた。
ただ、このままでは埒が開かない。
「……取り敢えずティオ。ステータスを見せてくれるか」
俺の名指しに、ティオは深い溜息をつくと『ステータス・オープン』、と唱えた。
* * * * *
【ティオ=ブルーベルベット】
装備:
【変身ベルト(狼牙)】
【革ジャン(狼牙)】
【ダメージジーンズ(狼牙)】
【厚手のブーツ(狼牙)】
【仮面サイダー狼牙コラボ衣装】
『衣装属性:闇』
衣装能力:
【変身】一回の戦闘につき『3ターン』のみ『変身』することが出来、基礎能力が倍になる。
【サイダーキック】近距離の敵にダメージ(高)。※変身中のみ使用可。
【筋力補正衣装:基礎能力『C』のため補正効果なし】
【体力補正衣装:基礎能力『D-』のためマイナス補正。デバフ(-5)のためマイナス補正】
※マイナス補正のため、『変身』が『2ターン』に短縮。
* * * * *
「……って、おい!? 思いっきりデバフがかかってるじゃねえか!? なんでその衣装にした!?」
「……私が狼牙推しで、そこにロマンがあったから、かな? ほら、変っ身っ! 狼ォォォ牙ッ!!」
そう叫ぶと、腕を伸ばしキレッキレの変身ポーズを決めやがった。
何度も練習したのがよく分かる、完璧なポーズだ。
「アホか!? 狼ォォォ牙ッ、じゃねえんだよ!?」
思わず叫んでしまった俺は悪くないと思う。
よりによって、ティオのステータスをぶち壊す最悪の組み合わせだ。『衣装を買い替えるときはよく考えろ』と言ったにも関わらず、これである。
だが、この惨状でもティオはまだマシかもしれない。
俺はチラリと、ティオの横へと視線をズラす。するとその視線に気付いたのか、彼女はビクリと体を跳ねさせて小さくなった。
次の容疑者は――。
「……じゃあ、次はマリアさん。ステータスを」
「……はいぃ。……ステータス……オープン……」
「グルルルルル……」
* * * * *
【マリアメア=シルヴァランス】
装備:
【アニモンボール(雷狐)】
【アニモントレーナーのベスト】
【アニモントレーナーのズボン】
【アニモントレーナーのシューズ】
【アニマルモンスターコラボ衣装】
『衣装属性:雷』
衣装能力:
【いけ! ライコ!】アニモンボールから『雷狐』を呼び出し、使役する。
【十万ボルト】近距離の敵にダメージ(中)。※呼び出し中のみ使用可。
【知力補正衣装:基礎能力『A』のため補正効果『中』】
【魔法技術補正衣装:基礎能力『S+』のため補正効果『特大』】
※『動物に嫌われる』が発動。『雷狐』が指示を一切聞かない。
※親和性『-50』のデバフのため、全能力にマイナス補正『極大』。
* * * * *
「……嘘だろ。よりによってマリアさんが……」
「……本当にぃ、申し訳ありません」
「グルルルルル……」
「……って、さっきから滅茶苦茶唸ってるな」
頭痛がしてきた頭を抑えながら視線をマリアさんの足元へと移すと、歯を剥いた『雷狐』、見た目は子狐がマリアさんに向かって威嚇をしていた。さっきから唸り声がしていたのはコイツだ。
「……マリアさんは、ほぼ全てのステータスが高いから、ほとんどの衣装を着こなせるわけなんだけど……よりによって何で動物にいったわけ? 何かのバグか、って思うほど弱体化してるんだけど」
俺のジト目に、マリアさんは俯いたままプルプルと震えながら声を絞り出した。
「……だってこの子、逃げずに私の傍にいてくれるんですぅ」
「……え?」
「今まで魔眼のせいで、本以外で動物をまともに見たことがないんですぅ。……一度でいいから動物と触れ合ってみたかったんです。……夢だったんですっ!!」
「アッ、ハイ」
涙目でマリアさんが叫ぶ。
思った以上に重い答えが返ってきた。
その姿に何も言えず言葉に詰まっていると、彼女は足元の雷狐にそっと手を伸ばした。
「シャーッ!」
「痛っ!」
雷狐は大きく唸ると、その手を鋭い爪で引っ掻いた。
よく見ると、すでに彼女の手はひっかき傷だらけだ。何度も爪を立てられたのだろう。
しかしマリアさんは『引っ掻いてくれた』と、どことなく嬉しそうだった。
本当は衣装について叱らなければならないのだが、その様子を見ていると可哀そうすぎて何も言えなくなってしまった。
(……ただマリアさん。ソイツが離れないのは、多分装備品扱いだから、逃げたくても逃げられないだけだと思うよ?)
――という言葉は、そっと飲み込んだ。
「……じゃあ次は――」
「はい、私ですね。ステータス・オープンッ」
最後まで言い切る前に、食い気味に返された。
* * * * *
【ソフィーリア=シルク=ブラウンロード】
装備:
【半知良学園のタイリボン】
【半知良学園のブレザー】
【半知良学園のスカート】
【半知良学園のローファー】
【お色気☆ハプニングコラボ衣装】
『衣装属性:風』
衣装能力:
【まいっちんぐ♡】風の悪戯で、周りの視線をくぎ付けにする。効果『魅了』。成功時、敵を1ターン行動不能にする。
【メンタル補正衣装:基礎能力『S』のため補正効果『大』】
【破廉恥補正衣装:潜在能力『+20』のため補正効果『特大』】
※補正効果『大+特大』のため、成功率20%→90%へ。
* * * * *
「……マジかよ」
それ以外に言葉が出なかった。
元々このコラボ衣装は『魅了』の成功率が極端に低いため、『能力を使うぐらいなら直接殴った方がマシ』というネタ衣装だったはずだ。なのに、ソフィーさんとの親和性が高すぎて恐ろしい能力になっている。
「ふふん、いかがですか? 私の能力は。一応断っておきますが、別にこの衣装の作品に興味があったわけではありませんよ? あくまで私との相性のみで選んだのです。本当です。……それはそれとして、最新話の配信は本日の23時30分でしたよね?」
手を腰に当てて胸を張るソフィーさんだが、相変わらず子供すら信じないような言い訳をしてくる。
ただ、能力値が能力値なだけに、文句の言いようがない。絶対に結果論だが。
それでも一つだけ言わせてもらうなら。
「……なあ、ソフィーさん。一つ聞きたいんだが、王女的にソレはいいのか?」
俺がさっきから、なるべく視界に入れないように気を付けているのは彼女の腰から下――スカート丈だ。
下着が見えない、ギリギリを攻めるような超ミニの制服スカート。王女がそれを履くのは、国際問題になったりしないだろうか?
しかし俺のそんな心配を笑うかのように、ソフィーさんは言った。
「コレですか? 勿論大丈夫ですよ、私は王女ですから。下着を見せないように振舞うのは、王族の嗜みです」
「んなわけあってたまるか。王族はパンチラを攻めたりしないだろ」
何、訳の分からないことを言うんだ。この王女様(仮)は。
俺は三人をもう一度見回し、大きなため息を吐いた。
帰宅して10分。すでに疲労感が酷い。
だが驚きはしたが、別にそこまで致命的な問題になる話ではない。
ソフィーさん以外はデバフによる能力低下を起こしているが、別の衣装に着替えればいいだけだ。
(そう言えばコラボ衣装って、ゲームを二週目以降でプレイする人をターゲットにするような高額衣装だったはずだけど……どうやって買ったんだ?)
そんな疑問もよぎったが、一先ずそれは後回しにして彼女達に指示を出すことにした。
「……まあいいや。取り敢えずその衣装はデバフが酷いからやめよう。一旦、この前揃えた衣装に着替えて――」
「あ、章介さん。ちょっといい?」
俺の声を遮り、ティオが手を上げた。その表情は、どことなくバツが悪そうだった。
その横を見ると、ソフィーさんも同様の表情を浮かべ、マリアさんに至っては顔を青くしている。
その様子に、俺の背中に冷たいものが流れた。
――ものすごくイヤな予感がする。
「……どうしたティオ、そんな顔して。何かあったのか?」
その予感を振り払うように、ティオに声をかけた。ただの俺の気のせいだと信じて。
しかし、その希望はティオの一言によって完膚なきまでに叩き潰されることとなる。
「脱げなくなった」
「……は?」
俺はティオの言っている意味が全く分からず、呆けた声を漏らしてしまった。
脱げない?
一体何を言っているのか。衣装が脱げないなんて、そんな馬鹿なことがあるわけない。
あるとすれば『バグ』ぐらいだ――そう考えた瞬間、眩暈が起きた。
まさか――。
「いや、ちょっとバグらせちゃって。衣装が脱げないんだよね」
俺が今朝、家を出てから約十時間。
その間に、こいつらはすでに何かをやらかしていたようだった。
読んでいただきありがとうございます。
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次回投稿は来週、5月2日(土)20時50分になります。




