045 【爆釣王】その8 マリアメアside ~六千ポイントの執念、爆釣杯の栄冠~
章介様に声をかけた直後、私は島へ向けて全力で泳ぎ出した。
背後から海面を叩く激しい衝撃が伝わってくる。
彼が海竜を引き付けてくれている証拠だ。
だが海竜の動きは速い。長くは持たせるのは難しいだろう。
(急がなくては……!)
一気に200メートルを泳ぎ切り、桟橋を掴む。腕の力だけで濡れた体を一気に引き揚げた。
頬を伝う海水を乱暴に拭い、私は桟橋の入り口で手を振る二人へと駆けだした。
「マリア、こっちです!」
「釣竿の改造は終わってる! すぐに作戦を開始しよう!」
駆け寄る私に、ティオ様が釣竿を突き出す。
ロッドの表面には、見覚えのある私たちの世界の文字が、びっしりと赤く刻まれていた。
竿を受け取り、お礼を言うと、乱れた息を整える。深く、一度だけ呼吸。
――準備完了。
顔を上げれば、海竜が巻き上げる水飛沫と水晶の反射光が、こちらへ進路を変えて突っ込んでくるのが見えた。
私は竿を両手で固く握りしめる。
「お二人共ぉ、準備が整いましたぁ。作戦を開始いたしますぅ」
「了解っ! やるよソフィー!」
「ええ、任せてください!」
ティオ様が私の背後にピタリと体を寄せ、両手を伸ばすと、竿の柄へと近付ける。
彼女がゆっくりと魔力を込めると、刻まれた文字がさらに赤光を強めていく。
一方、ソフィーリア様は見えないボールを掴んだような格好で、前方の虚空へ両手を突き出した。
伸ばした指先に魔力が集束していく。
まずは一本目。右手の人差し指に稲妻が走る。
【中級雷撃】の光だ。しかし――。
「……ソフィーリア様、それは中級雷撃ですよねぇ? 作戦前に、海竜の巨体には上級以上の威力が必要だと申し上げたはずですが……」
しかし私の危惧に対し、彼女は不敵な笑みを返した。
「まあ見ていてください、マリア。ここからが私の『とっておき』です」
ソフィーリア様が続けて魔法を重ねると、稲妻走る人差し指を囲うように、水色の幕が展開された。
あれは【初級防壁】だ。しかも五重の重ね掛け。
それが稲妻を内側へ抑え込んでいる。
(まさか……!)
驚く私を余所目に、彼女は中指、薬指と、次々に同じように魔法を纏わせていく。
一分後、全ての指に『防壁で封じられた稲妻』が灯った。
私は彼女が成そうとしている技術を理解し、戦慄した。
――彼女は一人で『集合魔法』を撃つつもりなのだ。
集合魔法というのは、本来、強力な魔法が使えない魔法使いが十人以上集まり、同じ魔法を放ち収束させることで、一段階強力な威力へ引き上げる技術。
しかしこの技術には複数人で使用しなければならない理由がある。
例えば一人で同じ魔法を二つ以上発動した場合、術者から放たれる前にその魔法は一つに融合してしまう。
つまりいくつ発動させても、結局は一発分の威力にしかならないのだ。
だからこそ彼女は防壁で一発ずつを『隔離』しているわけだが、問題はその消費魔力だ。
ソフィーリア様が発動した魔法は中級雷撃。
それを抑え込むには中級以上の防御魔法が必要になるのだが、彼女はその魔法が使えない。だから初級の防御魔法を五重に展開して代用しているわけだ。
しかし、それを十発同時。しかも中級雷撃が初級防壁を常に削り続けている。
それを防ぐため、常時魔力で修復させている状態だ。
単純計算で、『上級魔法相当』の魔法一発を放つのに、上級魔法『十五発以上』の魔力の消費。
魔法師団の部隊長ですら、発動前に三回は魔力切れで気絶するレベルだ。
まさに非効率の極み。
莫大な魔力を持つ彼女にしか許されない『力押し』の極致だった。
「……ソフィーリア様。その魔法は……?」
「……ほら、魔法技術科の卒業試験って『上級相当』の魔法行使が条件なんですよ。でも知っての通り、私は中級を三つ覚えるのがやっとでしたので」
魔法の制御に額に汗を浮かべながら、彼女はなんでもないように言った。
続いて、背後のティオ様が不敵に笑う。
「だから二人で考え出したんだよ。上級が使えないなら、魔力量のごり押しで『上級相当』の威力にしてしまえばいい、ってね。卒業規定はちゃんと守ってるよ」
絶句した。
本来、魔法技術科の卒業資格が『上級魔法の使用』ではなく、『上級魔法相当の使用』となっているのは、過去に、上級の使用は出来なくとも、特級の使用が可能な生徒が在籍していたことが発端だ。
特級魔法が使える生徒を落第させることを惜しんだ当時の学院が作った一文。
まさかそれを逆手にとって、力押しで突破するとは誰も考えなかったに違いない。
魔力が雀の涙。魔法技術が皆無。上級魔法が使用不可。
魔法学院は短い年数の間に、学院のルールをすり抜ける問題児が入学してきて、さぞや迷惑を被ったことだろう。
しかし、これで威力不足は解消された。
視線を海へ戻す。水晶を追う影が、目前まで迫っている。
竿をもう一度握り直す。
「マリア姉、糸の先端には針と重りになる分銅を付けてある。海竜が口を開けて飛び出してきた瞬間を狙って!」
「分かりましたぁ」
頷きチャンスに備える。
距離は100メートルを切った。
(……もっと、引き付けて……)
しかしその時海竜の動きに変化が見えた。
一向に捉えられない水晶に業を煮やしたのか、再びその巨体を海面から消した。
――あれはさっきの。
私の第六感が警報を鳴らす。
その予感は当たり、海竜は再び、真下から突き上げるような動きで海面から飛び出す。
さっきは私の咄嗟の指示でギリギリ回避できたが、私は今ここにいる。
水晶はその動きに対応できず、その顎は水晶を飲み込み――――瞬間、私は渾身の力で竿を振りぬいた。
海中へ消える寸前、僅かに開いた口内へ、分銅が釣り針ごと吸い込まれていく。
――ドッパァァアアアン!!
凄まじい水飛沫。水晶を呑んだまま、海竜が海中へ潜る。
「きゃああああああ!!!!!?」
両腕に10トンの質量がのしかかった。足が地面を削り、海へと引きずり込まれそうになるのを、歯を食いしばり、必死に踏ん張る。
間一髪間に合った。
あと一瞬でも遅れていたら、水晶は海の底へと消えていた。
しかし、10トンの巨体は尋常ではない。私の怪力をもってしても、一瞬堪えるのがやっとだ。
その時、急に体の引き込みが止まる。
驚くが、すぐにその理由が分かった。
背後から伸びた二本の腕が、私の握る竿へと向かい膨大な魔力を流し込んでいるのが見えたからだ。
「ティオ様っ!?」
「……ぐ、ぎぎぎぎっ……!」
釣竿の文字が激しく明滅する。
彼女が釣竿に刻んだのは『引力』の魔法陣だ。
貫通炸裂式魔導砲の発射装置に組み込んだ術式を、釣竿に転用した技術。
そこへ、ソフィーリア様さえ上回る、超怪物級の魔力を注ぎ込んでいる。
海へと逃れる海竜の動きすら止めるほどに。
だが、その声に余裕はない。
彼女の魔力量をもってしても、相手が重すぎるのだ。
しかも水晶が飲み込まれた今、絶対に失敗するわけにはいかない。
確実にこの一度で決める必要がある。
ティオ様の魔力に反応し、釣竿は尚も赤さを増していく。
しかし手助けをする余裕は誰一人としていない。
魔力の極めて少ない私は論外。
ソフィーリア様は、次の一手に備えて全魔力を展開中。
ティオ様一人で何とかしてもらうしかない。
そこへソフィーリア様の喝が飛ぶ。
「ティオ! さっさと引き上げて下さい! その無駄に膨大な魔力は何のためですか!? 貴方からそれを取ったら、ただの『青髪負けヒロイン』しか残りませんよ!!」
「……ぐぎぎぎぎっ! ……あなた後で本っ当に覚えておきなさいよ!? その『微乳』で『微妙』な『B』を引っ叩いてやるからね!!?」
「何てこと言うんですか!? やれるものならやってみなさい! ただその前に、やれることをやってから言いなさい!!」
「……上ぉ等ぉだぁああああああ!!!」
気合と共に、ティオ様の魔力が爆発的に膨れ上がった。
その魔力は釣竿を伝い、糸にまで伝播し、真っ赤に染め上げる。
「うおおおおおおあああああああああっっ!!!!!!!」
徐々に海面が盛り上がり始め、やがて巨大な飛沫を上げて、一度は海中に沈んだ海竜の巨体が海面を割り、その上半身が再び姿を現した。
「……やってやったわよ、ソフィー。絶対に仕留めなさいよ……」
ティオ様が糸の切れた人形のように魔力切れで崩れ落ちる。
それを見届け、ソフィーリア様がニヤリと笑った。
「それでこそ親友です。勿論です。見ていてください、私の『とっておき』を!」
十本の指から激しく迸る稲妻。
彼女は海竜の頭部を見据え、叫んだ。
「食らいなさい! 【中級雷撃・単独集合魔法】ッッ!!!」
放たれた十の雷撃が空中で収束し、一本の巨大な『雷の槍』へと変貌する。
落雷が水平に走り、世界を白く染め抜いた。
――ズガアアアアアアアアアアッッ!!!
轟音が海竜の悲鳴すらかき消す。
あとに残されたのは、完全に失神し、海上へとその長い首が倒れこむ姿だった。
「……マリア、あとは……頼みました……」
そして、ティオ様の動きをなぞるように、ソフィーリア様もまた魔力切れで倒れこんだ。
章介様、ティオ様、ソフィーリア様。
バトンは受け取った。 皆が繋いでくれた、この一瞬。
そして何より、私は二人を必ず支えるとあの日誓っている。
だからどんなに無茶な条件でも、私が失敗することは絶対にない。
「――お任せください」
私は全身の力を竿に込める。
脚から腰へ。
腰から肩へ。
そして肩から腕へ。
渾身の力、体の捻り、体重移動。
全ての連動を一点に集約し、竿をしならせた。
「【特級剛力】!!!」
温存していた切り札を解放する。
全魔力を注ぎ込む、わずか0.1秒にも満たない瞬発。
足元のコンクリートが蜘蛛の巣状に砕け、両足が深く沈み込む。
瞬間。
放物線を描いて、10トン近い巨体が『空』を飛んだ。
現実離れした光景を網膜に焼き付けながら、私もまた、魔力が尽きると同時にその場へ崩れ落ちた。
次の瞬間、桟橋を粉砕して着水した海竜が、巨大な波を巻き起こした。
「っ!?」
抵抗する力も残っておらず、私たちはなす術なく波に呑み込まれる。
荒れ狂う水に翻弄され、ようやく波が引いたときには、桟橋から遠く離れた場所に打ち捨てられていた。
魔力切れによる朦朧とした意識の中で、真っ先に二人の顔がよぎる。
(そうだ、お二人は……!?)
倒れた状態のまま、必死に周囲を見渡す。
すると10メートルほど先に、ティオ様とソフィーリア様がそろって倒れているのが見えた。
焦りの感情が湧きおこるが、目を凝らせば二人の胸は規則正しく上下し、小さくうめく声も聞こえた。
ならば大丈夫だ。
あの二人は、この程度でどうこうなるほど軟ではない。
安堵の溜息をつくと同時に、視界の端を何かが横切った。
見慣れた球体――水晶が、ふわふわとこちらへ向かって飛んでくる。
どうやら着水の衝撃で、海竜の口から吐き出されたらしい。
これで全員の無事が確認できた。
再び安堵の息が漏れる。
「おーい! マリアさん、無事か!?」
水晶が私のすぐ横まで移動してくる。
聞こえる章介様の声は、ひどく心配そうに聞こえた。
私は精一杯の笑みを浮かべて答える。
「ええ、大丈夫ですぅ。私も、お二人も……それより、章介様ぁ。大会のスコアはどうなりましたぁ?」
満身創痍の私たちが最後に確認すべきは、ただ一点。
そのために皆、死力を尽くしたのだ。
私の問いに、章介様は弾けるような声で応じた。
「やってやったよ! 不可能と言われていた、大会モードでの『伝説の主の釣り上げ』に成功だ! 記録は6000ポイント――ぶっちぎりのトップだ!」
その瞬間、私の顔に今日一番の満面の笑みが咲いた。
と、同時に、会場中に終了の合図が鳴り響く。
『――大会終了! 最終成績を発表します!』
拡声放送の響きが、静まり返った島に轟いた。
『優勝、マリアメア=シルヴァランス……6000ポイント!!』
大会記録を九倍近く更新するという、空前絶後の爆走劇。
爆釣杯の栄冠は、文字通り、私たちの執念によって釣り上げられたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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