005 異世界の親友は似たもの同士
画面では、栗色の髪の女の子がニコニコと微笑んでいる。
そしてティオのヤツが、またとんでもない爆弾をブッ込んできやがった。
上品な雰囲気からどこかの貴族かもとは思ったが、想像よりも遥かに上だ。
というか、名前や関係性よりも『王女』という立場が一番重要な情報だろう。
なにを補足事項みたいに紹介してやがる。
王族なんてどう接すればいいのか分からない。
気にするなと言われても、ティオとの普段通りのノリで会話したら、即『不敬』で首が飛ぶんじゃないだろうか。
俺はどう言葉を交わすべきか思考をフル回転させ、何とか絞り出した。
「……えーと……ソフィーリア王女殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅうございます……?」
『ぶふぉお!』
俺の引き攣り気味の笑顔と精一杯の挨拶に、ティオが噴き出しやがった。
こっちの緊張も知らず、腹を抱えて笑う姿にイラっとくる。
「……おい、笑うな。俺はこんな身分の高い人と話した経験がないんだ。助けてくれ。せめて見本を見せてくれよ」
『あはははは! 別に普段通りで問題ないって。似合わない挨拶すぎて不意打ちを食らったよ。つかみはバッチリだね、笑わせてもらったよ』
「狙ったギャグじゃねーよ。王女様相手に普段通りなんて不敬すぎるだろ。お前相手とはわけが違うんだ」
『大丈夫だって。公の場でもなければソフィーはそういうの気にしないし、むしろ気軽に話してほしいタイプだから』
そうは言うが、ティオとの普段の会話なんて親しい同性相手のタメ口そのものだし、なんならそれ以上に砕けている自信すらある。初対面の王女様相手にそんな真似ができるわけがない。
そもそもティオとだって、初対面のときは敬語だったはずだ。
……まあ、意気投合して一時間経たずにお互いタメ口になったけど。
『ふふ、お二人はとても仲がよろしいのですね。ティオの言う通り、私にも同じように接していただけますか?』
「いえ、そう言ってもらえるのは有り難いんですけど、さすがに王女様をティオと同じ扱いにするのは……」
『さっきも言ったけど、ソフィーは本当に気にしないから。そもそも章介さんはうちの国民じゃないし、世界そのものが違うでしょ?身分なんてあってないようなものだよ。『友人に紹介された年下の女の子』くらいの感覚で問題ないって』
確かに世界どころか次元すら違う以上、必要以上に怯える必要はないのかもしれないが、それでも最低限の礼儀は必要だろう。
ちなみに、俺とティオの間には『礼儀』というオブラートはすでに霧散している。
……とりあえず、一般的な年下の異性に対する接し方でいいんだろうか。
「う〜ん……そう言うなら……。じゃあ、なるべく口調には気を付けま……気を付けるよ。……えーと、ソフィーリアさん?」
『私のことはソフィーとお呼びください。よろしければ私も、章介様とお呼びしても?』
「様付けは慣れないから、もう少し崩してもらえると助かる。じゃあ、ソフィーさんって呼ばせてもらうよ」
『では私も章介さんと。よろしくお願いいたしますね』
王女様は花が開くような笑顔で答えてくれた。
ティオの笑顔が見ていて楽しくなるものなら、ソフィーさんの笑顔は心が浮き立つような眩しさだ。
美少女の屈託のない微笑みに、目が眩みそうになる。
『ところで、ソフィーは何しに来たの?私に何か用?』
『はい、ティオの研究の様子を見にきました。ここ数ヶ月、以前と比べてゆっくり話す機会が減りましたから』
その言葉に斜め上を向いて考え込んでいたティオは、心当たりがあったようでバツの悪い顔をした。
あれからほぼ毎日のように俺と通信していたから、当然といえば当然だ。
俺の方だって、ここ半年の友人付き合いはティオがぶっちぎりで多い。
『あー……ごめん、確かにそうかも。最近研究室に籠もってたし、ほとんど章介さんと通信していた記憶しかないや』
『ふふ、大丈夫ですよ。あなたが興味を持ったものに夢中になって、周りが見えなくなる『イノシシ頭』なのは昔からです。……でも、意外でした」
『今、思いっきりディスったよね?……で、意外って何が?』
『異世界の方と通信に成功したのは聞いていましたけれど、それが年の近い殿方だったなんて。それに、あなたが敬語を使わずここまで口調を崩す相手というのは、ほとんどいないでしょう?』
「え、そうなの?コイツ、初日からこんな口調だったけど。っていうか逆だろティオ。なんで一番敬語を使わなきゃならない王女様にタメ口なんだよ」
『それは、ソフィーが一番気が合って、全く気を使う必要のない親友だからだよ。普通の友人なら敬語のままだし』
もっともな顔で返されるが、思わずツッコミを入れたくなる。
幼馴染とは言っていたが、本当に気の置けない間柄のようだ。
『つまり、ティオと章介様は、とても仲睦まじいということですね!』
「『いや、言い方』」
思わずティオと声が重なった。
確かに仲が良いのは認めるが、他人が聞いたら誤解を招きそうなチョイスだ。
俺たちの息の合い方に、ソフィーさんは胸の前で手を合わせ、目をキラキラと輝かせた。
『やはり息がぴったりですね!最近ティオの付き合いが悪かったのも、頻繁にお二人で『密会』されていたからのようですし。私、本で読んだことがあります。恋人ができると友人付き合いが悪くなると。つまり、お二人はそういうご関係で……!?』
「『違うけど?』」
再びツッコミがかぶる。
ソフィーさんが徐々に興奮していくのがわかる。目の中に星が舞っている。
こういう話に興味津々なのは、世界を問わず年頃の女の子というやつか。
気付けばさっきより赤くなり、視線は獲物を狙う肉食獣の如く俺を射抜いている。
俺たちの否定など、もはや耳に届いていないようだ。
『ちなみに、あくまで一般的な質問なんですけれど……そう、学術的な興味です!……その、お二人はもう『アレな行為』はお済みなんですか!?』
「してないよ!違うって言ってるじゃん!だいたい画面越しにしか会えないのにどうやってするんだよ!」
初対面で聞く質問じゃないだろ。なんてことを聞いてくるんだこの王女様は。
想定外の角度からの問いに、俺も思わずティオに対するような勢いで突っ込んでしまった。
ソフィーさんの顔はこれ以上ないほど朱に染まり、テンションは最高潮に突入している。
『なるほど!お互い触れ合えない、画面越しの特殊プレイ……!ぜひそのあたりを詳しく御教授s――』『落ち着け』『っ……痛ぁい!!?』
ゴズンッ、と鈍い音が響いた。
ティオのチョップが炸裂し、頭を抱えたソフィーさんが画面から消えていく。
あまりにズレた言動に追い打ちをかけそうになった俺だったが、目の前で王女様が容赦なく叩き伏せられる光景に、思わず硬直した。
「……ティオ。お前、今ひっぱたいたの自国の王女様だよな? 何やってんの?」
『大丈夫だよ。この子、昔からたまに暴走するんだけど、こうやって止めるのが一番手っ取り早いから』
俺が戦慄いていると、痛みが引いたらしいソフィーさんがゾンビのように起き上がってきた。
『……ねえティオ。さすがに強く叩きすぎではありませんか? たんこぶになってますよ』
『これ以上軽く叩いてもあなた止まらないでしょ。長年の経験で導き出した最適解だよ。というかソフィー、その暴走癖、いい加減に直しなって』
今の言い草だと、昔から日常茶飯事らしい。
いくら幼馴染とはいえ、普通なら不敬罪で処罰されてもおかしくないはずだが。
「でも、今の鈍い音、かなりの威力だったぞ。お前、昔からそんなことしてんのか?」
『そうだねぇ。……まあ、さっきの醜態を見たらわかると思うけど、この子、昔からエッチな話題にめちゃくちゃ食いついて暴走するんだよね。王女様のそんな姿を人目に晒すわけにいかないから、こう、迅速に処置しないと』
『ティオ、そんな冗句を言うものではありません。私は別に破廉恥なことに興味など持っていませんよ。章介さんが万が一にも信じてしまったらどうするんですか』
『いや、無理がありすぎるって。学院時代だって王女って肩書きで一歩遠巻きにされてたのに、そのスケベな暴走のせいで、皆からさらに二歩は距離を置かれてたじゃない』
『ねえ、私もそろそろ怒りますよ?貴方だって『魔道工学の神童』なんて言われて一歩引かれてたのに、魔法の才能があまりに絶望的すぎて鼻で笑われ、さらにもう一歩。その上、王女の私を平気で引っ叩くせいで、周囲から三歩は距離を置かれていたではありませんか。あと、私はスケベではありません』
『最後の一歩はソフィーのせいでもあるじゃん!?』
「二人とも、ちょっと落ち着けって……」
本格的に口論を始める二人。俺が宥めても効果はない。
やいのやいのと言い合っている姿は、やはり親友ならではなのだろう。
ソフィーさんの最初のイメージは『お淑やかな王女様』だったが、さすがティオの親友。間違いなく彼女も変わり者だ。
だが、いい加減に二人を止めたい。話がどんどん明後日の方向に逸れていく。
『目玉焼きにマヨネーズはないでしょ!卵に卵はおかしいって!』
『何を言っているんですか、それでコクが増すんです!ケチャップこそ素材の味をぼかしています!』
『ばっちり合うでしょうが!ねえ、章介さんもそう思うよね!?』
どうやら俺の存在を忘れていたわけではないようだが、矛先がこちらへ向いてきた。
俺は軽く笑いを浮かべて答える。
「ソースに決まってんだろ」
残念ながら、この世から争いが絶えることはない。
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