004 清楚な王女様は、むっつり暴走癖
画面の向こうでは、栗色の髪の美少女がニコニコと……それはもう、絵画のように美しい笑みを浮かべている。
だが、俺の心境はそれどころじゃなかった。
ティオのヤツが、またしてもとんでもない爆弾を放り込んできやがったのだ。
上品な雰囲気からして『いいとこのお嬢様』だとは思ったが、想像の斜め上……いや、そこから二段飛びで突き抜けた。
おいティオ。名前や関係性よりも、まず先に『第一王女』っていう国家機密級の情報を最優先で伝えろよ。
何を『今日のランチはパスタだよ』みたいな軽いノリで紹介してやがる。
王族なんて、どう接すればいいのか見当もつかない。
もし不敬な真似でもしたら、次元を越えて刺客が送られてきたりしないだろうな?
俺はフル回転する脳細胞から、精一杯の敬意を絞り出した。
「……えーと。ソフィーリア王女殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう……ございます……?」
『ぶふぉおっ!』
直後、ティオが盛大に噴き出しやがった。
こっちの緊張も知らないで、腹を抱えて笑い転げる姿に、こめかみがピクつく。
「笑うな。こっちは生まれてこのかた、こんな身分の高い人と話した経験がないんだ。助けてくれ。せめて見本を見せてくれよ」
『あはははは! いや、似合わなすぎて不意打ち食らったよ! つかみはバッチリだね、最高だよ章介さん!』
「狙ったギャグじゃないんだよ。王女様相手に普段通りなんて、怖すぎてできるか」
『大丈夫だって。公の場でもなければソフィーは気にしないし、むしろ気軽に話してほしいタイプだからさ。私と同じで問題ないよ』
そうは言うが、俺とティオの会話なんて、もはや親しい友人どころか「腐れ縁の兄妹」レベルで砕けている。
初対面の王女様相手に、そんなガサツな真似ができるわけがないだろ。
『ふふ、お二人は本当に仲がよろしいのですね。……ティオの言う通り、私にも同じように接していただけますか?』
「いや、そう言っていただけるのは光栄なんですけど、さすがにティオと同じ扱いというのは……」
『さっきも言ったけど、ソフィーは本当に気にしないから。そもそも章介さんはうちの国民じゃないし、次元そのものが違うんだから。身分なんてあってないようなものだよ。ほら、『友人に紹介された年下の女の子』くらいの感覚でいいって』
次元が違うんだから身分も無効……。言われてみれば一理ある。
とは言っても最低限の礼儀は必要になるだろうが。
ちなみに俺とティオの間には、『礼儀』という名のオブラートはとっくに霧散している。
「うーん……じゃあ、なるべく口調には気を付けま……気を付けるよ。……えーと、ソフィーリアさん?」
『ソフィーとお呼びください。よろしければ私も、章介様と呼ばせていただいても?』
「様付けは慣れないから、もう少し崩してもらえると助かるかな。じゃあ、ソフィーさんって呼ばせてもらうよ」
『では私も章介さんと。よろしくお願いいたしますね』
花が開くような笑顔。
ティオの笑顔が『楽しくなる笑顔』なら、ソフィーさんの笑顔は『嬉しくなる笑顔』だ。
美少女の屈託のない笑顔の眩しさに、目が潰れそうになる。
『ところでソフィー、今日はどうしたの? 私になにか用?』
『いえ、ちょっと日課の教育事に飽きて脱走を――んんっ! ……はい、ティオの研究の様子を見に来たのですよ。ここ数ヶ月、ゆっくりお話しする機会が減りましたから』
その言葉に、ティオが『そう言えば……』と、片眉を下げる。
あれからほぼ毎日、俺と通信していたからな。俺だって、ここ半年の交流相手はティオがぶっちぎりで一位だ。
(……って、ちょっと待て。今、さらっと『脱走』って言いかけなかったか、この王女様?)
『あー……ごめん、確かにそうかも。最近研究室に籠もってたし、ほとんど章介さんと通信していた記憶しかないや』
『ふふ、大丈夫ですよ。あなたが夢中になると周りが見えなくなる『イノシシ頭』なのは昔からですから。……でも、意外でした』
『今、思いっきりディスったよね? で、何が意外なの?』
『異世界の方と通信できたとは聞いていましたが、それが年の近い殿方だったなんて。それに貴方が敬語を使わず、ここまで口調を崩す相手というのも珍しいでしょう?』
「え、そうなの? コイツ、初日からこんな感じだったけど。っていうか逆だろティオ。なんで一番敬語を使わなきゃならない王女様にタメ口なんだよ」
『それは、ソフィーが一番気が合って、全く気を使う必要のない親友だからだよ。友人程度なら敬語のままだし』
もっともな顔で返されるが、思わずツッコミを入れたくなる。
幼馴染とは言っていたが、本当に気の置けない間柄のようだ。
『つまり……お二人は、とても仲睦まじいということですね!』
「『いや、言い方』」
俺とティオの声が完璧に重なる。
確かに仲が良いのは認めるが、他人が聞いたら誤解を招きそうなチョイスだ。
ソフィーさんの目がキラキラと……いや、ギラギラと輝き始めた。
『やはり息がぴったり! 最近ティオの付き合いが悪かったのも、頻繁に『密会』されていたからなのですね!? 私、本で読んだことがあります。恋人ができると友人付き合いが悪くなると……。つまり、お二人はそういう!?』
「『違うけど?』」
再びシンクロする否定。
だが、ソフィーさんは確信を得た獲物のような目でこちらを射抜いている。
こういう話に興味津々なのは、世界を問わず年頃の女の子というやつか。俺たちの否定など、もはや耳に届いていないようだ。
『ちなみに、あくまで一般的な質問なんですけれど……そう、学術的な興味です! ……その、お二人はもう『アレな行為』はお済みなんですか!?』
「してないよ!? 違うって言ってるじゃん! だいたい画面越しにどうやってするんだよ!」
初対面とは思えない、想定外の角度からの豪速球。思わずティオに対するような勢いでツッコミを返してしまう。
王女様は顔を真っ赤にし、興奮は最高潮へ。
『なるほど……! 触れ合えない、画面越しの特殊プレイ……! ぜひそのあたりを詳しく御教――』
――ゴズンッ!!
『っ……痛ぁい!!?』
鈍い音が響き、頭を抱えたソフィーさんが画面から消えた。
ティオの容赦ないチョップが炸裂したのだ。
あまりにズレた言動に、ツッコミの追い打ちをかけそうになった俺だったが、目の前で王女様が容赦なく叩き伏せられる光景に、思わず硬直した。
「……ティオ。お前、今ひっぱたいたの自国の王女様だよな? 何やってんの?」
『大丈夫だよ。この子、昔から暴走癖があるんだけど、こうやって止めるのが一番手っ取り早いから』
……王女が変態。パワーワードすぎて耳を疑った。
俺が戦慄いていると、たんこぶを抑えたソフィーさんがゾンビのように這い上がってくる。
『ねえ、ティオ……さすがに強く叩きすぎではありませんか? たんこぶになってますよ」
『これ以上軽く叩いてもあなた止まらないでしょ。長年の経験で導き出した最適解だよ。ていうかその暴走癖、いい加減気を付けなって』
今の言い草だと、昔から日常茶飯事らしい。
いくら幼馴染とはいえ、普通なら不敬罪で処罰されてもおかしくないはずだが。
「でも、今の鈍い音、かなりの威力だったぞ。お前、昔からそんなことしてんのか?」
『そうだねぇ。……まあ、さっきの醜態を見たらわかると思うけど、この子、昔から暴走する癖があってね。エッチなことにはより一層。王女様のそんな姿を人目に晒すわけにいかないから、こう、迅速に処置しないと』
『ティオ、そんな冗句を言うものではありません。私は別に破廉恥なことに興味など持っていませんよ。章介さんが万が一にも信じてしまったらどうするのですか?』
『いや、無理がありすぎるって。学院時代、肩書きで一歩遠巻きにされてたのに、その暴走癖のせいで皆から二歩は距離を置かれてたじゃん』
『ティオにだけは言われたくないのですが? 貴方だって『魔道工学の神童』なんて言われて遠巻きにされていたのに、魔法の才能があまりに絶望的すぎて鼻で笑われ、さらにもう一歩。その上、王女の私を平気で引っ叩くせいで、周囲から三歩は距離を置かれていたではありませんか。あと、私は破廉恥ではありません』
『最後の一歩は、あなたのせいでもあるでしょ!?』
「二人とも、ちょっと落ち着けって……」
本格的に口論を始める二人。もはや収拾がつかない。
ソフィーさんの最初のイメージは『お淑やかな王女』だったが、撤回する。間違いなく彼女はティオの親友……つまり、同類の変わり者だ。
なにせ話がどんどん明後日の方向に逸れていく。
『大体、目玉焼きにマヨネーズはないでしょ! 卵に卵はおかしいって!』
『何を言っているのですか、それでコクが増すのです! ケチャップこそ素材の味をぼかしています!』
『ばっちり合うでしょうが! ねえ、章介さんもそう思うよね!?』
突然、矛先がこちらを向いた。どうやら俺の存在を忘れていたわけではないようだ。
俺は深くため息をつき、軽く笑いながら揺るぎない正義を口にする。
「ソースに決まってんだろ」
残念ながら、この世から争いが絶えることはない。
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