003 ごめん、今の今まで超弩級のオタクだと思ってた
現在。俺は、目の前で起きた光景に呆然としていた。
幻覚ではないかという疑念も浮かぶが、机の上で鈍く輝く金貨が、これが残酷なまでの現実だと突きつけてくる。
正真正銘、何もない空間から金貨が現れたのだ。
思考が完全にフリーズしている俺をよそに、画面の向こう側ではティオが身を乗り出すようにこちらを覗き込んでいた。
『ど、どう!? そっちに金貨は転送された!? されたよね!!』
鼻息荒く実験結果を詰め寄ってくるティオに、俺は震える手で金貨をつまみ上げ、カメラに見せつけた。
『…………よ』
「……よ?」
『……よっしゃぁあああああああああああああああああ!!!』
「うるっさいっ!!?」
完全に油断していた鼓膜に、以前と同様、痛烈なダメージが走る。
画面の中で狂喜乱舞するティオを見つめながら、俺の脳はようやく正常な回転を取り戻し始めた。
今の現象は、明らかに異常だ。
仮に世界最高のマジシャンでも、住所も知らない相手のデスクへ、モニター越しに金貨をデリバリーするなんて芸当は不可能だろう。
冷や汗を流しながら、俺はある一つの――認めたくなかった可能性に辿り着き、未だ興奮状態のティオに話しかけた。
「……ごめんティオ。確認したいことがあるんだけど」
『あ、ごめんごめん! なになに、今の転送装置の原理? それとも私の今の感動? もう何でも聞いてよ。今ならスリーサイズだって答えちゃうよ!?』
「いや、それはどうでもいい……というか、今さら聞きづらいんだけどさ」
『うん! ……って、あれ? 何か今失礼なこと言わなかった? ……まあ、いいや』
「…その……ティオってさ」
『うんうん!』
「……もしかして、本当に異世界人なのか?」
『………………うん?』
ティオが笑顔のまま、完全に停止した。
無理もない。彼女からすれば、半年もの間お互い『異世界人』だと承知の上で親交を深めてきたはずだ。今さら何を言っているんだという話になる。
だが本当にすまない。俺は今の今まで、彼女のことを『徹底的にキャラを作り込んでいる最高に面白い中二病』だと思っていたんだ。
現実で『異世界人です』と言われて、信じる奴なんてまずいないだろう。
俺が心の中で必死に言い訳を並べていると、引きつった笑顔のティオが再起動した。
『え、なに? どういうこと? あ、もしかして高度なジョーク?』
「……残念ながら本気だ。俺も混乱してて……。ティオが本当に異世界人なのかの……確認、なんだけど……」
『は……? いや……今まであんなに話して……まさか……本当に……?』
震える指先で、信じられないものを見るように俺を指差すティオ。
残念ながら、その『まさか』なんだ。
俺はスッと頭を下げた。
「……今までそういう『プレイ』をしている、こっちの世界の面白い外国人だと思ってた。本当に、申し訳ない」
『うっそでしょぉおおおおお!!!!!!!???』
人生でこれほど見事な『魂のシャウト』を聴いたのは初めてだった。
「……正直、心の中で『設定に一切の矛盾がない、ガチ勢の鏡だな』って感心してた」
『そりゃそうだよ、本当のことしか言ってないんだから! 当たり前じゃん!?』
「……そろそろ実際はどこの国に住んでるのか教えてくれないかな、とかも考えてたし」
『ブラウバルトだっつってんじゃん! ブラウバルト王国! っていうか、半年間ずっと妄想を語ってるヤバい奴だと思われてたわけ!? それ、ただのおかしい人でしょ!!?』
「うん。……訂正するところがない」
『私に謝れぇえええええええ!!!!!!』
「本当にすみませんでした」
改めて九十度の深いお辞儀。
今まで悪気があったわけではないが、さすがにいたたまれない。
ティオは頭を抱え、『半年だよ、半年……』とうわ言のように繰り返している。
「言い訳をさせてもらえるなら、こっちの世界じゃ魔法や異世界なんて創作の作り話でしかないんだ。二次元ではありふれた題材だから、てっきりその類かと……」
『……いや、確かにアニメとかそういう話は多かったけど。……えぇ、マジかぁ。……言いたいことは山ほどあるけど、一旦置いとこう。……あくまで『一旦』だけどね』
肺の空気をすべて出し切るような深い溜息をつき、彼女はどうにか感情を飲み込んでくれたようだ。
俺も姿勢を正し、今の現象について詳しく聞く態勢をとる。
……まあ、モニターの隅に一つだけ気になるものが映っているが、それは後回しにしよう。
『……じゃあ、とりあえず説明するよ?さっきのは、普段の通信で繋がっている次元の穴を、円盤の魔法陣上に固定したんだ。そこに魔力を流し込んで穴を拡張したわけ。章介さん側からも見えたと思うけど、あの黒い球体は次元を渡る際の防護膜だよ。これがないと、物質は次元の狭間の負荷に耐えきれず、どうなるか分からないから。……一応言っておくけど、これ実在の現象だからね?』
「……はい、今は信じてます。続けてください」
釘を刺されてしまった。
悪かったって、これからは本気で信じるから。
そう返すと、やはり実験の成功自体は嬉しいのだろう。彼女は軽く頷き、笑顔で説明を続けた。
『で、私の研究の最終的な目的は、こっちの世界にある【勇者の召喚】がお伽話じゃなく、実在した出来事だと証明することなの』
「勇者の召喚……? まさかそっちの世界では、アニメみたいに異世界転移ってのがあったりするのか?」
『いや、少なくとも私が調べた限りではなかったよ? だからお伽話の『ニホンから召喚された勇者が世界を救った』っていう話を信じている人は誰もいない。でも私は子供の頃、古い日記を見つけたんだ。そこには『ニホンという国から来たという、聞いたこともない言語を話す人物に会った』って記述があった』
「ニホンって……。じゃあ、俺の住んでいる日本から、そっちの世界に渡った奴がいる可能性があるのか?」
『これまでの結果からすれば、十中八九ね。私たちの世界に、そんな国は過去にも現在にも存在しない。だからもし本当に『ニホン』が実在するなら、そこは異世界の可能性があると考えたわけ』
ティオは誇らしげに胸を張った。
座標も不明、通信ができるかも未知数の次元の隙間。そこに片っ端から魔力を送り込み、ついに俺の元へ繋げたのだ。
彼女が成し遂げたのは、正真正銘の偉業だった。
「まずはおめでとう。……大成功、ということでいいのかな?」
『ありがとう! 人が通れるようになるのはまだ先だけど、大きな一歩だよ! ……さて、何か質問ある?』
その言葉に、俺はさっきから指でつまんでいた存在を思い出し、それをカメラに向けた。
「なあ、これって金貨だろ? 本物ならかなり高価なんじゃないか。どうしたらいいんだ、これ」
『あ、それは元々章介さんにあげるつもりだったから貰ってくれていいよ』
「え!? こんな高価なもの貰えないって! いや返そうにも返しようがないんだけどさ!?」
『金は魔力を通しやすいから、今回の実験には最適だったんだ。それに、いつもそっちの世界のことを教えてもらってるお礼。半年間の通信料とか、サブカルの資料代だと思ってくれていいから』
そんな簡単に言われても、金の相場は今かなり上がっているはずだ。そんなもの怖くてホイホイとは受け取れない。
以前から思っていたがティオは割と律儀なところがある。
そういう部分は非常に好感が持てるんだが。
「いや、こっちは定額制だから。そもそも友人から必要以上の施しは受けられないって」
『その章介さんは、半年間も『友人』だった私の話を、これっぽっちも信じてなかったらしいけどね』
……ぐうの音も出ない。
ティオは目を閉じ、眉間をほぐしながら深いため息をついた。
『いやホント、何度思い返してもショックだよ。今の今まで私の話が信じられてなかったなんて……』
「……言い訳をさせてもらえるなら、ティオ自身のことは間違いなく信じてるよ。ただ、異世界関連のことだけを作り話だと思ってただけで」
『……まあ、私も身の回りのことを話すくらいには章介さんのことを信用してるけどさ。……ちなみに、今まで章介さんから教わった話に、嘘とかは混じってた?』
「それはない。俺が知らなかったことも、全部調べてから答えてきた。間違いなく嘘はない」
それだけは断言できる。
彼女が日本の文化に強い興味を持っているのは分かっていたし、友人として誠実に答えてきたつもりだ。
ティオは俺の目をじっと見つめていたが、やがて表情を崩して小さく笑った。
『なら、この話はこれで終わりにしよう。いつまでも引きずっていても仕方ないし。……まあ、そのうち揶揄うことはあるだろうけど』
それに関しては自業自得だ。受け入れよう。
「助かるよ。……ところで、もう一つ聞きたいことがあるんだけど」
『何? どこか詳しい説明が必要だった?』
「いや、今の話とは全然関係ないんだけどさ。――さっきから映ってる後ろの子、どちら様?」
『はい?』
俺は少し前から、チラチラと画面に映り込む『誰か』が気になって仕方がなかった。
ティオが不思議そうに振り返る。その瞬間、肩越しに覗き込んでいた少女の顔に驚き、彼女は派手に机の脚に脛を打ちつけた。
そこに立っていたのは――。
豪華なドレスを纏い、腰まで届く栗色のウェーブエアを揺らす、絶世の美少女だった。
やはりティオのヤツ気づいていなかったか。……というか、結構な音が響いたが大丈夫か?
『……痛ぅ~。って、ソ、ソフィー!? いつからいたの!? ていうか声かけてよ!?』
『ティオの邪魔をしてはいけないかと思いまして。……それにしても、派手にぶつけてましたね。いい音がしてましたよ?』
『おかげで脛がめっちゃ痛いよ……っ! っていうか、いつからそこに?』
『ティオの『謝れー!』という叫び声が外まで響いていましたから、それを聞いて。ノックはしましたよ? 返事は聞いていませんが』
『えぇ、マジで? 興奮しすぎて気づかなかったのかな……』
「一応補足すると、実験内容の説明のときには、もう後ろにいたぞ。気にはなったけど、一旦置いておこうと思ってな」
『いや、その場で教えてよ! 章介さんもちょっとズレてるよね!?』
ティオに叫ばれてしまった。
だが、まずは彼女を紹介してほしい。
栗色の少女も同意見の様で、優雅な仕草でこちらを見つめ、静かに微笑んだ。
『ところでティオ。そろそろ、其方の殿方をご紹介いただけますか?』
『え? あー、そうだね。こちらは日本に住んでいる武田章介さん。ほら、以前私の研究内容で話した、異世界通信の相手だよ。半年くらい前から交流させてもらってる』
「どうも、初めまして。武田章介です」
『これはご丁寧に。ソフィーリア=シルク=ブラウンロードと申します。……以後、お見知りおきを』
吸い込まれそうな栗色の瞳。一挙手一投足に気品が溢れている。間違いなく良家のお嬢様だろう。
そんな彼女の肩を叩きティオは、さらりと言ってのけた。
『私の幼馴染で親友だよ。明るくて気さくな子だから、仲良くしてあげて。ま、特に気にする必要もないけど、ブラウバルト王国の第一王女だよ』
「………………え゛っ。……お、王女様?」
あまりの身分の高さに、情けない声が漏れた。
屈託のない笑顔でこちらを見つめる、第一王女。
これが、異世界での二人目の友人。高貴な雰囲気の中に、どこかティオと同じ匂いのする――ソフィーリア王女との出会いだった。
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