004 異世界転送と王女との出会い
現在俺は、目の前で起きた光景に呆然としていた。
幻覚ではないかという疑念も浮かぶが、机の上で輝きを放つ金貨の存在が、これが現実だと突きつけてくる。
正真正銘、何もない空間から金貨が現れたのだ。
その事実に思考が追いつかずフリーズしている俺をよそに、画面の向こう側ではティオが身を乗り出すようにこちらを覗き込んでいる。
『ど、どう!? そっちに金貨は転送された!? されたよね!!』
すごい剣幕で実験結果を確認してくるティオに、俺は呆然としながらも金貨をつまみ上げ、カメラに見せつけた。
『………よ』
「…よ?」
『……よっしゃぁああああああああああああああ!!!』
「うるっさいっ!!?」
完全に油断していた鼓膜に、痛烈なダメージが走る。
歓喜の声を上げながらガッツポーズを繰り返すティオを見つめるうちに、俺の脳内はようやく正常な回転を取り戻し始めた。
今の現象は、明らかに異常だ。いくらロールプレイで役になりきっても、不可能なものは不可能である。
そして今の現象は、普通なら絶対に起こるはずがない。
仮に凄腕のマジシャンだとしても、種も仕掛けもなしに、住所も知らない相手のもとへ金貨を送り届けるなんて芸当はできないだろう。
冷や汗を流しながら、俺はある一つの可能性に辿り着き、未だ興奮状態のティオに話しかけた。
「…ごめんティオ。確認したいことがあるんだけど……」
俺の震える呟きに、テンションの上がったティオが視線を向ける。
『あ、ごめんごめん! なになに、今の転送装置の説明? それとも私の今の気持ち? もう何でも聞いて。今ならスリーサイズだって答えちゃうよ!?』
「いや、それはどうでもいい。……というか、今さらちょっと聞きづらいんだけど」
『うん! ……って、あれ? 何か今失礼なこと言わなかった? ……まあ、いいや』
「…その……ティオってさ」
『うんうん』
「……もしかして、本当に異世界人なのか?」
『…………………うん?』
ティオが笑顔のまま、完全に停止した。
そりゃそうだ。彼女からすれば半年もの間、お互い異世界人だと承知の上で交流を深めてきたはずなのに、今さら何を言っているんだという話になる。
だが本当にすまない。俺は今の今まで、彼女のことを『徹底的にキャラを作り込んでいる面白い奴』だと思っていたんだ。
現実で『異世界人です』と言われて、信じる奴なんてまずいないだろう。
俺が心の中で謝罪と言い訳を並べていると、引きつった笑顔のティオが再起動した。
『え、なに? どういうこと? 今さら何の質問? あ、もしかして高度なジョーク?』
「……残念ながら本気だ。俺も混乱してて……ティオが本当に異世界の住人なのかの、確認……なんだ、けど……」
『は……? いや……今までお互いの世界の話をして、交流して……きた……って……ま……さか……?』
震える声で、ティオが信じられないものを見るように俺を指差す。
残念ながら、その『まさか』なんだ。
俺はスッと頭を下げた。
「今までそういう『プレイ』をしている、こっちの世界の面白い外国人だと思ってた。本当に申し訳ない」
『うっそでしょぉおおおおお!!!!!!!???』
凄まじい叫び声だった。
人生の中でも、これほど驚愕している人間は他になかなか見たことがない。
まさに魂のシャウトである。
「……正直、心の中で『世界観や人物像に一切矛盾がない設定だな』って感心してた」
『そりゃそうだよ、本当のことしか言ってないからね! 当たり前じゃん!?』
「……そろそろ実際はどこの国に住んでるのか教えてくれないかな、とかも考えてたし」
『ブラウバルトだっつってんじゃん!! ブラウバルト王国だよ! っていうか半年間、ずっと妄想を語ってるヤバい奴だと思われてたわけ!? それ、ただのおかしい人でしょ!!?』
「うん、訂正するところがない」
『私に謝れぇえええええええ!!!!!!』
「本当にすみませんでした」
改めて九十度の深いお辞儀をする。
今まで悪気があったわけではないが、さすがにいたたまれない。
ティオの興奮も、喜びから困惑と怒りへと塗り替えられ、ついに彼女は頭を抱え始めた。
『うっそでしょ……半年だよ、半年。そんなことある……?』
「……本当に悪い。ただ言い訳をさせてもらえるなら、こっちの世界じゃ魔法や異世界なんて創作の中の作り話でしかないんだ。二次元ではありふれた題材だから、てっきりその類かと……」
『……いや、うん……確かにアニメとかそういう話は多かったけど……えぇ、マジかぁ……。……言いたいことは山ほどあるけど、一旦置いとこう……あくまで『一旦』だけどね……』
肺の空気をすべて出し切るような深い溜息をつき、彼女はどうにか感情を飲み込んでくれたようだ。
俺も姿勢を正し、今の現象について詳しく聞く態勢をとる。
……まあ、モニターの隅に一つだけ気になるものが映っているが、それは後回しにしよう。
『……じゃあ、とりあえず説明するよ?さっきのは、普段の通信で繋がっている次元の穴を、円盤状の魔法陣に固定したんだ。そこに魔力を流し込んで穴を拡張したわけ。章介さん側からも見えたと思うけど、あの黒い球体は次元を渡る際の防護膜だよ。これがないと、物質は次元の狭間の負荷に耐えきれず、どうなるか分からないから。……一応言っておくけど、これ実在の現象だからね?』
「……はい、今は信じてます。続けてください」
釘を刺されてしまった。
悪かったって、これからは本気で信じるから。
そう返すと、やはり実験の成功自体は嬉しいのだろう。彼女は軽く頷き、笑顔で説明を続けた。
『で、こっちの世界には【勇者の召喚】っていうお伽話があるんだけど、それが作り話じゃなく、実際にあった出来事だと証明するための研究なの』
「勇者の召喚? ……え、まさかそっちの世界って、アニメみたいに異世界転移が本当にあったりするのか?」
『ないよ?少なくとも私が調べた限りではね。だからお伽話の『ニホンから召喚された勇者が世界を救った』っていう話を信じている人は誰もいない。でも私は子供の頃、古い日記を偶然見つけたんだ。そこには『ニホンという国から来たという、聞いたこともない言語を話す人物に会った』って記述があってね?だから、もしかしたらと思って研究してきたんだ』
「ニホンって……。じゃあ、俺の住んでいる日本から、そっちの世界に渡った奴がいる可能性があるのか?」
『これまでの結果からすれば、十中八九ね。ありとあらゆる文献を調べたけど、私たちの世界にそんな国は存在しなかった。勿論過去にもね』
「だからティオは、日本が実在するならそこが『異世界』の可能性があると考えたわけか」
『その通り。魔導通信機の周波数が特殊な状況下で次元に僅かな揺らぎを起こすことは、研究で分かってたから。それを利用して、次元の隙間に片っ端から周波数を変えた魔力を送り込んでいたわけ。座標も不明、通信ができるかも未知数だったけど……ビンゴ! 章介さんのところに繋がって、しかもそこは日本。これ以上ない大成功だったわけだね!!』
説明に熱が入るにつれ、再びテンションが急上昇していく。
空想だと思われていた異世界を見つけ出し、それがお伽話の『日本』だと突き止め、さらに通信と物質転送まで成功させた。
ティオが成し遂げたのは、正真正銘の偉業だ。
最高潮に達した彼女の笑顔は、誇らしげに輝いている。
「まずはおめでとう。ひとまず実験は大成功、ということでいいのかな?」
『ありがとう! まだコイン程度の大きさが限界だけど、研究の方向性が正しいって証明されたしね。人が通れるようになるのはまだ先だけど、途中経過としては満点だよ!……さて、今回の実験はこれで完了だけど、何か質問ある?』
問いかけてくるティオの言葉に、俺はさっきから指でつまんでいた存在を思い出し、それをカメラに向けた。
「なあ、これって金貨だろ? 本物ならかなり高価なんじゃないか。どうしたらいいんだ、これ」
『あ、それは元々章介さんにあげるつもりだったから貰ってくれていいよ』
「え!? こんな高価なもの貰えないって! いや返そうにも返しようがないんだけどさ!?」
『金は魔力を通しやすいから、今回の実験には最適だったんだ。それに、いつもそっちの世界のことを教えてもらってるお礼。半年間の通信料とか、サブカルの資料代だと思ってくれていいから』
そんな簡単に言われても、金の相場は今かなり上がっているはずだ。そんなもの怖くてホイホイとは受け取れない。
しかし、以前から思っていたがティオは割と律儀なところがある。
そういう部分は非常に好感が持てるんだが。
「いや、こっちは毎月定額制だから料金は変わらないんだけどな?友人から必要以上の施しは受けられないよ」
『その章介さんは、半年間も友達だった私の話を、これっぽっちも信じてなかったらしいけどね?』
ティオは目を閉じ、眉間をほぐしながら深いため息をついた。
『いやホント、何度思い返してもショックだよ。今の今まで私の話が信じられてなかったなんて……』
「……言い訳をさせてもらえるなら、ティオ自身のことは間違いなく信じてるよ。ただ、異世界関連のことだけを作り話だと思ってただけで」
『……まあ、私も身の回りのことを話すくらいには章介さんのことを信用してるけどさ。……ちなみに、今まで章介さんから教わった話に、嘘とかは混じってた?』
「それはない。俺が知らなかったことも、全部調べてから答えてきた。間違いなく嘘はない」
それだけは断言できる。
彼女が日本の文化に強い興味を持っているのは分かっていたし、友人として誠実に答えてきたつもりだ。
ティオは俺の目をじっと見つめていたが、やがて表情を崩して小さく笑った。
『なら、この話はこれで終わりにしよう。いつまでも引きずっていても仕方ないし。……まあ、そのうち揶揄うことはあるだろうけど』
「助かるよ。揶揄われるのは自業自得だとして諦めよう。……ところで、もう一つ聞きたいことがあるんだけど」
『何? どこか詳しい説明が必要だった?』
「いや、今の話とは全然関係ないんだけどさ。……さっきから映ってる後ろの子、どちら様?」
『はい?』
俺は少し前から、チラチラとティオの後ろに映り込む女の子が気になって仕方がなかった。
ティオは不思議そうに振り向くが、自分の真後ろで肩越しに画面を覗き込む少女の姿に驚き、椅子から転げ落ちた。
そこに立っていたのは豪華なドレスに身を包んでいる、腰まで届く栗色のウェーブヘアに、同じ色の瞳を持った絶世の美少女だった。
やはりティオのヤツ気づいていなかったか。真横にいきなり顔が現れたら、そりゃ驚くだろう。
……というか、結構な音を立てて倒れたが大丈夫か。
『そ、そ、ソフィー!? いつからいたの!? というか声かけてよ、さすがに驚いたんだけど!?』
『ティオの邪魔をしてはいけないかと思いまして。それよりも、お怪我はありませんか? かなり派手に転倒してましたけれど』
『腰はめっちゃ痛いけど……。っていうか、いつからそこに?』
『ティオの『謝れー!』という叫び声が部屋の外まで響いていましたから。それを聞いて入らせていただきました。ノックはしましたよ?』
『えぇ、マジで? 興奮しすぎて気づかなかったのかな……』
「一応補足すると、実験内容の説明のときには、もう後ろにいたぞ。すごく気になってたんだけど、一旦置いておこうと思って」
『いや、その場で教えてよ! 章介さんもちょっとズレてるよね!?』
ティオがこちらを向いて叫ぶ。
だがまずは、彼女を紹介してほしい。
栗色の少女も同じ考えのようで、優雅な仕草でこちらを見つめていた。
『ところでティオ。そろそろ、其方の方をご紹介いただけますか?』
『え? あー、そうだね。こちらは日本という国に住んでいる知人で、名前は武田章介さん。ほら、以前私の研究内容で話した、異世界通信の相手だよ。半年くらい前から交流させてもらってる』
「どうも、初めまして。武田章介です」
『これはご丁寧に、ありがとうございます』
お互いに頭を下げる。
何気ない挨拶一つにも、気品と優雅さを感じる。間違いなく良家のお嬢様だろう。
『そして、こっちがソフィーリア=シルク=ブラウンロード。私の幼馴染で親友だよ。明るくて気さくな良い子だから、仲良くしてあげて。……あ、あとは特に気にする必要もないけど、ブラウバルト王国の第一王女だよ』
『ソフィーリア=シルク=ブラウンロードと申します。いつもティオがお世話になっております。よろしければ、私とも仲良くしていただけると嬉しいです』
「…………え゛っ? …………王女様?」
あまりの身分の高さに、変な声が漏れた。
屈託のない笑顔でこちらを見つめる、第一王女。
これが、異世界での二人目の友人、ソフィーリア王女との出会いだった。
読んでいただきありがとうございます。
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