003 異世界からの物質転送
最初の出会いからなんだかんだで半年近くが過ぎたが、未だにティオとの交流は続いている。
『やっぱり私は『仮面サイダー』なら『狼牙』が一番の名作だと思う。主人公とライバル、両方に深い闇があって、それに葛藤しながら戦っていくのが最高だよ。最終回で全てが終わった後に、夕日に向かってサイダーを飲むシーンは感動したね!』
「いや、『仮面サイダーブルドッグ』だろ、一番は。最近は敵も味方も仮面サイダーに変身するけど、ブルドッグは原点に戻って主人公ただ一人。気味の悪いデザインの怪人を倒していくのがいいんだよ!」
『いやいや、章介さんは分かってない。原点を忘れないのも大事だけど、何よりストーリーの深さだよ。そもそもブルドッグは仮面サイダーなのにサイダーを飲まないじゃん。『俺は犬だからサイダーは飲まない』ってセリフ、あれはサイダー詐欺だよ』
「2号だってサイダー飲めなかっただろ! それも初期設定通りだって!」
『おい、にわか。2号はサイダー飲んでるでしょ!』
モニターに映るティオと、特撮番組『仮面サイダー』の最高傑作はどれかを語り合う。
親交を深めた俺たちは、初対面の頃と違い言葉遣いも砕け、今ではお互いタメ口で語り合う仲になった。フルネームの『武田章介』も大分前に教えたし、今では彼女に名前で呼ばれている。俺も『ティオ』と呼び捨てにするようになった。
あれからティオは、俺の個人チャットに接続したままだ。
何度か他の部屋を勧めてみたが、『このまま繋げていてほしい』と頼まれてしまい、結局そのままになっている。今となっては、それで良かったと思えるが。
初対面時はどうなるかと思ったが、彼女とはとても気が合い、会話が弾む。俺の最初の直感は見事に当たったようだ。最近のチャットは、ほとんど彼女との会話でしか使っていない。
ゲームやアニメ鑑賞をするときは、彼女と通信を繋いだ状態で一緒に観るのが当たり前になっているほどだ。
しかも、俺が出社している間もアニメや特撮を流しっぱなしにしているため、彼女が知識を蓄える速度は尋常ではない。おかげで彼女はサブカルチャーに滅茶苦茶詳しくなった。立派なオタクだ。さっきも『にわか』扱いされたし。
さらに、元々ティオは日本の文化や歴史、街並みなどにも強い興味を持っていた。
あまりに細かく突っ込まれるため、しばらくの間はウィキペディアが俺の相棒のようになっていたものだ。
しかもティオは非常に頭が良く、一度聞いたことはほとんど忘れない。
今は間違いなく、俺より日本のことに詳しいはずだ。
当初、俺はティオがアニメや漫画の影響で日本に興味を持ったのだと考えていたが、どうやら違ったらしい。
というより、彼女はそもそもアニメという存在自体を知らなかったのだ。
そのせいで、ティオの『私、異世界人です』というロールプレイが妙に現実味を帯びている。
何せ言動や異世界の説明に矛盾が一切ない。実に素晴らしい設定の練り込みだ。この半年間、一度も違和感なく役になりきっている。
チャットルームにいる『異世界ロールプレイ中』の中二病共でも、ここまで徹底している奴はまずいない。彼女の地頭の良さがよく分かる。
おかげで、彼女の語る異世界での生活は、創作話として純粋に楽しめた。
ただ、当然俺はティオが本当に異世界の住人だとは信じていない。そろそろ本当はどこに住んでいるのか教えてほしいと常々思っている。
……まあ、ここまできたら最後までロールプレイに付き合うつもりだけど。
――と、俺は今日まで考えていた。
『ところで話変わるけど、今日は私の研究の成果を見てほしいんだよね。章介さんにも少し手伝ってほしいんだけど、いいかな?』
「えーと……研究って、確かあれだっけ? 異世界間での通信がどうとかいう……」
初対面の時に一度聞いたきりだったが、インパクトが強かったおかげで、普段は物覚えの悪い俺の脳にも記憶が残っていた。
俺の答えに満足そうに頷きながら、ティオは微笑んだ。
『そうそう、よく覚えてたね。いい記憶力だよ』
「そりゃ、初対面の自己紹介が『私は異世界人です』っていうのは初めての経験だったしな」
『まあ、そう言われればそうだね。私もあの時のことはよく覚えているよ』
(それに、異世界ロールプレイに半年も付き合っているのも初めてだよ)
と、心の中でだけツッコんでおく。
そんな俺の心情を知る由もなく、ティオは椅子から立ち上がると画面から姿を消した。
カメラのフレームから彼女が外れたことで、背景の部屋がよく見えてくる。
今までも何度も見たが、まさに『魔法の研究室』といった趣の部屋だ。
分厚い本が本棚や机、床にまで大量に積まれているし、奥の机にはビーカーやフラスコなどの実験機器が見える。
メモらしき紙――いや、羊皮紙が乱雑に置かれているのもポイントが高い。まさに『ザ・研究室』だ。
ぼーっと部屋を眺めていると、ティオが一枚の円盤を持って戻ってきた。
『お待たせ! じゃーん、これが私の研究成果だよ。刮目して見よ!』
椅子に腰を下ろしながら、両手で円盤を画面いっぱいに押し付けてくる。
それは直径30cmほどの銀色に輝く円盤で、光の加減でうっすら金色にも見える不思議な金属だった。
表面には、複雑な文様が赤黒い色で描かれている。さながら魔法陣のようだ。
かつて捨てたはずの俺の中二病が、少しだけ疼く。
「すっごい綺麗な魔法陣だな。結構かっこいいじゃん」
『ふっ、かっこいいだけじゃないよ。これは前人未到の一品。次元間通信の研究をさらに進めた成果……『次元間物質転送装置』なんだよ!』
「おおー……!?」
背中にババーンと雷を背負っているかのように、彼女は円盤を掲げながら叫んだ。
とりあえず俺もノリで驚いておく。
この円盤を使ってどんなロールプレイを見せてくれるのか、少し楽しみだった。
そのままティオは嬉々として説明を始めた。
『簡単に言うと、この装置は通信で繋がっている次元間の極めて細い『道』を、拡張して安定させるものだね。今のところ声や映像しか送れない細い道を、物質が通れる広さまで拡げてみようってこと! 計算上では、まだコイン一枚くらいしか送れないけどね!』
「いやいや、それが実際に成功すれば凄いことだろ。距離や障害物に関係なく転送できるってことだし。革命じゃん」
『とは言っても、高価な素材をバカみたいに使うし、起動するための魔力も膨大だから、使用者も限定されるんだけどね。多分、王国内でもまともに起動できる魔力持ちは私と親友くらいじゃないかな?物理的な干渉が不可能な異次元間の転送だから、まずは『試してみよう』っていうレベルだね』
「そうなんだ……って、じゃあ俺のところと通信を繋ぎっぱなしにするのは、マズいんじゃないのか?」
『それは大丈夫。初期コストは確かにかかってるけど、声や映像程度なら一度繋がれば後はほぼノーコストだから。大変なのは、物質が通過できる広さで『安定』させることなんだよ』
疑問点を突いてみても、ノータイムで返答が来る。
相変わらず細部まで設定が練り込まれていると感心してしまう。
『じゃあ早速やってみようか。章介さんのところと繋がっているラインを利用して、そっちにコインを送るから。ちょっと、目の前を空けておいてくれる?』
そう言いながら、ティオは画面の中でセッティングに取り掛かる。
とりあえず俺も言われた通り、椅子ごと少し机から離れた。
モニター越しに、机に置いた先ほどの円盤を通信機器と接続する様子が見える。
そして最後に、彼女はローブの内ポケットから取り出したコインを魔法陣の中心に置いた。
『よし、準備はいいかな? ……じゃあ、いくよっ!』
こちらに確認を求めた後、彼女は気合と共に魔法陣の上に両手をかざし、全く聞き覚えのない呪文を唱え出した。おそらく、これが異世界の言語という設定なのだろう。
『■■■□□■■■〇■■■■■■■■■■□■■■■■〇●〇■■■■□■□■■■■■■』
呪文が進むにつれ、円盤に描かれた赤黒い文様が鮮やかな赤色に変わり、ぼんやりと発光し始めた。
さらに魔法陣の中央に小さな球体が出現する。
最初は透明だったそれは、徐々に黒く染まりながら膨らみ、完全な漆黒になる頃にはコインを完全に覆い隠していた。
想像を絶する幻想的な光景に、俺は目を奪われてしまった。
無意識に体が前のめりになるが、ふとモニターの手前に感じた違和感に、思わず声を漏らしてしまう。
「……は?」
そこには、画面の向こうに映っていたはずの『黒い球体』が、同じように目の前で徐々に膨らんでいく光景があった。
絶句する俺の目の前で、それは10cmほどの大きさまで膨らむと、中心部から金色に輝く『ナニか』が落下し、机の上で鈍い音を鳴らす。
そして球体は再び透明に透けながら縮んでいき、まるで幻だったかのように完全に消え失せた。
静寂に包まれた部屋に残されたのは、驚きのあまり微動だにできず机を凝視する俺と、視線の先で光を反射している一枚の金貨だった。
半年もの間、疑いもなくロールプレイだと思い込んでいた画面の向こうの彼女は――実は本当に、異世界の住人だったのかもしれない。
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