虚無を貫く雷霆
スリエルが操る、偉大なる分体。
それは、黒い装甲を纏った巨人だった。
本体である人型部分は比較的細い。ウエスト周りは、乗り手であるミランダに合わせたかのような女性的なラインをしている。
だが、両肩や背中、腰周りの装甲がごつい。
このアンバランスさが、むしろ只者ではない雰囲気を彼女に与えていた。
『それじゃあ、行かせてもらうよ』
響いた声は、変声機を通した、あのざらざらした響きだった。
スリエルの装甲が、音を立てて展開していく。
そこからあふれ出すのは黒い靄だ。
あの、麻薬の売人たちを飲み込んだ力が、今俺に向けて放たれている。
俺たちが選んだ戦場は、奇しくもあの時のような、建造物が立ち並ぶダウンタウンの光景。
靄は街並みに触れるや否や、それらを浸食して消滅させていく。
触れた部分はゆっくりと分解され、その後はまるで虫食いに遭った葉っぱのような有様だ。
「ととっ……!」
俺は靄から下がりながら、稲妻を放つ。
俺やジブリールが使用する属性の攻撃は、ただの雷や水を呼び出しているのではない。魔術に使われるような魔力を、とびきり強力なものにして、属性を与える事で方向性を設けているのだ。
ということで、俺の稲妻は黒い靄と衝突し、バチバチと音を立てる。
あれはあらゆるものを侵食して、消滅させてしまう靄のようだ。だが、本質的には俺の稲妻と同じ、奇跡の類だ。
危なそうなものだけをピンポイントで防ぎながら、俺はスリエルの動きを伺う。
……。
動かないな。
ひたすら周囲に黒い靄を撒き散らすタイプのようだ。
と、思ったらだ。
「あぶなっ!?」
いきなり物凄い速度で黒い靄が伸びてきた。
そいつは槍のような形になって、俺を目掛けて飛来する。慌てて踵のタイヤを回転させ、俺はドリフト気味に回避した。
ファミリオンの鼻先をすり抜けていく靄は、なんというか靄と呼ぶほど実体があるようには見えない。
こいつはなんというか、全く、無そのものだ。
スリエルは、虚無を操っている、そんな気がする。だとしたら、ファミリオンの耐久力に物を言わせて……的な戦いは危険であるといえよう。ま、ファミリオンの耐久力なんて知らんけど。
街角を駆け抜けながら、ファミリオンの手の中に銃を召喚する。
スリエルは幾つかの路地が交わる広場に悠然と佇んでおり、あちこちからその姿を望む事ができる。
というわけで、見つけ次第射撃である。
ガンガンと稲妻の弾丸をぶっ放す。
スリエルは顔だけをこちらに向けて、手のひらをかざす。
そこから生まれた黒い虚無が、稲妻とぶつかり合って相殺する。
「やっぱり、俺の電撃攻撃は消滅させられないみたいだな。ってことは……」
ひたすら、撃つべし、撃つべし、撃つべしだ。
俺は路地から、建物を駆け上がって屋根から、今度は下水道に入って足元からと、縦横無尽に戦場を駆け回る。
駆け回りながら、スリエル目掛けてガンガンと弾丸をぶっ放す。
『くっ……! う、うざったい……!』
スリエルも苛立ったような声を漏らす。
奴さん、攻撃を虚無で食い止めつつも余裕は無いようだ。
俺たち七大天使候補は、基本的に奇跡を行使する能力において優劣は無い。相性みたいなものも、あるようで無い。
使い方次第で、どんなとんでもない奇跡だって打ち破る事が出来るのだ。
例えば今。
これは、物量で虚無を打ち破る戦法である。
『このおっ……!!』
うおっ!!
下水に虚無を流し込んで来やがった!
次々に周囲の下水道が侵食され、何も無くなっていく。
俺は迫り来る黒い靄から、全力で逃げた。
手近な出口を見つけて、銃で破壊して飛び出す。
その直後、下水の排水溝が虚無に飲まれて馬鹿でかい穴に変わった。
「危ない危ない」
『ええい、ちょこまかちょこまか……!』
おっ、スリエルの態度がちょっと変わった。本気かな?
奴の周囲にわだかまっていた虚無が、形を取る。
それは、先ほど俺を狙った黒い槍だ。
これを何本も作り出し、その柄には紐のように細く長く、虚無が続く。
こうして存在する間にも、空間を削り取っているようだ。スリエルを取り巻く槍に向かって、風が物凄い勢いで吹き込み始めている。
『決めてあげるよ!!』
インドア派女子とは思えぬほどの、気合が入った声である。
言葉と共に、降り注ぐ虚無の槍。
「うわっととと!」
俺はジグザグに路地を疾走する。
一瞬前にファミリオンが存在していた地面を、槍が穿って消滅させる。
これから向かおうとした先に槍が突き刺さり、消滅する。
「本体の小回りは効かないけど、攻撃も防御もかなり凄いね……!」
これはもう、あれしかないんじゃないか。
「よし、ダイレクトイグニ」
一瞬意識をそっちに裂いたら、まとめて槍が降ってきた。
「うわあーっ!?」
俺はカーナビ画面に伸ばしていた指先を引っ込め、慌ててアクセルを踏み込む。
ファミリオンは一気に加速し、街の境界線へ到達、戦場と外を区切っている不可視の障壁を駆け上がった。
「ええい、ならばさらに物量だ!」
ファミリオンのもう片腕にも、銃が出現する。
ガンガン撃つのではない。
ガンガンガンガンと撃つのだ。
不可視の障壁は、ドーム状のバリアである。
ファミリオンはこいつを疾走し、スリエルの頭上を駆け抜けながら、ダブルガンで銃弾をひたすらに叩き込む。
『くうううっ……!』
スリエルは、槍に変えていた虚無を慌てて解き、防御に回す。
ふはははははは!! 狙い通りだ!
「今だダイレクトイグニッションおりゃあ!!」
俺は超高速でカーナビ画面をタッチして、表示が出る前に液晶を連打。
まるで早送りのようにバリアをぶち破ってトラックが出現し、今までで最高速度で合体を完了する。
「グレートサンダルフォン!」
バーンッとポーズを決めると、会場外側が一瞬静まり返り、どよどよどよ。どよどよどよっ! と騒がしくなった。
イェグディエル戦で一度見ているだろうが、目の前でやられると衝撃的なものらしい。
『それが……噂のサンダルフォンというわけだね……。なんて大きさだ……! だけど、勝負は大きさで決まるわけじゃない!』
スリエルの大きさはおよそ5mほど。
対するグレートサンダルフォンは18mほどあるので、小動物と象くらいの差がある。
『集まれ、我が無の僕たち……!! 僕に力を貸せ……!』
スリエルの装甲が展開する。
今までにないくらいの虚無がそこから発生し、スリエルの全身を覆い隠していく。
やがて、グレートサンダルフォンをも超えるほどの大きさにわだかまった虚無が、ごそりと身じろぎした。
そいつは、既にスリエルの外見をしていない。
戦場の大半を更地にしながら、上半身を乗り出した巨大な黒い怪物。そんな印象だ。
対抗してでかくなりやがったな。応用が利く奇跡を持っているなあ。
だが、こいつはそんな急場しのぎのものじゃないぞ。
何せ、俺ですらグレートサンダルフォンがどれくらい強いのか知らんのだ。
『虚無よ……何もかも、消してしまえーっ!!』
スリエルが化けた怪物は、その巨大な腕を振り回した。
元々虚無で構成される腕である。そこから、無そのものが飛び散る。
通過した空間を削り取り、着弾した場所にポッカリと穴を開ける。
少なからぬ量が、サンダルフォン目掛けて飛来し……。
バチッと表面で稲光が走ると、無は文字通り、何も無くなってしまった。
つまり、サンダルフォンには届かなかったのだ。
「よし、やったれサンダルフォン!」
俺は抽象的な指示を下す。
すると、何やらカーナビ画面の端っこに、サンダルフォンのデフォルメアイコンが登場した。
【もっと具体的に】
あっ!!
ダメだしされてしまった。
「ええと、じゃあ飛び道具で」
するとサンダルフォンアイコン、略してサンダルコンがグッと親指を立てた。
画面に武器の名称が表示される。
「ライトニングバルカン……か。よし、いけえ!」
サンダルフォンの右腕が、スリエル目掛けて平行に伸ばされる。
揃えられた指先の先端が展開した。
これは、この間イカを焼いたあれか!? 指先全てを砲口とする、稲妻の一斉掃射。
そう思ったのだが、事実はもっととんでもなかった。
サンダルフォンは右腕を支えるように左手を当てると、軽く腰を落とした。
そして開始される、球状の電撃の連続発射。
これは、もう、秒間数百発という勢いである。
物量か。
サンダルフォン、お前も物量で攻めるんか。
虚無すら弾く雷撃が、無数に放たれ、その全てがスリエル目掛けて襲い掛かる。
『うわあああああっ!?』
スリエルは巨大な両腕を交差させて銃撃を防ごうとするが、ライトニングバルカンが、それを紙でも引き裂くかのように貫通していく。
十秒間程度の掃射の後、サンダルフォンはゆっくりと右腕を降ろした。
あらゆる虚無は、嵐のような雷撃の雨によって散り散りにされ、そこに立っているのは、ボロボロになったスリエルただ一体である。
黒い分体は、ゆっくりと膝を突き、消滅して行った。
ぽてっとミランダが落っこちてくる。
「ま、参った……」
そして戦場が消滅する。
だが、周囲は静まり返ったままだ。
うーむ?
サンダルフォンが首をめぐらせると、何故か天使連中が青い顔をして、ささっと顔をそらした。
あー。
ああ、そうだよなあ。
自分が差別してたバスタードが、絶対不可侵で強力無比な力を持ってると分かったら、そりゃあ不安だよな。分かる。
だが大丈夫。
俺は弱いものいじめはしないのだ。
俺は悠然と分体を解き、地上に降り立った。
ぺたん、と倒れているミランダを助け起こす。
「いやあ、参ったよ……。どうやったって、あんなのには勝てないじゃないか」
「私は勝つわよ!!」
ミランダの弱音に対して、ノーウェイトで返答するのはジブリール。
うむ、ガブリエルも正直な話、底が見えないな。
ダライアスはダライアスで、顔がほころんでいる。
何やら、やっぱり倒すなら相手が強大なほうがいいよな、とか言ってやがる。オリフィエルも不気味で怖いのう。同型機っぽいから、絶対あいつも合体するぞ。
そんな事を考えながら、やたらと盛り上がっているバスタードクラスの連中に手を振る。
「や、やっぱり凄いね、オドマくんは」
「おっ、グスタフは僕が怖くないの?」
「怖いもんか。だってオドマくんをよく知ってるもの。むしろ、ミランダには悪いけど凄い戦いで興奮したよ」
グスタフも男の子だなあ。
ミランダもスッキリした顔だ。どうやらこれで、七大天使候補は引退するつもりらしい。
元々やる気が無かったのかもしれないな。
かくして、パーティは微妙な空気と熱狂した空気が混在するカオスになった。
まあ、もうちょっと楽しんで行こうじゃないか。




