パーティ準備とナード君
パーティ会場の準備が始まった。
あと二日でパーティ当日と言う空気が学園を覆い、誰もが皆、熱に浮かされたようになっている。
日本人だった俺にはピンと来ないが、欧米文化に近い南アビスでは、こいつは特別な日なのだろう。
そこで学園生活を共にするパートナーを見つけたり、新たな友達を見つけたり、パーティで目立つ事で、スクールカースト内での立場をちょっとはましなものにしたり。
俺たちバスタードクラスにはスクールカーストなんてものは無い。
そもそもバスタードが差別されているしな。被差別対象同士が互いを差別したところで、喜ぶのは天使連中ばかりというか。
「…………」
で、そんな上流階級的な天使連中にも、この浮かれた空気に混じる事が出来ない奴がいるってわけだ。
一人、柱の隅っこに座って何やら端末をいじっている少年がいる。
ジョナサンのクラスメイトだったはずだが、奴の取り巻きというわけでもない。
暗い雰囲気で、ろくに体育も出来ずに突っ立っていたメガネくんである。
あれはギークとかナードとか言う奴だろう。
つまり、クラスに一人や二人いるオタク君というわけだ。
「やあ」
俺が声をかけると、そいつはビクッとして、恐る恐ると言った動きで見上げてきた。
そして、俺が威圧的ではない外見のバスタードだと知ると、ホッとした風に息を吐いた。
「や、やあ。何の用?」
「君は僕を差別したりはしないんだね」
「そ、それはね。まあ、差別したところで、僕が偉くなるわけじゃないし。っていうか、差別する意味が分からないから……」
ほうほう、こいつは天使とバスタードという身分制度みたいなものを、そのまま鵜呑みにしてはいない。
多少なりと自分の頭で考えているというわけだ。
そりゃあクラスじゃ浮くだろうな。
世の中ってのはノリだけで生きている連中が動かしている。
物事について深く考える人間なんてほとんどいない。
困ったら、知恵を持った奴に頼って、そいつを便利な辞書として使えばいい。そういう風に考える奴がほとんどだ。
なので、こうやって自分の考えを持ってそうな人間ってのは、大変浮く。
とまあ、俺が彼に声をかけたのは、別にナード君と仲良くなりたいからではない。
「そ、そもそも、差別っていうのが、おかしいよ。だって僕たちはアビス大陸に入植してきたんだし、過去に不幸な行き違いがあったとしても、一人ひとりのアビス人やバスタードの人たちは、個人として認めるべきで……」
「おっけーおっけー、よく分かったよ。君は正しい」
ホッとした顔をするナード君。
彼の名前は、グスタフ。
俺が用があるのは、彼が手にしている端末だ。
翼のユニットと連動する、一種のスマホのようなアイテム。これは、言うなれば無線機であり、携帯ラジオなのだ。
趣味人たちは据え置き型ラジオを自宅に設置し、流れてくる様々な番組を楽しむ。
さらにこだわりを持つ趣味人は、このラジオを携帯して持ち歩くのだ。もちろん、携帯型のほうが性能は低い。
持ち歩く理由はもう一つ。
これはラジオ放送を受信するだけの端末ではない。
知識がある人間がいじれば、双方向で言葉を届けあう事ができる、無線ツールともなるのである。
グスタフは、無線オタクだった。
俺が無線に興味がある風をにおわせると、こいつはすぐに食いついてきた。
無線をやるには、相手がいないといけない。
グスタフは、南アビス外の天使と無線を使って交友を築いていた。
その相手が問題だ。
ジブリールと共に、黒い概念を使う天使の候補者を調べたところ、決闘装置が弾き出したとある天使がいる。そいつは分体名スリエル。虚無を操る、無線好きのギーク君だった。
「そ、そうかあ。オドマくんも無線を買えばいいのに。な、なんなら部品を集めて、僕が作ってあげようか」
「えっ、ほんと!? じゃあお願いしちゃおうかな」
えっ、無線作れるのか!
お前すごいな!!
俺はちょっと嬉しくなって、グスタフに端末を作る依頼をして、その後無線の魅力について存分に語ってもらった。
バスタードと天使の男が、二人で大盛り上がりしている光景というのは大変目に付くようで、誰もが目を疑いながら俺たちを凝視して通り過ぎていく。
……いかんいかん。
本格的に仲良くなってしまった。
「それで、実はグスタフの友達を紹介してほしいんだけど」
二人でえっちらおっちらと、パーティ用のテーブルを運びながら切り出した。
「ぼ、僕の友達? ええと、ス、スリエルくんだね。オ、オドマくんと同じ、候補者だもんね」
「そうそう。お互い対戦するかもしれないから、顔を合わせておいてもって思うし、何より同好の士なら試合のあとも仲良くできるからね」
「そ、それは素晴らしいね」
グスタフが目をキラキラさせる。
こいつちょっと可愛い性格をしているな。
「か、彼はパーティに顔を出すから」
「そっか、じゃあ会場で会えるかな」
「あ、会えると思うよ。ぼ、僕が紹介してあげる」
フーム、俺たちの調査によると、麻薬を流しているグループにスリエルが雇われているっぽいことが分かっている。
小遣い稼ぎで協力してるんだろうか。
麻薬グループのボスだったりしないだろうな?
一番厄介なそいつとの対面がパーティ当日だと、麻薬事件が取りざたされた場合、俺たちバスタードクラスがパーティに参加できない危険も出てくる。
さてさて、どうしたもんか。
「オドマー!」
「見てみて、オドマ!」
「オドマ先輩!」
「ヒェッ」
駆け寄ってきた女子三名を見て、グスタフが悲鳴をあげた。
うむ、ドレスを手にした女子が三人走ってきたら、耐性の無い男子には刺激がきつかろうな。
マンサとジブリールとマリアだ。
「ほらあー。準備するって言うから、ダンスの準備もしなくちゃでしょ? もって来ちゃった! 着てみる?」
「むふふー、私の魅力にクラクラってなってもいいのよ? いいのよ?」
「あのう、どうですか先輩。私のドレス、似合いそうでしょうか」
やめてくれ、話がややこしくなる……!
グスタフが逃げ腰になっている。
女子が苦手なのだろうか。
「お、オドマくんの邪魔をしちゃいけないから、僕はこれで……」
「じゃあ、せめてスリエルのアドレスだけでも……!」
「う、うん、あ、あとでね」
グスタフがササッと逃げていってしまった。
売人がつけていたバッジも、思えば無線の端末だったのだろうな。
スリエルが使っているアドレスが分かれば、彼の無線を探知できる。
それ以上に、スリエルと連絡を取り合っている麻薬グループのアドレスも分かるかもしれない。
「ねえオドマー! こっち見なさいよ!」
「うわー」
俺の真面目な思考は中断された。
女子たちに袖やら裾やらを引っ張られて、会場の中心へ連れて行かれる。
そこには女の子たちが集まっていて、談笑しているではないか。パートナーらしき男子もちらほら。
案の定、天使とバスタードですっぱりと分かれてはいるが。
さてさて、このパーティがきちんと執り行われるように、もうひと働きしなければ。




