路地裏どたばたバトル
鋭い呼気と共に、ダライアスが壁を駆け上った。
頭上から降りてくる連中も、これには驚いたらしい。粗末な作りの壁だが、これと言った取り掛かりの無いところをまるで地面のように走る。
投擲されてきたのは、投げナイフだ。
どうやら刃先が黒く濡れているから、毒でも塗ってあるんだろう。
そいつを、駆け上がるダライアス、足元をスリップさせながら最小限の動きでかわしていく。
ダライアスの体格は俺から見るとでかい。
ボブくらいある。
ええと、体重で言うとヘビー……じゃないが、ジュニアヘビー級くらいか?
「!!」
イエローの襲撃者が、仮面の奥で目を剥いた。
慌てて次のナイフを取り出そうとする。そこに、超高速でのジャブ。あらぬ方向にイエローの腕が弾かれ、集まってくる連中もまた、連続のジャブで体勢を崩される……っていうか、まともに顔面にもらった奴は意識を持って行かれているな。
ボクサーの拳は凶器だって聞いてたが、その通りなんだろう。
「”水の銃撃”……!」
ジブリールが、襲いかかるイエローに向かって指先を突きつけている。そこから飛び出したのは、水鉄砲か? だが、当たった箇所から相手をぶっ飛ばしている。
殺傷能力を最小限にしているな。当てられた箇所は折れたり砕けたりしてるだろうが、飛ばされた連中は息をしている。無論、意識なんかない。
イエローはジブリールに向かって武器を当てなきゃいけないが、ジブリールは相手を指差すだけでいい。
うむ、なんとフェアじゃない戦いなのか。
おっと、こっちにもやって来た。
「死ねっ」
「僕はストロングスタイルなんだよね。だから、正々堂々やってやんよっ!!」
俺は向かってくるイエローへ、仁王立ちで対応する。
飛んでくるナイフ。
「プロレスはっ」
俺の言葉とともに、全身から雷が発する。こいつは……雷のガウンだ。
雷撃が俺の身を包む、シャクティー先生謹製の探偵っぽい制服を焼きつくし「ああっ私の選んだ制服がーっ!?」一時的に、俺の肉体を変化させる。
「相手の攻撃を、受けきってからっ」
真っ向から襲いかかった毒のナイフ。
こいつを体で受け止めると、雷撃に触れた瞬間に刃先が爆発した。雷が生み出す熱に耐え切れず、切っ先が液化、蒸発したのだ。
「返すっ!!」
疾走する。
突っ走りながら腕を一文字に伸ばし、
「うらぁぁぁっ!」
腕を振りぬく。
数人のイエローが、首を支点に一回転して、次々と地面へ叩きつけられていく。
なんという暴走特急ぶりであろうか。
今の俺ならハンセンになれるかもしれない。
「ひぃっ、な、なんだこいつら!!」
売人が愕然として、数歩後退る。
「うーん、気のせいかしら。オドマくんが一回り大きくなっているような……」
「逃がさないよっ!!」
シャクティー先生の言葉を無視して、逃げ出した売人の背中を追う俺。
俺の意思に応えて、地面に稲妻が走った。そいつが足元の土を変質させる。
こいつはつまり、電導効果を持つ即席のレールみたいなもんだ。
俺が走る勢いのまま体を寝かせると、地上数センチにふわりと浮かぶ。そして繰り出すのは、
「そぉいっ!!」
「ギャーッ!!」
超低空ドロップキックである!
売人が南アビスの空に舞った。
「く、くそっ、話が違う……!! なんだこいつら、化物じゃねえか……!! いや、ていうか明らかに天使がいるだろ!?」
麻薬を購入にやってきた役回りの男だろう。
そいつは何やら、胸元につけているバッジみたいなものに手を当てている。
ん? あれって、ちょっと決闘装置に似てないか? 少々ちゃちい作りだが。
「応援頼む!! あんた、候補者なんだろ!? こういう時のために雇ってるんだぞ……!!」
『へいへい』
バッジから聞こえたのは、ザラッとした男の声だ。
『そんじゃまあ、その辺キレーにしとくから』
「は!? お、おい!」
次の瞬間だ。
路地から外に出ていたそいつが、押し寄せてきた黒いものに飲み込まれて消えた。
おいおい。
何やら、路地を構成する建物もみしみし言ってるじゃないか。
「あら、これ奇跡だわ」
「へえ、これはご同輩が絡んでるってわけか」
「なんか壁がみしみし言ってます!! 崩れそうですよー!」
おおっと、この状況、俺とダライアス、ジブリールは無事に済むだろうが、イエローたちや売人……はともかく、シャクティー先生が安全である保証が無い。
何かよく分からん、謎の奇跡による攻撃を受けている。
ここは一旦……。
「退却しよう」
俺はそそくさと呼び出したファミリオンから着替えを取り出して羽織った。
こっそり練習していたレスラーモードだったが、服が破けてしまうのはいただけんな。
「ほら先生、乗った乗った」
「あれえー。オドマくんお尻を押さないでください」
「良いお尻です」
「オドマくんそれはセクハラというものです」
「ハッ、せ、先生にオドマをとられる!」
なんてやり取りをしつつ、ファミリオンに全員を回収である。
俺が運転席に乗り込むやいなや、とうとう路地が崩れた。
押し寄せてくる黒い何か。
これは一体なにかね。
触れた先から、路地を構成していた地面や壁が溶けていくんだが。
「多分、概念を操る候補者ね。それも結構厄介な概念よ」
「なるほどなるほど。とにかく、今はこれに触れちゃダメだってことだね」
「オドマくん、押し寄せてくるぞ! やっこさん、こちらを認識したらしい」
俺はアクセルを踏んだ。
普段であれば、マニュアル操作で徐々にシフトを上げていくのだが、実はファミリオンにそんな操作は必要ない。
何せこいつは、恐らく俺の体の一部なのだ。
だから、
「うひゃああああああ」
一瞬でトップスピードになったファミリオン。加速にやられてシャクティー先生が悲鳴をあげた。
俺やジブリール、ダライアスは仮にも七大天使候補なので、文字通り体の作りが違う。これくらいじゃちっとも応えない。
まあ、先生には後で謝っておこう。
ファミリオンを追ってくる黒いものは、速度は大して速くないようだった。
あっという間にぶっちぎり、遥か後方に置き去りになる。
そいつはすぐに、諦めたようでじわじわと消滅していった。
後に残ったものは、何もない。
路地だったものが、えぐれた広くて浅い穴になっている。
証拠や証言になるかもしれなかった、売人やイエローもいない。
うーむ、完全にしてやられてしまった感があるな。
「んもーっ! 悔しいーっ!!」
「ジブリール、車内で地団駄踏まないで!」
ファミリオンがどっすんばったん揺れる。
そこで、ダライアスがぽんと手を打った。
「決定戦の参加者ならば、能力から遡って調べる方法があるんじゃないか? そこから麻薬を流している連中に繋がるかもしれない」
「あっ! ダライアス頭いいね」
どこかの残念な天使とは大違いだ。
「私もそう言おうとしてたところよ!」
はいはい。
てなわけで、あの黒いものを使う天使の正体を探ることを決めた俺たち。
だが、今日はもう遅いので帰路につくのであった。




