冷めやらぬ喧騒とパーティまでの日取り
……というわけで、学園では目下、大番狂わせとも言えるダライアスの勝利が話題をさらっている。
聞けば、あのラグエルという天使。
南アビスではそれなりに名前が知れた、由緒正しい枢機卿の家の生まれだそうだ。
枢機卿と言うのは、南アビスが奉じる神教の、宗教的頂点を補佐する役割なんだそうで、概ね俺がいた現実世界の枢機卿と役割は変わらない。
違うのは、この世界の聖地は既に失われて久しいと言う事だ。
宗教的頂点である教皇のみ、この南アビスにて代を重ねている。
口さがない連中によれば、この教皇だって正統性は無いのだとか。そもそも本来の教皇も、枢機卿も、全てあのでかいクレーターの場所にいたとか。つまり、空に浮かぶ大陸にこそ、神教の正統な宗教的頂点は存在しているわけだ。
ってことはだ。
「なんだ、枢機卿って言ってもなんちゃって枢機卿なんじゃない」
「うわ、オドマ、思ってても普通それは口にしないぜ」
ボブが若干引いた風である。
南アビスの神教は、正教と呼ばれる古くからある教え。連合王国の神教は、新教と呼ばれる比較的新しい教えなのだそうだ。遥か北の大地には、聖教とか言うまた分派があるらしいんだが、まあそれはそれだ。新大陸はそれぞれの宗教がごった煮なんだと。
ってことで、一応正教の枢機卿だったラグエル。
家柄、実力から優勝候補の一角だったとか。
そいつがポッと出のバスタードに叩き潰されたんだから、そりゃあ話題になる。
「聞いたか!? ダライアスはバスタードじゃないらしいぜ。アビス人なんだと」
「知ってる。連合王国生まれのアビス人でしょ」
「そっか、オドマあの場所にいたんだもんな」
「そうそう。それに僕は、決闘装置で戦場の細かい状況とか伝わってくるからね」
決闘装置は、竜頭を第三段階まで展開しておくと、近くで行なわれた他の決闘を中継する装置に早代わりする。
俺は例の戦いを、それなりに細かなところまで見ていたわけだ。
「遠からず、彼とは対戦しそうな気がするんで、対策を練っておかないとなあ」
「オドマは真面目だなー」
「そりゃあ、七大天使になれたら、物凄い権益が得られるんだよ? 僕が目指してるアビスの文明化だって手が届く話になる」
「生臭いな……」
実利目当てじゃなくて、どうしてこんな面倒くさい戦いに参加するか。
名誉よりも権力や、それに伴って入ってくる金が欲しいのだ!
サラリーマン時代は、莫大な残業代は入ってくるだけマシだったものの、そもそも使用する時間が無かった。これは使われる側だったからダメだったのだ。
今度は俺が使う側に回り、権力と金を手に入れて、アビスに繁栄をもたらすのだ!
ふはははははは!!
「あー、オドマが悪い顔してる」
とか調子に乗っていたら、マンサにほっぺたをつつかれた。
なんか調子が狂った。
「そうやってつつくのはやめなよ」
「えー? だってオドマって肌がすべすべでつついてると気持ちいいんだもん。ねえねえオドマ」
「なんだい」
「むふふ、パーティもうすぐだね、楽しみだね」
「そうさなー」
夏季休暇明けの一大イベントだった、ラグエルvsオリフィエル(ダライアス)の勝負が終わった。
そのまま、学園はダンスパーティへと流れていくのであろう。
マンサには可愛らしい赤いドレスを買ってやった。
家に帰ると、ドレスを着て俺に見せびらかすのである。
あんまり見せられると、本番での感動が薄れるだろうが。
「やっぱりダンスの練習とかしなくちゃだめかな? 集落での踊りとはまた違うみたいなんだよね」
「そんな格式ばったものじゃないわよ」
話に加わってきたのはドナだ。
「むしろ、こう、本能が赴くままに踊る……そういう感じ!!」
なるほど、分からん。
「おいドナ、オドマがさっぱり分からんって顔してるぜ。いいかオドマ。ダンスって言っても社交ダンスみたいなもんじゃないんだ。ご機嫌な音楽を流して、それに合わせてみんなでめいめい好きに踊る。パートナーがいりゃそりゃ楽しいし、シングルはシングルで相手を見つける楽しみがある。料理だって出るから、飲み食いに精を出すのもいいってわけさ」
14歳を過ぎると、飲酒も解禁だとか。
俺とマンサはまだ13歳なので、飲酒は厳禁だ。で、クラスのほかの連中はみんな俺たち二人よりも年上なので、飲み放題ってわけだな。
「お酒飲みたいなー」
「マンサは来年だねえ? 体はそろそろ大人になってきてるけど、まだまだお子ちゃまってね」
「なにをー!」
おっ、マンサがドナとじゃれている。
無邪気なものである。
「何を達観した表情してるんだよお前」
ボブに小突かれた。
ダンスパーティが今週末ともなると、学園全体の雰囲気も浮ついたものになってくる。
特に、バスタード連中は陽気な奴が多い。
音楽に親しんで生きているというんだろうか?
灰色の町を歩くと、音楽が聞こえてこない日は無い。
あちこち汚いし、落書きだらけで治安も良くないところだが、とにかくあちこちでみんな音楽をかけている。
手回しで魔術を封入する蓄音機みたいなのがあって、そいつにレコードを載せて音楽を流すのだ。
生演奏を聞ける店になるとちょっとお高くなるな。
それも、ジャズみたいなちょいと砕けた音楽だ。
「あっちこちの教室から音楽が聞こえてくる」
「うん、なんだかお祭りみたいだ」
「お祭り? 話は聞いているけど、私、まだ見たことは無いなあ」
メクト部族は人数が少ないから、祭りは即ちオニャンコポンに捧げる祀りでもある。
こういう娯楽に特化したイベントなんてのは、マンサにとっては初なんだろう。
「じゃあ、色々僕が教えてあげよう」
「はい、よろしくお願いしますオドマ先生!」
そんなやり取りをしつつ、授業を取っていない空き時間を使って、校舎の中を歩き回る。
俺たちが在籍するのはジュニアハイスクールのキャンパスだが、ハイスクールのキャンパスとの間に仕切りみたいなものは無い。
校舎だって渡り廊下で繋がっている。
まあ、なんというかでかい学園だ。
バスタードの教室棟だけでもかなりの規模だし、専用教室棟へは、天使教室棟からもこちらからも無数の渡り廊下が伸びている。
それでまあ、気分が向いた俺たちは、ハイスクールキャンパスへと足を伸ばしたわけである。
「ん? こっちはハイスクールだぜ? ジュニアが何の用だ?」
「ちょっと覗きに来たんだよ」
「そうかー。ま、ガラの悪い奴もいるからな、気をつけろよ」
入り口でガムを噛んでいたアフロヘアが親切に教えてくれた。
見た目に似合わず、いい奴かもしれんな。
「おおー!」
ハイスクール側に入ったマンサが感嘆の声をあげた。
「きちゃない!」
うむ。
あちこちに落書きがされていて、大変カラフルと言えば聞こえがいいが、なかなかどうして荒れている。
今も授業中と思われる教室からは、めいめい勝手に流しているであろう音楽が聞こえてくる。
なんだこりゃ。
「ヒャッハー!」
出た! 窓ガラスを無意味に割る奴!
なんだかラリった感じで、棍棒を振り上げてガラスを割っている。
テンション高いなー。
あれかな。ダライアスが天使を破ったあの試合を見て、なんか調子付いてるのかな。
「ひええ、治安悪いねえ」
「メクトの他の集落もこんな感じじゃなかった?」
「そういえばそうかも」
井戸から水を汲み上げる滑車を作った時、滑車を奪いにやってきた今は無きンマドの集落の連中。
いやあ、目撃者になった俺を躊躇無く殺そうとしたからなあ。
基本的にこの世界の人間は民度が低いのかもしれんな。
「女だあー!」
「ひええ」
あっ、マンサに向かって来やがった。
弾けすぎだろう。
「”裁き”……」
「マンサ、それは死んじゃうから! 僕に任せてっと……!」
俺は壁面を駆け上がりざま、壁を蹴って跳んだ。
「うおお!?」
「しゃあっ!」
まるで相手の胸板に対し、平行に直立するような見事なドロップキックである。
「おぎゃああああ」
ラリった奴がごろごろ転げて行った。
ゴロゴロゴロ……とどこまで転がるんだろうと見ていたら、曲がり角から現れた長い足がそいつをギュッと踏みつけて「むぎゅう」止まった。
「おや、君は……」
「ダライアスさん、偶然だねえ」
そいつは時の人、オリフィエルことダライアスである。
彼は足元のラリった奴を見下ろして、
「俺は今、学園に薬物をばら撒いている人間を追っているんだが、心当たりは無いか?」
なんて言うのだ。
厄介ごとに首を突っ込んでいるなあ……。
なんというか、こいつ正義感が強いんじゃないか?
「バスタード側で、薬物なんかで問題が起きれば、バスタードがパーティへ出入りすることを禁止されてしまうかも知れないぞ」
「えええーっ!?」
マンサが悲鳴をあげた。
何事かと、教室から次々に顔を出す生徒たち。
「そ、それは困るー! ドレスだって買ってもらったのに! オドマに!」
最後のは強調しなくてもよろしい。
しかし、そりゃあ癪だな。
というか、これはまた陰謀の臭いがしないこともない。
「手を貸してくれないか、オドマくん」
「分かったよ。手を貸そう」
そう言う事になった。
タイムリミットは週末まで。
それまでに、学園で問題が起きないように見張りつつ、薬物をばら撒いているらしい相手を探すんだと。
うへえ、厄介そうだな、これは。




