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レベルを上げて物理で殴る

 気が付いたら隣にマリアが来ていた。


「あっ」


 マンサも気付いたようで、警戒色をあらわにする。

 これこれ、そんなに威嚇するものではない。


「だってオドマ、泥棒猫」


「誰が泥棒猫ですか」


 今日はメガネのマリア。

 頭上で展開されている、七大天使候補者たちの決闘場を見上げている。

 今回の戦場は、静謐(せいひつ)な雰囲気の教会をイメージしているせいか、地上からでもよく見ることが出来る。

 俺とルーサーの決闘場は荒れ狂う海だったからなあ。


「兄さん……」


 心配なのだろう。

 ぎゅっと祈るように手を握り締めているマリア。


「心配なの?」


 声をかけたのはマンサだ。

 うぬ、先を越されてしまった。どういう言葉をかけたらいいか、ちょっと考えたら、こうして脊椎反射で生きる人々に先行を許してしまう。世の常である。


「それは……。二人きりの兄妹ですし」


「なるほど。相手の天使も強そうだし、確かに心配だよね」


「オドマ」


「ぐふっ」


 マンサに肘で小突かれた。いや、なかなか強烈なエルボーパットだ。わき腹がみしみしっと言ったぞ。


「もう、デリカシーが無いんだから。こういう時は嘘でも励ましてあげるものよ!」


「いやいや、気休めは僕の主義に反するので……っていうかマンサも声が大きいよ?」


「あっ」


 すっかり丸聞こえである。

 マリアは目を丸くして俺たちを見ていたが、すぐにくすくすと笑い出した。


「ありがとうございます。でも、私、信じてるんです。兄さんはきっと勝つって。だって、兄さん連合王国でも私を守って、あの天使をやっつけたんですから」


 天使でもないただの人間が、どうやって七大天使候補者を打倒するのか。

 その辺りは詳しく聞いてみたいな。

 おっと、そろそろ勝負が始まるようだ。




『たかだかバスタード程度が、この私の洗礼を受けることが出来る喜びを噛み締めたまえ。”光の洗礼(ライトニング・レイ)”』


 十字架から変形したメタリックな巨人、ラグエルが奇跡(ジ・アーツ)を放つ。

 それは降り注ぐ光の雨だ。ラグエルを囲み、360度全てをカバーする全体攻撃。これは俺ならば、どうやって回避するか。まあこちらも強力な攻撃をぶつけて相殺がいいところだろう。

 だが、オリフィエルは違う。


『悪いが、俺はバスタードなんかじゃない。純血のアビス人(アビサリス)でな……!』


 赤い装甲をまとう、黒い巨人オリフィエル。

 その巨体が石の地面を蹴る。まるで体重が無いかのようなステップが始まった。

 光が降り注ぐ瞬間を狙って、一撃を(かわ)す。

 全ての光が同時に降ってくるわけではない。

 光の雨と形容されるように、それぞれの光には時間差があるのだ。

 さらに、光と言っても光そのものではない。輝きを放つエネルギーの雨だ。速度は視認できる程度ではある。

 これを、オリフィエルは一つ一つ確実に回避していく。

 右に、左に。

 掠める一撃をスウェーでやり過ごし、直撃ラインをダッキングで内側へと滑り込む。

 気付くと、オリフィエルはラグエルへ肉薄していた。


『なななっ、何っ』


 ラグエルは驚きの声を、最後まで発する事はできなかった。

 ダッキングから起き上がりざまの、強烈な一撃。

 赤いガントレットに包まれた拳が、金銀の巨人の顎をぶち抜く。


「はええ」


 俺は思わず呟いていた。オドマとしての行儀のいい言葉遣いではなく、生前の素である。

 ぶっ飛ばされるラグエル。だが、こいつとて七大天使候補。ただやられてばかりはいない。


『おのれっ!!』


 拳の一撃で宙に飛ばされたはいいが、ラグエルは背後から金属の翼を展開してふわりと浮遊する。


『下賎な攻撃で、この玉体に傷をつけたな!! 決めた! 貴様はここで抹殺する……!!』


 おいおい、切れるの早いな。

 ラグエルの宣言に、地上から歓声が上がる。天使組の学生たちだ。まあ揃いも揃って差別主義者だからな。どういう教育をされてきたんだと思うが、恐らく差別して当然的な教育をされているんだろう。


「ラグエル様、やってしまってください!」


「バスタード野郎をぶっ殺せー!」


「塩の柱にしちまえー!」


『”裁きの剣ジャッジメント・ソード”! さあ、悔い改めるがいい!』


 ラグエルが生み出したのは、切っ先が見えないほど巨大な光の剣。

 こいつを振りかぶりながら、奴が吼える。


『何を悔い改めるってんだ?』


『貴様が生まれてきた事そのものだ! アビス人は存在そのものが罪なのだよ!! 我ら天使に奉仕し、身を捧げる事でのみ罪は(そそ)がれる!!』


『神様気取りかよ、あんた?』


『そっ、その名を気安く口にするな下郎があああっ!!』


 ぶんっと剣が振り回される。

 それは教会を構成する壁を切り刻み、柱をへし折り、触れた端から塩の柱へと分解していく。

 いや、石や金属が塩になるわけは無いから、何か粉みたいなものへ変換するのかもしれないな。


『くっ!!』


 怒りに任せて暴れるラグエルの攻撃は、とんでもない。

 どこから攻撃が来るのか全く読むことが出来ないのだ。この攻撃範囲と射程距離だというのに、(やっこ)さんは重さを感じていないらしい。まるで無手のように獲物を振り回している。

 オリフィエルはこの攻撃を、なんとか回避し続けているが分が悪い。

 飛行能力が無いようで、上空にいるラグエルに攻めあぐねているからだ。


『はははは! 地べたを這うことしか出来んか! それこそが下劣なアビス人にはお似合いだ! さあさあ、抵抗をやめよ! 大人しく我が光の剣で、天へ召されるがいい! ……おっと、貴様らアビス人が召されるのは地の底、地獄だったな!』


『はっ、俺は例え死んでも、お前たち天使が決めた天国やら地獄やらに行くのはごめんだねっ……!!』


 切っ先の速度が音を超えているのか、飛行機雲さえ呼び起こした光の剣。

 ギリギリのところで回避するオリフィエルは、肩口の装甲を持っていかれる。

 俺の横で、マリアが小さく悲鳴をあげた。

 マンサが何やら俺を激しく小突くので、俺はマリアの手を握ってやった。彼女はびっくりしたように俺を見上げ、すぐに手をギュッと握り返してくる。


『ならば、貴様の居場所はこの世界のどこにもない! 消滅! 消滅だ! 消えてしまえ汚らしいアビス人! 主を信じぬ貴様などに、七大天使になる資格は無い!!』


『生憎だがっ……』


 剣の一撃をギリギリで躱すオリフィエル。右腕の装甲が削れる。


『そんな狭量な神なら、こちらから御免だなっ……!』


 そうして、ラグエルから距離を離す。


『逃げるつもりか!? 逃げ場は無いぞ! そう、この決闘場は、貴様の処刑場だ!!』


『……だが、七大天使の権利はもらう』


 呟くようなオリフィエルの言葉。

 俺はしっかりと聞き取った。


『てめえら天使が幅を利かせる、この糞ったれな世界を変えられる力を、俺は手に入れるからだ……!』


 おっ!

 今いいこと言ったなオリフィエル。

 そうだよな、やっぱり七大天使の名前についてくる権益とか超欲しいよな。


「オドマ、なんか今すっごく悪い顔してるよ」


「えっ、そう!?」


 俺が慌てて顔を取り繕っている間に、状況は決定的に動いていく。


『このっ、俗物がああああっ!!』


 遠ざかったオリフィエル目掛けて、ラグエルが剣を振り上げた。

 天井らしきものが破壊されて、無数の瓦礫が落下してくる。

 そこ目掛けて、オリフィエルが跳んだ。

 おっ、なるほど、それが狙いか。

 落下する瓦礫の上を、オリフィエルがまるで地続きになっているかのように疾走する。

 構えるのは、左。

 大きく振りかぶり、


『消えうせろ、アビス人っ……!!』


我が神(オニャンコポン)よ、俺の拳に加護を……!! ”螺旋(ジョルト)ッ”!!』


 踏み込むオリフィエル。

 とんでもない距離を、一息で詰めた。

 全体重と、速度が篭った一撃がラグエルに迫る。

 そこへ振り下ろされてくる光の剣。

 マリアが目を覆い、悲鳴をあげた。

 だが、その瞬間だ。

 オリフィエルの拳が展開した。赤い装甲の中から、形容しがたい獣の形をした輝きが産まれる。

 ……なんだい、あれ。

 えっ、あれがオニャンコポンなの?

 俺の疑問に答えるように、変な動物の光(オニャンコポン)が振り下ろされた光の剣を、ぺいっと叩き折る。


『何ィィィィッ!?』


 ラグエルの鋼の面は、驚きの表情を形作ったまま。

 凄まじい打撃音と共に、地面へ叩き落された。黄金の翼がへし折れ、小さな爆発が幾つも起こる。

 強烈無比なジョルトブローを振り切ったオリフィエルが、ラグエルの前に降り立つ。

 そして、こちらを向きながら、拳を高く掲げる。

 オリフィエルの背後で、ラグエルが大爆発を起こした。


「おおー、お見事」


 俺はパチパチ拍手をした。

 奇跡の力を、拳一つで捻じ伏せやがった。まあオニャンコポンらしき何か(サムシング)の力を借りていたが、あれが生身で七大天使候補者を倒した秘密ってやつだろう。


「良かった……!」


 マリアがほっと、安堵の息を吐く。

 パニック状態なのは天使連中だ。


「そ、そんな! 枢機卿であらせられるラグエル様までもバスタードに!!」


「ルーサーはバスタードに寝返るし!」


「どうなるんだよ七大天使決定戦!?」


 自国の代表が敵国に敗れ去ったオリンピックのような状況を呈している。

 まあ、俺は知らん。

 今はとにかく、降りてくるダライアスを迎えてやろうじゃないか。

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