新たな候補者はお兄さま?
「オドマ先輩! またお会いしましたねっ!」
街角で声をかけられた。
何やら聞き覚えがある声である。
俺が振り返ると、視界よりもちょっと低いところに頭があった。
「ここですー」
誰だろう。
見上げた顔はメガネをかけていて、癖のある髪の毛を可愛らしいリボンでまとめている。
むむ、どこかで見たような。
「マリアです! 先日は本当にありがとうございました。オドマ先輩に助けられたこと、クラスのみんなからも羨ましがられたんですよ!」
「おおー、先日の君かあ」
俺が食堂で助けた新入生である。
以前に見かけた時は、地味な印象だったが、髪を紐で結わえてメガネもしていなかったように思う。レンズを通した目がちょっと小さく見えるから、近眼らしい。
南アビスの学校では、板書をノートに写すというやり方はあまりしない。
基本的に、教諭が口にする講義をノートに速記して、あとで清書するのだ。どうしても板書が必要な時は、魔術で書かれた文字が拡大されて見える。大講義室でも安心だ。
ということで、ちょっとくらいの近眼なら、メガネなしで快適に過ごせてしまう学園生活。
こうして外歩きをする時は、マリアは眼鏡っ娘になるのだろう。
「兄さんも、ぜひオドマ先輩によろしくって言ってました」
「それはどうも。お兄さんも学園の生徒なの?」
「はい。兄さんはハイスクールの学生です。私達、まだ連合王国からこちらにやって来たばかりで、色々不慣れで困ってたんですよ。だから先輩に教えていただいたのが、とっても嬉しくって」
「あ、南アビスの子じゃなかったの。連合王国って言うと……」
イギリスみたいな?
「”空虚の海”を大回りした先にある、古代から続く王国です。本当は新大陸に行くほうが近いんですけど、あっちはほら、戦争をしているじゃないですか」
空虚の海というのは、アビス大陸の北側半分を飲み込むクレーターが、地球で言えばアラブ、地中海、ヨーロッパまで、ぐるりとかかっている部分のこと。
不思議と、かつて陸地だったらしいところは何もない空洞になり、地中海や大西洋に当たる部分は、エーテルを全く含まない海になっているという。この上では、エーテルをエネルギーとして動く船や飛行機も止まってしまい、古来の帆船やガレー船で移動する他無いらしい。
「そうかあ。そんなに遠くから大変だね。あ、何かあったら僕に色々聞いてくれていいよ。僕もまだアビスに来て半年足らずだけど、結構学園のことは覚えたから」
「はい、ぜひお願いします!」
学園では大人しい子だと思ったけれど、外では案外活発だな。
しかも礼儀正しいじゃないか。子供はこうあるべきだな、うむ。
どこかのジブリールに彼女の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいものだ。
「オドマ、今私のこと考えていたでしょ」
「うおっ!?」
俺は咄嗟に飛び退いた。
寸前まで俺がいた空間を、がっしりハグしているジブリールの姿がある。
くっそ、こいつ神出鬼没だな。
いや待て。そもそもここはバスタードの町だぞ? 灰色の町に天使がやって来て大丈夫なのか。ジブリールだから大丈夫か。
「あら? その子は確か……」
「ジブリール先輩、こんにちは」
「はい、こんにちは」
にこやかに挨拶をするジブリールとマリア。
笑顔で向かい合う姿は大変友好的に見えるのだが……。二人の間で飛び散る火花を幻視する俺は、心配性なのだろうか。
「ジブリール、どうしてここに?」
「えーっ、忘れたのオドマ? パーティのドレスをマンサと探しに行くって言っていたじゃない。ここ、灰色の町では一番センスがいいお店なのよね」
そういえば、そんな約束をしたような、していないような……。
「週末のパーティですか? 私も兄さんと参加するんです! オドマ先輩、一緒に踊ってください!」
「なにいっ!?」
ジブリールが乙女らしからぬ声をあげた。
その表情は知ってるぞ。この泥棒猫! って言うんだろ。
「残念だけど、オドマはもう予約済みなのよ」
「あっジブリール、また僕の腕を!」
俺の肘が彼女の胸にコツンと当たるぞ。相変わらず成長していないんだな……。
するとマリアも対抗してか、
「それは先輩の考えですよね? オドマ先輩はどうなんですか? 私と踊ってくれないんですか?」
俺のもう片方の腕を取った。肘が彼女の胸にちょっとふんわりと当たった。
マリアの勝利だ。
「ねえ、オドマ?」
「ねえ、先輩?」
「むむむ」
俺は難しい顔をした。
なんだ、このシチュエーションは。
あれか? モテ期というやつか? だが二人とも俺のストライクゾーンでは無いぞ。そんなステディな関係になるなんて、考えもつかない。やんわりとそれを説明するにはどうしたらいいか……。
「お待たー! ……って、あああああー! オドマ何やってるのーっ!!」
ぐえーっ!
もっとややこしい奴が来た!!
可愛らしいワンピース姿のマンサが登場し、俺を指差した。
彼女の指先が、マリア、俺、ジブリールを順に指し示す。
「女の子を二人侍らせるなんて、オドマ、あなた古代に存在した大王気取りなの!? ……待てよ。大王……その手があるわね」
「いや、何を考えてるのマンサ。誤解。これ誤解だから」
「いい、オドマ。かつて大王は、複数の妻を侍らせていたと言い伝えられているんだよ。そうすることで、健康的な男子を確実に得ることができて、次代に血を継いで行ったんだって。だけどもちろん、たくさんの妻を養うだけの権力と財力を持ってもいたの。これはね、そういう問題なのよ!」
「どういう問題!?」
「ちょっとマンサ!? ハーレムなんて私はいやよ!? 南アビスの女は自立してるんだから!」
「むふ、それって、私も先輩方の間に参戦しちゃっていいってことですか?」
「オドマ、第一夫人は私だからね!」
「やめてくれー!?」
俺が悲鳴をあげた。
その時だ。
「おっ! オドマくんじゃないですか」
偶然通りかかった、緑の服の人。
美形の天使で、大変柔和な顔立ちをしている。この人間が出来てそうな天使は……。
「ラファエルじゃない。どうしたの?」
「やあ、ジブリールもいましたか。都合がいい。実は七大天使決定戦で、少々イレギュラーが発生しまして。この決闘装置を届けに行くところなのです」
ラファエルがぶら下げたトートバッグから取り出したのは、例の腕時計型端末である。
というか現役七大天使が直々に届けるのか。俺の時もそうだったが、こいつらフットワークが軽いな。
「我々は大事が起こるまでは、基本的に暇なのです」
俺の心情を読み取ったらしく、ラファエルが言った。
暇じゃダメだろう……。
「で、イレギュラーって何なのよ? 場合によっちゃ何か手伝ってもいいわよ。未来の七大天使なんだもの、私」
おっ、ジブリールが離れた。
「いえ、この近くにいるそうですから、ジブリールに手を借りるまでもありませんよ。イレギュラーというのはですね。オドマくんとも関連していることなのです」
「へ、僕?」
「先輩と?」
「またオドマが勝負とかするの?」
俺たちの疑問は、ラファエルが答える前に解明された。
そいつは、広場を抜けてこちらにやって来た。
ラファエルと待ち合わせしていたのだろう。
すらりと背が高い、ワイシャツの男だ。バスタードと言うには色黒だから、アビス人の血が濃いのだろう。どこか、マリアと似ているような。
「やあ、ダライアスくん。時間通りですね」
「初めまして、ミスターラファエル。僕のことはダリーと呼んでください」
「分かりました、ダリー。ではこの決闘装置を授けましょう。これによって、君は新たなる七大天使候補者、オリフィエルとなります」
後で聞いた話だ。
この男は、天使ならざる身で天使オリフィエルを打ち倒したのだそうだ。
そして、その実力によって七大天使候補者の立場を勝ち取った。つうか実力で奪取できるのか、これは。
で、驚くことがもう一つ。
「兄さん!」
俺の手から離れたマリアが、ダライアスと名乗った青年に抱きついた。
「マリア、買い物に来ていたんだな。一人で出歩くのは危ないぞ。俺がちょっと待っていろと言っただろうに」
この口調がダライアスの素か。
マリアは俺を指差して、
「平気! オドマ先輩が一緒に買物をしてくれるから!」
ダライアスの目線が、俺を向く。
おう、なかなか怖い視線だ。だが、それはすぐに柔和なものに変わる。
「君がオドマさんか! 妹が世話になったようだ。そして、そのうち勝ち上がっていけば、僕も世話になるだろう。よろしく、サンダルフォン」
握手を求めて手が差し出された。
色々内側に秘めてそうな男だ。
そして、ラファエルがイレギュラーと言った意味を理解する。
天使に打ち勝った人間であり、二人目のアビス人でもある。
ダライアスの目は笑っていない。
「よろしく」
俺は彼の手を取る。
うへ、でけえ手。拳だこがある。喧嘩慣れしてやがるな。
いや、天使、それも七大天使候補者をぶち倒すレベルだから、喧嘩慣れという次元では無いだろう。
「これで仲良しです!」
この場の空気を読んでか読まないでか、俺たち二人のシェイクハンドに上から手をかぶせ、マリアがにっこり微笑んだ。
「なんかね、オドマって、ああいうふうに男の人にもてるんだよね」
「分かる。それにまんざらでもなさそうよね。もしかして……男の人が好きだったり……?」
「そ、それは私たちが正しい道に戻してあげなくちゃ!!」
そこ! 影で何を言っとるんだ!?




