ダンス・イン・ザ・エンジェルスクール
「来たか……」
何やら決意を固めた表情をして呟くボブ。
こいつはいつも、俺の隣の席に好んで座る。
二個年上なのだが、この間の夏休みにあちこち連れ出した結果、何やら俺に舎弟的ポジションに納まってしまったらしい。
まあ、お互いのやり取りの上では対等なんだが。
「来たかって、何が来たのさ?」
「よくぞ聞いてくれたオドマ。こいつは俺たち男子にとって重要な一大イベントなんだぜ」
「ふむふむ」
「それは……ダンスパーティだ!」
ババーン、と効果音がしそうな仕草で、熱く言葉を告げるボブ。
ダンスパーティ。何やら学校とは似つかわしくないようなその響きに、俺は少しばかり首をかしげた。
「……なんで、学校でダンスパーティ?」
「元々は、南アビスの外の国では金持ちな学生連中が主催して、学園の生徒たちに招待状を送るものらしいんだけどな。ここじゃ学校が専用のダンスホールを持ってるんだ」
「ああ、いや、そうじゃなくて。僕、学校でダンスパーティなんてするものなのかと思ってさ」
「は? いやいや、この季節は必ずダンスパーティするもんだろ。で、ここで一年を共に過ごすステディを見つけるってわけさ」
生前の日本の感覚で言えば、九月。
つまり、天使学院は新学期に突入する季節だ。
この時期、どうやらこちらでは親睦会を目的としたダンスパーティを開くらしい。
「ってことでだな。俺たち寂しい男にとっては、いい女を捕まえる格好のチャンス……」
そこまで言いかけて、ボブはじっと俺を見た。
溜め息を吐く。
「え、どうしたの? 何の話?」
俺に横には、ちょこんとマンサが腰掛けている。
「なんでもねえ……。オドマには縁の無い話だったよな……」
「縁が無いとはひどいな」
あれか。マンサに気を遣ったのか?
まだまだマンサもミドルティーンのなりかけ。お子様だぞ。
「そうよね。オドマは私とダンスするって決まっているものね」
「わっ!?」
いきなり背後から抱きつかれて、俺は驚愕した。
後頭部にコツンと胸板が当たる。この乏しい感触は……。
「ジブリール?」
「正解! オドマはもう、私っていうパートナーがいるんだから! パーティではみんなの目を独占してやりましょ」
「えーっ!! ジブリール何してるのー! それにパーティって何!? パートナー? とにかくオドマから離れてーっ!」
「くっそ、モテモテか! モテモテなのか!」
サムが嫉妬か怒りか顔を真っ赤にして地団太を踏んでいる。
ボブは諦めの表情である。
「いや、このクラスにも女子がいるじゃない?」
「いや、それはそうなんだが……ちょっとなあ」
ボブの言葉にむっとしたのは女性陣である。
「ちょっとー! それって失礼じゃない!? ちょっとって何がちょっとなのよ!」
「弁明、求む……!」
ドナとルーシーが抗議する。
授業前の教室はちょっとした騒ぎだ。
今回は天使とバスタード混合の、数学の授業。この騒がしいメンツが、同じ授業を選択していたので一箇所に固まっているのだ。
で、バスタードの中で一人、平気な顔をして俺に腕を絡めているジブリール。
バスタード女子たちの刺々しい視線と、男子の憧れの視線を一身に受けながらも全く動じていない。大物である。
「では講義を始めるー」
おっ、数学教諭が入室してきた。
これから退屈な授業の始まりだ。
とは言っても、数学ってのは論理的思考の基本だからな。おろそかにするわけにはいかない。
教室には、バスタード連中が固まっている後方入り口側と、天使連中が固まっている前方入り口側がある。
椅子の配置は教壇を囲むUの字になっており、天使たちはUの先端部分で二手に分かれている。
Uの底面はバスタード。ここにぽつんと天使であるジブリールがいるわけである。大変目立つ。
時折、天使の側から俺をチラチラ見てくるのは、おそらく天使組のジョック、ジョナサンの取り巻きだな。あいつらもダンスパーティに出るんだろう。
授業が終わると、バラバラと教室を出て行く連中がいる。
次の授業に向かうんだろう。
俺は今日は、数学で取得している授業は終わりだ。そんなわけで食堂に急ぐ事にする。
差別の無い学問を謳っている天使学院。
だが、学園の中には確かな差別が存在している。
クラス内ならスクールカースト。
学園の中でなら人種差別がある。
ってことで、食堂は天使もバスタードも利用するんだが、天使が利用するゾーンとバスタードが利用するゾーンですっぱりと分かれていた。
「おっ、ありゃまずいな」
ボブが顔をしかめる。
新入生なのか、バスタードの女子が一人で天使ゾーンで食事を始めてしまっている。
まあ暗黙の了解だしな。ルールとして明文化されていない。
案の定、後からやって来た天使どもが女子を取り囲み始める。
「何やってるんだよお前」
「バスタードがこの席に座っていいと思ってるのか?」
「くせえ! 蛮族の臭いが染み付いちまう! この椅子は交換しなくちゃなあ!」
「何カレーなんか食ってるんだよ。ほれ、こうしてやるよ」
カレー皿を持ち上げる天使の男子。
それをはしゃぎながら煽り立てる天使の女子。
これはあかん。
怯えた表情の女子は、黒い肌ながら顔色を青ざめさせて、されるがままだ。
ってことで。
「ボブ、僕を投げろ」
「おっ!? おう!」
一瞬で理解してくれるボブ。半年も付き合いがあると、色々分かりあえて来るものだ。
ってことで、俺を担ぎ上げると、思いっきり天使たちの中目掛けて放り投げた。
「やめるんだーっ」
「ぐわーっ!?」
カレーを今にも女子にぶっ掛けようとしていた男子に、飛び込みざまの俺のラリアットが炸裂する。
彼は俺の腕を軸に半回転して、後頭部から床に落ちた。その顔面にカレーが降り注ぐ。
「ごほぁっ!!」
「ゲイルがやられた!!」
「ちくしょうバスタードめ何しやがる!」
着地し、女子生徒を守るように立った俺に、敵意に満ちた視線が突き刺さる。
おっ、やる気か?
だが、その視線はすぐに弱々しいものになってしまった。
「お、おい、こいつオドマだぜ……!」
「七大天使候補になったっていうバスタードか!? こいつが!?」
「やべえ、やべえよ。俺、あの中継見てたんだよ」
急にしおしおとなってしまう男子。
女子はそんな男子に不満らしい。
「なに言ってるのよあんたたち! バスタード一人、さっさとやっつけちゃえばいいじゃない!」
「お、おいやめろ!」
「くそっ、覚えてろよ!」
駆けつけてきたボブの巨体もあって、天使たちは完全に戦意を失ったらしい。
すごすごと天使ゾーンの奥深くへ引っ込んでいく。
「いやあ、危ないところだった」
俺はバスタード女子を連れて、バスタードゾーンへ行く。
すると、そちらにいた連中が拍手喝采だ。
「いやー、さすがはオドマだな! バスタードの星!」
「胸がスーッとしたわ!」
「いやいや、それほどでも」
そんな中へ堂々とやってくるのが、マンサとジブリールである。
なんで連れ立って歩いてるんだ?
「オドマ、その子、誰?」
「オドマ、まさかまた新しい子に手を出したの?」
何を人聞きが悪い事を言っているんだお前たちは。
「この子は天使に絡まれているのを助けたんだよ。断じてそんな関係じゃない」
「むう、オドマもてるからなあ」
信用しろよマンサ。
「あの、ありがとうございます。私、マリアって言います、オドマ先輩」
「ああ、いえいえどういたしまして。これからは天使ゾーンに行っちゃいけないよ? ああいう野蛮人が来るからね」
俺が天使どもを指差して言うと、バスタードたちがドッと笑った。
天使どもがこっちを睨んでいる。
「はいっ。本当にありがとうございました。オドマ先輩に助けてもらったって、兄さんにも教えてあげなくちゃ」
彼女は何度も俺に礼を言うと、軽やかに去って行った。
なんとも礼儀が出来た子じゃないか。
それに比べてうちの女子たちと言えば。
「ぐぬぬ、新しいライバル登場とは! 南アビスは本当に危険なところだわ」
「オドマったら手が早いわねえ。……でも、あの子どこかで見たことが……」
「だからそんなんじゃないってば」
「だけどオドマ、彼女、ダンスでお前を指名してくるかもな? 楽しみだぜ」
なんだそれは!?
女子が男子をダンスに誘う習慣があるのか?
ボブの発言に、もうじきやってくるというダンスパーティへの不安を覚える俺なのであった。
頼むから余計な騒ぎは起こらないでくれ……!




