空の向こうにファラオのお墓
「そうやって、すぐには力に頼らないところ、オドマのいいところだよねえ」
考え込む俺の隣で、マンサはご機嫌だ。
「だってさ、僕の力は生まれつきでしょ。これを相手の意思を無視して振るって、力で言う事聞かせて……それで本当にその相手と仲良くなれると思う?」
「私は無理だなー。恨んじゃうと思うね」
「でしょ。それが人間の普通。だから、なるべく物事の解決方法は、基本的に力に頼らないほうがいいと思うんだ」
まあ、俺は元々日本人だからな。ピースフルな解決方法を模索する文化の中にいたから、当然こんな考え方になる。
さて、こうして話をしている間にも、ファミリオンは降り注ぐ槍や矢をぺしぺしと跳ね返し、ちょこちょこと動き回りながらザクサーンの軍隊を威嚇している。
いや、威嚇しているつもりは無いんだが、全高4mにもなる鋼の巨人が相対していると、それだけで威圧感を覚える人間が多いだろう。
よーし、とりあえず話しかけてみるか。
「えー、聞こえますか、聞こえますか、ザクサーンの皆さん」
「うぬっ、な、何だっ」
答えたのは、年若いのに偉そうに輿に乗った男性だ。
おお、なかなか美形じゃない。
「私はあんまり好みじゃないけどねー」
マンサの好みは聞いてないぞ。
だが、あちらは聞く耳を持っているようだ。ザクサーン軍の攻撃が決め手にならない相手である。あの男が噂の若き天才族長なら、現在の状況がザクサーンにとってジリ貧であることは理解できているだろう。
あれは聞く耳というよりは、こちらの言葉を使って、何らかの方法で事態を解決させるつもりと見た。
「僕たちは戦いの来たのではありませんー。攻撃をやめてくださーい」
「以前やって来た天使どももそう言っていた! だが、奴らは私を南アビスに誘い、この地に監視をつけようとしていたのだ! 部族の長を人質に取りよからぬ考えを植え付け、内側から支配しようと言う策としか思えぬ!」
あー。まあ被害妄想だと切っては捨てられないな。
その部族で力を持つ優秀な人間を、南アビスの思想に染める。
その間に残った天使が集落を、南アビスの価値観が受け入れられるものに改造する。
そして戻ってきた有力者が、部族を南アビスに友好的な存在へと変える。
アビスよりも遥かに文明が習熟した南アビスの天使たちなら、それ位のことは考えているだろう。
決して、クリストフが俺を誘ったのは、ノブレスオブリージュだけではないということだ。
ま、俺としては渡りに船だったんだが。
「それならば心配いらないよ! 僕はアビスに建てる学校に、あなたを誘いの来たのだ!」
ちょっとフレンドリーに呼びかけてみる。
だが、族長……恐らくはモーシェの表情は難しい顔のままだ。
「確証がない!」
「ほら、僕はあなたと同じアビス人じゃない」
「ただのアビス人がそのような分体を呼び出すか!」
おっ、分体まで知っているのか。
それに、こちらの発言から納得できない点を見つけて、そこを追求してくる頭を持っている。
この、疑問点を見つけて疑う、という行為は実は何気に高度なのだ。
まず、自分の中に確固とした常識がなければいけない。これはアビスの常識しかもっていなかったうちの集落の人々が、俺の言う事に疑いを持たないことから、狭い常識ではいけない。広範な知識に裏付けられた常識が必要だ。
彼の常識は、まず、天使は分体を呼び出す能力を持つ。
アビス人は分体を呼び出す力を持たない。
故に、分体を呼び出す俺はアビス人ではなく、天使である。
ということになる。
なるほど、明確である。
次に、族長は部族の意思決定を行なう重要な人間である。
族長に新たな価値観を与えると、部族の価値観もまたそれに伴って変化する。
族長が南アビスにいれば、それは族長を人質に取った状態となり、部族側から動きを起こす事は難しくなる。
そういったところまで考えているんだろう。
「分かったよ。じゃあ、分体を引っ込めるから、一回そっちも武器を下ろして」
「信用ができん! お前が先に分体を消せ!」
最もである。俺があちら側だったとしても、戦力的に劣る自分たちが先に武装解除するなんて話は受け入れられない。
さてさて。
「じゃあ、僕が外に出るから狙わないでよね」
俺はそう宣言した。
そして、マンサに目配せする。
「なんか魔術使っておく?」
「お願い。僕が生き残るかどうかはマンサ次第だからさ」
「うふふ、私がオドマの命を握ってるのね……!」
凄く怖いからそういう言い方は止めて欲しい。
俺が宣言どおり、ファミリオンの操縦席を展開して外に出てくると、無数の視線が集まってきた。
少しして、驚きの声が漏れてくる。
「まだ子供じゃないか」
「あれは羽ありが化けているのか? どう見ても我らと同じ人間だ」
「狙われている中に、堂々と身を晒すとは……」
と、そこに、やっぱり来ましたよ。
ヒュッと放たれた一本の矢。
割かしこの部族の射手は訓練されているようで、俺の体を狙って飛来する矢。
「”裁きの壁”」
そこへ、マンサがすかさず魔術で割り込んだ。
相変わらず、どうやって発音しているんだか分からない呪文詠唱をする。
足元から生えてきた光の壁が、寸でのところで矢を食い止めて粉々にした。
俺は涼しい顔で足元を睥睨する。
内心は汗びっしょりだ。
マンサの魔術が間に合わないかもしれなかったし、俺の肉体は特別製だから矢が効かない可能性もあった。だが、それもあくまで可能性で試した事は無い。
もしかすると死んでいたかもしれないわけで、いやあ、寿命が縮んだ心地だぞ。
「見事だ」
すぐ足元で声がした。
そこにいたのは、さっきまで輿に乗っていたはずの族長だった。
俺より五つか六つ年上だろうか。
こいつがモーシェか。
「身を晒し、何の防備もしていないならただの馬鹿だ。手を組む価値も無い。だが貴様は俺の考えを読んでいたようだな? 何をしたのかは分からんが、おおかた天使の使う魔術だろう。あの矢には毒が塗ってあったが、それを防いで見せた」
こっわ!
何てもんを撃ち込んできやがる。
「まあ、それなりに僕も頭を使ってるんですよ。それにしても、天使のやり方に詳しいんですね?」
「詳しくならないはずがない。我が部族が誇る古代の王は、天使と戦い、そして築き上げた黄金の王墓と共に天へと昇った。そう伝承されている」
モーシェが指差す先は、確か……浮遊大陸があるところだ。
いつもはとんでもなく巨大な光学迷彩のようなもので、隠されているのだ。浮遊大陸を包む光学迷彩は、太陽の光までも屈折させ、余すことなくこの大地に届けてくる。
考えてみたらとんでもない事をしているな。
「さて、話を聞こう。お前は話をするに値する男だと見た」
「助かるよ」
俺はファミリオンの腕を下ろさせた。それを伝って下に降り立つ。
まだまだガキの俺と比べると、頭一つ分でかい。
「存外小さいのだな、神の子オドマ」
「えっ、なんでそれを?」
「抜かせ。アビス人にして分体を操り、数々の奇跡を起こして集落の暮らしを豊かにする神の子。噂が伝わって来ぬはずがなかろう」
「やー、恐縮です」
「そのような貴様が、一体何用だ?」
おっ、質問に緊張感が漲っている。
そうだろうそうだろう。俺がこれほどの危険を賭してやって来たのだ。
生半可な理由などであるはずが無い。
俺はちょっと一息入れて、
「実はね」
「うむ」
「モーシェさん、学校に通わない?」
「……は?」
モーシェの顔が、物凄く間抜けなものになった。




