磨製石器を捨て、野に出よう
「なななっ、なんだ、これはーっ!?」
ウンバが悲鳴をあげた。
ここは、俺が呼び出したファミリオンの中である。
全開になった窓から、強烈な風が吹き込んで来る。
時刻は夕方、乾燥した気候のアビスはほどよく涼しくなる頃合だ。ドライブには絶好の気温。
「は、速いっ!! 走っているよりも速い! ガゼルよりも速いぞぉぉぉぉっ!?」
ダッシュボードにしがみつきながら、助手席のウンバが叫ぶ。
彼の顔は引きつっていたが、隠し切れない笑いのようなものが見えていた。
ジャメナ部族が誇る仮面文化。
その仮面細工の優れた職人であるウンバは、スランプに苦しんでいた。
彼は先祖代々受け継がれた意匠を作るだけの職人ではなく、新しい衣装を作り出す芸術家でもあったのだ。
職人としての彼は仕事を続けていたが、芸術家としてはネタが枯れ、失望の底にいた彼。
俺は新たな刺激をもたらすべく、ウンバを外に連れ出したのである。
「どう? 速いでしょ。こんなの、アビスの誰も体験した事なんか無いよ」
「そっ、そうなのかーっ! こ、こんなに凄いものを! そ、そうだな、凄いものを体験しているのだな俺はっ……!」
おお、喜んでいる喜んでいる。
そこまで喜んでもらえると、俺としてもちょっと嬉しいぞ。
今は、マンサやボブ、シャクティー先生を集落において、俺とウンバの二人っきり。
別に男とドライブなんてのを忌避する性格でもないから、こういうのもたまにはいいもんだ。
「し、しかし、どうして俺なんかを連れ出して、こんな体験をさせてくれるのだ? お前は今日会ったばかりだろう」
「ジャメナに凄い人がいるって族長から聞いてたからね。僕は凄い人を探して歩いてるんだ。そうじゃなかったら、子供でもいいんだけど」
「何を言っているのかよく分からんぞ!」
「つまりね、僕は学校と言うものを造ろうと思ってるんだ。アビスを、南アビスにも負けないくらい発展した世界にしようと思ってる。そのために、優れた能力を持った人が必要なんだよ。その人たちが学校で学んで、さらに力をつける。そして彼らがアビスを内側から変えていくんだ」
「まだ、よく分からんが……ガッコウというのは、このように刺激的なものなのか?」
「そうだね。こんなに速いってことは無いと思うけど、今まで知らなかった知識とか、技術とか、そういうのを学ぶ事ができる場所になる。今見えている風景から、もっともっと、世界が広がっていくはずだよ」
「ほう……! それは、興味がある……! なんというか、こう。お前の話を聞いていると、オニャンコポンが、俺の頭の中から持ち去っていった新しい絵柄が、また描けそうだ……!」
「そりゃ良かった!」
かくして、生徒となりうる人材の確保に成功だ。
俺たちが作る学校は、子供たちばかりを教えるのではない。
大人たちにも通ってもらって、みんなの見識を広げ、アビスという世界を根底から変えていく原動力となる機関なのだ。
今考えた。今決めた。
ということで、俺とマンサの夏休み終了までの間、アビスにおける集落行脚は続いた。
東に賢い子供がいると聞けば、行って真相を確かめて学校へ勧誘し、親を説得し。
西に独自の文字を開発した男がいると聞けば、行って彼の講釈を受けつつ、勧誘し。
北に斬新な部族運営システムを作り上げた若き族長がいると聞けば、行ってちょっとした緊張状態になりながら、学校への勧誘を……。
「ええい、我が部族は誰の侵略も受けんぞ!」
「うへえ、なんかちゃんと軍隊みたいになってるな、ここって」
いきなりだが、北の部族と向かい合っている俺たちである。
ボブとシャクティー先生は下ろして、物陰に隠している。
今は、変形して巨人となったファミリオンと、その中にいる俺とマンサの二人。
ザクサーンというこの部族、彼らより北には巨大な穴が広がっているという。アビスでは、世界の果てに住む部族として知られている。
族長は若き天才、モーシェ。肌の色は普通のアビス人と比べてやや薄く、顔の彫が濃い。
シャクティー先生に似てるな。アラブ系の血なんだろうか。
「去れ、羽のある者よ!!」
「いや、こっちの話を聞いてよ」
「話をしたければその巨人を引かせよ!」
「さっきいきなり矢を射掛けてきたのはそっちでしょ?」
あっ、投げ槍を放ってきやがった!
この野郎、反撃してやろうか。
「オドマ、なんか警戒心が強い人たちだねえ」
頭がカッカとしていた俺だったが、マンサの一言で我に返った。
うーむ。
あちこちの優秀なアビス人をスカウトして回っていた矢先である。
大変優秀な族長が北にいると聞いてやって来たのだが……。
『あ、思い出しました』
シャクティー先生の声がした。
なんだなんだ。どこから声がしたんだ……と思ったら、車内のスピーカー部分ではないか。
『翼のユニットが繋がるみたいですね。ファミリオンは本当に天使の分体なのですねえ』
「いやいや、おっとり感心してる暇は無いんじゃない!? 何を思い出したの、先生」
『はい。オドマくん以外にも、南アビスはアビス各地の優秀な人たちを、時々アビスに呼んでいたんです。特に南アビスに出入りするアビス人の業者からの口利きが多いんですけど、それにこのザクサーン部族の話があったかと』
「ホント? じゃあ、南アビスの人もこっちに一度来てるんだね」
『はい。ただ、使者は危うく殺されるところで、命からがら逃げ出したとか』
「だめじゃないか!」
『お陰で、南アビスの議会では、ザクサーン討伐の議題が上がったんですが……アビスに軍隊を派遣しても、町を守る分体が減ってしまうだけで旨みが無いんですよね。土地を調査しようにも、ザクサーンの人たちが邪魔ですし、それにここは南アビスからとても遠いから』
諸々の理由があって、南アビスに対して大変反抗的であるザクサーンは放置される事になったという。
でまあ、俺たちはそんな辺鄙な土地であるザクサーンにやってきて、南アビスの連中と同じような洗礼を浴びているわけだ。
「どうしたものかなあ……」
「ファミリオンを引っ込めたら、危ないしねえ」
マンサも俺の横で首を捻っている。
「マンサ、何か口伝で、ザクサーンの話は無いか?」
「うん? えっと……ちょっと待ってね。思い出す」
その間にも、ファミリオンは投げられてくる槍をぺちぺちと、おざなりな動きで叩き落している。
攻撃しても攻撃しても、一向に効いた様子が無い鋼の巨人を見て、ザクサーンの連中はちょっと怯んでいるようだ。
ファミリオンの装甲は、ルーサーが操るイェグディエルの奇跡に耐えられるほどである。
限界はまだ試した事が無いが、相当頑丈である事は間違いが無い。ということで、どうやっても石の槍や鏃では傷一つ付けられない。
「あ、これ金属だ」
驚き!
ザクサーンの連中は、金属を使う術を心得ているのだ。
ちょっと文化的な部族と言えるのではないだろうか。排他的だけど。
「思い出した」
マンサ、ぽんと膝を打つ。
「遥か北の果て、王の墓を守る部族あり。かの部族、今は天高く消え去った幻の王墓に祈り、聖なる土地を守り続ける……っていう一文があったよ」
ははあ、なるほど。
こいつらは、地上にあいた馬鹿でかい穴を背後にしながら暮らしている部族だ。
一体何の得があってそんな生き方をしているのかと思ったら、ちゃんと理由があったわけだ。
ここが、ザクサーンを切り崩すきっかけになるかもしれない。
降り注ぐ槍と矢の雨の中、じっと作戦を考える俺なのであった。




