ジョックの挑戦
第三天使学院での生活だが、まあ、思っていたよりも普通に学校生活だった。
寮もあり、遠くから通っている生徒はそちらに住み込んでいるようだ。
だが、第三というだけあって、あと二つ同じ形の学校が存在しているようだ。
南アビスは町という形だが、人口密度は俺が生まれた集落と比べ物にならない。
日本であれば、一つの市くらいの大きさに、数百万人規模の人口が詰め込まれているのだ。
そんなわけで、色々なやつがいる。
「オドマ! オドマ! こいつを見てくれ! プライベートエンジェルの今月号をゲットしたんだ!」
「ほう!!」
サムが黒い肌を紅潮させながら駆け寄ってきた。
どうやら学園内ご禁制のブツをゲットしたらしい。
これはつまり、ちょいとエッチなグラビア雑誌だ。
数百万もの人口があれば、それなりに大量の娯楽が必要になってくる。
出版もその一つだった。
南アビスでは、紙を生産するのみならず、本を出版していたのだ。
紙質は荒く、色だってところどころ怪しいが、なるほど立派に写真週刊誌である。
「どうだオドマ。今月のビューティーちゃんは凄いだろう。これだよ、このおっぱいだよ」
「うむむ、けしからん。真にけしからんよこれは。サムでかした!!」
普段は瞬間湯沸かし器と言われるほど怒りっぽいサムだが、これはつまり、体内を流れる血の量が多いことを意味している。
つまり血の気の多い奴なんだが、さらにその分だけ中学生男子的な性欲も旺盛なのだ。
こいつは毎月、どこからかこの大人向けエッチな写真週刊誌、プライベートエンジェルをゲットしてきた。
彼は、俺たち男子の間ではちょっとした英雄でもあったのだ。
「だけどよ。オドマってあんなに可愛いマンサが近くにいるし、天使組の例の優等生とも仲がいいんだろ? なのにどうして雑誌で興奮するんだ?」
「彼女たちはまだ子供だからね」
「おおっ! オドマ、お前大人の女が好きなのか! シャクティー先生とか?」
「シャクティー先生、いいよね……」
「あーっ!! また男子がいけない本を持ち込んでるー!! ちょっとちょっと男子ー!!」
「やべえ、ドナに見つかった!!」
サムは慌てて本を腹の辺りにしまいこむと、脱兎の如く教室から駆け出していった。
とんでもない逃げ足の速さだ。
あの男、身体能力だけはやたらと高い。
俺が彼を見送っていると、すぐ横までドナがやってきた。彼女は俺やマンサよりひとつ上。日本なら中学生と言う年齢だが、なかなかどうして、ふっくらした唇も色っぽく、プロポーションだって女らしく育ち始めてる早熟な娘だ。
「もう、ほんっと、男子って子供よねえ。天使のセクシーショットなんてどこがいいって言うのかしらね!」
ねえ、と同意を求めて俺を見るのはやめて欲しい。
俺だって心のなかには、まだまだ中学生男子を飼っているのである。
「あら、あたしはオドマは大人だと思ってたんだけど? いっつもクールじゃないのさ。クラスの女子たちにも色目は使わないしさ。なんか精神年齢高そうっていうか」
「そんなことはございませんよ」
ドキッとした。
中身はそりゃもう、三十年以上生きている東の島国の人間でございますよ。
徐々に俺の意識や記憶も、オドマのものと混ざり合ってきている気がするが、それでもまだまだおじさんとしての記憶はあるのだ。
「ほんとー? マンサったらさ、いっつもあんたの話をするのよ? オドマが凄いって。集落の井戸を改善したり、芋の栽培を誰よりも早く思いついて始めたりしたって。まあ、あたしはあんたたちがそんな田舎の集落からやってきたっていうほうが信じられないんだけどさ」
田舎というか、原始時代から近代へとワープしてきたような気分だよ俺は。
おや、そのマンサがいないじゃないか。
「そういえば、マンサは?」
「あれ? 授業が終わってトイレにでも行ったはずだけど……」
そろそろ予鈴が鳴る。
授業が始まるというのに、マンサのトイレが長い。
すっかり水洗便所の使い方をマスターした彼女は、既に文明人である。
女の子のお花摘みは時間がかかると俺も知ってはいるが、それにしても長すぎだろう。
ちょっと様子を見てくるか、と俺が教室を出ようとした時だ。
「たっ、たいっ、へんっ……!!」
メガネをずらしながら、肩で息をしつつ、ルーシーがかけてきた。
ちょうど扉を開けた瞬間にいたものだから、俺はびっくりだ。
スポーツは大変に苦手らしい彼女が、ふらりと倒れこむので、ここは俺が紳士的にその体を受け止めた。
痛い! 骨が当たった! ルーシーはもっと肉をつけるべきである。
「お、オドマっ……! マンサ、が、マンサが……!」
「落ち着いて。マンサがどうしたの? それを知らせるために走ってきたの?」
そう。ルーシーは走ってきたのだ。
誰よりも運動を嫌う眼鏡っこのルーシーが走るほどの出来事といえば、それは尋常ではない。
「どうしたのよルーシー。マンサがどうかしたの?」
「おっ、どうしたどうした」
「フッ、俺の出番かな」
ドナとボブとマイクが集まってきた。
近くにサムが潜んでいるだろうから、俺の仲間のグループが勢揃いというわけだ。
「マンサが、天使の奴らに、掴まって……! ジョナサンが、オドマを呼んで来いって……!」
「な、なんだってー!!」
なんて腐ったやり方をするんだ。
これが天使のやることかよぉ。
ルーシーが握りしめてきたのは果たし状だ。
あいつら、どうやらジブリールに知られる前に、バスタードのクラスに加わった生意気な奴である俺を叩きたいらしい。
「一人で来いとか書いてあるけど……なにこれ! あいつ最低!」
「オドマ、早く……! マンサ、クインビー達にひどいめに合わされているかも……!!」
「うおおお、羽つきどもめえええ!!」
女子たちに加わって、駆けつけてきたサムが瞬間湯沸かし的に切れて咆哮をあげる。
俺は考える。
前世で経験していた社会生活では、例えこういう理不尽なことがあっても、こちらから力で解決しようとすることはご法度だった。
権力が強い連中というのは、何かしら理由をつけて、こちらの抵抗を封じることができる。
反撃をして連中の不況を買い、懲戒解雇などされようものなら、社会人としては死である。
一般的会社員を自負していた俺としては、それは何よりも恐ろしかった。
だが、どうだろう。
自分が対象であればまあ、俺はいかようにも受け流せる。
それなりに前世では苦労したし、年も食った。無理な仕事はしたし、お陰でEDっぽくなったが、まあそれでも生きては来れたのだ。
だが……こう。
親しい誰かが俺のために、理不尽な目に合わされることになるっていうのは……初体験だな。
正直意外だった。
俺はちょっとどころじゃなくムカムカ来てるぞ。
「うん、じゃ、行ってくるよ」
「行ってくるってオドマ、お前一人でか!?」
ボブが行こうとする俺を止める。
「俺も連れて行けよ。少しでも時間が稼げれば、先生だって来るだろ。女子にはシャクティー先生を呼んできてもらうからよ。それに、俺がいれば連中が使う魔術だって、多少は壁になって耐えられるってもんだ」
「おおっ、ぼ、ボブ、お前いいやつだなあ」
「よせよ照れるぜ」
「よし、じゃあ行こう今すぐ行こうすぐ行こう!!」
「雑魚は俺たちに任せておけ」
サムとマイクが続く。
ドナとルーシーはうなずいて、
「すぐにシャクティー先生を連れてくるから!」
「うん、お願い」
だが、先生が来るまで天使連中を無事でいさせる気はないけどな。
大胆不敵にも、俺を待ち受ける連中は、フットボール場を指定していた。
なるほど、あそこならスペースもあるし、大暴れしても問題ないということだ。
「よし、みんな。ちょっと一発、羽ありたちにぶちかましてやろう!!」
「おう!!」
「おうとも!」
「よし!」
そういうことになった。




