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混沌とした体育の授業にガチ天使が舞い降りた

 入学早々である。

 体育の授業なのである。

 なんだ、カリキュラムは日本の学校に近いのだろうかと、俺が意外に思ったところでだ。


「スポーツの授業は、バスケットボールをやります」


 と来たものだ。

 ほう、本気だろうか。

 あれは球技の中では比較的格闘技だぞ。

 スポーツ担当の教諭は天使だった。だが、彼は何やら逆三角形の肉体をしており、気をつけの姿勢をしても両腕が脇につかないマッスルガイである。


「サハクイエル先生は天使だけど、俺たちを馬鹿にしたりしないぞ。あの人の評価基準は全てパワーだ」


 ボブがいらん情報をくれた。


「よう、アビスの猿ども! 雁首そろえて我ら天使に罰されるためにやってきたか!!」


 会場は学園の巨大な体育館である。

 俺とマンサが転入の挨拶をする暇も無く、朝のホームルームすらなく、突然俺たちは授業の只中に投げ込まれた。

 こいつはハードだぞぉ。

 そして体育館の天使側校舎からやってきたのが、傲岸不遜な雰囲気を撒き散らした、ブロンド長身の美形天使と、ウェーブがかったブロンドヘアのむちむちの美女天使を筆頭とした天使軍団である。

 なんだろう。

 生前に見たアメリカンハイスクールのドラマに出てくる、ジョックとクイーンビー、そしてその取り巻き達という印象である。

 対するこちらは、


「あ”ぁ”!? 生っちろい日照量不足のお野菜めいた羽付が何を言ってやがる!? 羽をむしってフライドチキンにして食うぞオラァ!!」


 一瞬で切れて怒声を響かせるのはサム。ずんぐりしていて筋肉質。瞬間湯沸かし器のような男だ。


「弱い鳥ほどよく吼える」


 腕組みをしてなんか自分でその辺りの板なんかを積み上げた高いところに立っているのは、王様っぽい雰囲気のマイクだ。

 これに、無言で向こうにガンをつけるボブの三人が、俺がここに来て早々仲良くなった連中だった。

 こいつら、プロレスを教え込むといいところまでいけるかもしれぬ。


「ねえジョナサン、あいつらの汚い言葉を聴いていると、私の耳までアビス色になっちゃう。早く黙らせてよね?」


「ああ、もちろんさシャルロット。今日こそ彼らに立場の違いを教え、生まれてきたことを後悔させてやるよ」


「きゃあー! ジョナサンかっこいいー!」


「ジョナサン素敵ー!」


「おいおいジョナサン、自分だけいい格好するんじゃないぜ。俺たちだってあの色黒な野獣は目ざわりだって思ってたんだ」


「害獣駆逐は貴いものの義務だよね」


 周りで騒ぐ色白な連中は、サイドキックスやプリーザー。つまり、学園におけるスクールカーストの頂点たる、ジョックのジョナサンとクイーンビーのシャルロットの取り巻き達というわけだ。


「お上品にバスケットなんてできると思う? あたしは思わないなあ。だってちょっと強く当たったら、白いきれいなお肌が真っ赤になっちゃうもんねえ?」


「フフフ、接触事故にご注意……!」


 うちの女子チームも負けてはいない。

 挑発するのはドナ。不適に笑うのがメガネをかけたルーシーだ。

 この二人はマンサと早速仲良くなった。


「うひゃあ……なんだかもう、すごく物騒な雰囲気だよ?」


「差別があるんだろうけど、差別される側も食い殺すつもりで逆らってるから凄いことになってるね」


 本日転入してきたばかりのマンサと俺は至って冷静なものである。

 見れば、天使のグループでも、改造ゴスロリ制服の黒髪の女や、ヒョロっとしたぶっといメガネの男は我関せずといった雰囲気。

 あちらにも色々あるのだろう。


 だが、概ね体育館の中に流れる空気は険悪で、何かきっかけがあれば炎上してしまうような状態だ。

 サハクイエル師はこれを見て、ニッコリ微笑んだ。


「オーケー! みんな闘志が漲っているね! 先生は嬉しいぞ! では今日も張り切って、限界まで肉体を使う喜びを味わっていこう!!」


 この人もずれている。状況を全く理解していないな。いや、理解しようともしていないな?

 かくして、混沌とした体育の授業か開始された。




「オラァ!!」


 ボールを受け取った天使側のサイドキックスに向けて、ボブが飛び上がって膝を叩き込む。


「ぐばあ!?」


 自分より一回りでかい相手に真空とび膝蹴りを叩き込まれて、そいつはボールを手放しながらぶっ飛ぶ。

 天使たちが血走った目でサハクイエル師を見る。

 師はニコニコ微笑みながら、セーフのサイン。

 うっそだろ!? あれは一発退場レッドカードだろ!?


「死ねえ!!」


 今度は場外から、クイーンビーが指先からのビームを放つ。


「ぐぎゃあああああ!」


 トムが腕を焼かれてのた打ち回った。

 バスタード側が血走った目でサハクイエル師を見る。

 師は厳しい顔をして、


「魔術はいけない。語るなら拳と肉体で語ろう」


 そう言うと、お咎めなしになった。

 この教師は無能だ。間違いない。


「ふっ、お前がアビスからやってきたって言う山猿か? わざわざ天使の世界に顔を出しに来るなよ、薄汚い奴!」


 ボールを得たジョックの前に俺が立ちふさがったら、こんなことを言いやがった。


「アビス人と同じ空気を吸っているなんて俺は耐えられないんだよ! お前らは天使の許可が無ければ、南アビスで息をする事も許されない事を理解するんだな! ”裁き(ジャッジ)”!!」


 いきなり魔術を使いやがった。

 しかも俺目掛けてビームを放ちながら、俺よりも大きな体で体当たりしてくる。

 アメフトか何かをやっているんだろう。堂に入ったタックルだ。


「オドマ!」


 マンサの叫びが響く。

 俺はシャクティー先生の魔術を見て、裁きの魔術はよく知っていたので、放たれた瞬間にスウェーでビームを回避した。

 ついで突っ込んでくるジョナサンに対して、起き上がりざまのフックをぶち込む。


「なんとぉーっ!?」


 ジョナサンのボールを弾き飛ばした。

 だがジョナサン、さすがは天使どものジョックである。すぐに気を取り直しつつ、背中に輝く羽を展開した。そこから光の奔流がジェット噴射のように出て、奴は高らかに跳躍、ボールをキャッチしながら上空で手のひらを床目掛けて突き出した。


「死ね!! ”拡散裁き(ワイドジャッジ)”!!」


 裁きの雨が床目掛けて叩き込まれてくる。

 なんてことをしやがるんだ!?

 俺のチームメイトが体を焼かれてぶっ倒れていく。

 天使側から歓声が上がった。


「やった! ジョナサン最高!」


「猿どもを殺せー!!」


 おのれ、加減を知らぬ奴。

 俺はちょっと怒った。


「何をするんだ! みんな怪我をするじゃないか!」


「アビス人なんかいくら怪我をしてもいいんだよ! 俺の親は南アビスの議員だぞ!? お前らが死んでももみ消してくれるさ!」


「おっ、なんか今ので本格的に僕は怒ったぞ」


 俺の体からはバチバチと音を立てて雷が漏れ出ている。こいつが裁きを弾いているのだが、調子に乗っているジョナサンは気づいていない。


「最後はお前だけだな! ”収束裁き(コンバートジャッジ)”!!」


「させるかよ、イグニッション!!」


 もはやバスケットボールの目的を忘れ、アビス人殺戮マシーンとなったジョナサンの腕から極太の裁きビーム。

 対する俺はイグニッションキーを召喚して、変形済みのファミリオンの腕を限定召喚する。

 稲妻を呼びながら青い鋼の腕が顕現し、


「ば、ばかなああああ!?」


 ジョナサンのビームを真っ向から受け止めつつ突き進む。

 そして一撃。


「ぎゃばあ!?」


 ファミリオンパンチを受けて、ジョナサンがぶっ飛んだ。

 天井にぶつかって落下する。

 空を飛んでいたせいで効果が薄いな。まだ生きてる……って、いかんいかん。俺までこの場の空気に染められているぞ。


「きゃー!? ジョナサーン!!」


「ちくしょうアビス人め! ひどいことしやがる!」


「許さんぞ蛮族め! 皆殺しだ!」


「いけいけ、殺しちゃえー!!」


「はあ!? 天使が仕掛けてきたんだろうが! バスケットしろよ!」


「全面戦争……!」


 ついにバスケットコートに、左右に控えていた天使グループとバスタードグループが飛び出してきた。

 大乱闘である。

 なんだ、なんなんだこの状況は。

 これはあれか。俺が何か雷でも落として状況を納めるしかない?

 しかし、ゴモラーを一撃で倒したあれを使うのもなあ。絶対この場にいる連中は全滅するしなあ。

 俺は悩みつつ、有効な手を打てないでいる。

 とりあえずマンサだけは保護。


「うん、戦争だねこれ。毎度こうなのかな?」


「概ね毎回こうなっている。幸い死者はない」


 サハクイエル師、あんたは止める立場だろ!?

 果たして、この騒ぎが極限まで拡大していくと思われた矢先だ。


「いい加減にしなさいな。”雨の召喚(コールレイン)”」


 涼やかな声が体育館に鳴り響き、突如、屋内全域に土砂降りの雨が降り注いだ。


「ぎゃー」


「きゃー」


「ひえー」


「うわー」


 天使もバスタードもアビス人も関係ない。

 みんな雨に叩き伏せられて、地べたに転がる。

 俺は体の回りに張った雷のバリアみたいなもので、こいつを防いでいる。マンサもバリアの中だ。

 サハクイエル先生はニコニコしながらこの中で普通に立っている。


 雨はすぐにやんだ。

 残ったのは、倒れてうめき声をあげる生徒たち。

 立っているのは、俺と、マンサと、サハクイエル師だけ。

 いや、もう一人。

 銀色の色彩が目に飛び込んだ。

 そこにいたのは、白銀に輝く翼を展開した、銀髪の少女だった。

 あれ?

 どこかで見たことがあるような……。


 彼女は伏せていた目を開く。

 深い青色の瞳が、俺を捉えた。

 そして、俺に向かって、


「久しぶりね。君ならきっと来ると思っていたわよ、サンダルフォン?」


 俺がこの世界に生れ落ちる原因となった、あいつの名を呼んだのである。

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