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文化の影にヒャッハー

 市場の一角で俺が大騒ぎを起こしたので、慌ててマンサとシャクティー先生が戻ってきた。

 とんでもない人ごみになっていて、簡単には近づけなかったのだそうだ。


「どうしたのオドマ!? ファミリオンちゃんが見えたみたいだけど」


 マンサは俺の愛車を何故かちゃん付けで呼ぶ。


「オドマくん、もしや、警察に遭遇しましたか? すみません。私がついていればこんなことはなかったのですけれども」


「うーん、なんだか随分柄の悪い人たちだったよ。僕の言う事なんか聞かずに捕まえようとしてきてさ」


「はい、警察は基本的に、治安を守る為の組織なのですが、犯罪者を捕らえるよりも犯罪者らしき無抵抗な人間を捕らえたほうが楽なことを知っていますから、賄賂などを贈らないと濡れ衣を着せられて逮捕されてしまうのです」


「なんですって。それじゃあ警察の意味がないじゃないか」


 これはひどい。

 大変民度の低い警察である。

 ニュースで見たどんな不祥事を起こす警察でもここまでひどくはないのではないだろうか。

 俺が驚愕していると、マンサが二の腕をつんつんつついて来た。


「ねえねえ。けいさつって、なに?」


「そうか、集落にはなかったもんな」


 俺も集落から出たことが狩りのときくらいしか無かったのだが、俺が外の世界のことを知っていることは当たり前としてマンサは捉えている。

 ということで、説明してあげるのだ。


「例えば、マンサが収穫した木の実があるとするだろ。ちょっと目を離したら、誰かがそれを盗んでしまった。そういう盗んだ奴を捕まえる仕事をするのが警察だ。あとは、みんなが悪い事をしないように見張る仕事だな。みんなが平和に暮らせるように、悪い奴を捕まえて、悪い事が起こらないように注意する人たちなんだ。本当は」


「ふうん」


 マンサは腕組みして首をかしげる。


「そのけいさつが悪い事をしたら、誰が見張るの?」


「鋭い。今話をしてるのはまさにそこだよ」


 警察は公共の安全保障機関であり、社会通念に対して悪である存在へのカウンターである。彼らが正常に機能することで、社会は自浄効果を持ち、健全に運営される。

 だが、その警察自体が腐りきっていたらどうだろう。


「私は天使の位階を持っていますから、彼らは私の言う事をよく聞きます。翼のユニットが無い人間は、いくばくかのお金を握らせる必要がありますね」


「おかねって、さっき先生が果物と交換していた、あのきれいな石だよね?」


「はい。あれよりも上になると、紙幣というものがあります」


 いやあ……。

 俺は、南アビスが文明的な町だと思っていたのだ。

 だがどうだろう。なんというか……警察が機能していない町って、文明的か? 文化的だろうか?

 どっちかというと、ここも内にヒャッハーなものを秘めているように思えて仕方ない。

 人種差別だってあるし、下手をすると、集落の未開ライフの方が平和じゃないか? いや、あれはあれで、疫病や部族間の抗争があるからな。飢えとの戦いもある。


「オドマ、難しい顔してる。あんまり額にしわよせてると、族長みたいなおじいさんになっちゃうよ」


 マンサは俺の頬を掴んで、むにっと広げた。


ひゃ()ひゃにをふる(なにをする)ー」


「こんな風に笑ってるほうが楽しいから! ほら、お腹もすいたし、先生がご飯ご馳走してくれるっていうから一緒にいこ!」


 彼女は俺の手を引っ張る。

 うーむ、今ばかりは彼女の楽天的な性格がありがたい。確かに、うんうん唸ってどうにかなることじゃないしな。一応心に留めておいて、後々可能なら、改善をかけていきたいところだ。

 そのためには、まず、腐敗と戦える権力を得られる環境に就職せねばな!

 そして就職する為にはまず勉強である。

 つまり、これから始まる学園生活こそが、俺の今後を左右するのである。



 立ち寄ったのは、割りと近代的なレストランだった。

 この世界、文明的なのか未開なのか、よく分からなくなる。

 少なくとも言えるのは、たとえ町の中であっても油断できないということである。


「ふぉー、こ、これおいひー!! な、なにこれー!!」


 マンサは昨夜のクリストフ邸でした食事は、マナーが気になって味などわからなかったようだ。

 今日の食べ物は、タコスである。

 厚めのトウモロコシ生地に野菜や肉を挟んで食べるのだが、この世界はどうやらトウモロコシが取れないようだ。何かモニュモニュとしつつも、粒が残った不思議な生地を使っている。

 だが味わい深い。

 しばらく、マンサは無言でタコスを頬張った。

 お代わりまでした。

 灰色の町は、あまり食事のマナーを気にしないようだ。

 みんな手づかみだったり、新聞のようなものを読みながら食っている。

 おお、新聞があるし、しかも読める奴が庶民にいるのか!

 案外教育レベルが高いんじゃないか。


「食べながらでいいから、聞いてください」


「ふぉい?」


「ふぉむ」


 俺も食べながらだった。

 いやあ、だって、久々のジャンクフードである。ジャンクにならざるをえない、料理かどうかわからないアビスの食事と違い、あえてジャンクにした食事なのである。

 これはたまらんよ。

 こいつを、炭酸で割った果汁を冷やしたやつという、なんとも文化的な飲み物でいただく。

 マンサの顔は、半分タコスのソースでべたべたである。

 しかし大変に満足した顔をしている。これを食えただけで、マンサは都会にやってきた甲斐があったというものだろう。


「オドマくん、マンサさん、絶対に一人では出歩かないでください。例え二人でも、大通り以外の道を歩いてはいけません。なぜなら、命の保証ができないからです」


「うんうん。なんか、そんな気がした」


 タコスを食べきったマンサが、ソースのついた指を舐めながら言う。

 マヨネーズソースだな、これは。


「さきほどオドマくんが出会った警察官は、この街のごく一般的な大人だと思ってください。もちろん、真面目な人もいますが、基本的には相手から奪うことに良心の呵責を感じない……というか、奪われる側の心情をを想像できない野蛮な方が多いです」


「まあ、それはメクト以外の集落と同じかな。でも、同族意識とかないの? 向こうだと同じ部族同志は、連帯感があったりしたけど」


「ありません。というのも、天使が入植して、南アビスは急激に文化的生活に染まりました。これは、バスタードやアビス人の皆さんがまっとうな道徳教育を受ける暇もなく、文明に取り込まれたことを意味します。文化に染まった野生の動物、くらいの気持ちで接するのが正しいでしょう」


「ほえー」


 おっ、またマンサの頭がオーバーヒートした。

 難しい言葉が連続したからな。

 後でわかりやすく教えてやらないと。

 しかしまあ、とんでもない世界である。

 文明的な道具を使っているだけで、アビスの人々も、南アビスの町も根本的には何も変わらないのでは無いか。

 むしろ、人間同士のつながりを断ち切ってしまった南アビスの方が、潜在的にはよりヒャッハーなのかもしれない。


「おいおい、随分ひでえこと言ってくれるじゃねえの」


「女子供だけで出歩くなんて、不用心だぜ! 何をされてもいいってことだよなあ」


 うわっ、いきなり出た!!

 超ドレッドヘアーに全身タトゥーのマッチョで無駄に半裸の巨漢と、スキンヘッドで全身タトゥーで無駄に半裸の巨漢と、その取り巻きらしい連中が俺たちのテーブルを囲んだのである。

 全員男である。

 奴らはニヤニヤとしながら、シャクティー先生の尻とか乳とかを眺め回している。ちなみに先生の肉付きは並より上である。

 タトゥー半裸巨漢二人は、マンサをニヤニヤ眺めている。うわー!! ロリコンだー!!


「失礼なことを言ったお詫びをして欲しいなあ。俺たちは傷ついちまったんだよぉー!」


「うへへ、キモチイイお詫びがいいなあ」


 だが、シャクティー先生は落ち着いて炭酸果汁を飲み干すと、ため息を付いた。


「ごらんの有様です。では、彼らに対する正しい対処方法をレクチャーしましょう」


 シャクティー先生による、実践ヒャッハー撃退教室が始まる。

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