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町と市場とポリスメン

 学校へ行くまでに一日猶予があるので、俺とマンサはシャクティー先生に連れられて、灰色の町の観光に出かけることにした。


「羽のある人たちがいる集落がきれいだから、あっちを見に行きたいな」


「マンサさん、それは大変危険なのです」


 シャクティー先生、真面目な顔である。


「どうして?」


「昨日のクリストフ氏のご自宅で、メイド長のバーバラ様を見ましたか?」


「うん、すっごい顔してこっちを睨んでたね」


「あの方は、純潔の天使以外が嫌いなのです。言うなれば、純血主義者ですね。彼女のような考え方を持つ人間は、白い都に大変多く住んでいます。そのため、マンサさんがアビスの集落から選ばれてやってきた人だといっても、彼らは悪意を持ってあなたを見るし、接する事になるでしょう」


「うわ、なにそれ。感じわる! 私何もしていないじゃない!」


「彼らにとっては、天使ではないものは悪なのです。そして、天使であっても、アビス人の血が混じっているものは汚らわしいもの。そのように考えているのです」


「うわー、何それー」


「どっちが未開だって話だよね」


 まあ、そうだろうとは思った。

 マンサも納得したようなので、俺たちは灰色の町の観光に出かける。

 本日はドライバーたるクロノスが休暇中とのことで、交通手段は歩きである。


「変わったものに乗ってみましょうか」


 すると、シャクティー先生が提案してきた。

 指差す先には、何やら見覚えのあるイラストが描かれた看板がある。


「あれ? なにあれ?」


 マンサは分かるまい。


「自転車ですかー。でも、マンサは乗れないと思いますよ」


「オドマくん、自転車を知ってるのですね、さすがですね。大丈夫ですよ。乗れない方もいることを考えて、特別な自転車があるのです」


 自転車屋では、レンタルも行なっているようだ。

 店の主人が引っ張ってきたそいつを見て、マンサのみならず、俺も目を丸くした。


「サドルが三つ!!」


「ペダルも三組あります。これで行きましょう」


 なるほど、真ん中にマンサを乗せて、漕いだりバランスをとる方は、俺とシャクティー先生で補うと言うことだな。


「なにこれ!? こんなの、乗ったら倒れちゃうでしょ?」


「マンサ、こいつは自転車って言ってな。スピードが出るとバランスがとれて倒れなくなるんだ」


「えーっ! 信じられない! こんなのが倒れないなんて!」


 百聞は一見に()かずである。

 俺と先生は、恐れおののくマンサを間に挟んで、ゆったりと走り始めた。

 おうおう、自転車なんて何年振りだろう。懐かしいなあ。


「きゃあーっ!? ひえーっ!! は、は、走ってる!? 走ってるー!! はやいはやいー!!」


 最初は初めての感覚に戸惑っていたマンサ。

 だが、頬を風切る感覚と、生身よりもずっとすべらかで速い走り。

 元々野生児たるアビス人のマンサ、すぐに慣れてしまったようだ。


「このペダルってのを踏むのね? 先生のやってる通りやればいい?」


「足を乗せてるだけでも動くから、それに合わせて漕ぐのを練習するといいよ」


 俺は目の前でふりふりと揺れる彼女のお尻を見つつアドバイスする。

 うーむ。仮にも思春期男子の肉体を持つ俺が、女性陣の後ろに位置するのはいかがなものか。本来は保護者である先生が後ろではないのか?

 いや、まさか、シャクティー先生ってスピードを出すのが好き?

 ……いやいや、まさかな。


「ははははは!! もっと速くなりますよ!! ついていらっしゃい!!」


「うわー! はやいはやーい!!」


 いかん!!

 この女性陣、比喩ではなくブレーキが壊れた自転車状態だ!

 自転車は灰色の町をビャーッという勢いで駆け抜けると、そのまま角をノーブレーキでギャギャーッと曲がった。

 ちなみに自転車のブレーキは、ペダルを逆向きに漕ぐ動作なのだが、うち二人が前のめりに加速だけを行なうのだからブレーキのかけようがない。

 俺は諦め顔で、せめて人を()いてくれるなよ、なんて思いながら運ばれていった。

 何度か危ない場面はあったが、奇跡的に誰一人跳ね飛ばすことなく、自転車は停車した。

 到着したのは現地の市場と見られる場所である。

 青空市場だ。

 あちこちに粗末な木製の屋根が設けられており、これが細い柱で支えられている。いつでも分解して撤収する事が可能な作りだ。


「ここが市場ですよ。いつもは早朝にやっているのですけれども、今日のような休日には、昼頃まで営業しています」


「きゅうじつ? それは、先生が言ってた、みんなが仕事を休む日のことよね?」


 アビス人は雨が降ったらお休みで、夕日が来たら寝てしまうハメハメハな生活をしているため、オンオフが大変ゆるい。休日をきっちりと定めて、決まった日に休むと言う考え方は馴染みづらいかもしれないな。

 マンサが疑問を感じたのは、そんな休日でも仕事をしている人間がいるのかということだった。


「休日に仕事をする選択は、彼らの権利なのです。南アビスは全て、人々の意思と権利によって運営されているのです。これが文化と言うものなのですよ」


「へえー。なんだか窮屈だねえ」


 朗々とシャクティー先生は演説したが、マンサには響かなかったようだ。

 先生、ちょっとがっかりしている。

 だがすぐに、店に並んでいる食べ物なんかで、二人とも意気投合してあれこれ言い合うようになっている。

 今夜の夕食について喋っているようだ。

 俺はと言うと、彼女たちの後ろでぼけーっとしているのもバカみたいなので、ぶらぶらと市場を冷やかす事にした。


「おう、兄ちゃん、こいつはどうだ? 上等なマリファナだぜ!」


「はあ!?」


 いきなり声を掛けられて、俺は驚いた。

 そんなもの、堂々と売ってるんじゃない!

 いや、もしかして、この土地では合法なのか……?

 首を捻る間にも、俺に声をかけてきたおっさんはその怪しい葉っぱをいかにして吸うか、どのようにトリップできるかを熱く語る。

 そうこうしていたら、ピリピリと甲高い笛の音がして、小笛を咥えた制服姿の男たちが走ってきた。

 おっさんは真っ青になり、慌てて逃げ出した。

 やっぱり違法なんじゃないか。


「おいお前、麻薬を買ったのか?」


「買ってませんよ」


「嘘をつけ! おい、こいつを連れて行け! 麻薬売りの一味だ!」


「おいおい、話を聞いてよ」


「ええい、つべこべ言うな!」


 どうやらこの地域のおまわりさんのようだが、何とも横暴である。

 俺の頭を、手にしていた棒でガツンと殴った。

 ちなみに俺の体のつくりだが、実は大変頑丈である。プロレスなんかをやるときは、攻撃を受けた分自ら吹っ飛んだりしているのだが、無意識の内に殴られたりすると素の頑丈さがあらわになる。

 俺を殴った棒が、金属音を立てて真っ二つに折れた。


「えっ」


「こ、この、抵抗する気か!!」


「抵抗も何もしてないって」


「ええいうるさい!! 応援を呼べ!」


 おまわりさん、応援を呼ぶ。

 どんどん制服の人が集まってきたぞ、うわあ。

 俺は前世でも、おまわりさんの世話になった事が一度もないのに、ここで冤罪で捕まってしまうのだろうか。

 ちなみに自転車の無灯火運転で止められた事はある。


「まあまあ、話せば分かる。ここは文明圏でしょう?」


「ばかな。バスタードやアビス人が話して分かるものか。殴って分からせねばならんのだ!」


「これはひどい」


 俺は対話を諦めた。

 分かった事は、とにかく混血やアビス人の評価は、大変低いと言う事だ。とにかく人間として信用されていない。いや、人間扱いされていないのか? それほどにヒャッハーだということだ。

 ちなみに、おまわりさんたちもバスタードなんだが……。


「では、僕も抵抗するんで。イグニッション!」


 俺はイグニッションキーを召喚すると、空間に生まれた鍵穴に差し込んだ。

 これまた久々に、ファミリオンが雷鳴と共に出現する。


「う、う、うわああああああああああ!?」


「あ、あ、アバターを自己召喚したあああああああ!!」


「て、て、天使ぃぃぃぃぃぃ!?」


 驚いたのは、登場したファミリオンを見て、おまわりさんたちがまとめて腰を抜かした事だ。

 これは集落の人々や、他の集落の連中よりも劇的な反応だった。

 こいつらは、俺がファミリオンを呼ぶと言う行為がどういう意味を持っているのか、知っている。

 最初に俺をぶん殴ったおまわりさん、卑屈な笑いを浮かべてもみ手をした。


「い、いやあ、天使の方だと存じ上げていれば、問題なかったんですよお。いやあ、バスタードやアビス人には危険な奴も多くてですね? ね? そのお、わたくしどもも辛いんですよお」


 南アビスの気温は高い。

 で、そんな中で制服だから、おまわりさんたちも汗をかいている。

 そんな汗だらけの顔で暑苦しく愛想笑いされてもなあ。


「分かったよ。分かったから、今度からは注意してね」


「は、はい! 寛大なご判断、感謝いたします! なにとぞ、なにとぞ上の方々には報告しないでいただけるとありがたく……」


「はいはい」


「ははーっ!!」


 うわー!! DOGEZAだ!!

 彼らは恥も外聞もなく頭を下げると、まるで蜘蛛の子を散らすようにいなくなってしまった。


「……オドマ、すっごい目立ってる」


「うん、やむを得なかった」


 マンサの言葉に、俺は肩をすくめた。

 うん、この世界、ものすごく面倒くさいぞ。

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