クリストフとの再会
タイタン号は南アビスの町へと何事も無く入っていった。
いやまあ、入り口には妙な検問めいたものものしい警備がされてたんだが。
その警備員? 兵士? そいつらは非人間的な顔をしていて、背中から光の翼を生やしていた。数は一対だ。
「こんな炎天下で外の仕事かあ。お疲れ様だね」
「いいえ、あれは天使でも人間でもありません。翼のユニットも持った人物の映し身を用いた、言うなれば魔術的な力で動く人形です」
「ほう……アンドロイド的な」
俺は顎をなでて呻く。
案の定マンサはわかってなくて、首をひねっている。
「えー? あそこにいるのに、いないの? 人間じゃないの? じゃあなに? オバケ? ひええ」
おっ、自己完結して怖がってるぞ、面白い。
「タイタン号は彼らアバターに記憶されていますから、素通りが可能です」
「随分ものものしいんですねえ」
「ええ。彼らは本来、必要がなかったのですが、入植開始時に現地住民との接触に失敗したそうです。船で外洋から来た天使を、新手の獣だと認識した現地人が、『ヒャッハー!』と襲いかかり、一般市民に深刻な犠牲が発生。その後、南アビスに入植した天使は現地人を人間未満の蛮人と認識、この警備体制を長年かけて確立しました」
「えっ、それって僕らも悪いんじゃないですか」
「そうですね」
「やあ大変申し訳無い」
「オドマくんが謝ることはありません。人それぞれです」
いやあ、とんでもない歴史があるものだ。
恐ろしい恐ろしい。
天使とかいう連中が俺たちに、野蛮人めいた印象を持つのもよく分かるぞ。
「まあ、初期は天使の側も、人間を肉体労働のための家畜化するために入植してきたのですが、思いの外現地人が野蛮で攻撃的だったので、ちょっと引いたといいますか」
「これはひどい」
俺の素直な感想である。
そんな会話をしているうちに、俺たちは南アビスの町の中である。
灰色の町と呼ばれる地域だが、話に聞いていたよりは随分整備されていて、見た目は綺麗である。
一見すると、公営団地が立ち並ぶ、規則的な町並みだ。
アビスの集落からは、一挙に文明が二千年くらい進んだように見える。
「ひえーっ」
マンサが目を回した。
「ここは、一般的に暮らすバスタードの方々の住まいです。ここより西には白い壁があり、そこからが白い都になります。私達の住まいは、城壁寄りの一軒家になります。まあ私の家なんですけれどね」
「先生の家で暮らすことになるの?」
「そうなります。この国では、ある程度の地位を持っていれば財産として家や衣類を配給されるのです。それから……まずはパトロンに会いに行きましょう。クロノスさん」
「あいよー」
南アビスの町は石畳じゃない。
なんていうか、これはアスファルトじゃないか? そうでなくとも、それによく似た物質で舗装されていて、凸凹が少ない。
今までとは打って変わり、静かな走りを見せるタイタン号。
団地の集まりを抜けると、庭付き一戸建てが集まった地域に入っていった。
見えてきたのは、白い大きな壁だ。
壁の上には鉄条網。
入り口らしき場所には、外部と町を仕切る境界とは比べ物にならないほどの守りが施されている。
つまり、明らかに格が違うようなアバターが存在している。
「ここから先は、生まれつき洗礼によって翼のユニットを与えられた、天使たちの住まいです。最低でも権天使級のアバターが守りを固めています」
だが、ここもタイタン号はフリーパスである。
なかなか権限があるらしい。
大体、このタイタン号はおかしい。
南アビスの町並みは、灰色の町から白い都に入っても、一見して二十世紀半ばくらいの町並みだ。
だが、タイタン号だけが明らかに二十一世紀に入ったかのようなハイテクぶりである。
具体的にはエアコンがある。サスはぐだぐだだが。
その印象は、白い都に入ってさらに強いものになった。
確かに、こちらにも自動車らしきものが存在している。
魔導エンジンというやつで動くそうだが、そいつらはどうみてもクラシックカーなのだ。
動きだってぎこちなく、実に遅い。
「ねえ、クロノスさん、なんかこのタイタン号だけ凄くないです?」
「え? そ、そんなことねえよ?」
なんかごまかされている気がする。
そして、目的地に到着である。
明らかに高級住宅街という場所で、俺たちは降ろされた。
その中でもそれなりに大きなお屋敷で、俺たちは迎え入れられた。
「オドマ様ですね。お待ちしておりました。こちらはお供のマンサ様でございますね。正直、現地の方でシャクティー様のお眼鏡に叶う方が現れるとは思ってもおりませんでした。どうぞ、お入りください」
出迎えは、執事の人だ。
ビシっとスーツを着てる。
こっちの町では、ワイシャツやスーツもちゃんと作られているのだ。
で、執事の人はどうやらバスタードだ。褐色の肌をしていて、俺とマンサには好意的な視線を向けてくれる。
屋敷の中を行くと、使用人やメイドの人たちとも遭遇する。
下働きらしい人は、みんな濃い肌の色をしている。
偉そうなメイド長が天使らしい。
そいつはなんだか嫌な目でこっちを見てるので、近寄らないことにした。
「やあ、オドマ! ようこそ南アビスへ!! 文化の溢れる都へ!」
大仰なアクションをしながら、クリストフは立ち上がった。
ここは応接室らしい。
座っていた彼は立ち上がるなり、両手を広げて近づいてきた。
うん、こういう動きは部族の中では無かったな。
なんというか、とてもアメリカンだ。
「見違えたよ。とても凛々しく成長した。君にとって、この都での経験が素晴らしい物になることを祈っている!」
「ありがとうございます、クリストフさん」
「ありがとうございます!」
マンサも一緒にお礼を言った。
「おお、君がマンサか。現地の住民でありながら、言語に対する類まれな順応力を示したという逸材だね。君は、我々天使とアビス人を繋いでくれる架け橋になるかもしれない女性だ。大いに期待しているよ!」
おいマンサ、何言ってるのこの人って顔をしてこっちを見るのをやめるんだ。
「明後日から、君たちは第三天使学院へ通うことになる。天使とバスタード、それぞれの生徒が通う人種の坩堝だ。そこで、君たちが優秀な成績を修め続けていれば、私は君たちに生活費と学費を保証しよう。シャクティーは君たちの教師であり、後見人でもある。何かあったら頼ってくれたまえ」
「はい」
「ふむ、挨拶はこんなところだろう。ではせっかくだ。文化の香りただようディナーでも、一緒にどうかね?」
なんか洒落た感じの物言いをされて、俺たちは南アビス料理を口にすることになった。
しっかしこのクリストフ。
一々文明やら文化やら口にするのは、俺たちを未開だ未開だって言ってるようなものだな。
まあ、俺もアビスが未開であることは否定しないが……さてさて、文明の都ってのもどんなもんか。
楽しみにしよう。
シャクティー先生から教わってはいたものの、食事マナーに苦戦するマンサをサポートしつつ、俺は明日からの生活に思いを馳せた。




