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文明都市、南アビス

 南アビスからの迎えは、オフロードカーだった。

 サスペンションはどうやら、俺の世界の車よりも劣るらしい。

 ガタガタガタガタよく揺れる。


「ううっ、お、おしりがいたいーっ」


 マンサが泣き言を言う。

 初日は、このとんでもない揺れのおかげで、車酔いが大変だったのだ。しかしそこは、強靭な肉体を持つアビス人のこと。すぐに三半規管が揺れに慣れてしまったらしい。そして今度は襲いかかるこの尻の痛みである。それなりに小休止を挟んではいるのだが。


「僕はエコノミー症候群が心配かも知れない」


 俺がつぶやくと、マンサもシャクティー先生も首を傾げた。


「はて。それは一体何でしょうか?」


「時々オドマ、そういう意味のわからないことを言うのよねえ」


 メクト集落にいた頃は、なんとかこういう現代文明的な言葉は出てこないで済んでいたものの、こうして文明的なものに触れると、思わず口をついて出るな。

 オフロードカーとは言うが、エンジンらしきものはガソリンを食ってるわけではないようだ。

 ドライバーをしていた、やはり褐色の肌の男が言うには、


「これは魔導エンジンというやつだよ。人口魔石を燃料にしてガンガン突っ走る。足りなくなったら俺らの魔力を継ぎ足すとまた走るんだ」


「おおー、それって便利だね。今度運転教えてよ」


「お前、おかしな奴だなあ……。アビスから来た奴は、大体コイツを見て目を丸くするばかりなんだが。そもそも、運転なんて知ってるのか、お前」


「ま、まあな」


 いかんいかん。

 この男はクロノスと言い、南アビスではそれなりに名の通った運び屋だそうだ。

 アビス人の血が混じった男だから、アビスの大地を移動するにも、現地人から違和感を持たれづらい。

 まあ、アビス人はヒャッハーな連中も大変多いので、違う部族の人間だというだけでMINAGOROSI(みなごろし)にする場合が散見されるんだそうで。

 で、クロノスの愛車、タイタン号は、そんな状況でも乗り越えられる能力を持っている。


「クロノスさん大変な仕事してるんだなあ」


「まあ、俺たち混ざり者(バスタード)は選べるほど仕事が無いからな。アビスとは違い、南アビスは仕事をしないと生きてはいけないわけだ」


 混ざり者とは、俺やクロノス、シャクティー先生のようなアビス人との混血のことを言う。

 羽あり達は自分のことを天使とか言っており、そうでないものを差別しているということだ。

 よくあるよくある。

 自分とは違うものを、理解できないものを差別して下に見るとか、人類の文明ではよくあったことだ。


「だが、色々学べることは多いと思うぜ。アビス人を南アビスに招くようになったのは、ここ数年のことだが、南アビスで学び得た文化を、アビス人が各部族に持ち帰ることで、大陸全土が文明化していく。そういうのを夢見てる連中がいるわけけだよ」


「ははあ。クリストフもそういう人なの?」


「有名な篤志家の一人だな。だがそういう連中も、俺らには理解できないノブレス・オブリージュで動いているに過ぎんぜ。奴らの中に俺たちやアビス人への差別が無いかというと」


 俺はクリストフのことを思い出す。


「ああ、あいつは差別する気持ちはあるな」




 南アビスへの道のりが再開した。


「なんだかさー、オドマは随分クロノスさんと仲良くなったのね。オドマもファミリオンを呼んだりできるもんねえ」


「オドマくんはクロノスさんと境遇が近いですからね。思うところもあるのでしょう」


 そういうマンサと先生も仲良くなってるじゃないか。


 タイタン号は丘を超え、森を駆け抜け、荒野を疾走する。

 素晴らしい勢いだ。

 サスペンションはイマイチと言ったが、悪路走破能力だけなら俺が知るオフロードカーとは比べ物にならない。

 揺れることを気にせず、恐るべきスピードを落とすこと無く、一直線に南アビスへと向かう。

 車内が涼しいのは、魔導エンジンが作りだす冷房のおかげか。

 俺もファミリオンに乗ってこうやって走れば、同じような効果があったりするんだろうか。


「なんか、見えてきたっ」


 マンサが声をあげた。

 俺はこの頃には助手席に座っていたから、後ろから身を乗り出してくるマンサが、ぎゅうぎゅうと俺を窓際に押し付ける。


「狭いっ、マンサ狭いっ」


「見えたよ! あれでしょ! あれが南アビスなんでしょ!」


 彼女が指差す先。

 そこには、真っ白な世界が広がっている。

 恐らく建物の一つ一つは白いというわけではないだろう。

 だが、泥をそのままではなく漆喰を、藁葺の屋根ではなく石造りを、そして白いペンキが塗られた町並みは、眩しい輝きに満ちているように見えた。

 あれが南アビスだ。

 文明のある場所である。

 否応なく、俺もテンションが上がってきた。


「基本的に、俺たちの拠点になるのは灰色の町(グレイ・シティ)だ。ここは俺たちのような混ざり者が住む町でな、まあ治安は良くないし景観もあまり良くは無いが……住めば都だぞ」


「あそことは違うの?」


 マンサの言葉に、クロノスはうなずいた。


「あれは白い都(ブライトポリス)。天使サマがたがお住まいになってる区画さ。綺麗に見えても裏を返せば真っ黒な、人外魔境だぜ」


「私も、白い都へ行くことはおすすめしませんね。どちらにせよ、天使の若者たちとは、学校で会うことになるでしょう」


「……? なんだか複雑なことになってるんだね?」


 マンサはイマイチ理解できなかったようだ。

 まあ仕方ない。

 恐らく、南アビスに住むようになれば、否応なく理解するんだろう。

 いやあ、楽しみ半分、そして面倒半分だぞ。

 一体どうなることやらだ。


 かくして、俺たちは南アビスへと到達した。

 いよいよ新世界での生活がスタートなんである。

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