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集落との別れと少年期の終わり

 また雨季がやって来た。

 この長い長い雨がやむと、いよいよ俺が南アビスへ旅立つ時がやってくる。


 俺はシャクティー先生の教えを受けながら、過去に習った学校の勉強を思い出していた。

 受けておくものだ、義務教育。

 こうして転生したあとも役立っている。

 この後、高等教育や大学での勉強成果が役立つ時が来るだろうか。

 世界の文明レベルを考えれば、俺はひょっとすると大変高度な教育を受けていることになるかもしれない。

 そうなれば、あれだ。

 南アビスでも就職する事になったら、有利ではないか。


「フフフ、未来はばら色かもしれないぜ」


「なあにオドマ、気持ち悪い笑いかたして。そうやっているとすっごく悪人みたいだよ?」


 すぐ横に立ったのは、俺のたった一人の勉強仲間、マンサである。

 十二歳を間近に迎えた彼女は、急激に成長を遂げている。

 背丈は伸びて、体つきもなんだか女らしくなってきている。

 南アビスの女性は、メクトのような肌もあらわな格好をしないというから、今から洋服を着る練習を始めたようだ。

 俺からすると、ややクラシックなデザインの洋装を身につけた彼女は、なんというか……とても文明的な娘に見えた。


「どう?」


 女性用のシャツにスカート姿の彼女は、くるりと俺の前で回転して見せた。


「おー! 見違えたよ。似合ってるんじゃないか。マンサは手足が長いから、洋服を着るとかっこいいなあ」


「えっ、本当!? うふ、うふふ、むふふふふー!」


 君こそ笑うと知的なイメージが崩れるぞ。


「オドマだっていいじゃんいいじゃん。すっごく似合ってる」


「そ、そうか?」


 俺もくるりと回ってみる。

 俺は開襟シャツにスラックス。らしくもなく革の靴を履いている。

 なるほど、こうやって見ると俺の脚も長いんだな。恐るべし、人種の力。


 そうそう。

 伸びたのは足だけじゃない。

 マンサはママンと同じくらいの背丈になっているし、俺はもう、ママンよりも大きい。

 小柄な大人の男くらいの身長だ。

 ちなみに俺と同年代のバーコは、もう大人と変わらない身長だし、他の同年代の連中も今までなかったくらい体格がいいらしい。

 これは俺が思うに、マロ芋の栽培に成功し、安定して栄養のある食べ物を食べられるようになったためではないか。

 狩りに失敗しても、とりあえず芋はあるので、男たちもリラックスして狩りに挑むことができた。

 これによって、狩りにおけるおかしな失敗が減り、さらには体格の増した俺たちの世代が加わって戦力も増強された。

 この辺りの集落では、メクトの若者たちは飛びぬけて体つきがしっかりしている。


「あらあら。やはり私の思ったとおりですね。お二人ともお洋服が大変似合っています」


 集落における洋服着用者代表、シャクティー先生がやってきた。

 彼女は郷に入らば郷に従えと、集落の女たちに近い格好をしていたのだが、今は洋装である。

 南アビスから取り寄せたものに、久々に袖を通したそうだ。


「シャクティー先生も素敵! やっぱり先生は洋服が似合いますね」


「ありがとうございます。マンサさんも初めてだとは思えないくらい、洋服を着こなしていますね」


「はい。でもなんだか、布地はすべすべしていて薄いし、とっても軽くて、なのに腰のところをギュッと締め付けてくるから不思議な感じです。あれ、オドマは何履いてるの?」


「靴だよ。南アビスではみんな履いてるんだ」


「へえー」


 メクト集落周辺では、基本的に裸足である。

 足の裏は硬く鍛えられており、ちょっとした小石程度なら踏みつけてもなんともない。

 さらに、毒虫などが生息する森に入る時は、草を編んだ草履みたいなものを履く。

 どちらにせよ、これほど足をすっぽり覆ってしまうものなど身につけないのだ。


 俺たちが互いの洋服姿を見せ合っていると、バーコまでやって来た。


「お、お、お前らなんてカッコしてんだ!? それって羽ありたちがやってるカッコじゃんか!!」


 目を見開いて驚いている。


「そうだよ。俺たちはもうすぐ南アビスへ旅立つからな。こうやって文化的な服装に慣れておかなくちゃいけないってわけさ」


「むう、むずかしい喋り方しやがって。オドマはいいけど、マンサまでいっちまうのかあ」


「そうよ。私もオドマと一緒に学校に通うの。私は言葉を扱う能力が優れているんだって。すっごく賢くなって帰ってくるからね」


「うおお、寂しい、寂しいぞお俺はー! マンサは俺の嫁にしようと思ってたのに! 考え直してくれよ! マンサは俺にとって乾季のヌーくらい大切なんだよ!」


 うんうん、お前がマンサを好きな事は知ってたけど、でもバーコはあちこちの女の子に同じようなくどき文句を言ってたよな。


「なあに、安心しろバーコ。俺たちは南アビスで文明を学び、この集落に持ち帰ってきてやるよ。お前もきっと、俺たちが勉強しにいった事に大切さが分かるようになるぞ」


「そんなの分からなくていいぞ! おいオドマ! 勝負だ! 俺が勝ったらマンサはもらうぞ!」


「なにぃ。じゃあ俺が勝ったらどうなるんだ」


「マンサはやる」


「あのー、私の意思は……?」


 なんだか俺にとって何も得がないような話である。

 だが、これも旅立つ前の大事なイベントだ。

 俺はバーコの挑戦を受けることにした。



 集落の男も女も、子供もじじばばも集まってくる。

 雨季は家に閉じこもる事が多く、娯楽が少ないのだ。

 だから、俺とバーコの対戦は大変歓迎された。

 久々に、四角い敷地の四隅に棒を突きたて、蔓を張る。

 雨季のほんの僅かな晴れ間に行う、久方ぶりのプロレスだ。


「これは……レスリング……? いえ、でも私が知っているものとは少し違うような気がします」


 南アビスにはレスリングがあるのか。

 まあ、広義のレスリングではある。


「俺はオドマに勝って! マンサを妻にする!」


 バーコが勝手に宣言した。

 おおーっ!! と大人たちが盛り上がった。

 そうだな。俺たちもそろそろ結婚しておかしくない年齢だ。

 マンサは何やら微妙な笑顔を浮かべている。

 レフェリーとして参加するのは、俺たちと同年代の男。

 そいつが俺にもコメントを求めてきた。


「俺はバーコを下し、チャンピオンのまま南アビスへ留学する!!」


 おおーっ!! と大人たちも子供たちも盛り上がる。

 とりあえずチャンピオンという概念は俺がこの集落に定着させた。

 すなわち、集落で一番強い奴、である。


「させんぞオドマ!」


「ははは、胸を貸してやるぞバーコ! 俺がこの一巡りの間、勉強しかしていなかったと思うなよ!!」


 レフェリーがヌーの頭蓋骨を石で叩いた。

 コーンと間抜けな音がする。

 これがゴングだ。

 俺とバーコ、互いに進み出て、腕を上げてがっしりと力比べの体勢だ。

 手四つというやつだな。

 パワーで言えばバーコ。俺を恵まれた体格でぐいぐい押し込んでくる。

 俺はこれを受けながら、膝を突き、あたかも体勢を崩されたようにアピール。


「オドマー!」


 マンサが悲鳴をあげた。

 バーコがにやりと笑う。

 俺は不意に脱力し、力を入れ続けていたバーコを懐に誘い込んだ。


「うおおっ!?」


「お前はいつまでも猪突猛進だな!」


 引き込みながら、バーコを肩に載せるようにして転げ落とす。


「くっそ!」


 すぐに立ち上がるバーコ。

 俺が体勢を立て直す前に、突進してきた。強烈なショルダータックルが俺を襲う。


「うおっ!」


 ウェイトの差はどうにもしがたい。

 俺は吹っ飛ばされる。

 地べたを転がりながら、なんとか蔓の前で止まる事ができた。


「おらおらおらああ!!」


 駆け込んできたバーコが、連続して蹴りを繰り出してくる。

 蹴って、踏みつけて、そしてまた蹴って、という按配だ。

 俺はこいつを耐えながら、バーコがとどめとばかりに高く足を振り上げた瞬間、地面に身を横たえながら転がった。


「隙ありだ!」


 両足でバーコの足を挟みながら、巻き込んで回転する。


「ぐわーっ!!」


 バーコが転倒した。

 ここから猛烈なグランドの取り合いである。

 伊達に長年俺とプロレスで対決してはいない。

 バーコは立ち技と寝技で、幾つもの技を俺から吸収している。まあ、プロレス以外で使い道はあんまりないんだが。

 膝十字固め、グランドスリーパー、キーロック、足四の字固め……技をかけては外され、掛けられては外し、激しい戦いの末、互いに肩で息をしながら立ち上がる。


「これで、決めるぜ!!」


 バーコが全力で飛び込んでくる。

 凄まじい速度だ。一瞬、ヌーの突撃に匹敵する速さだっただろう。俺の居をつき、そのまま腕を取って俺を蔓に振る。

 俺は蔓にたたきつけられるようになるが、ここでお約束として戻らねば話にならない。

 蔓に掴まってバーコまで戻らなくてもいいが、そんな卑怯な戦い方で奴に勝ったとして、バーコは満足するか? 否である。俺が今決めた。

 俺はあたかもロープに振られて戻っていくかのように、蔓の反動を演出しつつバーコへと駆け戻る

 バーコが、分かってくれたか! と嬉しそうに笑う。俺も笑った。

 奴が俺に向けて、筋肉の盛り上がった腕を叩きつけんと差し出す。

 俺のフェイバリットで決着をつけるつもりか。面白い。

 だったら、俺も応えねばなるまい。

 俺もまた、この一巡りの間鍛え続けていた腕を、真横に突き出した。

 互いの首を、顔面を、全力で振りぬかれた二の腕が殴打する。

 俺たちは凄まじい衝撃に、互いに宙に浮いて、そのまま背中から地べたへ落下した。


 おおおおおおおお!!

 歓声があがる。

 興奮した連中がヌーの皮と骨で作った太鼓を叩いている。

 シャクティー先生はもう、蔓から顔を覗かせてかじりつくように見入っている。

 マンサは……と思ったところで、顔にぽつりと雫が落ちてきた。

 あー、雨か。


 雨は一気に強くなり、地面をたたき始める。

 蜘蛛の子を散らすように、みんな家に逃げ帰ってしまった。

 残された俺とバーコ。

 天を仰いで雨を受けながら、


「オドマ……お前はさすがだぜ……! 南アビスから帰ってきたら、俺はもっと強くなってるからな! その時また挑戦する! あっちでも誰にも負けるなよ……!」


「おう! 俺は無敵だからな……!」


 グッと、倒れたまま互いの手と手を握り合った。

 木陰のマンサはそんな俺たちを、呆れた目で見ながら、


「男ってバカなんだから」




 かくして、俺たちの旅立ちの時がやって来た。

 南アビスには自動車のようなものまであり、そいつが迎えにやって来た。

 集落の連中は総出で俺たちを見送りにやってくる。


「オドマ、元気でね」


「ママンも病気するなよ」


 俺はママンとハグしあって互いの安全を祈る。

 マンサも、家族と抱き合っている。

 バーコと俺は視線を交わしあうだけだ。もはや言葉は必要ない。

 バニおじさんに、狩りのリーダーのおっさん、族長、レフェリー、口伝のばあさん。

 たくさんの人に見送られながら、新たなる生活が始まる。

 向かうは一路、南アビス。

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