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マンサの思わぬ才能

 隣で寝ていたシャクティー先生が起き出す気配がしたので、俺も目を覚ました。

 彼女は何やら一人で外に出て行くと、集落の入り口に向かっていく。

 俺はこっそり跡をつける。

 まだ日が昇ったばかりの早朝だ。

 何をしようというのだろう。怪しいと言うか、純粋に興味がある。


「ええ。家にも、集落にも一切。おそらくあの結界(バリア)を割った雷霆(らいてい)は別の存在ではないでしょうか」


 何を話し合ってるんだろう。

 というか、村の外側に誰がいるらしい。

 しばらくすると、会話が終わったようだ。

 シャクティー先生が戻る気配があったので、俺も急いで家に取って返した。

 家に帰るとママンは熟睡中である。

 この人は一回眠るとなかなか起きない。

 俺がママンの横で寝た振りをしていたら、シャクティー先生は帰ってきて、そ知らぬ顔で横になった。

 彼女は俺の家庭教師というだけじゃなく、何か目的があるようだ。




「では、今日は文字の書き取りをしながら、一音ごとに当てはめていきましょう」


 おお、懐かしい。

 書き取り練習なんて小学校以来だろう。今ではその頃の記憶もぼんやりしていて、よく思い出せない。

 大半が、アビスですごした幼少期の記憶に塗りつぶされていっているのだ。

 これは、俺の現状……転生とでもいうのだろうか? それをしたことにより、幼少期を二度過ごすことになっているわけで、肉体が記憶のつじつまあわせをしている……ような気がする。よくは分からない。


「むむう」


 眉にしわをよせて、マンサが炭を握っている。

 目の前にあるのは、シャクティー先生が用意してくれた木の板だ。

 薄く削った板をノート代わりに使うことで、炭で書き込むことができる。

 割とアビス的には画期的な道具ではないだろうか。

 だが、聞いてみたら南アビスにはちゃんと紙が存在するそうだ。

 こちらに持ってくるには嵩張るし、日光に弱いそうなので木の板を現地調達しているそうな。


「マンサさん。始めは慣れないかもしれませんが、まずは文字の形を指先で記憶していきます。言葉というものは、集落の皆さんが普段接しているよりもずっと奥深く、広い世界を有しています。これは、まず、言葉の形を知ることで広大な世界の入り口に立つ事ができるのです」


「よ、よくわかんないけど、つまりこれをかけるようになったら賢くなれるってことだよね?」


「おお、マンサ鋭い。大体そんなとこ」


 シャクティー先生のちょい複雑な言葉を、簡単に要約したマンサ。

 さすがは口伝を学んでいる子だ。言葉と言うものの扱い方や、ニュアンスの捉え方が鍛えられているんだな。

 マンサは何故か、むふーっと鼻息を荒くして笑顔になった。


「そお? 私って実は才能あるのかも!」


 まあ、あるとは思う。

 俺はと言うと、文字の書き取りは昔取った杵柄だ。記憶が曖昧でも、魂みたいなものに書き取りの動作というのは染み付いているものらしい。

 さらさらと卒なく書き込んでいく。

 しかもこの肉体はまっさらな子供のものである。

 書いて、それをシャクティー先生が発音して、俺たちが繰り返す。

 何やら、見る見る話し言葉と書き言葉が結びつき、体に染み込んでいく気がする。

 それはマンサも一緒で、元から言語に(たずさ)わる家系の娘だ。

 十一歳から文字を学びだしたとは思えないほどの速度で、読み書きが上達していく。

 ひと月もすると、俺もマンサも、文字が大きな薄い本なら苦もなく読破できるようになっていた。


 これは、英語を学ぶのとはちょっと違う気がするな。

 この世界の言葉は一つしかない。

 だから、俺が知る限りにおいてだが、この言葉を表現する文字も一種類しかない。

 今まで話してきた言葉が形を持つことを知る。これが文字の勉強である。

 日常の延長にある作業だから、するっと身についていく。


 シャクティー先生が席を外している時でも、俺とマンサで教科書代わりの木の板を持ち寄り、読みあわせをした。


「どう? 私も結構うまくなったでしょ」


「うん、俺はちょっとマンサを見くびっていたかもしれない。正直すごいわ」


 マンサの上達振りがすごい。

 ひと月前には読み書きできなかった娘が、今は本を読み、文字を書き、心なしか語彙(ごい)も増えてきた気がする。

 前はなんというか、てにをはが怪しかったところがあったが、今では言葉遣いに知性を感じるようになった。

 俺はと言うと、前世の記憶があるわけでいわばチートだ。過去の記憶や学習体験が勉強を手助けしてくれるのだから。

 その俺に近いくらいの文字習熟度なのだから、マンサはちょっと普通ではない。

 本当に才能があるのだろう。


 俺たちは木陰で、地面に文字を刻む。

 最近はじめたのは、問題を出し合うこと。

 話し言葉を書き、これを文章として正しい言葉遣いに直す。


「あーうー! く、悔しいー! これはなんでオドマのほうが上手いのー!」


 うむ、これは俺の圧勝だった。

 伊達に前世で大学出てないからな。

 触れてきた勉強の量が違うぞ。俺はかつてなんちゃってSEだったが、プログラミング言語なんかも順序が大事だからな。言うなれば、正しい言葉遣いに直す作業は俺は元プロだ。

 むしろ、そんな俺に追随してくる十一歳のマンサが凄いのだ。


「うぐぐ、負けない……! 今度は負けないんだからね!」


 この負けん気と熱意。

 そのうち追い越されるかも知れない。


「マンサさん、素晴らしい伸びです! これほどの才能を持った子供がオドマくん以外にもおられたなんて……! 教育者冥利に尽きます」


 シャクティー先生もべた褒めである。

 マンサは先生をライバル視しているが、褒められるといやな気はしないようで、ちょっと得意げだ。


「これなら南アビスに行っても大丈夫だよね! ちゃんと読み書きもできるようになってるし!」


「ええ。それどころか、マンサさんも学校への入学を許される可能性が出てきました。いえ、必ず入学させます。教育者としてマンサさんに学びの機会を与えない事は、天が与えた才能への冒涜です!!」


「おおっ、シャクティー先生が熱い!」


 いつもクールな美女かと思っていたら、内に秘めた教育者魂が燃え上がる熱血の人であった。


「よっし、がんばるー!!」


 マンサも燃え上がった。

 いや、俺はともかくとして、マンサがもしも南アビスの学校に入学できるようになったとしたら、それってとんでもない快挙なんじゃないのか?

 よし、俺もマンサをサポートする事にしよう……。

 何もかも順調かと思われたのだが。




「では、続いて数学を教えていきましょう……!」


「あっー」


 やってきた新たな敵との戦いが、今まで十まで数えられれば御の字だった集落暮らしのマンサを襲う!!

 うわー、これは新しい概念だもんなー。

 頑張れマンサ!

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