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女の中に男が一人

 シャクティー先生が我が家にやって来た。

 彼女は族長宅から出る際に、その金色の翼を引っ込めて見せた。

 

「出し入れできるもんなんですね」


「天使の羽ですね。これは外部ユニットなのです。それぞれの人間が所属する階級を表します。私は第六位の主天使となります。有色人種では、相当上位の地位ではないでしょうか」


「ほほー」


 受け答えが大変理性的である。

 すらりと背が高く、足も長い。

 小麦色の肌だが、アビス人の標準よりは体色が薄いため、なんだか儚げな美女と言う印象だ。


「むうーっ、天使ってなによー」


 さっきから、俺の腕にしがみついてシャクティー先生を睨んでいるのはマンサ。

 何を対抗意識を燃やしておるのか。

 先生はそれを見てニッコリ。

 大人の余裕である。まあ、アビス人の十一歳の女の子にライバル視されたところで、このエキゾチックな美女は気にしないことであろう。


「このアビス大陸に入植してきた人種の自称です。『翼のユニット』を所有する全ての人間は天使なのです」


「随分と俗なんですね。神に仕えるとかしていないんですか?」


 あんまりと言えばあんまりな話だと思った俺。思わず突っ込んだ。

 そうしたら、今まで余裕だったシャクティー先生の表情が強張った。


「オドマくん。それは、一体誰から聞いた知識ですか? アビス人は天使と言う概念を知らないはずです。ましてや、神の不在など……」


「まあ、僕はほら、神の子なんで」


 ここは集落のみんなからの呼び名に乗っかっておこう。

 転生した話をここでしたら、きっとマンサが凄く食いついてきて面倒くさい事になる。


「なるほど……。創造神オニャンコポンの申し子という噂は本当なのですね……。ですがオドマくん。その通称は南アビスでは口にしないほうがよろしい。かの土地では、アビス大陸で唯一、異質な法則で物事の全てが動いていますから」


「異質、といいますと」


 なんとなく分かっている。だが、俺はあえて聞いてみる。

 シャクティー先生は真面目な顔をして言った。


「『神はただ一つ。我らが主のみ。数多の神を僭称する偽神は、神の子らを惑わす悪しき魔の物。悪魔である』」


 おおー、一神教だこれ。

 つまり、南アビスは俺が過ごしてきた、この未開で原始的で、時間がゆっくり流れていくスローライフな世界とは全く異なっているということだ。

 恐らくは、俺が前世ですごしてきたあのギスギスとした社会に近いのではなかろうか。

 まあ、それはそれで郷愁をそそられないでもない。


「うーっ! 何はなしてるんだか分かんない!! もっと分かるように話してよー!」


 口伝を司る女の血筋であるマンサは、同い年の娘の中では一番頭がいい。

 だが、恐らく高等教育を受けてきているであろうシャクティー先生の話は難しすぎるようだ。


「いいですよ。そのためには、あなたも勉強をしないといけませんね」


「わたしはマンサ! あなたじゃないよ!」


「はい、マンサさん。あなたにも、天使の学問をお教えしましょう」


「え、なんで? 南アビスに行くのは俺だけなのに?」


 そうすると、シャクティー先生は微笑んだ。


「一人だけ、同郷のものを召使として連れて行くことが許されています。あの地で暮らすためには、最低限の学問は必要になりますからね」


「えっ!? 私オドマと一緒に行けるの!? やったー!!」


 召使だぁ!?

 な、なんというか、話の端々から、天使ではないものを見下そうとする文化の香ばしいにおいがするぞ。


「あら、すっかり打ち解けたみたいね。これから一緒に暮らすんだもの。よかったわ」


「アジョアさん、オドマくんは本当に利発な少年ですね。とても、アビスの大地で育ってきた子とは思えません」


「ええ。オドマは自慢の息子ですから。はい、つきました。どうぞ」


 ママンが我が家の入り口にかかっている、草を編んだ垂れ幕を持ち上げた。

 二人くらい同行者が増えての帰宅である。


「オドマ、南アビスの女なんかにだまされたらだめよ。絶対あの女、信用できないんだから!」


 マンサが耳打ちしてくる。

 この対抗意識は一体どうしたことか。


「マンサは心配しすぎだと思うよ」


「心配しすぎじゃないの! だってだって、わけわかんないこと言うし、なんかオドマを見てるとき目つきが変だもの!」


「あれは僕が、知らないはずのことを知ってて興味深いーって言う、マッドなサイエンティストな目だよ」


「んもう! オドマまでわけのわからないこと言う!! はっ! あの女もわからないことを言うから、も、もしかして二人はお似合い……!? あわわわわ」


「うわー、マンサおちつけー! 自己完結するなー!!」



 ということで、シャクティー先生が我が家にやってきて、さらにはマンサが毎日通ってくるようになった。

 二人で並んで、シャクティー先生に勉強を教わるのだ。



「いいですか。私たちが話している言葉は、この全ての音に形が定められています。これを目に見える形で書き記したのが、文字です」


「モジ? あ、オドマが書いてたのと同じだ」


「オドマくんの文字は、私も初めて見るものでした。これは複雑な形をしていますね……これほど線が左右に揺れている形を再現するのは難しいでしょう」


 あ、それは俺の字が汚いだけです。


「僕が考えた文字です」


「教えられる前から、既に文字を知っていたのですか!? しかも、自ら考案して作り出すなんて!! 素晴らしい!! オドマくんはなんと規格外なのでしょう!」


「だめー!! オドマにちかづくなー!!」


 うわー!

 左右からシャクティー先生とマンサに挟まれて大変な事になった!

 大岡裁きってこういうことなんだな。

 ……あれっ!? も、もしやこれって、前世でついぞ経験していなかったモテ期ってやつか!?


「こほん。気を取り直して、勉強を続けましょう。私たちは、天使であっても、アビス人であっても、変わらぬ言葉を話しています。天使がアビス大陸にやってくる前から、世界は同じ一つの言葉を話していたのです」


「あー、バベルの塔がぶっ壊されなかったんだな」


 するとまたシャクティー先生がギョッとした顔をした。


「ば、バベルと呼ばれるそれは、権能を有したまま空飛ぶ大地に持ち去られ、そこで破壊されたと言います。替わりに空飛ぶ大地では言語が分かたれ、アビスの大地は一つの言葉で統一されたままなのです」


 世界の言語が一つしかない。

 これはなかなかショッキングな話だった。

 典型的日本人の俺としては、英語なんか中学英語レベルで、単語を羅列するばかりだ。

 海外なんて行ったことも無かったし、道で外人に話を聞かれても、アーとかウーとかしかいえない有様だ。

 それが一つの言語だったとしたら、いかに楽な事だろう。


「残念ながら、アビス大陸では多くの語彙(ボキャブラリ)が失われています。文字を失い、口伝という文化のみに頼った結果、よく使われる言葉のみが残り、複雑な言葉が失われたのでしょう。文字の存在は、これら一般的ではない言語を書きとめて残しておく役にも立ちます」


「難しい話をしているのね。はい、これは差し入れよ」


「おっ! バプの実!」


 バプの実を輪切りにしたやつが差し入れされた。

 ママンは大変気が利く。

 これは硬い果皮の中に甘酸っぱい果実が詰まった果物で、アビスではそれなりに高級なおやつなのだ。


「私も一緒に聞いていい?」


「どうぞ」


 シャクティー先生は快諾した。

 そしてバプの実を一口食べて、


「うひゃ、すっぱぁい」


 美女は酸っぱい顔をしてても美女なんだなあ。

 かくして。

 俺は三方を美女や美少女やママンに囲まれて勉学に励むのである。

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