18日目 夕焼けの詩
忘れ物を取りに行くため、僕はいつもの部屋に向かった。
部活が無いこの学校では、部室の変わりに多目的ルームなる物が存在する。
行ってしまえば部室と同じだが、より的確に言えばサークル・ルームに近いかもしれない。
僕らはその一室を好き勝手に使っているのだ。
「チャルメラ~チャルメラ~変幻~していく~」
自作の歌を歌いながら部屋に入る。
夕暮れの部屋の中は、予想通り誰もいなかった。
「おおっ」
思わず僕は唸った。
夕日の光が部屋を染め上げている。
オレンジに沈んだ部屋は、どこかモノトーンのようにも見えた。
まるで別世界のような雰囲気に当てられ、ぽつると呟く。
「すごっ。何かファンタジーみたいだな……」
「何が凄いのかしら?」
後ろから話しかけられた僕は、即座に振り返った。
そこに居ないはずの人がいた。
絶対零度の視線を持つ女、冷蔵子さん。
なんでこんな時間にまで居るんだよ、と嘆くも現実はシビアである。
「いや、なんかさ、凄い夕日だと思わない? こんなに綺麗な夕日珍しいよ」
「埃が多いんじゃないのかしら? 大気中のゴミが多いと、夕日が赤くなるそうよ」
……この人は、何でこう夢が無いんだろうか。
夕日を見て感動する僕。
それを嘲笑うかのように、冷蔵子さんは冷ややかだ。
まあ彼女が熱くなる方が珍しいのだが。
どこか物悲しいオレンジの光線が、僕と冷蔵子さんの長い影を作る。
夕日に照らされた彼女の長い髪は、まるで金糸のように輝いていた。
う~ん……ここだけ切り取れば、まるで映画のワンシーンだ。
なのにどうしてドラマチックな展開と無縁なのか。まあ役者が僕と冷蔵子さんだからか。
愚にもつかない事を考えていると、ふいに彼女が口を開く。
優美な形をした彼女の唇は、深い陰影のせいか妙に生々しく見えた。
「そんな事より。気になる事があるのだけど」
「な、何かな?」
ちょっとドキドキしながら僕は答えた。
ドラマ? ドラマが始まるのか?
このノリの悪い冷蔵子さんですら、夕日の魔力に魅了されたのか?
「チャルメラ~チャルメラ~って、何?」
「ぶっ!!!」
思わず僕は吹き出した。
聞かれてたのかよ! 誰にも聞かれて無いと思ったから歌ったのに!
何て説明すればいいんだ。
僕の背筋を、だらだらと脂汗が流れた。
「自作の歌だよあっはは~」なんて素直に言った日には、
僕はそのまま家に帰って泣くかもしれない。
そして思い出の一ページとして、二度と今日と言う日を思い出さないようにするのだ。
……嫌だ。こうなったら誤魔化すしかない。
どうする? どうする? どうする?
時間は刻々と過ぎていく。
どう言い訳すればいいんだ? ええいクソッ、上手い誤魔化しが思いつかない!
こうなったらいっそ、窓から大ジャンプしてそのインパクトで誤魔化そうか?
「結構、可愛いところがあるのね」
冷蔵子さんが薄く微笑みながら言う。だが今はそんな事は関係無い。
この部屋は二階にある。二回から飛び降りて無事で居られる可能性は?
無い無い、絶対に足を挫く。最悪折る。だが心を折られるよりは……マシだろうか?
「私、君のそういう所嫌いじゃないわよ」
穏やかな夕日に包まれた部屋の中。
優しく微笑む冷蔵子さん。
そして、窓から飛び降りる事を真剣に検討する僕。
非日常はささやかに続いていた。




