2話
主人公が暮らす国──帝国には、下界と呼称される、人間を管理するエリアが各地方に点在している。
人間は基本、下界でのみ生活することを許され、そこで管理されている。
広大な敷地に設けられた加工場と研究施設を始め、労働者達が住まう長屋で平面的に広がる景色は、排気されて立ち込める黒煙で色褪せている。
他方、高々とそびえ立つビル群から、都市のシンボルとなっている天まで届かんとする電波塔。まるで勝者として敗者を睥睨するかのように開発された、魔族達が居住する中央都市は、魔族らの繁栄をこれでもかと示唆している。
両エリアの堺に、下界を取り囲むように建てられた巨大な防壁がある。
その防壁は魔族の都市へ侵入する人間の防止は勿論、防壁に内包されるギルドの運営も担っている。
防壁の上部──ギルド最上階にある執務室のような一室に、ギルドの長が煙草を片手に書類へと向き合っている。
「ふむ……」
笑顔という表情があまりにも似つかわしくないであろう面に反し、彼の内心は僅かに高揚していた。
書類には一人の人間のオスの写真と、個体情報が記載されている。
人間の名前はジュウ。
平凡な人間との間に誕生した平凡な人間。
外見も他の人間と比べても、大して麗しいとも言えない凡夫。
一応、このオスは冒険者としてダンジョンに潜っているのだが、本来このスペックだと食肉用(その他)行きの可能性もあった。
「にも関わらず、だ」
特筆に値する長所も見られないジュウではあるが、やけに依頼の達成率が高い。
低難度から始まり、中・高難度のクエストまで難なくと言っていいほどに、このオスはこなしているのだ。
今回の依頼もそうだ。
「エイリアンにテラー」
どれも、冒険者とはいえ一介の人間には到底敵うはずのない難敵。
本来であればパーティーを組んで攻略するのが定石であるが、ジュウはソロでそれを成す。
平凡な人間ではまず有り得ない出来に、ギルドマスターはこのオスに些かの興味を抱き始めていた。
「"特選"ではなかろうに、よくやってる」
ダンジョンに潜り、クエストを達成する才能のある人間は、冒険者としての役割を与えられる。
冒険者は普通の人間と比較し、知性に大した差はないが膂力は、一般の魔族──ここでは、平和な日常を過ごす市民を指す──にも劣らない性能をしている。
そんな冒険者の更に上の、まさしく天賦の才を授かったとしか考えられない人間の個体を選別し、特別な技術や知識を詰め込む、実験的な教育を施した人間──これを"特選"と呼ぶ。
"特選"はとにかく人間という種族との一線を画している。
知性も膂力も、一般の魔族を遥かに凌駕し、戦闘に特化した魔族の兵士をも軽々上回る性能を有している。
現在の"特選"の数は五。それらはダンジョン攻略は無論、要人の警護や魔族軍への従軍など、与えられた技術と知識を活用して様々な役割を仕事として与えられている。
つまるところ、限定的にではあるが魔族と同等の権利を有している。
比較的容易に魔族領へ足を運べる"特選"に、他の人間は羨望と嫌悪が入り交じる感情を抱いている。
「やはりリストにも名前は無しか」
"特選"の情報リストに記載されていないことから、ジュウは単なる冒険者となるが、冒険者としてジュウの成績は一線を画している。
資料によると、ジュウが現在装備している品は、軽量な小手や胸当て、そしてオーソドックスな鉄製の剣。
どう考えても、高難度のクエストをこなしている人間の装備ではない。
人間を家畜として扱う魔族とはいえ、法の下に人間を管理している為、適正の装備を支給しているはずだ。
流石に力も体力も、人間を遥かに上回る魔族専用の装備を支給することはできない。
にも関わらず、ヤツは易々と敵を屠ることができている。
それを裏付けるように、納品される素材の質があまりにも高い。
剥ぎ取られた部位の断面、素材の表面には一切の傷も無く完璧に処理されている。
ジュウは回収部位に攻撃を与えることなく、弱点のみをピンポイントに、そして最低限の攻撃で敵を始末している。
馬鹿げている。
ヤツは魔族ではない、人間だ。それに大したスペックも持たない凡庸の家畜。
そんなものが一体どうやって高難度の依頼を達成できるのだ。
そんなものが一体どうしてソロで生き延びることができているのか。
「ザザ」
ギルド長は傍に控えている秘書へ声をかける。
秘書は返答の代わりにこちらへ視線を向ける。
「ジュウを特別任務へ差し向けろ」
ギルド長の言葉に秘書は訝しむようにやや眉を顰め、それから了解したと黙礼する。
「ヤツを試す、それ以上でも以下でもない」
秘書の心情を取り繕う訳では無いが、一応として言葉を付け加えておく。
暫くの様子見も検討したが、やめた。少ないリスクに思考を割くのも馬鹿らしい。
特別任務と銘打っているが、大した危険はない。
それに万一危険があったとしても、家畜が一匹だ。死んでも痛手はない。
人間は確かに貧弱であるが、生存能力には目を見張るものがある。
現に魔族に支配されている今日も、家畜としての立場を与えられながらしぶとく生き続けている。
今は大半が食肉としての価値しかないが、国は密かに人間の兵力としての登用を思案している。
冒険者や"特選"もその一環で、少しずつその計画は進んでいる。
ジュウへの特別任務はもしかすると、この計画を大きく進める機会なのかもしれない。
「楽しみだな、少しだけ」
ギルド長は仏頂面に似合わない笑みを作ってそう言った。




