1話 上
ちっ、クソだ。クソが蔓延ってる。クソが口癖になりそうだなクソ。そういや癖の強いもの食ったばかりだからかなクソが 。ははは。はは、ははははは。まあ、わりと元気です。
帰宅後の主人公によるぼやき。
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冒険者という職業は危険である。言うまでもない。そしてこれも言うまでもないことなのだが、ダンジョンという魔窟もまた危険である。
「この内容でお願いします」
冒険者ギルドの職員にクエスト用紙を渡し、これを受理。クエスト開始だ。
……ふむ、まああれか。やはり説明が必要か。
世界各地にはダンジョンがある。ダンジョンを攻略する者を冒険者と言い、ダンジョン内でとれる資源の納品依頼をクエストという。そのクエストを管理する機関がギルドである。
大方想像のつく話だろう。雑駁に言えば王道の設定通りだ。しかしこの国では他とは少々異なる点もいくつかある。それは必要があれば都度説明しよう。
ということで早速ひとつ。簡単に言うと、この国内のダンジョンでとれる資源は全て国が所有するものであり、また、ダンジョンの探索は人間の義務のひとつである。
これは魔族が上位者としての権威を示す為の法であり、人間という家畜を労働力として機能させる為の法である。
魔族から見た人間という生き物は、人間にとっての馬や牛、豚のような家畜であり言葉が通じる分馬や牛よりも使い勝手のよい、繁殖も容易な便利な生き物なのだ。
前提として魔族は人を食う。正しくは、人"も"食う。それを踏まえて、この国での人間の役割は大きく三つある。労働力として、愛玩動物として、そして食肉用(その他)として。
ダンジョンに潜るだけの力のある者がまず労働力として選定され、力はないが容姿に優れた強運を持つ者がペットとして愛でられ、最後に残った大多数の人間が食肉やら繁殖やら生物実験やらで地獄行き──大多数と言ったが、大体八十パーセント程が食肉用(その他)送りである。
素晴らしい。敗者の末路である。
そして俺は栄えある労働力……つまり冒険者に選ばれ、日々国へ資源を捧げている。
「納品期限に遅れないよう精々励みなさい」
冒険者を管理するギルド職員はもちろん魔族であり、物腰丁寧で可愛らしい人間の女が受付してくれるなんて、そんな夢とも思えない夢は創作物にでも委ねるしかない。
「承知しました」
文字通り下等生物を扱うような態度で対応する職員に、いつもの事だとなんら不満を覚えることもなく謙った態度でこちらも応える。
ギルド内の雰囲気はなんというか、大袈裟に言っても活気に溢れているとは言いにくい。
それもそうだろう。血気盛んな輩が揉め事を起こしたとなれば、その場で即躾という名の暴力が振るわれる。揉め事はご法度。中堅による新米冒険者への洗礼も、飲酒による乱痴気騒ぎもない殺伐とした空間である。
能力に見合ったクエスト分配と報酬、ギルドが提供する味を度外視した栄養重視のマッドな質感の飯、そして能力低下による冒険者引退──この場合は食肉用(その他)行きとなる。
割とディストピア感漂う我が職場。それはもう、冒険者というより隷属兵に近いのではないだろうか。
ギルドから徒歩二時間ほど歩いた後辿り着いた先、そこには如何にもな洞窟がある。
これがダンジョンである。
都市開発が進んだ現代においても、国が所有するダンジョン周辺は、自然保護やらなんやらの関係で開発の手をあえて加えていないらしい。ヒトに厳しく環境に優しいこの現状。なんとまぁ、結構なことだ。
普段眠気覚ましとして愛飲している飲料を飲み干し、歩き続けたことによる疲労をある程度回復させた後、いよいよダンジョンに潜る。
「ええと、先にエイリアンを……っと」
本日のクエストはエイリアンの触手五本及びテラーの目玉三つ。
早々に片付けられそうなエイリアンを探していたところ、目的の獲物はアッサリと見つかった。
宇宙人グレイの次に想像し易いであろうクラゲ型の宇宙人。そう、まんま成人男性ほどの大きさをしたデカイクラゲである。尤も、このエイリアンというモンスターは宇宙人とは全く関係ないらしく、見た目のまんまつけられた名だそう。
ならクラゲでいいじゃんという正論は野暮である。
「さてさて終わりと」
割とこのダンジョン内では雑魚であるためアッサリと討伐し、一体から獲得できる本目的であるエイリアンの触手五本、完了。
相手の攻撃や防御、それらへの対応は、描写するにも値しない。
次はまあまあ面倒なテラーの目玉三つ。
テラーは恐怖心を駆り立てる不気味な見た目と、物理攻撃が効かないのは仕方ないとして、一体から獲得できる目玉の個数がランダムなのだ。
「こりゃハズレか」
物理攻撃が効かない以外がふわふわとした説明となったのにはそれなりのわけがある。
「チィ……」
目の前に現れたテラーがこちらの様子を伺っている。無数のネズミから成る頭部を持ち、身体はそりゃもう立派な巨漢。気持ちが悪い頭部から発せられるチィチィという鳴き声だけは不思議と可愛らしくある。
もっとも、その体躯と冒険者から鹵獲したであろう大剣を携えた大変迫力のある姿は決して無視できないのだが。
「……チィ」
俺への観察を終えたのか、どうやら狩れると判断したようで、テラーがこちらへ迫ってくる。速いし怖い。しかも、こんななりして物理攻撃が効かないという無茶苦茶ぶり。そしてどうやら本人は、その大剣と己の剛腕を存分に発揮し俺を屠らんと張り切るのだから、理不尽も極まれりだ。
「はぁ、はぁ……割と時間食ったな」
それでもまあ、なんとか討伐するわけだが。
この個体から獲れた目は一つ。やはりハズレ個体である。大量のネズミの目はあれど、それはネズミのものでありテラーのものではない。
テラーというのは物理攻撃が効かないということと、恐ろしい見た目という以外に、明確な区切りが設定されていない。つまり、分かっている特徴以外は千差万別に過ぎるということだ。
それから、テラーには倒す事で、特有の赤い美しい目玉を身体のどこかしらから取り出せるという稀有な特性を持つ。
生きている状態では『こいつがテラーだ』という判別が難しいから、とりあえずぶち殺して判別しましょうというのが極論であり、持論でもある。
一般に、冒険者がテラーを探す際は、己の恐怖心をセンサーとし、それに引っかかる獲物をテラーとして恐怖とともに挑むというのが現在の主流とされている。
というわけで今回の相手からドロップした目玉は一つだけ。ドロップ率より死亡率の方が高いのではないだろうか。
雑魚で尚且つ複数の目を落とす個体が当たりとなるが、どうも俺の運は悪いらしい。
「ふぅ、」
自分の不運にため息が出る。
先程描写するまでもないと言ったが、一応これまでの戦いを軽く振り返っておこう。なに、大したことはしていない。
エイリアンは持ち込んだ普通の鉄製の剣で触手攻撃を切って伏せて捌き切り、テラーにおいては恐らく頭部と火が弱点だろうと経験から予想をつけて魔法による攻撃したまで。
ああ、伝え忘れていたし伝えるまでも無いかもしれないが、この世界にはちゃんと魔法があるのだ。
「んじゃ、戻ろうか」
説明の合間に別のテラー(強敵)も討伐し、目玉も何とか獲得出来たため、帰路に着く準備を始める。
そこでふと、背後から呻くような絞り出すような、そんな声とも言えないような音が微かに鼓膜を震わせた。
ずるずる。ずるずる。
引き摺るような音も加わる。
何かが、何かを引き摺っている。
ずるずる。ずるずる。
中々半端ではない恐怖と共に、ゆっくり振り返る。
ずるずる。ずるずる。
引き摺る音ははっきりと聞こえるようになる。が、それと反比例するように微かな呻きのような音はもう聞こえてこない。
ずるずる。ずるずる。
影が見えた。やはり何者かが何かを引き摺っているようだ。何者かとしたのはその影が人型で、サイズも常人に収まる程の大きさのそれであったためである。
ずるずる。ずるずる。
角が見えた。ぐるぐると巻かれた角。
ずるずる。ずるずる。
頭が見えた。山羊の頭。二足歩行するその成りは人間を家畜とし睥睨する存在。それが何かを掴んで引き摺っている。
ぼとり。
肉。
「まあ、どうせこれはもう引退に近い損傷してたしね」
山羊頭が何事もなさそうに言う。
独り言なのか。はたまた俺へ語りかけているのか。
「ねぇ君」
どうやら後者だったようだ。真ん丸の眼で俺を捉えて離さずしかし穏やかな口調で呼びかけられてしまえば、応えるしかない。
どうして魔族がダンジョンなんかに……ターキーシュートであろうか。しかし今時そんな野蛮な行為をするやつはいるだろうか。
湧いてくる疑問を一旦振り払い、とりあえずこちらから挨拶せねばと口を開く。
「これはこれは。如何されましたか、魔族様」
人間では無いが、共通の言語を話す異形の頭は……魔族のそれである。
なるべく何ともなさそうな口調と表情を気合いで作り、傍から見れば微笑みすら浮かべているであろう余裕さを取り繕う。
そんな様子を、大して面白がるでもなく、山羊頭は落とした肉を俺の方へ蹴り飛ばす。
「召し上がれ」
言って山羊頭は、横に伸びる瞳孔をねっとりとこちらへ注ぐ。
ああ、気持ち悪い。召し上がる側が一体なにをほざく。




