第71節 街道の探索と戦闘 その2
フィリップさんの表情の理由を知ります。
僕らが再び大地に降り立った時には、フィリップさんもそばに着いていた。
フィリップさんは、あたりの惨状を見回し、暗い顔で僕らに訊いた。
「これは、魔物の大群に襲われたのか。すまない。私の判断ミスだった」
「いや、なんだか、なんとかなりましたから、もう大丈夫です」
「申し訳ないが、向こうに来てくれないだろうか。カール達がやられたんだ。これも私の判断ミスが招いたものだ。とにかく来て欲しい」
どういうことだろう。フィリップさんの顔が暗いのは、それのせいなのか?僕は凄く不安になってきた。凄く気になる。
「わかりました。行きましょう」
僕らはフィリップさんの後に付いていった。
道は、南側の山に沿って続いている。僕らは西に向かって歩いている。道は左に曲がっていた。先が見えないので、不安が更に募るばかりだ。フィリップさんは、先程から無言で、歯をくいしばっているようで、話しかけにくい。普段全く感情の読めない人なのに・・・
そのまま先に進んでいると、急に視界が開けた。丘のようになっているところ一面に白い花が咲いている。エーデルヴァイスだ。広場のような丘の上の真ん中に、二人の戦士が立っていた。双子の盾職、クレメンスさんとコンラートさんだ。なんだ、無事じゃないかと安堵するが、近寄るうちに、見たくない光景が目に入ってきてしまった。
二人の足元には、四人が並んで寝かされていた。皆んな胸の前で手を組み合わせている。
え?もしかして。僕は駆け寄り、四人を見た。青い顔、動かない胸、触れるとまだ温かいのに。そんな、どこも怪我していないのに。なぜ?
「奴らは毒の霧を撒いたんだ」フィリップさんが、声を振り絞るように言った。
そんな。僕は四人の遺体を順番に見た。
「コンラートやクレメンスは、綿入れの上に鎖帷子、そしてヘルムを被っていたので、毒を吸わなかった。私は奴らの後ろに回り込んでいて風上だったので吸わなかった」
カールもアレクシスも、今回の遠征では、ヘルムを被ってこなかったし、鎖帷子の口覆いを外していたんだ。まさか毒霧を使うなんて想定していないからな。あと一人倒せば終わりだったのに。
僕は一番外側に寝かされているクラウディアさんの傍に跪いて、顔を覗き込んだ。綺麗な顔をしている。この前、手作りのご飯をご馳走になったよね。美味しかったよ。ヘルマンさんが悲しむだろうね。次はアポロニアさんだ。笑顔が素敵だったよね。笑うと歯の隙間が気になってつい見ちゃうけど。良い人だった。そして全てを神様に捧げた人だった。
僕は立ち上がり、アレクシスさんの側にいった。口は悪いけど、優しい人だった。意外と信心深い人で、こっそりと祈っているところを何回か見たよ。
そして、僕はカールさんの傍らに跪いた。僕はカールさんに会わなかったら、多分飢え死にしてたよ。凄く良い人だった。皆んなで同じ未来を見ていたのに・・・僕は悲しくて、とても悔しくて、溢れ出る涙を止めることができなくなった。神様、あんまりです。寄る辺のない僕を庇ってくれたいた人を、一度に4人もお取り上げになるなんて・・・
僕は、せめて彼らが天国に行けるように祈ろうと思った。僕にできることは、何もないけど。
キリエ エレイソン (主よ 憐れみたまえ)
クリステ エレイソン (キリスト憐れみたまえ)
キリエ エレイソン (主よ 憐れみたまえ)
パーテル デ チェリス デウス (天の父である神よ)
すると、この祈りの聖歌を知っていた、フィリップさん、盾の二人、そしてクリステが答唱を歌ってくれた。
ミゼレレ ノービス 私達を憐れんでください
これは諸聖人の連禱という伝統的な聖歌だった。ご復活の前夜や、司祭の叙階式など、大事な時に歌われるものだ。ずっと色々な聖人の名前を呼んで、我等のために祈って下さいと歌っていく。今はもうこれしかない感じだった。
聖マリア 我等のために祈り給え
聖ミカエル 我等のために祈り給え
全ての天使と大天使 我等のために祈り給え
よく覚えていたなと思いながら、次々と聖人の名を呼んでいく。とにかく長い聖歌だ。途中から例の青い痣が熱くなってきたが、構ってられなかった。
全てを歌い終わっても、彼等を失った痛みは癒されないだろうと、思いながら、僕は悲しくて、まだ溢れ出る涙を拭きもせず、最後の一節を歌い終わった。
そして、皆でアーメンと。
僕は、誰かが目の前に、居ることに気づいた。光り輝く何かだ。それは、恐らく天使だった。エメラルドの羽を広げて空中に浮かんでいる。光り輝く鎧を身につけ、剣を帯び、金色に輝く盾を持っている。
その天使と思しき人は、美しい声で言った。
「私達の主は、仰せになられた。
私は激しく心を動かされ、憐れみに心を焼かれた。
我が名はミカエル。死者を天に運ぶ者。
主は、我に命じた。
これらの者を天に運ばず、涙の谷に溺れる者たちの手に返してやるようにと」
ああ、この人が大天使聖ミカエルだったのか。なんだか以前にもお会いしたことがあったような気がするけど。
聖ミカエルは、歌うような美しい声で、倒れている四人の名前を呼んで、こう言った。
「さぁ、いつまでも寝ていないで起き上がりなさい。
私を遣わした方を、共に讃美し、偉大なみわざに感謝しましょう」
大天使聖ミカエルは、そう言うと、全身から眩い光を発し、その光の中に溶けるように消えていった。
全員が動けないでいた。しかし涙の泉は乾き、悲しみの谷は、底をついた。
僕らは、奇跡を目の当たりにした。カールさん達四人は目をあけたのだ。そして、長い溜息を吐くと、再び呼吸を始めたのだ。
カールさんが、上半身を起こした。周囲を見回している。他の三人も上半身を起こした。
「あれ、カール、オレ達はどうしたんだ?」
「ねぇ、さっきまでお花畑に居たわよね。ここも綺麗だけど、あ、コンラート、クレメンス、どこにいってたの?探したんだよ」クラウディアさんが変なことを言っている。
「使徒様、あ、フィリップ様、もしかして私達、死にそうになってたんではないですか?」アポロニアさんは、鋭いね。でも惜しいよ。死んでたんだ。まぁ、今は黙っておこう。
「クリスタちゃん、そっちにお弁当入っているんだ。お腹ベコベコ。お昼にしましょう?」
流石クラウディアさんだ。蘇生して、すぐにご飯とは。気になるけど、死んだらお腹減るのかな。
カールさんが変な顔をしている。何か訊きたいことがあるようだ。
「フィリップ様?」
フィリップさんは、無言でカールさんの方を向いた。目が真っ赤だ。
「あれ、使徒殿も、皆んないないと思ってたら、皆んな目が真っ赤ですよ。あの時、フィリップ様が魔道士の後ろに回り込んで、やっつけようとしているところで、なんか黒い霧を魔道士が口から吐き出して、それに包まれたまでは覚えているんだが、ああ、頭が痛い。そしたら、俺達四人だけ、お花畑に飛ばされて、三人を探してもいなくて、しかも出口が無くて焦ったんだが」
「・・・カール、いいか?よく聴いて欲しい。君達四人は、死んだんだ」
「え?」カールさんだけでなく、他の三人も驚いた顔をしている。
「と言うことは、あのお花畑は、死者が通るという場所だったんですね」アポロニアさんが納得した表情を見せた。
「さっき、死にそうになって気を失っていたのかと思いましたが、ということは、どうやって生き返ることができたのでしょう」
「嘘でしょ?私、コンラート達を探してずっとウロウロしてたんだよ」
「おい、双子?それ本当なのか?」
皆んな同時に喋るから、収拾がつかないよ。
咳払いをしたフィリップさんが、皆にいった。
「説明するから、黙ってきいてくれ。あとで質問を受けるから。いいかな?」
皆んな首を縦にふった。フィリップさんは、少し間を開けて話し始めた。
「・・・さっきも話したが、四人は、あの黒い魔道士が吐き出した毒霧を吸って即死したようだ。魔道士は、私が刺したら、他の剣士同様、消えてしまった。恐らく悪魔の作り出した生き物だろう。何故、魔物であるゴブリンと戦っていたのか不明だ。盾の二人以外が息をしていないことを確認し、蘇生を試みたがダメだった。申し訳ない。
私は後ろに残してきた二人のことが気になり、すぐに戻ることにした。盾の二人に、ご遺体をそこの丘に運んでくれと頼んでね。
私が街道を戻ろうとすると、二人がいたところに、彗星が落ちて行くのが見えた。確認できただけで9個はあった。実は物凄い爆発と振動で、腰が抜けたんだよ。しばらく動けないで、立ち上る炎や煙を呆然と見ていたよ。格好悪いだろ?聖書にあるそどむやゴモラを滅ぼしたものと同じだと思ったが、神の怒りが二人に向かうはずはないし、思ったより限定的な感じだったので、気を撮り直して、またふたりのところに向かったんだ」
フィリップさんは、目を伏せ、少し考えてから話を再開した。
「皆には謝らなければならない。今回、私はいくつもの間違いを重ねてしまった。
まずは、少人数で斥候とおもったが、それが良くなかったし、オットー達が、来れないのに強行したのもダメだった。済まない。戦闘馬車で派手に走った方が良かったのだろう。
話を戻すが、私は二人の子供も失ってしまったと思った。絶望したよ。全て私のせいだとかんじた。とりあえず、確認のために街道を進んだが、二人が空中空高く浮かんでいるじゃないか。私は少し安堵したが、そうなるとこの惨状は、一体なんなんだと気になって仕方なかった。
あちこちの地面に爆発で穴が開いているし、ゴブリンだったような、千切れた死体が燃えて燻っていて、臭かった。状況的には、使徒殿がまた恐ろしい技を使ったとしか説明できない状況だった。
私は二人が助かったと喜ぶのもつかの間、自責の念にかられて、落ち込んだよ。先に分かれて進んだのも誤りだし、背後から大群が来ていることも気づかなかった。あれは、黒い奴らと戦うための援軍だったんだな。悪魔軍も一枚岩でないということだろう。
ともかく、もしかしたら、カール達が生きかえっているんじゃないかと一縷の望みをいだいてね、二人を連れて戻ったんだ。まぁ、夢は脆くも消え去ったがな。戻ったら、綺麗に四人が並べられているのを見つけた。クレメンス、コンラート遅くなったが礼をいいたい。ありがとう」
フィリップさんは、一旦話を止めて、大きく息を吐いた。
「ここまでで、何か訊きたいことがあるか?」
「で、どうだったんですか?俺達は?」アレクシスさんが訊いた。
「二人を連れて戻っても、四人は、ニシンの塩漬けのように、見事に死んでたよ」
何人かが笑った。
「いや、本当に落ち込んだよ。そしたら、使徒殿がみんなの顔を覗き込んで、おもむろに諸聖人の連禱を歌い始めたんだよ。自然にね。不自然だけど、双子もクリスタちゃんも答唱を歌うから、私も歌ってしまった。久し振りだったが、歌えるものだなぁ」
カールさんが尋ねた。
「じゃあ、その聖歌で俺達は生き返ったんですか?」
フィリップさんは、ニヤと笑った。
「いや、驚くなよ。あの長い聖歌を歌い終えた直後に大天使聖ミカエルが出現したんだ」
四人は驚きの表情をしている。フィリップさんはつづけた。
「ご自身でそう名乗ったんだ。そして、神様の言葉を教えてくれたよ。
聴け、戦士たちよ。私達の主はこう仰せになった。
・・・私の心は激しくうごかされた。憐れみに心を焼かれたってね」
「それはホセア書にある聖書の言葉と同じですよ」アポロニアさんが興奮している。
「そうだったのか。次に、ミカエル様は四人の名前を呼んで、起きろって言われた。そしたら、皆んな目を覚ましたように生き返ったんだ。驚いたよ」
「すごいね。使徒殿」クラウディアが僕をまっすぐ見て言った。
なんか尊敬の眼差しみたいでくすぐったいよ。なんだか急にお腹が空いた。グゥーとお腹が鳴った。
「そうだ、お弁当にしましょう?」クリスタが言った。
「そうだな、すまん。またミスるとこだったよ。頼む、荷物を下ろしてくれ」
それから、僕らはエーデルヴァイスに囲まれながらお弁当を食べた。
美味しかったよ。明星亭の特製弁当。
カールさんが、ボソって言った。
「うまい! やっぱり最大の調味料は空腹じゃなくて、即死することだな」
皆んな大笑いした。アレクシスさんが、じゃまた死んでみるかって笑いながらカールさんに絡んでた。フィリップさんは、目を細めてその様子を嬉しそうに見ていた。
いかがでしたか、2話続けて、殆どチートでしたね。
諸聖人の連騰、聖母マリアの連騰とか、好きです。皆さんもようつべで探してみてください。
リタニ―という名前で検索すると、ラテン語のグレゴリア聖歌が聴けますよ。
次話は明日の予定です。宜しくお願いします。




