第71節 街道の探索と戦闘
突然ですが、フィリップ様がやってきて、当然のように、以前から計画していた街道の探索に出ることになってしまいました。
次の日、朝からフィリップさんが来て、塩街道から山城がある、東西に走る街道の探索が決まった。ずっと先延ばしにしていたので、なんとかしたかったらしい。冬が来ると、この一帯は雪に埋もれてしまうからだ。可能なら冬が来る前に、街道の探査だけはしておきたいらしい、
オットー様たちの都合がつかないので、空飛ぶザクセン人とフィリップさん、ポーターとして僕とクリスタの小ユニットで明日の朝早くの出発となった。探索は、塩街道から、分岐した、東西に走る街道まで。その街道には廃墟となった山城があるが、そこの内部までは、今回は含まれない。あくまで街道のみだ。最近、塩街道では、ゴブリンがよく出てくるという報告がなされているので、可能なら巣を探す作業もあるだろうって・・・
しかし、探すまでで、掃討は兵士を編成して出すということだ。だから、なんとなく気楽に出かけることとなった。まさか、あんなことになるとは思わなかったけど・・・
僕らは朝一で出発した。塩街道は、ここからは比較的平坦で、山間の小さな平野をくねくねと進んでいる。まずは、ゴブリンの討伐が計画されている。この前、砦がゴブリンの大群に囲まれて、襲われたのも記憶に新しいので、出没を警戒しているわけだ。
しかし、拍子抜けするぐらい何も起こらない。まぁ、帝国と砦の間は、結界馬車が通るし、今のところ襲われてはいない。ただ、出没警報があるぐらいだ。
「どこでお昼にしようかね」クラウディアさんが呑気にアポロニアさんに話しかけている。
「分岐を曲がってからじゃない?分岐まで歩いて2時間ぐらいだし」
「結構あるんだね・・・お腹空いちゃうよね?使徒様?」
急に話を振られた僕は、なんか気の利いたことを言おうと思ったけど、何も思いつかなかった。
「僕は、今でもいいですよ」
「私もです」クリスタもお腹空いているんだ。
なんだか、期待していた回答だったようで、クラウディアさんは、ニコニコしている。
「いいね~二人とも。腹が減っては戦はできぬっていうもの。カール隊長、早めのご飯を希望しまーす」といって、カールさんの背中に声をかけた。
カールさんは、振り返って僕らをじろっと睨み、フィリップ様の背中を顎で示した。
そうか、今回はフィリップさんがリーダーだよね。
急に振り返ったフィリップさんが笑いながら、答えてくれた。
「分岐のすこし先にエーデルヴァイスの庭といわれる丘があるので、そこで食べたらいいかもしれないよ。丁度咲いているはずだ。そこだと塩街道も東西の街道もどっちも見えるし、昔は名所だったらしい」
「やったぁ。ご飯、ご飯」クラウディアさん、お花は全く興味ないのね・・・
「ライオンの足っていうお花だけど、ここらでは、高貴な白って呼ぶんですね?」
フィリップさんがアポロニアさんに振り返って、おっていう顔をした。やはり教養は必要だよ、クラウディアさん。
塩街道は、少しずつの上り道だったので、結構疲れてきたところで、鉱山口の横を流れる川も近づいてきた。あ、山に意志があるわけじゃないよ・・・両側の山が近づいてきているので、平野部分が狭くなっているんだね。馬車だったら楽なのになぁって思ったけど、斥候活動もかねているので、馬車だとダメなんだって。
しばらく川を左下に望みながら、上っていくと、分岐点についた。左に曲がる道がある。道の入り口には石碑が建っていたけど、文字が読めないぐらい劣化していた。
「恐らくローマ帝国の石碑だと思うが、ここを曲がると橋があってね。これがローマ人の造った、素晴らしい橋なんだ」フィリップさんが皆に聴こえるように言った。
フィリップさんの言った通り、すぐに橋が見えてきた。アーチ状の橋だ。結構高さがある。よくこんなのを作ったなと感心するぐらいの橋だ。谷を渡る橋だ。これは怖いかも。下を見ないで渡ろうっと。
「さて、ここから、橋を渡るが、丸見えだから、矢が飛んでくるかもしれない。盾を準備しておいてくれ。万が一だがね・・・」
フィリップさんが警告した。怖いな・・・足元も見ながら空も警戒するのか・・・僕はクリスタと一緒に盾を左手に構えた。小さい丸い盾だけど、子供だったら、頭と胸、お腹と、かなり隠せる。
「お、使徒殿、いい構えですなぁ~」アレクシスさんが僕に向かってニヤニヤしてきた。やめてください。からかうのは。もう、必死なんですからね。
フィリップさんは、一人でどんどん進んで橋を渡りきいてから、皆に来るように合図した。結局襲撃はなかった。ここから街道の左右には、まばらな森がいくつもあり、フィリップさんは、時々ふっといなくなって、森をチェックしてから戻ってきた。
「カール殿、ほら、そこ。古い道の後ですな・・・このあたりは左右にいくつかの道があったんだが、先人の土木工事が良かったお陰で、対して草も生えず、使えるような状態でね。草でも生えていたら、誰かが通った痕跡がわかるのだが・・・この道の先にゴブリンの巣があるかもしれないし・・・小道すべてを探索するのは骨がおれる」
「そうですね。フィリップ様。私たちが通り過ぎたあとで、この小道からたくさんの魔物が出てきたら嫌ですね」
フィリップさんは頷いているけど、カールさんも嫌なことを言うな・・・言い当てたら大変だよ。
「おや、血の臭いがしないか?」フィリップさんがいきなり呟いた。
「すこし見に行ってくるので、ここで待機してくれ。戦闘の準備をしておいてくれ」
フィリップさんは、背中に回した弓を片手で支えながら音もなく走っていった。
フィリップさんが見えなくなってから、アレクシスさんが呟いた。
「血の臭いなんてするか?すげぇよ、あの人。走ってるのに音しないし・・・」
「すごく柔らかい物腰だけど、隙がないよね」クラウディアさんが応えた。
すぐに、フィリップさんが戻ってきた。
「カール殿、街道の先、戦闘が行われている。ゴブリンと謎の集団だ。謎の集団は禍々しいオーラに覆われている人型の魔物だが、かなりやばい感じがする。しかし、数は少ない。魔法使い一人に、盾を持たない黒ずくめの剣士4人だ。この血の臭いは倒されたゴブリンのものだ。40匹はいて、謎の集団を圧倒しつつある。とりあえず、どちらも排除できるといいのだが」
「フィリップ様、いきましょう。皆も大丈夫だな?」
「ありがとう。すこしずつ進んでいこう。使徒殿達二人はここで待機してくれ。戻らない場合は、砦に戻って、オットー様に報告してほしい。まぁ、大丈夫だよ。心配しなくてもいい」
それから、皆に、行こうといって、皆、応って答えた。先頭をコンラートさん達双子が、大きな盾を構えて歩いていった。
皆が進軍してしまって、僕らは街道の途中に取り残された。クリスタが震えている。
・・・僕は、連れてこなければよかったなと思った。これでクリスタが死んだりしたら、彼女のお父さんに申し訳が立たないよ。鉱山でも迷宮でも、僕らは常に死と隣合わせだけど・・・でも、まだ、鉱山のほうが、自分たちでコントロールできる部分が多い。砦から出ると、全く想定外なことばかり起きる。この前の修道院もそうだ。あの時のオットー様とレオン様が凄かったなぁ。やはり、オットー様たちがいない遠征は不安だ。
1時間ぐらいは経ったのではないだろうか。僕らは、ただ、立ち尽くしていた。でも、先ほどの引かずに進むという決断は正しかったようだ。
気付いた時には、手遅れな状況になりつつあった。とにかく、物凄い数なのだ。
一匹ずつなら何とかなるのだが、東西の街道の後と左右を、かなりの数のゴブリンがひしめいている。恐らく100匹以上はいるだろう。
斥候に出ていたフィリップさんの話では、前方にも40匹はゴブリンがいるという話だった。
そして、ゴブリン達は武装して謎の黒い集団と臨戦中だとも聴いた。それで、フィリップ殿や、カールさん達は、僕らを残して、前に進んだのだから。しかし、僕らを挟み打ちにしようとするほど、戦略があるとは思えなかった。ともかく、すごいピンチであることは確かだ。もしかしたら、前の方で戦闘中のゴブリンの援軍なのかもしれないと、一瞬思ったが、すぐに我に返った。考えている余裕はない。
僕らは、ポーターとして今回の遠征に参加していた。勿論、戦士として参加できるはずもない。僕らとは、僕とクリスタだけだ。予備の装備、糧食、水などを浮遊で浮かして引っ張って歩いているわけで、そんなスタイルで戦うなんて無理だ。その前に、そもそも僕らは戦士じゃない。
まだゴブリンの軍団との距離はあった。しかし、一匹一匹の顔がわかるぐらいにまで、じりじりと近づいてきてはいるみたいだ。彼らも僕らを警戒している。人間の子供とはいえ、彼らと同じくらいの背だ。それに謎の大きな荷物を背負っているからだろう。
事実、後で観察したら、彼らの魔法使いは同じように大きな荷物を背負って、くねくねした変な杖をもっていた。まぁ、僕らの荷物は四角いけど、彼らの魔法使いは丸い袋だったけどね。中身は火薬、薬草、毒だとか、色々なもののようだ。
つまり、彼らからすれば、僕らは人間の魔法使いで、物凄い大きな荷物を軽々と運んでいる剛力で、禍々しいものを箱一杯に持っていると考えるのだろう。
実際のところ、予備の武器、盾、矢、投げ槍などと全員分の糧食なのだから、それこそを小さな馬車を背負っているようなものだ。まぁ、浮遊で浮かしているという時点で、僕は魔法使いなんだろうけど。僕は、小さな声でクリスタに話しかけた。
「クリスタ。気付いている?後ろを振り向かないで、横目で左右を見て・・・」
「さっき、後ろを見たからわかってるわ。怖くて声がでなかったの。でも、もう大丈夫。どうしよう・・・まずいよね。フィリップ様達、戻ってこれないのかな」
クリスタは意外と落ち着いていたが、今までにない危機的状況であることは、わかっていた。
その時、風向きが変わって、北街道の前方で、戦闘が始まったような金属音がしてくるようになった。ああ、絶望的だ。もうカールさん達は戻ってきてはくれないだろう。40匹ぐらいのゴゴブリンだけならまだいいのだが、問題は謎の人型集団だ。ゴブリンからすれば、これだけの援軍を必要とするぐらいの敵なのだろうか。人型といってたが、悪魔系かもしれない。そもそも何故魔物同志で戦うのだろう。帝国からの斥候じゃないのか?
後ろのゴブリン達は、僕らが二手に分かれているとは思っていなかったみたいだ。しかも、すごい魔法の入れ物を背負った剛力の魔法使いが二人いるわけだ。戦士の護衛がなくて、魔法使いだけだなんて、彼らからすれば、物凄い魔法使いだと見えるんだろうな・・・なんだかピンチだからか、思考のスピードが速くなっていた。楽観的に考えてはならないとどこかで声が聞こえる・・・なんと独り言だった。
頭の中でぐるぐると思考が回転している。なんか、本を凄い勢いで捲っている感じだ。頭の中にある、その本とは、魔法の本だ。本は強風にあおられたようにパラパラと捲られていく。そして、あるページで止まった。
「うわ、どうしたの使徒様?目の前、目の前を見て!」
僕は視線を前に・・・なんと魔法書が空中に浮かんでいる。開いているページはさっき頭の中で見たページだ。どういうことだろう・・・
開かれているページは、ミティオリットゥンシュヴァルム、つまり一群の隕石だ。僕は、イメージした。三方のゴブリンの大群に隕石が落ちる明確なヴィジョンが頭に流れ込んでくる、これ、やばくない? 自分も死にそうなイメージだよ。僕は小さな声でミティオリットゥンシュヴァルムと唱えた。ふと我に返ったけど変化ないよ・・・やばい、でも、例の痣が熱くなり、なんだか途方もないエネルギーが出て行ったような気がした。僕は後ろを振り返り、ゴブリンの大群と対峙した。クリスタも向き直った。
その時、後ろのゴブリンの中から、一回り体の大きなゴブリンが前に進み出て、剣を抜き、何か叫んだ・・・何を言っているかわからないけど、なんとなく雰囲気で伝わるよ。他のゴブリン達も剣を抜いたり、弓を構えたりして、今にも飛び掛かってきそうだ。
構わないから殺っちまえ!って感じの叫びをリーダーらしきゴブリンがわめいた。
クリスタが、なにか呪いの言葉のようなものを呟いて、そのリーダーらしき大きなゴブリンを睨んだ。怖いよ、そんな目つき、はじめてみたよ。あれ、ゴブリンリーダーは、体全身を火に包まれて地面にのたうちまわっている。なに?なにが起こったの?
ゴブリン達は、最初は威勢の良さはどこにいったのか、今は後ずさりしている。
僕は思い出していた・・・はじめて鉱山で会ったときにクリスタが泣きながら叫んでいた言葉だ。自分の邪眼のせいで、お母さんも死んじゃったし、お父さんも死んじゃうんだって感じの言葉だった。すべてを自分のせいと自らを責める物言いに、僕は戸惑ったものだった。しかし、今のはまさに邪眼の力だった。そう、彼女の瞳に宿る力は、まさに古来より伝えられた邪眼そのものだった。しかも、見る者を発火させるレベルだ。呪いなんてものじゃない・・・
ゴブリン達も息を呑んで沈黙している。静かな沈黙が辺りを制している。これは恐怖からくる沈黙だ。
これで、彼らも撤退してくれればいいのだが・・・
静かだった。ただ、ゴブリンのリーダーが燃える音のみだった。リーダーらしき大柄なゴブリンはすでに絶命しているようだ。皆がその姿を見つめ、フリーズしているようだ。
その静寂を破るように少しずつ轟音のような小さな音が空から聞こえてくる・・・まるで天井が少しずつ下がってくる部屋のように、上から圧力が加わってくるようだ。
僕は空を見上げて激しく後悔することとなった。さっき自分で唱えたが、そう確かに一群の隕石だったよね・・・でも、こんなものだとは思っていなかったから・・・
空には多くのどす黒い火の玉が浮かんでいた。その火の玉はどんどん大きくなって谷から見える小さな空を埋め尽くすぐらいになっている。クリスタも、目を丸くしている。
「使徒さま。これは?」
時間がゆっくり流れるという現象は、あまり感じたことがなかったけど、今はまさにそれだろう。ゴブリン達も空を見上げてパニックに陥っていた。逃げる方向がバラバラで、皆てんでバラバラの方向に走りだしていた。皆、剣や槍を投げ捨て、倒れる者は踏みつけにした。訪れるであろう確実な死をいかに避けるか、本能の声を聴いてあがいているようだった。
真っ赤にどす黒く燃えた隕石の一群は、情け容赦なく、ゴブリンの大群の上に降り注いていった。一瞬にして、赤い炎に溶け込むようにして消えていくゴブリン達を僕らは静かに眺めている。そう、気付いたら、僕とクリスタは遥か高く空中に浮かんで、これらの情景を眺めていたのだ。
地面にはクレーターができ、あちこちに焼け焦げた匂いが充満していた。硫黄のようなにおい、肉がやけるようなにおい・・・胸が悪くなるような臭いで辺りは満たされてる。
煙りが引くまで、何分かかったのだろう、上空から僕らは地面を観察していた。
街道の北側から、誰かが音もなく走ってくるのを感じた。フィリップさんだ。
僕は、飛行を少しづつ解除して、地面に降りていった。
いかがでしたか。
いよいよ、使徒様、覚醒していきます。
もうピンチには定番、テンプレのメテオでした。
次回は、カール達に起こった悲劇です。




