第70節 砦拡張工事始まる その5
オットー卿からいきなり乗馬の話を振られたので、焦った使徒殿でしたが・・・
「使徒様、また石を取りにいきたいんですが、いいですか?」
「はい、今からですか?」
「お願いします」
「オットー様、では石切り場にいかねばならないようですので、失礼します」
「あ、うむ。使徒殿、考えておいてくれよ・・・そちにとってもいい話だぞ」
「はい、かしこまりました」
僕はオットー様にニコニコして一礼すると、石工さん達についていった。
よかった・・・いい時に石工さん来てくれた。乗馬の訓練とか無理だよ。ロッテ様は仔馬だからいいけど、僕が訓練するっていったら、大きな馬じゃん。落馬して死んじゃうとかあるらしいから、怖いよ。
僕らは馬車の荷台にのって、塩街道を北に進んでいった。いい天気になってきたなぁ。両側に聳える山から吹き下ろしてくる風は、冷気をはらんでいる。冷たい気持ちい空気が僕の頬を撫でていった。夏もそろそろ終わるのだろうか。そんな予感を感じさせるような風だった。
すぐに石切り場についてしまった。石工さん達は、くさびとハンマーをもって、以前から目を付けていたところに分かれて向かっていった。すぐに僕が呼ばれ、大きな石が浮き上がった。石切り場をぐるぐる回って上る道を、ぷかぷかと大きな岩石が押されて上っていくのも面白い光景だ。
あと、ここにきて面白いと思うのは、石の切り出しだ。石は切り出すといっても、のこぎりでギコギコするわけではない。石にくさびを打って、どんどん叩いていくと、ピシピシって音がして割れてしまうんだ。不思議だ。しかも、まっすぐ綺麗に割れるんだよなぁ。
割り方はだいたいこんな感じ・・・ノミで小さく穴をあけて、それを割りたい線上にいくつか開けて、そこにくさびを打って、いくつかのくさびを同時に叩いていると、一気に割れるんだ。大きな石が5個ほどできて、それらを浮かして、街道の手前まで持って行く、そして、帰りは、一緒に歩いて押していく。なにしろそれぞれの石が浮いているものだから、石と石に挟まれないよう注意が必要だ。
塩街道を砦に向けて大きな石が並んで動いているのは、絵としても面白い。浮遊の魔法を覚えたいという人も何人かいて、教えてくれと言われているんだけど、どうしたら覚えられるのかを説明できないんだ・・・おじいちゃん、かえってこないかな。教えてほしいこと沢山あるんだけど。
砦についた時には、アグネスさん達はもういなかった。鉱山街の北城壁の外側に追加された新北城壁は、かなり高くなってきている。石工さんによれば、異例の早さだって。使徒様のお陰と言われた。すこし、気分がよくなったよ。外側と内側の石は綺麗に切られた石をモルタルで接着しながら積み上げていく。そして、外と内の石の間に砂利をいれていくんだね。モルタルは古代ローマ人が使っていた方法と同じだって。やはりラテン人はすごいよね。アポロニアさんが頭いいはずだ。
馬場の回りには柵が造られだしている。新北城壁の一番北が馬場だ。周回できるようになっていて、周囲に柵が造られている。馬場の第2門よりには、厩が建築中だ。
馬場の手前で、谷川があるほうには、城壁に沿って、的がいくつか建てられていた。へー弓の練習場なんだね・・・クラウディアさんが喜びそう。僕も弓はやってみたいな。面白そう。
その更に南には、石で醸造所の壁を造っている。鉱山街の北城壁と、新しくできた西側の城壁に継ぎ足すように、北と東の壁を作っている。2階建てかな・・・あとは屋根をかけるぐらいかも。今まで気づかなかったけど、床って木で造っているんだね。今まで知らなかったんだけど、放火した人は死罪なんだって・・・斬首じゃなくて、火刑だって・・・なんかトラウマだよ。それに、失火も死罪って厳しいよね。
でもさ、たとえば砦で火が出たら、床は木だから床が抜けおちちゃうものね・・・3階に住んでる人は落ちちゃうとなると、やばいよ。前に、城の廃墟をどこかでみたけど、屋根も床もなくなって、高い石組の壁だけが残っているのが多かったよ。それは、工法のせいなんだね。理解したぞ、うん。
醸造所の次は、その手前に、元奴隷の醸造職人さんたちの宿舎をつくるらしい。その前に、醸造所と宿舎の間に井戸を掘り始めている。なんか大変みたいだ。鉱山街や砦は、岩の上に立っているらしいから、井戸を掘るのも大変なんだろうね。
さて、監督としての巡回は終わりだ。何もしてないけどね・・・夕飯まではまだ時間があるので、鉱山口にいってみようかな。
僕は、第2門まで戻り、鉱山街のメインストリートを歩いて、鉱山口に向かった。しかし、遠回りだよね。最近は第2門の東北に第3門ができたから、第2門はいつもあいているけど、一番西からほぼ東まで戻らないと、鉱山街にはいけないのは不便だ。
鉱山口にいくと、アグネスさんが受付カウンターにいた。アグネスさんは、僕を見つけると、いつもの優しい笑顔を見せてくれた。
「使徒殿。乗馬の練習するんだってね」
「え?そうなんですか?」僕は初耳のように驚いてみせた。だって認めたくないし。
「オットー卿が言ってたわ。悪魔軍に囲まれた時に、馬に乗れないと困るだろう。彼には生き延びて貰わないといけないってね」
うわ、怖いこと言ってるよ・・・なんで野戦前提なんだろう・・・やばいかもしれない。
「あと、なんか、近々馬が増えるらしいわよ。繁殖もさせるんだって。仔馬もらえるかもよ」
なんですと・・・仔馬ならいいよね・・・
「まぁ、産まれればの話らしいけど、しばらくは驢馬で練習かな」
「驢馬って、どんなのですか?」
「あら、見たことない?」
「聖書で読んだことはあるのですが、実物はまだないんです」
「そうなんだぁ・・・」
僕は視線を感じたので振り向くと、ロッテ様が、猫を肩に乗せて立っていた。ニコニコしてる。僕はホッとした。シャルロッテ様もアーデルハイトも苦手だ。抑圧的なんだもん。
「あら、お帰り、ロッテ。お世話終わった?」
「はい、ブラッシング沢山してあげました・・・猫ロッテもやってきて、仲良しになったの。ね?ロッテ?」猫に話かけている。
「そう、よかったわ。蹄鉄の件はどうだった?」
「はい、既にヘルマンさんが作ってくれていたので、すぐに交換してもらえました」
鍛冶屋さんは、馬の蹄鉄も作っているのか・・・それで厩の近くに作業所があるのね。蹄を保護するために蹄鉄ってつけるんだって。蹄が割れたら大変らしいよ。
「それで、藁で体をブラッシングしてあげてたら、猫ロッテがやってきて、なんか白しっぽと挨拶してるの。二人はすっかり仲良しになったのよね、猫ロッテ?」
シャルロッテ様の肩に乗っている猫のロッテは、にゃあと鳴いた。なんか人間の言葉を理解しているみたいだ。
そんなことを話していると、鐘がなった。アグネスさんは、カウンターを片付けて、兵士に引き継ぎをした。
「さて、今日のお仕事はおしまいね。砦に戻りましょう?」
鉱山街のメインストリートを僕らは一緒にまっすぐ砦に向かって歩いた。いつもは、明星亭の前で、僕らは別れるんだけど、その日は、シャルロッテ様が、猫ロッテをお母さんの巣に戻すらしく、一緒に明星亭に入った。そして、裏口を抜け、納屋に入った。
以前なら、アーデルハイトの部屋だったのだが、今は裏庭に小屋を造ってもらったので、誰も住んでいない。納屋を開けると、猫ロッテはシャルロッテ様の方から飛び降り、床にある、隠し扉の前で行儀よく座った。ふふふ、顔が扉をあけてくれって訴えてるよ。
シャルロッテ様は、はいはいって言いながら扉を開けてあげた。猫ロッテはすうっと下に降りていった。
すると後ろから、また猫ロッテがやってきた・・・あ、これはアーデルハイトのシャルロッテか・・・同じときに同じ親から生まれたので、よく似てる。なんだか紛らわしいな。
「ね、ね、ロッテ様?」
ロッテ様は、透き通るような青い瞳で僕をじっと見つめた。そして、アーデルハイトの猫ロッテに気づいた、
「あら、ロッテたん! どうちたのでちゅかぁ?妹ロッテは下にいるでちゅよ~」
ちっとびっくりした・・・どうしたは僕が言いたいよ。猫撫で声に赤ちゃん言葉じゃないですかぁ・・・さっき、見つめられて時は、すこしドキッてしたけど・・・
アーデルハイトの白いもふもふ猫は、シャルロッテ様の足にすりすりとしてから、自分の姉妹猫の後を追って、地下室に降りていった。
「使徒殿?なにかしら・・・」
元祖、猫シャルロッテは、地下室に降りていったのを見届けると僕に話の続きを求めた。
「いや、今、アーデルハイトのロッテちゃんが、見分けがつかないから、なんか首輪をつけたらいいんじゃないかなって思ったんです」
シャルロッテ様は、顔を輝かせた。わかり易い人だ。
「いいわね~。なんか素敵な宝石でもつけたくなるわ」
「いや、それだとロッテ様の猫ちゃんだけになってしまうので・・・お揃いで色違いのリボンとか・・・ひっかかったら取れるようにしないと、首つりになっちゃうといけないし、取れたら宝石なくなっちゃうので・・・」僕は色々考えながら話した。
「そうね・・・さすが使徒殿ね。ちょっと下に見に行きましょう?」
地下室に降りる前に、シャルロッテ様が、リヒトと言った。あれ、魔法覚えたのかな?
「えへへ、ちょっとできるかどうか実験ね」
地下室は見事に明るくなっていた。しかも結構明るい。やはりアグネスさんの妹なんだ。
「すごい、覚えたんですね。しかも威力が凄いや」
降りていくと、何匹も猫がいた。白い塊が床に固まっているが、これが猫ロッテ一家みたいだ。お母さんの白い長毛種の猫がでろんと横になって、そこに白いロッテの兄弟達がお乳を吸おうと群がっている。
「どれが誰だかわからないわね・・・しかも、見たことのない灰色の大きな赤ちゃんがいるわ」
「本当だ。でも、もう離乳の時期はとっくに過ぎてるよね」
「うん、お母さんもすこし嫌がっているみたい。もう歯が生えてかなり経つから、痛いのかもね・・・
確かに、使徒殿の言うとおりね。色違いのリボンをつけると、どれが私のロッテだか一目瞭然だわ・・・」
「そうですね。リボンは街の何でも屋で売っているかな」
「アンナが何種類も持っていると思うので、あとで貰えるか訊いてみるわ」
「うわ、ありがとうございます」
「私も欲しいなぁ・・・」
いきなり階段の上のほうから声がしたので驚いたのだが、この声はアーデルハイトだ。シャルロッテ様がとんとんと階段を下りてくるアーデルハイトに声を掛けた。
「いいわよ。まだ貰えるかどうかはわからないけど、あ、それに色や柄もわからないけど、相談してみるね」
「ロッテ様、お願いします。使徒様、貴方からもお願いしてくださいね」
どうしたのだろう、なんかアーデルハイト、キャラが変わってない?でも、変に突っ込むとやられちゃうから、ここは言うとおりにしようっと・・・
「では、ロッテ様お願いします。楽しみに待っていますね」
シャルロッテ様は、ニコニコとして、なんか嬉しそうだ。
「じゃ、夕食の時間だから、失礼しますわ」
僕らは地下室から出ていった。地下室の床の隠しドアは閉めないでおいた。何度のドアは閉めたけど。あれ、さっき毛並みの違う猫いたよね・・・なんか気になるけど、お腹のほうが大事だ。僕は明星亭にご飯を食べにいった。
リボンがもらえるといいですね。仲がよさそうですが、リボンの色でもめなければいいのですが、心配です・・・




