第70節 砦拡張工事始まる その4
白い馬、素敵ですね・・・
私は乗馬できません。参院選で、馬に乗ってる候補がいるとかで、見に行きたいなぁ・・・
前夜は雨だったこともあり、朝から砦、鉱山街の周囲は霧が立ち込めていた。こういった
日は結構あるが神秘的なので、好きだ。
今朝もそういう天気の日だ。いつものように、拡張工事の現場に僕は向かった。第2門に
向かって歩いていると、右のほうから馬のひづめの音、馬が歩く音がしてくる。
砦のほうからだ。白い霧のような朝靄を通じてなんとなくもやっとシルエットが見えてきた。
それは白い壁の中からこの世界に産まれ出てこようとしているレリーフのように、少しず
つ姿を濃くし、立体的になってきた。小さい白馬だ。
この砦で、白馬の所有者は、二人しかいないので、誰が来たのかすぐにわかったよ。
「あれ、お姉さま、なにかいます。魔物かしら?」
「魔物じゃなくて夢魔じゃないかしら・・・ふふふ、誰?」
「アグネスさん、僕です。悪者君です」
「あら、使徒殿ね。おはよう」
「おはようございます。使徒殿」
「おはようございます。お二人ともこんな早くからどうしたのですか?」
「オットー卿から、拡張した北城壁の中で、馬を走らせてみてと依頼されたのよ」
「そうです。私の仔馬も楽しみにしていたのです」シャルロッテ様は残念そうだ。
でも、こんな霧じゃ危なくてムリだよね。近くなったので、よく見えるようになったが、
二人とも馬には乗らずに、轡をとらえて歩かせていた。
「ロッテ、この霧が晴れないと、走らせるのは無理よ」
「はい、おっしゃる通りだと思います。足でも折ったら大変ですからね・・・」
「そうね・・・とりあえず、北城壁側にまではいってみましょう。使徒殿も行かれるので
しょう?なんか、工事を取り仕切っているってオットー卿がいってたわ」
僕は、恥ずかしくなった。だって、工事を見ているだけで、ご飯まで厄介になっているん
だもの。だから、今の指摘は却って刺さるよ・・・
二人とも、白い乗馬用の服をきているから、猶更霧の中で見えにくくなっている。しかも
、長い金色の髪を束ねないで、そのままにしているので、なにかの妖精のようだ。
門に近づくと、たいまつを掲げた門番が誰何してきた。しかし、白馬に気付くとすぐに門
を開けてくれた。今では、第2門を出たところが広場になっており、その右側に新たな門
ができていた。二人が来るのは知らされていたようだ。屯所から何人も兵士が出てきた。
「アグネス様、まだ霧で満ちていますので、よろしければ、待合室でお休みになりませぬか
。お飲み物もございます」小隊長らしき人が声をかけてきた。この人は、砦のナンバー4だ。
名前知らないけど、顔だけ知ってる。
アグネス様は、ニコリとして、じゃ、お願いしますといって、馬たちを兵士に預けて、
僕らを誘って中に入っていった。
待合室の暖炉には火が入っていて、暖かかった。霧の多い日は火をつけていないと、悪
霊がやってくるっていうからね・・・ま、夏でも寒いから丁度いいかも。このあたりは山
岳地帯だし、氷河もあるし・・・そもそもローマ帝国も、このあたりは山だし、北にいく
と、やっと平たいところが多くなるらしい。ザクセン族ももともとは北の平野に住んでい
たんだって。
そうそう、この山岳地帯は帝国側に続いているけど、ブロッケン山という山あたりで、
山岳地帯も終わるらしい。カールさん達が前に話していたのを小耳に挟んだけど、このブ
ロッケン山に、年に一度、魔女や魔法使い、悪魔が集まって狂乱の宴を開くらしい・・・
アグネス様とロッテ様は、小隊長に勧められるまま、暖炉の前の木のベンチに座った。小隊長の従者
がいい香りのするハーブ茶を持ってきてテーブルの上においた。
「あら、いい香りだこと。リンゴのような香りだから、カモミールかしら?」
「はい、そうです。薬草ですね。このあたりにも生えてますからね・・・よろしかったら、どうぞ」
そういって、小隊長は、一口先に飲んだ。
アグネスさんも、シャルロッテ様もカップを手にとって、一口飲んだ。二人は、飲んだ
ことがあるんだろう。味わって、うんうんって感じでうなずいている。
僕も勧められたので飲んでみた。ホントだ、リンゴの香りだ。美味しい。なんか体によ
さそうだよ。蜂蜜も入っているし。
お茶も2杯目を飲み終わる頃には、朝日が霧を駆逐し、暖かい光を差しかけるようにな
ってきた。従者が外から入ってきて、小隊長に耳打ちした。小隊長は向き直り、言った。
「お嬢様方、そろそろ大丈夫なようですよ」
「ありがとう。とてもおいしゅうございました。ご馳走さまでした」
僕らは口々にお礼をいいながら立上り、外に出た。もう霧はすっかり晴れ、石工さんや
大工さん達が三々五々集まってきて、作業前の打ち合わせらしきものをしている。
白馬達は、親子でじゃれあっていたところを、兵士たちに連れて来られた。仔馬のほう
は、もう少し母馬とじゃれ合いたかったようだが、母馬は、なんか北城壁の広い庭を眺め
てぶるるといっている。どうやら早く庭に行きたいようだ。アグネスさんは、母馬の長い
顔をなでながら、小隊長にお礼を言った。
「ちょっと、歩いて一周してみましょう。じゃ、小隊長さん、ありがとう」
「では、お楽しみください。失礼します」
小隊長さんは、詰所に入っていった。アグネスさんは、母馬の轡をとり、シャルロッテ
様についてくるように合図して、二人で馬の散歩を始めた。
北城壁の拡張は、もともと、シャルロッテ様が騎馬の練習をするために計画されたものだ。西から東に向けて、既に馬場のような直線の道がつくられていた。この前、下の廃村から持ってきた土だと思うが、
道に敷き詰められている。この道はぐるっと回るようになっている。直線が終わると、カーブになってまた直線に戻って、ぐるぐると周回できる。二人と2頭は、ぐるっと回って戻ってきた。
「ロッテ、今度は騎乗して、歩かせます。最初は、ロッテは私の後ろに乗ってね。まず、
お手本を白たてがみちゃんに見せるのよ」二人は母馬にのって、周回を始めた。
仔馬の白たてがみは、自由に走るのが好きなようで、先にいったり、じゃれついたり、立ち止まっ
たりしながら廻り始めた。歩くというのが苦痛なのか、すぐに走ろうとする。やはり戦馬の血なのか、走りぬけることに血が騒ぐのかもしれない。
騎士は見習いの時に仔馬を与えられ、一緒に育っていく。これからの鍛錬が大切だ。
この砦に騎士の養成施設ができるということは、もともと宮宰様のお考えだ。もちろん
、公爵様の全体計画に沿って動いている。公爵様は、次の大攻勢の時に、通常の人間の軍隊と
の交戦のような戦いになることを想定しているわけだ。今までは、城に籠って攻城に只管
耐える戦いを想定していたが、平野に撃って出ることも考えているということだ。
歩兵ばかりでは、個々の力で劣る人間は、やがては疲弊して破れると考えている。
従って、人馬ともに完全武装の騎馬隊を養成したいと考えている。
守りは盾を主体とした集団戦法で、敵の固まりには、攻めの騎馬兵で突き崩したいわけだ。
平野で戦う場合、面と面で戦うが、どこか戦線を維持できずに破られる場合がある。そ
の場合にそこに援軍を送りたい。しかし歩兵ばかりでは間に合わず、敵に回り込まれてし
まう。重装歩兵戦線の弱点だ。騎兵隊がいれば、その穴埋めもできる。
歩兵にしろ、騎兵にしろ、血の気の多いザクセン戦士達だから、オーガ―の師団にも太
刀打ちできるだろうと考えているわけだ。
この砦では、騎兵として戦えるのは、騎士身分のオットー卿、レオン卿、そして先ほどの小隊長
ぐらいなものだ。彼らの騎馬戦の勘を取り戻すためにも、練習場が欲しい。
そして、娘達のためにもだ。公爵軍全軍が破れて砦が陥落しても、できれば、娘二人には落ち延びて
、帝国に逃れてほしい。そのためにも騎馬術が重要なのだ。
しかし、宮宰の思惑とは異なり、二人は、他の戦士と同じく、血の気の多い、ザクセンの女だった。むしろ、練習する二人は、敵を打ち破ることしか考えていなかった。親の心子知らずというやつ
なのだろう。
僕は、急に、石工さん達に呼ばれて、石切り場まで出かけていた。大きな石を押してみんなで
砦に戻ってきたときには、シャルロッテ様は、仔馬にまたがっていた。なんか見た目がメルヒェンぽいよ。でも周回コースではなく、直線コースの間にある、小さな円の中をぐるぐる回っていた。真ん中に、アグネスさんが立って、長いロープを仔馬につけている。
そして、小さな円をぐるぐると、ロッテ様を乗せて歩いて回っているわけだ。その外側に母馬が優しく付き添うように歩いている。
へー、段階的というか、なんかメソッドがあるんだな・・・魔法だってそうだものね。
いきなりランスを持って突進なんて無理だよね。
馬は4歳で人間の20歳ぐらいらしいけど、白たてがみちゃんは何歳なんだろう?ロッテ様は軽そうだから、そんなに大変じゃないのかな?
僕がぼーっとその様子を見ていると、横にオットー様がやってきた。
「おお、いいな。私も昔を思い出すよ。使徒殿も馬の訓練をしたほうがいいな・・・」
「え?ご冗談を・・・」
嫌な予感がするんですけど・・・
白い馬が好きです。ザクセン貴族の主要人物、族長のヴィドゥキントは、アグネスたちの先祖です。
以前も書きましたが、カトリックに改宗することにより、多くのザクセン人を救いました。
回収前は黒い馬に乗っていましたが、回収後は白い馬に乗ったというのも伝説でsね。




