第70節 砦拡張工事始まる その3
新しい北城壁の内部に、エールの醸造所を造るため、森の中の修道院に見学にいくことになりました。
フィリップ様がまた砦にやってきていたので、森の中の修道院に行く相談をしてみた。
しかし、この人は本当に神出鬼没だね・・・クラウディアさんが、弓の腕前に関して褒めちぎってたけど、弓はこの人のほんの一部でしかないんだ。
ザクセン騎士団の層の厚さはすごいものがあるって、オットー様がいってたけど、本当だ。オットー様は自分のことを、俺はまだまだって言っているけど、隠している必殺技がまだあるのらしい。
この前みちゃったんだ。聖剣を抜くと、聖ミカエル様の名を呼び、刀身を光らせたと思うと、更に刀身をビヨーンって伸ばしてたんだ。長剣というレベルじゃないよ・・・超長剣だよ。ずるいぐらいの長さだった。大きな魔物でも一太刀だって感じ・・・
間合いがメッチャクチャ長いんだよ。相手は一太刀も合わせることなく、死んでるね・・・怖いこわい・・・ブルーノ神父様の話だと、大天使聖ミカエル様の直伝らしいよ。
なんでも、ミカエル様が出現された島で、ミカエル様に会って、普通の剣をミカエル様に、聖剣にしていただいた上に、剣の稽古をつけてもらったんだって。やっぱり違うよね。格っていうの?
あ、そうそう、フィリップ様の事だったよね。最近冷たいんだよ・・・なんか少し前みたいに気安くしてくれないんだ・・・ま、気にしないようにしているけどね。
とりま。フィリップ様を捕まえたので、話を聴くことにした。
「フィリップ様、ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど・・・いいですか?」
「はい、よろこんで。ミヒャエル殿下」
「え?僕は悪者君ですよ」
「嘘はいけませんぞ、嘘は・・・オットー卿から伺いましたぞ。あなた様は、リウドルフィング家の王子だということを・・・しかも、本来ならローマ帝国の皇帝の継承権を持つお方であることを・・・私はザクセン貴族の末裔で、リウドルフ様の御子孫に仕える者です。あなた様は、恐れ多くも、リウドルフ様の血を受け継ぐどころか。ヴィドゥキント様の高貴な血を受け継がれるお方。我らは、あなたのような方をお待ち申し上げていたのです。今一度、ローマ帝国皇帝の冠を、我がザクセン族にもたらすことのできる、唯一のお方です。天は我らに味方しておりますぞ・・・あなた様は、この砦に、ブルグンド王女、イタリア王の正当な継承者である、聖アーデルハイト様の御子孫である、アーデルハイトさまと、共にご出現遊ばれたのです。我らザクセン貴族が浮き足だつのもおわかりになりますか?」
「え・・・そ、そんなことを言われて困ります・・・」
「ミヒャエル殿下。私はもう、レオポルト様に、お伝えしております。あなたの、お父様は、ハインリヒ様で、お母様は、バイエルン公のお嬢様、つまりヴィッテルスバッハ家の姫です。宮宰様は大変感激しておられました。そして、ご納得されていました。何しろ、両家の血を同じく引く、アグネス様やシャルロッテ様に、貴方様がソックリなのですから・・・いや、失礼しました。むしろ姫様方が殿下に似ているのです」
なんだか、探索の相談のつもりだったのに、話がどんどん違う方向にいってしまったよ・・・
「フィリップ様?」
「フィリップとお呼びください。畏れ多く存じます」
調子狂うよ・・・どうしちゃったんだろう・・・確かにベルンハルト枢機卿様が、さっきのような内容をいってたけど、どうしてそれをフィリップさんがしっているんだろう。
僕らが会談しているのは、隊長執務室だったんだけど、そこに、いろんな人が集まってきたので、会話はそこまでとなった。よかったよ・・・
結局、会議の結果、フィリップさんの教えてくれた、東街道からザンクト・ガレン修道院に抜ける古い街道を行くことになった。フィリップさんの話では、まだ馬車道としては使えそうだとのこと。それなら結界馬車とか、普通の馬車で、いけるのではないかとのこと。
厳密に言うと、ザンクト・ガレンの西にあった修道院への道で、その道を途中で東に曲がると、ザンクト・ガレン修道院の前を通るらしい。
フィリップさんは、東に曲がらないで、真っ直ぐ森の中を進むらしいけどね。普通の人なら自殺行為だって。凄いなぁ。
選抜隊は、オットー様と兵士さん二人、空飛ぶザクセン人の傭兵団、元奴隷のエール醸造に詳しい二人、そして大工さんの二人のマイスターだ。フィリップ様は途中で合流することになった。
結界馬車に、オットー様、兵士さん、元奴隷とマイスター、戦闘馬車にオットー様の従者さん、傭兵団の皆さんっていうわけ方になった。僕は当然、戦闘馬車に配属だ。結界馬車は、専属の御者さんが運転する。なんでも結界を発生させる装置の管理が大変なんだって。
僕も見せてもらったけど、荷台の下に隠し箱があって、その中に、アーティファクトって呼んでるけど、真っ赤な水晶みたいのが、ぐるぐる回転してた。これに魔力を注がないといけないらしい。御者さんは、魔法は大して使えないけど、アーティファクトへの注入はできるらしい。
出かけるのは、週に一度、作業が休みになる日だ。礼拝堂で、御ミサに参加した後で出発だ。レオン様が、行きたくて仕方ないのだけど、不参加になって悔しそうだ。前回、エールのために暴走気味だったので、外されたみたいだ。でも砦の防衛と指揮系統を考えると仕方ないよね。
第二門の前に集合したんだけど、カールさん達には驚いたよ。レオナルドさんによる、神聖騎士団の具足プラス最新防具で完全武装してきた。なんか強そうだよ。特に新しい胸当てがピカピカで格好いいね。オットー様が、砦の正規兵より装備がいいなっていってた。
クラウディアさんは、昔の弓に、昔の矢のようで、少し不満みたい。まだ矢じりの材料が足りないから作れないんだって。僕は少し責任を感じたよ。
アポロニアさんは、いつもと同じ感じだ。
僕らは、結界馬車を先頭に、砦から、塩街道を南下していった。元村だったところを抜けて、左右の綺麗な緑の野原を見ながら進んでいく。この辺りも、先で麦とかを育てるらしい。元々、村で畑もやっていたから、再開は簡単らしい。
しばらくすると、この丘の終わりになる。ここから急に山を下るのだ。そう、アーデルハイトと、歩いてきたんだよね。この地点に、小さな塔を建てて、防衛の拠点にするらしい。この下の斜面は森なので、魔物も多いらしい。でも、石造りの塔なら、大丈夫だよね。冬が終わったら、着工するんだって。
いったん、ここで小休止して、坂道を降りていった。魔物は出ない。すぐにつづら折りは終わって、なだらかな道になった。しばらくいくと東街道にあたり、中継の街があるけど、僕らはそのまま西に曲がっていった。この前、この街からアーデルハイトと、旅に出たんだよな。思えば無謀だったよ。
しばらく東街道を進むと、フィリップさんが道端に立っていた。ニコニコしながら手を振ってくる。あれ、足元には魔物の死体がいくつかあるよ。すごいな、待っている間にこんなに倒したんだ。ていうか結界がないとこんなに出るんだね。
この人は不思議な人だ。普通の武人でさえ、こんなところに一人でいるなんて、自殺行為なのにね。フィリップさんは、結界馬車に乗り込んで、道案内をしてくれるようだ。馬車隊は東街道から寂れた道に入って、北上を始めた。クラウディアさんが、振り返って何かいるって言った。僕らが振り返ってみると、大きな銀色の魔物が何匹も集まっていて、さっきフィリップさんが倒した魔物を食べているみたいだ。カールさんが、笛を鳴らして、結界馬車に連絡をとったら、結界馬車は止まり、オットー様とフィリップさんが、幌を上げて、後ろを確認してる。カールさんが後ろの件を言ったら、フィリップさんが降りてきた。そして後ろの魔物をみて、カールさんに、
「あれは魔物ではなくて、銀狼の群れですよ。ここから北の方までを縄張りとしていて、私が来ると、あとをつけてくるんです」
「えー、大丈夫何ですか?」
「いや、餌付けしているんで、可愛いですよ。まるで犬みたいに懐いてますから」
「うは、フィリップ様はいつも想定外ですね」
カールさん、開いた口がふさがらない感じた。オットー様は銀狼のことは知ってたみたいだ。フィリップさんは、結界馬車に戻り、また馬車隊はスタートした。
石畳はまだちゃんとしているみたいだ。道は塩街道と並行して北へ走っているようだ。この道の途中にも、村の跡地のようなものがあった。フィリップさんが言っていた、東へ入る道を見つけて、僕らはザンクト・ガレン修道院に向かった。途中から森は開け、草原のようなところを、川に沿って進むと、それは見えてきた。
到着するとすぐに二手に分かれて行動した。オットー様とフィリップさん、兵士さん達が、教会に入って、亡くなった聖職者達の遺骨を集めている。これから教会の付属墓地に埋葬するらしい。誰だかわからないので、墓碑銘はない。本来は殉教者なんだから、大事にしてあげたいけどね。オットー様達が埋葬しているうちに、僕達は醸造所に入っていった。 マイスターさんは、色々観察したり、スケッチしたりしている。カールさん達は、分散して周囲の警戒と各人の警護をおこなっている。御者さん達は、すぐに逃げられるように、馬にお水と塩をあげてからは、乗ったまま待機している。
元奴隷の人達は、発酵させるための酵母の入った壺を取りにいった。作りかけのエールのいくつかの樽はダメになってたみたいだけど、まだ飲めるものは、樽ごと持っていこうと言う話になった。当然皆んな僕を見ている。はいはい、言われなくても浮かせますよ。レオン様が喜ぶもんね。元奴隷の二人は、今度は、なんか色々器具類を積み込んでいた。そして、どこからか、小麦や大麦の種を持ってきて、積み込んでいた。
埋葬が終わったオットー様とフィリップさんは、書物などの写本を見つけて、兵士さん達に命じて馬車に積んでいた。立ち去る前に、皆んなで畑を見に行った。収穫したいらしいが、今回は余裕がない。後ろ髪を引かれつつ、僕らはザンクト・ガレン修道院を後にした。
帰りは、きた道を戻るだけだ。フィリップさんは、最初に会った、東街道への接続点で降りていった。オットー様が城塞都市まで送ろうといったが、断っていた。一冊だけ本を持って、後で返すといって、歩いてかえっていった。
見送っていると、大きな銀狼が森の中から一匹現れたので一瞬緊張したけど、なんと言うことはなくて、まるで主人の帰りを待っていた犬のように喜びを爆発させて、フィリップさんにじゃれついていた。
「・・・うわぁ、可愛いわね。私も狼飼いたくなってきた」
「クラウディア、無理よ。まず、周囲の人が反対するし、餌やりが大変よ」アポロニアさんが諭した。
「それもそうね」
なんだ、すぐ諦めてら。クラウディアさんは、きっと熊が出てきても、可愛い、飼いたいっていいそうだ。熊なら、砦に似ている人がいるから、飼わなくても大丈夫じゃないかなってアレクシスさんが言っていたけど、それってレオン様のことだよね。
それから、東街道を東に走って、下の街には寄らず、塩街道を北にすすんだ。急斜面のつづら折りのところでは、馬が苦しそうだった。結構荷物積んでいるものね。
峠を越えてから、少し休憩して、馬に水を飲ませてから、また出発した。ここから砦まではすぐだ。
砦に着いた僕達は、そのまま、建築中の新北城壁の角に荷下ろしした。資材を保管する下小屋があったからだ。オットー様達は、砦に戻った。すると、話を聴きつけたレオン様が、すぐに馬に乗って駆けつけてきた。すごい勢いだよ。酒のせいかな、酒だよね。
「おお、大儀であった。いやーお疲れさん。で、なんか、発酵中のやつを持って帰ったらしいではないか?」
「はい、こちらでございます。レオン様。味見をお願い致します」
さすが元奴隷さん、レオン様もオーガーも、扱いは一緒なのね。上手いよ。コツを掴んでます。
「これは美味い。少し酒が強くなっているが、これぐらいの方がワシは好きだぞ」
「さすがレオン様。通ですね。エールは上の方から発酵しますので、上澄みのほうが強い酒なんです」」
元奴隷さん達と、レオン様は、怪しげな笑いを飛ばしながら、また、エールをのんでいる。
「あ、忘れとった。酒の種はあったか?」
「はい、大丈夫でした。あとは収穫できればと思います」
「よし、わかった。オットー卿に言おう」
「ありがとうございます」
なんだか悪代官と悪あきんどみたいだよ。まぁ砦の代官は、オットー様だから、悪副官といったところかなぁ。それから、マイスター二人も加えて、新醸造所のプランの打ち合わせがはじまった。なんだか、レオン様に任せていると、拡張した北側全てが醸造所になりそうだよ。誰か止めたほうがよくないですか?
お読みいただきまして、ありがとうございます。
エールというのは、ビールの一種です。日本の主流である、ラガービールとは違います。まだこの当時ですと、ホップも栽培されていなかったようです。ラガービールが下面発酵であるのに対して、エールは上面発酵だそうですよ。十字軍によって、スパイスが沢山輸入されるようになると、エールにスパイスなどが使われるようになるのですが、この世界では、十字軍がありませんでしたので、古いエールのままです。次話は、久しぶりに、アグネス姉妹が登場します。
宜しくお願いします。




