第60節 石切り場
砦拡張工事はすぐに始まりそうです。石工さん達が砦に現れました。
とか、なんだかすごいことになっていた。特に皆が驚いていたのが、峠の途中から歩いて砦まで来たことだった。常識では考えられないそうだ。
「ぬしらは、城壁の外で作業しなければならない。勿論、約束通り、砦から生きのいい護衛戦士を6名つけるが、一番凄いのは、この悪者君だ」
「悪者君って、名前はないんですかい?」親方が解せない顔で訊く。
「残念ながら、地獄から脱出する際に、悪魔の道具の犠牲になり、魔力と記憶が奪われたのだ。しかし、この山の頂上に住む、賢者様の指導を受け、少しづつ回復してきておる」
親方達はへ~という顔になってきた。
「悪者君、例の浮遊で何か浮かしてみてくれ」といってオットー様が目配せしてきた。
まぁ、ここで力を見せつけないと、侮られてしまうということは理解したので、浮遊を馬車にかけてみた。丁度、馬が厩舎に運ばれ、馬車だけが置かれていたので、浮遊を掛けた。みるみる車体が浮いてきた。
「あがががが・・・」親方や弟子たちの顎が外れそうなほど開いている。
オットー様は、僕の顔を見て、やったなという表情をした。
「ていうことは、隊長様、悪者君が全部の石を、石切り場から運んでくれるということですかい?」
「いや、浮かすぐらいならかな?な、悪者君?」オットー様が目配せしている・・・
ええええ、聴いてないよ・・・前もって言ってほしいよね。
オットー様がささやくように耳打ちした。
「ご飯つけるから・・・浮かすだけ。浮かすだけ」
「やります!」ご飯に弱い僕だなぁ・・・
「あ、クリスタも一緒でいいですか?」
いいそうだ。よかったよ。しばらくご飯の心配しなくてもいいものね。
「アブレヒェン!」僕が魔法を解除すると、馬車は静かに地面に下りてきた。
「いや~、すごいですな、悪者君。実は馬車の中には、石や工具を入れてきているので、相当な重さなんですが・・・」
親方は僕を先導して、馬車の後ろに行った。
「偉大なる地獄の魔導師様、石を降ろしてみたいのですが、お願いできますか?」
僕は、誰の事だかわからなくて、きょろきょろして、オットー様を見つめてしまった。
「悪者君じゃないくて、これからは、偉大なる地獄の魔導師様と呼ばなくてはなるまいな」
ニヤニヤしてる・・・
ちょっと、地獄はせめて外してほしいよ・・・
僕は馬車の後ろまで、親方さんについていった。
シートをめくると、道具箱と、四角い石の固まりが何個か置いてあったので、まとめて浮遊を掛けた。道具箱や石がプカプカと浮き始めた。親方さんや職人さんたちが目を輝かせて感嘆の声をあげた。
僕は調子にのって、目力で馬車から引っ張りだして、地面に置いた。
すげー、地獄の魔道師様、すごいです」比較的身なりのいい、僕と変わらないぐらいの少年が、感動している。
「魔導師様、炎の呪文とかやってみてくださいよ・・・」
「こら、魔導師様に失礼だぞ」親方の息子で、見習いの子供らしい。といっても、僕より年上のようだ。
「えー、親方。すごいじゃないですか・・・城塞都市なら悪魔憑きとか言われて火あぶりなのに。ここだとやりたい放題なんですよ」
「馬鹿、お前、黙れ・・・」親方は息子の頭をげんこつで殴った。
「いってー、父ちゃん酷いよ」
「ばっかやろう、人前で父ちゃんとよぶな」また、げんこつが炸裂した。
「いちー」バカ息子は頭を抱えてしゃがみこんでしまった。
え、なにそれ・・・ぼく、また火あぶりなの?
オットー様がすかさず割り込んできた。
「いや、地獄の魔道師様は、宮宰様のお墨付きなのだ。火あぶりとか、八つ裂きとか、斬首とかないから・・・」
ちょっと、オットー様、刑を増やしてませんか?
そこに、空飛ぶザクセン人たちがやってきた。
「オットー様」
「おお、よく来たな、カールたち」
全員が横一列に並んで、なんだか変なポーズで立っている。
「親方、紹介しよう、うちの砦最強の戦士たちだ」
親方は、全員を値踏みするように上から下まで、そして左から横までなめまわすように見た。
「よろしくおねがいします。城塞都市きっての石工、石工ギルド長のエルンストと申します、こちらは愚息のグスタフです。以後お見知りおきを」
そういうと、息子の頭を殴って挨拶させた。
「我ら空飛ぶザクセン人と申す。オットー隊長の命により、貴公らをお守りいたす」
「じゃ、石切り場に行ってみようか・・・」オットー様が言った。
僕らは、徒歩で、第2門から出て、北側に歩いていった。
その時、左の高い山から、何かが落ちてきた。
「なにか来る」クラウディアが警報を出した。
その黒い何かは、すごい勢いで落ちてくるが、あーれーというような奇声も発している。
クラウディアは矢をつがえ、アレクシスは槍を構えた。
「あ、修道士様です」僕は、ウィンフリート様だと直感でわかったのだ。
飛行物体のような修道士様は、ものすごい勢いで落ちてきて、地面すれすれで止まった。そして地面から1メートルぐらいの空中にぷかぷか浮いている。
「肉体があることを忘れとったわ・・・」
ウィンフリートのおじいちゃんは、ゆっくりと降りると、僕に気づいて、声を掛けてきた。
「おお、悪者君じゃないか・・・奇遇じゃのう?」
親方達は腰を抜かしていたが、おじいちゃんが修道服を着ていたので安心したようで、立ち直って抜けた腰をさすりながら近寄ってきた。
オットー様もはじめて会ったようで、驚いていた。
「お初にお目にかかります。お噂はかねがね聞き及んでおります。ウェセックス王国の賢者様」オットー様は跪いた。親方達は聖者にあったように、跪いて手を合わせている。
「ちょっと大げさじゃの・・・」そういいながら嬉しそうだ。
賢者様は、はっと気づいた顔をして言った。アポロニアがニコニコしながら近づいてきている。
「聖ボニファティウス様ではありませんか?」もう、獲物を狙う目だよ、アポロニアさんってば。
「しまった、呼ばれておったのじゃ・・・じゃ、これで失礼する」
「ウィンフリート様?」僕は声を掛けた。
「おお、悪者君。今度魔法勉強しような?じゃさらばだ」なんか、アポロニアさんが苦手なのかな?
「賢者様、どちらへ?」オットー様が訊く。
「いや、ちょっと天国に呼ばれておっての・・・いや、秘密じゃ」
「ボニファティウスさま~」アポロニアさんが切ない声を出したが、ピューと空を飛んでいってしまった。
秘密じゃとか言ってるけど、しゃべっちゃってるじゃん・・・さすが、おじいちゃんだ。
僕らは、気を取り直して更に歩いていった。先導するオットー様が、谷のようなところの崖上で止まった。
「ここが石切り場だ」
そういったとき、ピューっと風が谷底から吹き上げてきた。クラウディアさんが矢を取り出した。カールは心配そうにクラウディアの顔をみている。クラウディアは微笑んで、
「大丈夫。周囲はクリアね。ちょっと用心しただけだから、安心して」
「そうか、それならいい」カールがすこし安心したようだ。
石切り場の一番下までは、かなり深い。すり鉢状になっており、周回するように、降りるための道路がついている。あちこちに切りだし中の痕が見られる。中には、加工中と思われる石がいくつもあった。落ちて砕けている石も多数ある。
「大攻勢の時に、急ごしらえで石を切り出して、城壁を作ったらしく、こんな状態で放置されているらしい。実際、砦拡張工事の話がなければ、ここに来ることもなかったのだが・・・」オットー様が皆に説明している。
「実は私も始めてきたのだよ・・・」オットー様が付け足して喋った。
全員で固まって周回道路を歩いていくと、ところどころに人の死体が転がっていた。もちろん170年ぐらい前のものだから、完全に白骨化している。皆、服がボロボロになっている。時間は容赦なく、色々なものを破壊していくんだなと僕は思った。
「逃げ遅れた職人のようだな・・・」オットー様が死者のための祈りを呟いた。
実際、石切り場に人がくるのは、本当に170年ぶりぐらいだそうだ。命がけで石を切り出し、運び、今の城壁があるのだと知って、僕は複雑な気持ちになった。
親方がぼそっと言った。
「地獄の魔導師様の結界は凄いな。さっきから全く魔物が出てこないじゃないか。これだけの数の職人が命を落としたのだから、相当な数の魔物が出たのだろう。しかし、さっきから全く出てこない。出てきたのは、聖者様だけだし・・・」
職人たちは頷いていた。親方は意を決したように僕に話しかけた」
「地獄の魔導師様、私等の命預けます。宜しくお願いします」
えー、そんなぁ・・・責任重大だよ・・・
お読みいただきまして、ありがとうございます。
いかがですか。
次回は、石工さん達との打ち合わせです。




