第6節 火刑台の結末
火刑台へ駆けつけたドミニク達が見たものは?
先ぶれとして馬に乗ったトランぺッターが駆けていく。彼は広場につくと朗々とトラペットを鳴り響かせた。公爵様が広場に来たことを民衆に教えたのだ。
しかし、いい音だ。ドミニクは、すこしあこがれの気持ちをもった。
もともとは角を使って作られた狩り笛を使っていたのだが、金属製の楽器になってから音も大きく、美しくなった。天国で吹かれるラッパとはこういうものではないかと想像させる音だ。あの歌口と唇だけで音階を奏でるのだが、一度戯れに吹かせてもらったが、うんともすんとも、シューとしか鳴らなかった。音ではなく、息だけだ。やはり、王侯達が高い給料で召抱える者は違うなと納得したものだ。
ラッパの音に、広場を取り囲んだ人々は我に返り、よろよろと左右に道をあけ、民衆を押さえていた市参事会の守備兵も武器を納め、ひざまずいた。
騎馬の一団は、中央先頭に公爵、少し下がって左右に司教様とカテドラルの祓魔師、ドミニクだ。他に光輝く完全武装の騎士が5人いる。公爵が右手をあげると、一団は止まった。
審問官は、公爵を見て取ると、すり寄ってきた。
「おお、これは公爵様に司教様。ご覧ください。悪魔の子は、これから火の海で滅ぼされますぞ。明日の6月6日の顕現を迎えることなく、悪魔の子には聖なる鉄槌がくだされました」
「このうつけ!そちの行いは越権行為ではないのか。ここにいる司教は、そちに許可を出していないと申しておる」
「しかし、明日は6日でございます。この領地の平和のために・・・時間がなかったのです」
「ええい、だまれ!これ以上好き勝手にはさせぬ。このものを捕らえよ」
兵士が数人でてきて審問官の左右の手を掴んで鉄の檻のような馬車へ引っ張っていった。人相の悪い僧服の従者たちも捕まって引っ張られている。審問官は、すでに火はついた。悪魔の子は成敗されたぞ。安心するのだ。神の栄光は示されたと民衆に叫びながら退場していった。
公爵は、馬上から短く指示した。
「火を消せ」
「はっ」 兵士達が槍斧を持って走っていく。
まだ火は燃えあがっていないのだが、煙がもうもうと立ち上りつづけ、カテドラルの屋根上まで届いて、そこで霧散している。
ドミニクは、案じていた。人は火に焼かれるよりも先に煙にまかれて死んでしまうのだ。火を燃えたたせる前に公爵様が広場に入ってきたので、途中で作業が止まってしまっていたようだが、風の強い一吹きでもあれば、あれよあれよというまに炎は赤い舌を伸ばすであろう。
「気を失っていてくれれば、煙をそんなに吸わずに済むのだが・・・」
その時だった。
大聖堂の鐘が鳴りだしたのだ。人々は皆驚いている。鳴るはずのない時間に聴いたことのないパターンで鳴りだしたのだから。
司教様はその鐘の意味がわかるようで、もっと驚いているようだ。
紋章入りの金と銀に輝く盾を構えた公爵様の二人の騎士に警護されながら、馬から下りた司教様と私達は、歩みを少年に進めた。火あぶりのために急造された火刑台では、薪の束を兵士達が槍斧で崩して手前に寄せて消そうとしているが、煙が更にもうもうと立ってしまっている。公爵様は、後ろのほうで3人の騎士に警護されつつ、顔見知りの市参事会員を見つけて呼び寄せていた。事情を聴くようだ。
歩きながら司教様は、小さく、しかし、はっきりと独り言をいった。
「この鐘の音は・・・なんたること、神聖結界が破られたのか」
祓魔師のベルンハルトが、司教様に耳打ちした。
「結界が破られたわけではないようです。悪の軍勢に対する盾の力はまだ無事と思われます。今の鐘の鳴り方は、何者かが結界を通過したということです」
「どういうことだ。まさか少年が悪魔の力を振るったのではないだろうな?」
「司教様、悪の力によって盾が破られたときには、異なる鳴り方をいたします」
「まことか」
「はい、この結界を設置して下さったのは、あちらの世界より参られた賢者様だったそうです。その方が残してくださった書き付けを私はそらんじております」
「そちは、誠に優秀だな・・・では、あの子が悪魔の眷属を呼び、結界を破ったわけではないのだな?」
「左様かと存じます。悪の軍勢が押し寄せることはないと存じます」
今、あちらの世界とベルンハルト様は仰っていた。ドミニクは好奇心がむくむくと湧き上がってきていた。どちらの世界なんだ。そもそも神聖結界なんて聴いたことないぞ。ここで生まれ、ここで育ち、ここに住んでいるのに・・・
私の唇がとんがっているのを見た司教様は、しまったという顔をして私に話しかけた。
「ザイフリートよ、レオからも言われておろう。好奇心は身を滅ぼすと・・・」
「はい、司教様、私には何も聞こえませんでした」
まったく、という顔をして、司教様は、そのまま歩いていった。火刑台に近くなったところで、
「司教様、これ以上は危険かと存じます」
騎士が声をかけて皆で止まった。
「うむ。わかった」
私達は火刑台から10メートルぐらい離れたところで、立ち止まっていた。まだ鎮火作業は続いている。
私達は、火刑台の柱が倒れていたのを知った。絶望的だ・・・
祓魔師ベルンハルト殿は、私達から離れ、大聖堂から遠巻きに見学していた顔見知りの聖職者たちに何か話しを聞きにいっていた。祓魔師は教会では最下層の聖職者であるが、態度は貴族そのもので偉そうだ。ていうか凄いカリスマの持ち主だ。
その時、消火作業をしていた兵士の一人が叫んだ。
「子供がいません!」
「どこにも死体がないぞ・・・」
群衆がどよめいた。恐慌をきたしている感じだ。無理もない、彼らが見ると思っていたのは、黒焦げか、火傷だらけの少年の死体だったからだ。しかし、火刑台の柱はすこし焦げているものの、そこに少年の体は無かった。人々は悪魔の子が解き放たれたのかと怯えだしている。肉体がないということは、純然たる霊的存在であり。悪霊そのものということだからだ。皆動けないでいた。審問官が目立てば憑りつかれると警告していたからだ。
兵士の一人がロープを持って駆け寄ってきた。2メートルぐらい手前でひざまづいて、ロープを掲げながら発言の許可を待った。司教様は騎士に合図し、騎士が話せといった。
「はっ、少年を縛っていたと思われるロープがありました。どこにも切られた跡がありません」
「なぜだ。なぜ居ないのだ。ドミニク、これはどういうことなのだ?」
「司教様、私にもまったくわかりません」それ無茶振りですよ・・・
そこへ祓魔師が戻ってきて、すべてがわかっているかのように、その質問に答えた。
「あの子は詩編30を唱えたあと、古の聖歌、ウェニ・クレアトール・スピリトゥスを歌っていたそうです。その声は美しく、カテドラル聖歌隊のどの少年よりも美しい声で、大聖堂の壁が反響し、まるで天使の歌声のようだったそうです・・・」
「また司祭の一人は、鐘が鳴ったと同時に煙の中に白く輝く光を見たと申しております」
司教様は、答えを求めるようにベルンハルトに尋ねた。謎だらけだ。
「つまり?」
司教様は、何か疑問がある時は、片眉を上げる癖があることをドミニクは知っていた。
「推察するに、おそらく主が、少年の祈りに応え、聖霊を遣わして助けてくださったのではないでしょうか」
ベルンハルトは声を小さくして続けた。
「先程の鐘の音は、結界を何者かが通過したことを知らせる鐘の音です・・・そもそも、あちらの世界の文書によれば、結界がそのように反応するのは、高い霊力や高い聖性を持つ者のみとのことです。主の御使いなどの訪れを喜ばしいものとして、鐘を自動的に鳴らすと書いてありました」
ベルンハルトは一息ついて続けた。
「つまり、あの少年を助けるため少年を抱えて城壁を通過したものが、天使のような力を持つ聖なる者だったということではないでしょうか」
祓魔師ベルンハルトは興奮気味に話した。段々声が大きくなる。感情の高ぶりが抑えられないようだ。
司教は驚愕の表情を浮かべている自分に気づき、聖職者は冷静で感情をみせてならぬと顔を引き締め、この騒乱の落とし所を考え始めた。
ドミニクの要望に応えられないとしても、教会への脅威かもしれない存在は、つぶしておいたほうがいいと思っていたのだ。つまり、少年やドミニクには気の毒だが、間に合わずとも仕方ないと思っていた。むしろそうなった方が望ましいとまで思っていた。
そもそも上に立つものは、そうでなければならぬ。我が公爵家のためにもコントロールできない要素はないほうがよい。ドミニクのためといいつつ、公爵である兄上に懇願したのは、異端審問官のやり方が、酷すぎるからだ。活動は許可したが、火刑に処すには、司教である私の許可がさらに必要なのに、勝手に無視して進めおって。そもそも、あの修道会は気に入らない。異端などの分子は、この地方では全くといって確認されておらんのだ。あの男が教皇様直属でなくてよかったと本当に思う。別の目的が透けて見え見えの異端審問官を排除する当初の目的は達せられたが、結果は予想の斜め上をいくものだった
ベルンハルトは、落ち着いたようで、今度は普段の物腰になってザイフリートに話しかけた。
「あの子は、類まれなる聖性をもっていたのかもしれませんね。ドミニク神父様はどのように思われましたか」
「いや、混乱していて何と申していいか・・・確かに特別な気品というか、気高い何かがあったように思います。ラテン語の祈りは完璧で美しく唱えることができましたね」
ベルンハルトは司教様と私に話しかけた。
「私はエクソシストとして長年にわたり忌むべきものの所業をみてまいりました。十字軍にてイスラムの祓魔師とも戦うことなく親交を深めて、太古から伝わる悪魔に関する学問を自分のものとしてきました」
うは・・・重みがあるよ。ベルンハルト。ドミニクなんか、目がハートになってないか?弟子入りしそうな食いつきようじゃないか。
「私から見れば、憑りつかれた者、ましてや忌むべきものの子など、一目でわかる自信がございます。昨日、修道院長様からご相談を受けた際に、中庭を散歩していたあの子を窓越しに見ましたが、悪魔のあの字も感じられませんでしたぞ」
修道院長会議で昨日出かけたレオだが、そんな手を打っていたのか。ドミニクは驚いている。ふふふ、あの男はすごいのだよ。何しろ私がコネで修道院長にするよう、あの修道会の総長に働きかけたのだ。
しかし、修道院にもぐりこませたエリアスといい、このベルンハルトといい、いい拾いものだった。私の見る目が素晴らしいのだろうか。いやいや謙遜は美徳である。むしろ主が私に与えてくださったのだ・・・
周囲の声がだんだん大きくなってきたようだ。そろそろ落としどころを示して、民衆を安心させ解散させねばならぬな。
「ザイフリート、ベルンハルト。公爵様に話してくる。控えておれ」
公爵様は、いつの間にか天幕を張り、その下で座っている。遠目でみてもご機嫌で、市参事会の役員から説明を受けているようだ。ついでに、参事会から差し入れられたようで、ワインを嬉しそうに飲んでいる。この感じだと、罰せられるのは審問官だけだな。よかった。ていうか、何本もらっているんだ?私の分はあるかな・・・
まぁともかく・・・兄上は、ここのところ随分退屈だったそうだから、楽しんでいるようでなによりだ。
騎士の一人がその場に残り、一人が私についてきた。周囲の民たちの視線を痛いほど感じる。ここは聖人のような表情で、私の伝説をつくるのだ。名声を轟かせ、司教の上である、枢機卿に任じられるのだ。そしてゆくゆくは・・・ふふふふ
私は兄上に近づいていった。兄上は私に気が付くと、子供のころと同じように目を細めたあと、片方の眉をあげだ。なるほど、全ての情報は聞いた後のようだ。説明して欲しい時の仕草だな。子供の頃から変わらないものだ。
「公爵様、あの子は悪魔の子ではありませんでした」
「ほほう・・・で?詩編やいにしえの聖歌を歌ったのであろう?」
「どうしてそれを・・・」
「参事会のものが申して居ったぞ。で、死体が見つからないのだろう?おぬしなのか?ネタを仕込んだのは?枢機卿の座を得るための芝居ではなかろうな?」
「滅相もございません。本当に忽然と消えたのです。兄上もあの鐘をお聴きになったかと思います。あれは、例の鐘でして、どうやら聖霊か、もしくは天使があの子を保護したようなのです」
「ほかの者もおるから、やめておこう。あと、人前では兄上は禁止だったろう?」
「申し訳ありません」
「だめー、余は怒っちゃおうかなぁ~。デコピン10回させてくれたら許すぞ」
護衛騎士が近寄ってきて耳打ちした。この男は剣の達人だ。公爵様の甥だ。まぁ、私の甥でもあるが。
「公爵様、お戯れは・・・周りが聞き耳をたてておりますぞ」
いぇーい、怒られた、怒られた。酔っぱらったわけでないのに、兄上はハイテンションだ。少し諌めないとな。私は心の中で、甥を褒めた。
ちなみに、兄上は子供頃からデコピンの名手だ。小さい頃、剣の稽古で一本とられたらデコピンなって感じでいつも私がやられていた。兄上のデコピンは、のた打ち回るほど痛いのだ。
とりあえず、公爵様のご指示を待った。民らが恐慌を起こし、パニックにならぬ前になにか手を打たねばならぬのだ。基本スルーでってできたらいいのだけど・・・何事も、公爵様の御裁可を頂かないと大変になるんです身分社会って・・・
誤字訂正と、2話をまとめました。
宜しくお願いします。




