第59節 ドミニクの覚醒
こんばんはぁ~
結局現実世界に戻りました。1172年の6月です。
農民の子らも孤児院で活躍しています。
ライン側の方から吹いてくる、西風が心地よい朝だ。ヨハネとパウロは侍者服を着て聖堂にいった。
今日は主日のミサの手伝いだ。周辺の信徒も参加して、聖堂はいっぱいの人で溢れている。孤児院に所属している奉献の子らは、しっかりと働いている。今日の司式は二人が大好きなドミニク神父様だ。
すべてが終わり、閉祭の行列の先頭を二人が務めた。聖歌を聴きながら、そして歌いながら二人は歩いた。最初の頃はぎこちなかったらしいが、今はもうすっかり板についている。今、彼らのいた農村のヘルマン神父様が彼らを見たら、きっと誰だかわからないだろう。農民の子らはしっかりと、教会の子に変わっていたのだ。
ドミニクは、行列の後ろから二人を眺め、そう感じていた。彼らに今足りないものは、字の読み書きだ。同僚の神父から、なかなか覚えてくれなくて大変だと言われていた。
ごミサ準備室に戻ると、ドミニクは、二人をほめた。二人は嬉しそうに微笑んでいる。
この後は、ラテン語の勉強会だ。
勉強会は、孤児院の食堂で開催されている。講師はフェリックス神父様だ。遅れると叱られるので二人は急いで侍者服を脱いで壁にかけた。侍者をすると、ごミサの時間のかかり方で、授業に遅れることがある。二人は鐘の音に慌てた。
「まずい、また遅れるぞ」パウロが呟いた。
「ドミニク神父様の説教は素晴らしいけど、長いよな」ヨハネが愚痴を小声で言った。
聖堂付近で走ると、今度は別の聖職者に叱られる。特に門番だ。もう結構なお年の神父様だが、すごく優しい人だ。しかしルールを破る者に対しては厳しい。
門番は下働きのものが務めると思うとそれは誤りだ。ここは森の中の修道院ではなく、大きな街の中なのだ。周囲との接点である門は、ある意味危険なのだ。
門の外には、修道士の隠遁生活を害する誘惑が満ち溢れている。修道士は天国を目指して、精神的な生活をしているのだから、心の平穏を乱すような刺激があってはならない。
例えば若い修道士や見習いが門番をしたとしよう。外の刺激は魂の危機をすぐに招くだろう。まぁ、修道士が門番をさせられることもないのは、そういった理由だ。外の世界は誘惑そのものなのだ。
また、ここの修道院の門は常に開かれている。巡礼者や、病人、貧者を受け入れるためである。孤児院もその目的で運営されているのだ。もちろん異教徒には開かれていない。
門にたどり着くそういった人々に気づき、また、適切なケアや助言ができ、しかも、誘惑に強い者となると、やはり、年老いた神父以外にないだろう。
その門番が、いつも門と聖堂と司祭館のあたりをウロウロしているのだ。彼の渾名は、『歩く聖ベネディクトゥス』だ。ここの修道院も聖ベネディクトゥスの戒律を採用している。つまり、門番は歩く戒律といわれるぐらい厳しいのだ。
ヨハネとパウロは横目で門番がいることを確認しつつゆっくりと歩いた。ご説教されると10分はロスすることになる。ここで怒られて、更に授業に遅れたことで怒られるとなると堪らない。だから二人は借りてきた猫のようにおとなしく優雅に歩いた。
そして、中庭に入った途端、二人はダッシュした。
ところが、弟のパウロが激しく足をもつれさせ、転んでしまった。兄より速く走ろうと無理をしたのだろう、中庭の植え込みに突っ込んで、あちこちを切ってしまっていた。足は服が破れ、出血している。
「大丈夫か?パウロ。お前、負けず嫌いだからそうなるんだよ。傷の手当てをしよう」
「いや、いいよ・・・大したことないから・・・遅れて怒られるより、先に授業を受けたほうがいいよ」
「大丈夫なのか?」
「村だったら誰も気にしないぐらいの怪我じゃないか・・・」
ヨハネは黙ってしまった。とりあえず、パウロを起こし、一緒に食堂まで歩いた。
中に入ると、もう授業は、はじまっていた。フェリックス神父様は、静かに、
「よく来たね。さぁ、座りたまえ」と言った。表情も穏やかで、いつものようにこめかみに青筋が立っていない。
気持ち悪いよ・・・どうしたのだろう。二人は顔を互いに見合わせ、嫌な予感に苛まれた。とりあえず、石板を棚から出して、席についた。
「では、代名詞の書き取りを練習しましょう」神父様は皆にそう言って、二人の処にやってきた。ニコニコしている。怖さマックスだ・・・
「ヨハネとパウロ、君たちには、いきなり文法というのは無理だということが、やっとわかりましたよ。それで、君たちには、特別な先生をつけることにしました」
嫌な予感がした。誰だろう・・・うろたえていると神父様が言った。
「厨房の右横の部屋で、新しい先生がお待ちですので、向かうように。さ、早く」
二人は急き立てられるように部屋を出された。
「なんだよ、厄介払いみたいなものか・・・」
「兄ちゃん、よかったよ。怒られなくてね」
「まぁ、それはそうだよな」
二人は食堂を出て、厨房を越え、その次隣の部屋の前で止まった。
「ここって何の部屋なの?」ヨハネが心配そうに尋ねた。
「まずはノックしてみよう」
パウロは、ノックを4回した。中から太い声が聴こえた。
「おう、はいれ。まっていたぞ」
ドアを開けると、エリアスさんが小さな食卓のような机に座っていた。
「あ、こんにちは。この間はスープのお替りありがとごぜました」ヨハネが言った。
「いや、いいってことよ。それより、ありがとごぜましたじゃなくて、ありがとうございましただぞ」
「あ、すいやせん」
「はははは、すいやせんじゃなくて、すみませんだ。それよりも申し訳ございませんのほうがいいぞ」
「はい、わかりました」ヨハネは基本素直なのだが、兄に対してだけ意固地になる。競争心を剥き出しにするのだ。
「フェリックス神父様に、ここに来るように言われました。宜しくお願いします」
「おう、きいたぜ、文法が苦手だってな・・・」
「はい、全然わからないのです」
エリアスさんは、豪快に笑った。
「それでよく従者が務まるな?今日もやったんだろう?」
「はい、でもドミニク神父様は、文字が読めなくてもいい仕事だけくれるので、大丈夫なんです」
「そうか、神父様らしいな・・・お前たちさ、ドミニク神父様を喜ばせたくないか?」
「え、そりゃ、喜ばせたいですけど、いったいどうやって・・・」
「まずは、歌を覚えるんだよ。今でも少しは歌えるんだろう?
「いやあ、耳から入ってくる音をそのまま口から遅れて出しているだけですよ」
「おら、口パクだよ」
あははは、と全員が笑った。というわけで、僕らは、エリアスさんから習うことになった。
「じゃ、まずは歌を覚えるか・・・まずはキリエからだな。キリエはわかるか?」
「ああ、わかります、キリイイエ♪エエエエってエばかり伸ばすやつでしょう?」
「そうそう。エレイソンっていうやつな・・・意味は分かるか?」
「全然・・・」
「うむ、あれは主よ憐れみたまえという意味なんだよ」
「へー、じゃ、クリステっていうところは、キリスト憐れみたまえ?」パウロが答えだ。
「おお、パウロ賢いな」
「えへへ」パウロは兄を出し抜いたつもりで得意そうだ。
「どうだ?意味が分かると歌にも気持ちが籠ってくるだろう?」
二人は、その日は、天使ミサの半分ぐらいの歌を覚えた。ミサ曲は沢山あるが、聖ミカエルの祝日用の曲がいいだろうということで、その日に、二人で先唱ができるようにしたいとのことだった。
「さて、じゃ、今日はこれで終わりにするか。明日からは、授業の時はここに来てくれ。お菓子も用意しておくぞ」
「やったー」
ぼくらは立ち上がって部屋を出て行こうとした時、エリアスさんがパウロの怪我に気づいた。
「おい、パウロ、どうしたんだ?怪我をしているじゃないか。どうした、誰かにやられたのか?」
「いいえ、転んで植木につっこんじゃったんです」
「どれ、見せてみろ。ああ、すぐに傷口を洗わないとダメだぞ」
「すみません。授業に遅れちゃうので・・・」
「お湯を沸かすので、今から洗おう。消毒したほうがいいな」
パウロは傷を洗ってもらい、応急措置をしてもらった。僕らは、大したことがないと思っていたのだが、数日たって、パウロの足の怪我は熱を持ち、真っ赤になって腫れてしまっていた。また授業で厨房の横の部屋にきていたが、パウロの様子がおかしいことにエリアスさんが気付いた。
「おい、パウロ、大丈夫か。なんかおかしいぞ」
エリアスさんが、パウロのおでこをさわり、結構あるな・・・怪我を見せてみろと言った。そして怪我を見ると、顔色を変え、パウロを抱っこして、ベッドにまで連れて行った。それから、ベッドのところにドミニク神父様を連れだってやってきた。
ドミニク神父とエリアスは話ながら、入ってきた。
「怪我をして、すぐに傷口を洗わなかったらしいのです。それで、気づいてからお湯で洗い、蜂蜜酒で消毒したのですが、遅かったようです」
「で、熱があるわけか・・・」そういいながら、おでこに手をあてた。
「足のほうも見てください」
ドミニク神父は傷口を見て、顔を顰めた。
「かなり化膿している・・・切開しますか?」エリアスが聞いた。
「え、お願いできますか?」ドミニク神父が驚いている。
「昔よくやりましたから・・・」
「そうか、十字軍戦士だったころか。じゃ頼みます」
エリアスは例の異教徒から友情の証として貰ったという、曲がった短刀を出した。蝋燭を灯して、炎で刃先を焼いた。そして更に蒸留酒で洗った。
「ちょっと痛いぞ。切らないと死ぬからな、我慢してくれ・・・いいな?」とパウロに話し、さらにヨハネにも言った。エリアスは蒸留酒で傷口を洗い、刃先を傷口を中心に小さく何か所か差した。パウロはうめいた。短刀を置いて、傷の周囲を押す。パウロは足を引いて逃れようとした。相当痛いのだろう。ドミニク神父が押さえつけているので動けない。エリアスが傷を左右から押すと、汚れた膿が血とともに出てきた。それを清潔な布で吸い取っていった。それを何回か繰り返し、自分の額の汗をぬぐった。そして、蒸留酒を傷口にかけた。またパウロはうめいた。
「膿がでれば、多分大丈夫かと思いますが・・・血に汚れが混じって熱が出ているかと思います。今晩が山でしょうな・・・熱が下がれば一安心です」
「ありがとう。エリアス。瀉血はしなくていいのだろうか?」
「神父様、私の経験では、瀉血をすればするほど死ぬ確率が高くなりました。血は胆力の源ですからな。悪魔に勝つには、血の力が必要ですぞ」
「わかった。エリアスの判断にまかせよう」そう言ってドミニクは最後にパウロの患部を祝福することにした。奴隷商人から折角救った命なのに、こんなことで死なせたくない。勿論、主が天にこの少年をお望みなら、主の御計画の一部とあらば、致し方ないが・・・
「私たちの主よ、この子の傷を癒したまえ」ドミニクは目をつぶり、祈りながら按手した。すると、右手が熱くなってきたので、驚いて目を開けた。
「神父様・・・」ドミニクの右手が光っている。赤く腫れている傷はどんどん色を失い、普通の肌色になってきていく、そして、傷口が閉じていく。
「神父様、なんということを・・・これがベルンハルトが申していた・・・聖霊の力ですか・・・いや、ベルンハルトは大天使聖ミカエルの力ではないかといっておりましたが・・・まさか、これほどとは・・・」
実際のところ、ドミニク自身が一番驚いていた。一体何が起きたのか・・・
エリアスがパウロの額に手をやり、小声でささやいた。
「熱が下がっております。峠は越えてしまったようですな・・・よかった。神に感謝」
パウロはいい寝顔になって、すやすやと寝息を立てている。
「神父様、ありがとうございます」ヨハネは、泣いていた。どうしていいのか、弟に何もしてやれない自分がもどかしかった。この経験が、ヨハネを後に聖職者の道へと、突き動かしていく原動力となった。
「エリアス?、ベルンハルト殿から何か聞いていたのか?」
「はい、神父様、カルワリオの一件を聴いております。ベルンハルトは興奮していましたよ。自分も転移門を触ればよかったと申しておりました」
興奮気味でエリアスが続ける。
「十字軍の、あの戦いの中で、私たちは、いくつもの友の魂を見送りました。まぁ聖戦故、殉教扱いですから、天国は約束されているようなものでしたが、できれば一緒にドイツの地に連れて帰りたかったものが沢山おりました。今、見せて頂いた、神父様のような力をあの時に持っていればなどと叶わぬ夢をみてしまうのでしょう・・・私も、きっとベルンハルトもです」
ドミニクは、そういえば、この老人の事を何も知らなかったと思った、ベルンハルトも下級聖職者と最初は思っていた。ところが、この二人の老人の凄さを、だんだんと痛感している最近だった。
彼らが、十字軍に参加したことで、人生を棒に振ってしまったということは感じていた。ベルンハルトは名門の貴族の家、ヴィッテルスバッハ家に生まれていたのに、紆余曲折を経て、故郷に帰った時には、すべてを失っていた。十字軍は何も成果をあげられなかっただけでなく、壊滅し、不名誉をこうむっていたのだ。妻はすでに他の男に嫁ぎ、家は兄弟が相続していた。ここで争っても・・・武力なら勝つだろうが、それをしたところで、自分の失ったすべてが戻るわけではない。一時的に勝利しても、いつか、やがては敗れるだろう。いつまでも若くはないのだ。
同じような話は、全ヨーロッパで起きていたそうだ。
「神父様、ベルンハルトが話したいことがあるようですよ。よろしければ、明日でもいってやってください」
「わかった・・・ありがとう」
次の日、パウロは全快していた。ドミニクは、一安心し、ベルンハルトに会いに、カテドラルの地下室に向かった。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございます。
あちらの世界とこちらの世界の、二人のベルンハルトは同じ人物です。
全く同じ人とそうでない人がでてきます。これもまた、神の御計画の一部なのでしょう。
次話は、聖ミカエル出現の地への巡礼の旅がスタートする予定です。
宜しくお願いします。そのうち、あちらの世界の騎士オットーが聖剣を得るエピソードも出てくる予定です。ブックマークお願いしま~す。筆者やる気がでますので・・・




