第4節 農村での埋葬
今日は、朝から農民の子二人と彼らの村へ向かいます。
ドミニクは小さな木の箱を持っていますが、決して開けようとはしません。
現代なら信じられないようなものが入っているからです。
(一部気持ちが悪くなるような描写があります。苦手な方は飛ばしてください)
3人はまだ客室で寝泊まりさせている。修道士たちと朝食を済ませたあと、農民の子二人をつれて、またあの馬車で外出だ。
子供らが仲良くなるのは早いものだ。
例の子は、農民の子達から渾名をつけられたらしい。
『青あざ公』だそうだ。いかにも子供が考えそうな安直な綽名だ。いじめだよ?まぁ仲良くなる過程で彼らが必要としているのならいいかもな。一応、話を聴いてみる。
赤髭王や獅子公など、お貴族様はみんな渾名をお持ちだから、高貴な感じがして恰好良いではないかといっているが、青あざ公本人は嫌なようだ。
二人を馬車に乗りこませながら、そんな話を聴いていた。そういえば農民の子に二人は渾名をつけてもらわなかったのかと聞くと、ぼくらはヨハネとパウロという名前があるのだから、渾名は要らないのだと言い張った。
青あざ公は、微妙な笑顔を見せて、僕らを見送り、すこし寂しそうに手を振った。そういえば、あの子らの両親はヨゼフにマリアだそうだ。あと一人で聖家族が出来上がるのに・・・すこし残念だ。とはいえ、よくある名前だから仕方ない。街でマリアと叫ぶと何人振り向くだろう・・・実験してみるか・・・
今日は、青あざ公お留守番だ。彼が、どれくらいラテン語が読めるのか、ルカスに見てもらう予定だ。
普通は見習いになってから学習を始めるぐらいなのだが、あのお祈りを流ちょうに唱える感じだと、すでに読めるような気がする。優秀ならルカスのように司祭の道を目指させてもいいかもしれない。早期教育は重要だ・・・まぁ、貴族の考えなんだろうな・・・
そのうち、身元が分かり、実は良家の子弟だということになるのではないかとも思うが、青あざ公は神父が向いているような気がする。これを縁に道が定まるといいなと思う。
広場を抜け、処刑場のある中央門は避けて、西門を通り、僕らは農村へと向かって馬車を歩ませた。まだ車輪刑の男はあのまま晒されているからだ。カラスにつつかれ、腐っていくあの男など、私も見たくない。
あの場所はカルワリオと呼ばれている。実際の聖地のカルワリオは小高い丘だそうだ。うちのカルワリオは平たい場所なのだが、死刑場だからカルワリオがぴったりくるのだろう。意味は「しゃれこうべ」(晒され頭)の丘だ。処刑場は独特の場所だと思う。多くの悪霊が彷徨っているのだろう。見せしめには一番いい場所だが、都市の中央門がこれとは、なんだかなと思う。
半時もしないで農村が見えてきた。辛い思い出が彼らを苛むのではないかと危惧しながら村の教会へ向かった。本当にさびしい村だ。鍛冶屋はあるが、宿屋はない。村の中央を川が流れており、少し先で森の中に流れ込んでいく。その手前に水車小屋がある。農民は集住しているのではなく、それぞれの畑の近くに住んでいるのだな・・・あまり彼らの生活を考えたことがなかったが、先で修道院の異動とかで村の神父にでもなった時のために、よく見ておこう。
教会前の小さな広場には、数人が立っていて、こちらをみて手を振ってくれた。一人祭服を着ている人が見える.馬に軽く鞭をいれ、すこし速度をあげた。
待っていてくれた教区司祭は、初老のヘルマン神父様だった。頭の毛は殆どなく、口の周りに長い白髭をたくわえており、見るからに隠修士のようだ。日に焼けた顔には善良そうな瞳が輝いている。こういう神父人生もいいなと感じた。
「ヘルマン神父様、今日はよろしくお願いします」
「ドミニク神父、こちらこそよろしくお願いします。このたびは二人を貴修道会が引き取って下さるとのことで、大変感謝申し上げます。何しろ大変貧しい村なので、その二人は乞食になるしかなかったですから・・・そのうちに会議でカテドラルに集まる機会がありますので、その時にでも修道院にお邪魔して二人に会いたいと思いますが、よろしいですか?」
「ええ、喜んで。お待ちしております」
「ありがとうございます。でははじめてもらうとしましょうか」
ヘルマン神父は、墓堀人に声をかけた。
私は、小さい木の箱をもって、二人を連れて、ベン神父の後について、教会の裏手にある村の墓場へ歩いていった。石の墓標は少ない。そこまで金を掛けられないのだろう。数年前に飢饉があり、多くの農民が亡くなったようだ。村はまだその傷から癒えてもないようだ。
墓地の中を歩いていくと、すでに墓穴が掘り返されており、新鮮な土の匂いがしている。棺桶が一つむき出しになっていた。蓋は当然のように開いていない。裁判が終われば、掘り返すことが分かっていたので、無理して教会が棺桶を用意してくれたが、二人分は用意できなかったらしい。
「棺桶二つが用意できなかったので、あの二人には一緒に入ってもらったんですよ」
ヘルマン神父が申し訳なさそうに呟いた。金もないし、防腐処理もできない場合は完全に土葬となるのだが。二人は最下層の農民で財産などはほとんどなかったようだ。
私は小さくうなずき、小さい箱を墓堀人の親方に渡した。親方は当然のように受け取った。
小さい箱には二人の両親の右手が入っている。
ゲルマン人は、死者が死んだとは考えていない。死者は生きている状態から死んでいる状態に移っているだけと考えている。つまり状態が変更になっているだけで、生きている者と同じように扱われる。
従って、自分が殺された裁判でも当事者として参加しなければならないのだ。裕福な家庭なら、防腐処理をした全身死体で参加させるが、彼らは棺桶も準備できない家庭なので、手首のみの参加となったのだ。手首は防腐処理がされたらしい。費用は村の教会が出したそうだ。
あの男は殺人を認め、裁判は無事に終わり、車輪刑が実施されたので、手首を棺桶に戻すこととなった。ヨハネとパウロは、棺桶にいれる副葬品を用意できないので、私が代わりに、父親のために牛の木人形と、母親のために糸巻き棒と綺麗な服を用意し、棺桶に手首と一緒にいれてやるようにした。
家を持てず、奴隷のように農村で働き続けた二人が、なぜ殺されなければならなかったのか。やるせない気持ちだ。棺桶は一つしかないが、ずっと一緒にいた二人だから、よかったかもしれないと思った。
棺桶の蓋が開けられたが、二人には見せないように墓堀人が配慮してくれた。防腐処理もできなかったので、もう目もあてられない状態になっているのだ。私も見ないようにした。今夜食事できなくなるからだ。聖職者として、大丈夫なようになりたいが、無理だ。見なくてもメメント・モリはできる。死はいつも私のすぐそばにあるからだ。
ヘルマン神父は聖水を専用の棒で撒き、香炉で墓の回りを清め、祈りの言葉を唱えた。
静かな黙とうのあと、ヘルマン神父が目で合図すると、墓堀人が再び土をかぶせていく。手慣れたものでみるみる棺桶が見えなくなった。
ヨハネとパウロは静かに泣いていたが、棺桶が見えなくなったことで、本当の別れに気付き、とうとう大きな声をあげて泣き出してしまった。墓堀人たちは黙々と土をかぶせ、叩いて固めた。
板にかかれた墓標をヘルマン神父が土に差すと、彼らは揃って教会に戻っていった。私は二人を抱きしめ、二人が泣き止むまで待っていた。ずっと今日まで感情を抑えて生きていたのだろう。こういう時に傍に寄り添い司祭は慰める言葉を発しなければならないのだ。
「今度、お父さんとお母さんのためのごミサをあげような」
「うん」
「きっとだよ」
「うむ。大丈夫だよ。私は神父なのだから・・・二人が天国で仲良くしているのも分かるぞぉ」
「え、そうなの。本当?」
「神父様がいうんだから本当だよ。パウロ良かったな」
貧民街の教区司祭となったことで、今までは目に入ることもなかった、貧しさが蝕む人生、強者が貪る弱者の苦しみというものを嫌な程知ることとなった。死者の魂や生きている教区信者の魂だけを救えばいいわけではない。司祭にできることなど高が知れているが、何とかしたいと思うドミニクであった。この気持ちが、やがて奇蹟のような能力を導くことになるとはこの時は全く知らなかった。
泣きぬれたまま、私達は教会前の馬車まで戻り、ヘルマン神父様に教会が無理して用意してくれた棺桶の代金としてお礼を多めに渡し、挨拶をして村を後にした。神父様は喜んでくれた。祭服は新調されることもなく、色あせ、くすんでいたが、ヘルマンはそれを自分の為には使わないのだろうなとドミニクは思った。
城塞都市に戻るころにはお昼を過ぎていた。西門から広場に抜けて、貧民街へ向かう。
修道院に戻ると、大勢の修道士達が行ったり来たりしていて、大騒ぎが起こっていた。
司祭館の入り口に立ち、私達を見つけたルカスが、待っていたように、青い顔で駆けよってきた。
「ドミニク神父様、私がついていながら申し訳ありません。名前の無い子がどこにもいないのです」
文中の死体を裁判に参加させる話は、阿部謹也先生の本を参考にさせていただきました。
ご興味のある方はご一読をおすすめします。
『中世賤民の宇宙』
1次資料を読みたかったのですが、そうもいかないですね。




